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zoom RSS 保守の感情

<<   作成日時 : 2006/10/08 16:45   >>

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 過去を想起して,多少なりとも懐旧の念が生じるのは,人の常であろう。そして,人は,過去に一度身に着けた価値観や考え方・習慣を,簡単に捨て去ることはできない。ということは,人の本質は保守的であるということになろうか。私も,自分では過去に囚われないつもりでいるものの,暮らしの習慣や,使い慣れた物品を新しく変えることには,気が進まない。
 辞書によれば,「保守」とは,「今までの状態・考え方・習慣などを根本から変えようとはしない態度。」(岩波国語辞典),「時代の新しい風潮などに応じることを拒み、旧来の考え方や伝統的なやり方を守り通そうとすること(態度)。」(新明解国語辞典)などとある。言い換えれば,「過去への愛着とこだわりを捨て切れない感情」であろう。
 李相日監督の新作映画『フラガール』は,昭和40年,時代の流れで閉山寸前の状況に追い込まれた炭鉱町の暮らしを救うために構想されたレジャー施設「常夏の楽園・常磐ハワイアンセンター」を立ち上げる物語だ。その対立軸として,文字通り命懸けでヤマに生きてきた人たちの「過去への愛着とこだわりを捨て切れない感情」が描かれる。これこそが,「時代の新しい風潮などに応じることを拒み」通そうとする「保守」の感情の根底に在るものだと感じる。それに比べて,暮らしの再生に賭けるフラガールたちの意気込みは新鮮だ。
 ところで,「今までの」とか「過去の」とか言うとき,それはどこまで溯ることなのだろうか。自分が生きて体験してきた「今まで」が最も感情に直結する「過去」だろうが,そうであれば,戦後生まれの世代が社会の中核になってきた現代のわが国に戦前回帰の風潮が見られるのは,果たして「保守」と呼ぶのが適切なことかどうか,疑問が生じる。もっとも,二世,三世の政治家であれば,父親や祖父からの影響を受けているかもしれない。
 私の価値観の原点に在るのは,「日本国憲法」を核とした戦後の民主主義だが,その憲法が公布されてから60年が経ち,明治22(1889)年に公布された「大日本帝国憲法」の命脈をすでに上回っている。それを改めようとするのは,むしろ新しい世代による革新の動きであって,彼らから見れば,過去の価値観に捕捉されている私のほうが,時代遅れの保守的なジジイなのではないかという気さえしてくる。
 だからと言って,戦前への回帰や,戦争放棄を謳った憲法を否定する思想を許すことはできないし,今の社会の自己中心的で浮薄な風潮を認める気持ちにもなれない。私は,私の「保守主義」を守り通して行くしかないと考えている。

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