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zoom RSS 御慶事報道の文章

<<   作成日時 : 2006/09/07 21:37   >>

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 秋篠宮家の御慶事に心温まる思いがする。皇位継承者の誕生というようなこととはかかわりなく,秋篠宮家の人々を「良い家族」と感じていて,そのお家に3人目のお子様が無事誕生されたことが喜ばしく思えるからだ。それは,一般の家庭で,日ごろ「良い家族だなあ」と見ている家庭での慶事を,他人事ながら心和むことに感じるのと同じ気持ちである。
 ところで,紀子さまの御出産を報じる昨日の夕刊を読んでいて気になったことが有る。皇族方の御様子を伝える文章に敬語が使われていないことだ。まず,紀子さまを主語にしたもので,見出しこそ「ご出産」となっているが,本文での述語は「出産した」「入院していた」である。秋篠宮さまが紀子さまに「語りかけた」,両陛下は「(朗報を)聞いた」「(公務を)こなした」「(無事を)祈っていた」,皇太子さまも「(報告を)受けた」等々,ここで例として挙げたのは「朝日新聞」からだが,インターネットで見る限り,他紙も同様の表現をしているようだ。
 私は,皇室崇敬の念が特に強いほうではないのだが,こういう御慶事の記事であれば,皇族であるなしにかかわらず,最低限度の敬語の使用は必要なのではなかろうかと思う。各新聞社の用語の規準として定められているのかもしれないが,敬語の衰退が言われる現代こそ,しかるべき所では正しい敬語を使って,言葉遣いの規範を示してほしいと思うのだ。
 ことのついでに言うと,最近の新聞の事件等の報道記事の文章で,「という」という表現が繰り返し出てくるのも気になっている。今回の場合も同様だ。
 秋篠宮さまは「(医務主管に)答えたという」,紀子さまは「(夫の秋篠宮さまに自分で報告する前に懐妊の報道が流れたことに)大きなショックを受けたという」,秋篠宮さまが「(自ら両陛下に報告することを)最優先に考えたという」,紀子さままは「(入院してから約3週間を)安静に過ごしたという」,皇太子さまも「(お祝いの言葉を)伝えたという」,雅子さまは「(数年前には)気分の浮き沈みも目立ったという」が,(最近は)「笑顔が増えたという」等々で,ここでも敬語は皆無なうえに,「という」の頻出が目立つ(いずれも9月6日付「朝日新聞夕刊」による)。
 記者の直接の見聞と伝聞によることとを明確に区別するための表現だとは思うが,一つの記事の中にこれほど繰り返されると,文章の味わいが著しく殺がれる。他の表現を考えるくふうがもう少しできないものかと思う。

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