ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 話題の乏しさ

<<   作成日時 : 2010/12/15 20:08   >>

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 「今は,日常の会話すら少なくなっている」と先日(11月27日「声の衰え」)書いた。
 自分の見聞や体験とそのことについての感想を誰かに話したいというのは,人の本然的な欲求だろう。しかし,その思いを理解して受け止めてくれる聞き手がいなければ,気持ちは満たされない。話題の不一致ほどつまらないことはなく,そういう相手とは話をする気が失せて,うわべだけの会話で終わってしまう。
 話して楽しいのは,関心の在り所や価値観が共通する相手だ。えてして昔の級友との集まりがつまらないのは,それが食い違うためで,現況を聞かされても,その自慢や愚痴に耳を傾ける気にはなれず,共有できる話題は,現在とはつながらない思い出話だけだ。理解し合える話題で価値観を共有できるのが親友と呼べるものだろうが,齢を取るほどに,そういう相手は少なくなる。
 家族の場合,毎朝の食事をしながらの話題は,きょうの予定や心積もりか,横に置いた新聞の記事に関することが多い。きのうの出来事で気に掛かっていて翌日まで持ち越してきたことが真っ先に口に出る場合もある。しかし,家族でも,気持ちの和む楽しい話題というのは,思いのほか少ないものだ。
 自分としては,相手の思いを汲んで,良い聞き役になろうと心掛けるものの,価値観の違う相手に話を合わせる気遣いがだんだん負担になってきて,他人が皆愚かに思われ,鬱陶しく感じられる。「独善」という語に倣って言えば,「独賢」と言えようか。私には昔からその傾向が有るのは自覚しているけれど,それは孤独な思いをすることだ。

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