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zoom RSS 91歳のツイッター

<<   作成日時 : 2012/12/27 19:59   >>

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 毎朝,その日の新聞を横に置いて,朝食を摂りながら,第一面をちらちらと見るのが慣わしになっている。そして,記事の内容に関する思いを,心の中でつぶやいている。あとで,掘り下げて考え,ブログの文章にまとめることも有るけれど,前(2月28日)にも書いたように,最近では,直感のままで終わることも多くなり,ツイッターを利用するのも一つの手段かと思い始めている。
 ツイッターとは,もともと少ない字数で,現況を伝えたり,連絡を取りあったりするために便利なシステムで,その限りでは役立つと思うけれど,最近,意見表明の手段として使われるようになり,ときには,敵対する意見の人への誹謗が中心になることも有って,字数が限られているから,真に意を尽くすことはできず,一方的で独善的な自己主張のみになりやすく,また,政治的な扇動に利用される場合も有るのではなかろうか,とも考えていた(3月2日「ツイッター雑感」)。
 ところが,ツイッターが深い思いを述べるのに役立っている例を最近知った。私の知人の御母堂の場合である。その知人のホームページ( http://www.balloon.ne.jp/453room/ )での記述を,少し長くなるが,そのまま引用させていただく。
「母は91歳。一昨年脳梗塞で倒れましたが、なんとか毎日数行の日記だけは続けています。
 また、ここ数年心身ともに弱り、口を開くのも億劫がっていた母が、昨年の『3.11』を機に少しずつ昔話を始めました。連日報じられている東日本大震災の惨状から、戦後旧満州で体験した地獄のような避難生活を思い出したようです。当時母は零下の収容所生活の中で、ほとんど飲まず食わずの着た切雀だったそうですが、人々の並々ならぬ忍耐力と協力、そして俳句によって『生きる力』を得たと言います。今回は被災地の人々の再生・復興へ向けての底知れぬ力から、母はまた生きる気力を得たのかもしれません。
 ところが、起き上がってものを書くことがだんだんしんどくなってきた母は、話はできても文章化するには長文になるので書き続けることができません。そこで、娘が『それならおばあちゃんのつぶやきをツイッターにして公開しよう』と提案し、即実行してくれました。おかげで、さっそく北海道のインターネットラジオや新聞等が取り上げてくださり、ツイッターの威力を痛感しています。」(8月15日)
 御母堂の名は,井筒紀久枝さん。その苛酷な体験の記述は,2001年8月に生涯学習研究社から『大陸の花嫁』として出版され,のちに2004年1月には岩波書店から現代文庫版で発行されている。句集『望郷』(1977)の中の「泣く吾子と凍水(いてみず)ガツガツ噛む馬と」は,朝日新聞に連載された大岡信さんの「折々のうた」(岩波新書『新折々のうた8』2005年11月発行)にも紹介されているが,91歳の今もなお「生きる気力」を保っておられるのは,過去の苦難に満ちた体験が今の力として活きているからかもしれない。
 こういうツイート( https://twitter.com/kikue_idutsu )に接すると,ツイッターが戦争体験を語って人とのつながりを生み,自ら前向きに生きる上で役立っていることも有るのだと感じさせられる。

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