ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS わざとらしい

<<   作成日時 : 2012/04/28 20:10   >>

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 「CMの演技の中で食べる行為が一番難しい。食べる前の表情。食べている表情。食べ終わる瞬間の表情などに、その美味な感じと満足感とが伝わってこなければならないからだ。逆にいうと、わざとらしい演技を排除しなければならない。」
 川村蘭太著『伝説のCM作家杉山登志』(河出書房新社2012年1月30日発行)の中で出合った文章だ(「第三章・夢工場との出会い」)。この一節を読んで思い当たることが有る。キイワードは「わざとらしい」だ。
 テレビのいわゆる「旅番組」の中で,各地の名産や旅館の自慢料理をリポーターが食べる場面が頻出するけれど,特に若い女性タレントが「おいしいー!」と嘆声をあげるのを見ると,お定まりのイントネーションと表情にうんざりすることが多い。その原因が,すなわち,「わざとらしい演技」に在る。
 最近のCMで,生理的に嫌な気持ちにさせられるのは,「この歳になると保険料がねえ」と高齢の男性が顔を顰める医療保険のCMと,「大丈夫じゃないわよ」と若い妻に言われるヘアケア会社のCMだが,どちらも,身につまされるというわけではなく,「わざとらしさ」が鼻に付くからだと思い当たる。
 ところで,前記の著作は,「30秒に燃えつきた生涯」と副題にも有るように,1973年12月に37歳で自殺したCM作家杉山登志の「生涯」を丹念に検証したものだ。死後既に38年を越えたけれど,1936年8月7日生まれという彼の生きた時代は,その8か月前に生まれた私の時とも重なっていて,身近に感じられることが多々有り,関心ひとしおであるのは,彼の両親の経歴や時代環境と,近代の広告業界の歴史,彼と関わった人々に至るまで,詳細に辿っている著者の取材力に負うところが大きい。しかし,豊富なデータの一方で,読みづらさを感じるのは,一々のデータに括弧で細かく付されている注釈にも因るけれど,文章の勿体ぶった調子,著者自身の言葉で言うと「わざとらしい」表現だ。
 一つだけ例を挙げる。
 「一九七三年も終わろうとするこの年の暮れに、CM演出家杉山登志は、突然、この問題となる詩句を遺したまま謎の自殺を遂げた。そして彼から遺された人々もまた、この謎めく詩句とその不透明な若き死と対峙したまま生きていかなければならなかった。」
 冒頭部分の一節だが,全編がこの調子で書かれているのは,題材に対する著者の力みのせいだろうか。ちなみに,「謎めく詩句」とは,当時「(一般の)多くの人々にカルチャーショックを与えた」と著者の言う,知られている次の「詩句」だ。
 リッチでないのに/リッチな世界などわかりません/ハッピーでないのに/ハッピーな世界などえがけません/「夢」がないのに/「夢」をうることなどは……とても/嘘をついてもばれるものです

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