ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 弁える

<<   作成日時 : 2007/09/12 21:54   >>

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 【弁える】という語を辞典で見ると,「〔自分の置かれた立場から言って〕すべき事とすべきでない事とのけじめを心得る。」(「新明解国語辞典」),「(1)ものごとの道理をじゅうぶん判断できる。ちがいを見わける。(2)知る。こころえる。」(「角川必携国語辞典」)等の語義が出ている。
 辞典を引いてみる気になったのは,「弁える」ことのできない人だと感じることが最近多いからだ。今の私の直接的な人間関係は,ウクレレ・サークルとダンス教室との極く狭い範囲でしかないが,それでも,弁えの無い人がいて困ったものだと思うことが有る。
 ウクレレ・サークルでは,立場を弁えずにでしゃばったり,情況を心得ずに,お門違いの不満を露骨に表したりする人が出てきて,顰蹙を買うことが有る。
 ダンス教室に関しては,前(7月5日)にもちょっと触れたことだが,今の私に関わりの有る教室のオーナーに問題を感じている。まず,先生たちの「雇い主」なのか,教室の「家主」なのかという「ちがい」を弁えていない。さらに,どちらの立場であるとしても,「すべき事とすべきでない事とのけじめを心得」ていない。その根底には,ダンス教室を経営する上での経験と知識の不足が在るので,やむを得ないことかとも思われるが,それでは,そのようなオーナーの下で,疲れた体を憩める場所も無く,生徒の相手を目一杯している先生たちが気の毒になる。場所の提供を受ける相手に対する見通しが甘かったと言えばそれまでだが,夫婦でさえ,結婚したあとで,相手の性格や考え方に我慢のできないところが出てきて離婚に至る場合も有るのだから,そのことは言ってもしかたあるまい。
 これらの卑近な例とは桁違いの所で,「弁える」ことのできない人は,今日,首相辞任を表明した安倍首相だ。思い入れだけが強く,もともと首相としての弁えに欠ける人だとは思っていたが,臨時国会が召集され,所信表明演説も終わって,質疑に入ろうとする直前の辞意は,どんな理由が有るにしろ,タイミングの点でも弁えが無さ過ぎる。安倍内閣の下では,昨年来,自身についての説明責任を果たせない閣僚や議員が続出していたが,今度は,首相本人が,今の段階では,説明責任をまったく果たさないまま,責務を投げ出した。問題山積の国政の行方がどうなるのか,案じられてならない。
 それにしても,人にとって,「弁える」ことができるという資質は,大切なことだと痛感する。

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