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zoom RSS 為政者の言葉

<<   作成日時 : 2010/12/23 19:36   >>

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 「文は人なり」という箴言を持ち出すまでもなく,表現はその人の意識の在り方に関わっていると思い,政治家の失言が問題になるたびに,「失言」と言うよりも「本音」の現れだと感じ取ってきたのだが,最近の政治家の発言を聞いていると,「本音」以前の,言葉についての「無知」を示しているとしか思われない。
 沖縄の米軍基地の問題で辺野古移転は「ベター」だと言うけれど,「ベター」とは,「最善」ではないものの「次善」だという意味になり,被害を受けている沖縄県民の気持ちを踏み躙る言葉だ。沖縄県民には「甘受」してほしいという発言も,「やむを得ないものとして、文句を言わずに受けること」(「新明解国語辞典」)という意味が解っているのかどうか,自分が我慢するというのならともかく,他人に押し付けることではない。まして,沖縄県民に犠牲を強いようとしている為政者の言うべき言葉ではない。
 沖縄がアメリカから返還された年に,「暖かく迎えよう」という政治家の言葉にひどく抵抗を感じて書いた文章が有る。
 「(前略)沖縄の人びとを迎えるのは、避難民や更生者を迎えるのとは、ことが違う。戦中から戦後の現在まで、われわれ日本人の一員である沖縄の人びとが、われわれの苦難を最大限に背負わされて来たことはいうまでもない。むしろ同胞である日本人からさえも、害され、しいたげられて来たと言えよう。その犠牲の上で、見せかけのものであれ、今日の繁栄を享受しているわれわれが沖縄の同胞のためにいったいどれだけの行動をしたであろうか。沖縄の人びとの痛みは、われわれ自身の痛みであり、しかも、いまなお、その痛みがさほど薄らいでもいないというのに、それを『暖かく迎えよう』という言葉の他人ごとのようなそらぞらしさ。(後略)」(1972年5月15日付「朝日新聞」)
 今も,為政者の意識は変わっていない。「他人ごと」どころか,為政者が決めた「国の方針」には「文句を言わずに」従え,という傲慢ささえ感じられ,「無知」では済まされない問題だ。

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