ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 望ましい死に方

<<   作成日時 : 2006/05/31 21:53   >>

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 脳梗塞とか心筋梗塞とかで,いきなり死んでしまったら,死なないまでも,意識を喪ってしまったら,自分としては,楽なことだろう。しかし,それは,差し迫って予測されることでないので,この齢になれば,そういうことも有り得ると思いつつも,家や身の周りの処理すべきことなど,面倒なことは,つい後回しになっている。古い日記など,死後に遺してはならないと思うけれど,生きている間は保存しておきたくて,いつまで生きていられるか分からないために,処分しかねている物も有る。あとのことを考えると,死が予告されて数か月の猶予が有るような病のほうが,その間,たとえ苦痛に堪えなければならないとしても,できる限りの後始末をして,残りは言い遺すことも可能なので,望ましい死に方かもしれない。
 今,この瞬間に死んでしまったら,ということを最初に考えたのは,中学生のときだった。学校が休みの日,仲間で集まったり,若い独身の先生の家に皆で押し掛けたりすることが多かったのだが,雨がしとしとと降り,気持ちが沈むようなとき,仲間をも避けて,家で独り,他愛のないトランプ占いを繰り返しているうちに,このまま死んでいたら,先生や仲間たちはどう思うだろうと考えた。それは,自意識に基づく自己への執着の表れだったのかとも思う。
 以後,青年期は自死を思うことも少なくなかったが,齢を重ねるとともに,家族や仕事の上で関わっている人たちに対して生きる責任を感じ,死ぬわけにはいかないという気持ちのほうが強くなった。
 今は,余命の量り知れない年齢になり,生への執着もあまり無い。ただ,望ましい死に方を想うのみだ。

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