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zoom RSS 晩年

<<   作成日時 : 2006/08/15 22:05   >>

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 「死ののちに初めてあれは〈晩年〉と呼ばるる日々を今日も生きいる 三井修」
 8月10日付「朝日新聞」『折々のうた』で紹介されていた歌だ。他者からはどのように見られる「晩年」なのだろうか。
 太宰治は,20代の後半に「晩年」を感じ,「遺書のつもりで」いくつかの作品を書いたと自ら言っているが,それは,太宰流の気取りかもしれない。彼は,その後,自死に至るまで,10数年を生きた。その間には,芥川賞に固執した時期さえ有った。
 私は,いつのころからか,已に自分の「晩年」を意識しつつ,今日も生きている。「余生」を生きているという思いも在る。
 「晩年」に至ったとき,人は,来し方を思い,良きにつけ悪しきにつけ,自分の人生を自己評価したくなるものだろうか。しかし,私には,今さら,言って詮無い過去を検証したり評価したりしようという気持ちは薄い。これが自分の人生だったのだと全てを受け容れて,叶えられるものならば,のどかでゆとりの有る余生を過ごしたいと願うのみだ。
 平穏な気持ちで「晩年」を生きられるのは,幸せなことだろう。戦争で逝った多くの人たちに「晩年」と呼ばれる日々は無かった。「早年」が即「晩年」だったのだ。今年も,戦争の終わったあの日が巡って来た。人生を中途で断ち切られた人たちを悼む。

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