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zoom RSS 新年を前にして

<<   作成日時 : 2010/12/31 16:38   >>

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 今年が終わろうとしている。
 前に,「年賀状の交換をはじめとして,旧知の集まりへの参加など,社会的な交際を,そろそろ絶っても良い年齢だとも思う。個人としての余命は,まだ有るかもしれないが,それは,自分独りの生き方をすれば良いことで,身内のことは別にして,その他の対人関係の上では,死んだことにしてもらう,言わば,社会的な人生の『停年』というわけだ」と書いた(6月11日「停年」)。
 そのとき書いたように,年賀状でそれを宣言し,「あとは、自分独りの生き方をしたいと考えます。その意味で、ホームページ(ブログ)での発信だけは続けるつもりです。向後、音信が途絶えても、そのように御理解いただければ幸いです」と記した。
 頭も体も柔軟な適応力を失ってきているのを自覚するにつけて,この年末を限りに,これまで続けてきた社交ダンスのレッスンやウクレレ・サークルへの参加も終わりにすることにした。
 しかし,「自分独りの生き方」と言っても,真に「独り」で暮らすわけではないのだから,地域での交わりを絶つことはできないし,高齢者クラブなどの付き合いも残るけれど,さりとて高齢者仲間の行事に参加するのは気が重い。
 そこで,これからの「生き方」をどうするか,体力や知力の衰えを防ぐ暮らし方を思案している。
 亡母は,96歳で倒れる寸前まで,市の老人福祉センターに通って,書道だけでなく,ラージ卓球や詩吟のサークルにも参加していた。私も,頭を使う作業は独りでも続けられるけれど,年齢相応に体を動かしたり声を出したりする必要を感じている。しかし,母の通っていた施設に行くには,送迎バスを利用するための時間の制約が有るし,弁当も持参しなければならない。それを思うと行き辛いので,好きな時間に散歩がてら行くことのできる近くの施設に尋ねてみると,そこには趣味のサークルは無いという。市に4か所在る老人福祉センターだが,内容のレベルにはかなりの差があることだ。
 近くの小さな山のハイキングコースを歩くのを日課にしている高齢者も少なくないので,それも良いかもしれないと思うけれど,ハイキングコースで声を張り上げるわけにはいくまい。
 今話題になっている小説,渡辺淳一著『孤舟』(集英社・9月30日発行)の主人公・大谷威一郎は,団塊の世代の競争社会で,いわゆる「会社人間」として長年過ごしてきて,60歳で定年になったとき,「なにもすることがなく、出かける先もなく、話す相手もいない」暮らしに孤独感を強くしている男だ。仕事を離れたときの生活力に欠け,家庭では,「インターフォンが鳴っても出なかったし、たまに出ても宅配便だとわかると『おーい』と妻を呼ぶだけだった」「ほとんどなにもせず、一日中、家でぶらぶらしている」,何の役にも立たない夫に,「主人在宅ストレス症候群」を募らせる妻・洋子に対して,「定年になって以来、妻はあらゆる点でこちらを馬鹿にして、居丈高である」と不満を抱くだけだ。
 作中の彼よりも十数年長く生きて,地域社会にも馴染んでいるし,家庭での雑事にもそれなりに気を配っているつもりの私から見れば,小説の中の夫婦の描き方は類型的で,単なる現代風俗の一端を表面的に描いているに過ぎないと感じるけれど,私自身,今にして「社会的な人生の『停年』」を考えるとき,「退職後、四、五年経ってから病気になるケースが多い」「憂鬱な精神状態が、血の巡りを悪くして病気を生み出す」という記述がいささか気に懸かる。そうあってはならない。
 新しい年を迎えるとともに,今後の「生き方」を改めて考えなければなるまい。

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