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zoom RSS 人の自己中心性

<<   作成日時 : 2011/10/13 19:30   >>

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 長年いろいろな人と付き合っていると,人それぞれが持っている性格上の欠陥や能力の限界が解ってくる。
 自分に甘く,責任感が薄い。依頼心が強く,何かにつけて人に甘える。恩を感じることが無く,義理を欠くことに気付かない。
 他者の気持ちを思い遣ることが少なく,感情を露骨に表す。他者に関わることでありながら,時間のけじめを付けられない。自分の思いを述べることに急で,相手の話をまず聞こうとする気持ちに欠ける。他者の欠点を批難することを自己の存在証明にする。
 したり顔して,小賢しい弁舌を弄する。自分の思い込みや早合点による判断を顧みない。自分の価値観を他者にまで押し付けようとする。善意の押し付けということも有る。
 こだわりが強く,気持ちにゆとりが持てない。欲求に流されやすく,経済的な自己管理が緩い。当面していることを即座に処理したり整理したりする事務的な能力に欠ける。
 これらは,人それぞれに少なからず在る弱点だけれど,他者を評価するだけでなく,自分を省みてチェックすれば,自己採点の基準にもなろう。
 しかし,そのような,表に現れてマイナスの評価とされる個々の項目を超えて,共通しているのは,人の根底に在る自己中心性と自己顕示欲だと思われる。決して自己中心的ではない,常に人のために尽くしていると自認し,他者からもそう見られている人でも,その気持ちの底に在る満足感は,自己中心的なものではなかろうか。もちろん,自己中心と利己とは違うものだが,自己中心であることが他者との関係の上で何らかの問題を孕んでいるのは否定できない。
 愛情もまた自己中心の心情だ。自分を捨ててまで人を愛することは容易でなく,エロスの根底には,それによって自分が満たされたいという欲求が潜んでいる。だから,愛情は歪んだり破綻したりすることになりやすい。
 他者に対して不満を抱いたり苛立ちを覚えたりするのも,自分を中心にした感情が在るからだ。人は,それを全く捨てて自分を透明にすることは不可能だけれど,自分の感情が自己中心のものだと認めることで,苛立つ気持ちを少しは和らげられるのではなかろうか。
 自己顕示や自己主張は自己中心の心情が表に出る形だ。その形が露骨で有ろうと無かろうと,人は誰も,自我が在るかぎり,自己を顕示したい気持ちを持っている。人の自己中心性や自己顕示欲を否定することはできない。それは,人の持つ業だからだ。顕示したい自分が無いのは寂しいことでもある。ただ,重要なのは,表に出る自分のそれを.どれだけ自覚し,省みているかということだと思う。

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