ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 帰る場所・迎える人

<<   作成日時 : 2012/09/22 20:34   >>

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 家の入り口の鍵を持たずに外出するということは,帰ってきたとき,家で待っている人がいるのを信じているからだ。留守の間に何らかのアクシデントが起きる場合を想定すれば,鍵は持っていなければならないけれど,そのとき,そういう危惧は念頭に無いということだ。安心して帰れる家が在るということは,幸せだと思ってよいことなのだろう。
 一方,家人の帰りを家で待つ立場になれば,その安心を支えていなければならない責任を感じる。そして,無事な姿を迎えるまでは一抹の不安を抱えて待つことになる。
 一人暮らしであれば,外出するとき,家の鍵は常に携帯しなければならない。あるいは,家を捨て,再び戻らない気であれば,帰る所は無く,鍵も無用だ。
 私は,これまで息子の住まいを訪ねたことが無く,その鍵も預かっていない。もしも息子の身に異変が生じたとき,息子の家に入るにはどうすれば良いかと案じることが無くもないが,今は,息子は健在だし,こちらから訪ねるまでもなく,向こうから顔を見せに来るのを待っている関係で,息子の生活に介入する気は無いので,それで良いと思っている。いつまで続くか分からないことだけれど,親の気持ちとしては,いつでも待っていて,迎えられる状態が続けられれば良いと願う。
 他家を訪問するというのは,そこに,扉を開けて迎えてくれる人が在ることを前提にしている。ときに,前触れ無しにいきなり訪ねて来る人もいるけれど,留守なら留守で構わないと思っている場合だろう。鍵が掛かっている場合も想定して,それでも構わないと思っていても,期待どおりに迎えてもらえれば,やはり嬉しいことに違いない。

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