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zoom RSS 安井かずみがいた時代

<<   作成日時 : 2013/08/15 20:07   >>

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 島崎(旁の上部は「立」)今日子著『安井かずみがいた時代』(2013年2月28日集英社発行)を読み終えた。21回にわたって「婦人画報」に掲載されたものに,書き下ろしの1章を加えた一冊で,各章のタイトルに安井の作品名を冠し,延べ28人の証言と,38冊に及ぶ安井自身の著作(加藤和彦との共著を含む)からの引用によって構成された内容は,ZUZUこと安井かずみの生き様が「時代」とともに描き出され,ジャーナリストとしての島崎の力量が十分に発揮された労作で,読み応えが有る。
 著者は「あとがき」で,「書くにあたって、時代の他にもう一つテーマにしたいと考えたのは、安井かずみと加藤和彦との関係で有った」「支配されながら支配することもできる。支配していたのは安井かずみだったのか、加藤和彦だったのか。そして、私たちもまた誰かを支配しているのか、誰かに支配されているのか」と書いているが,私もまた,そのことに最大の関心を持って読んだ。
 加藤和彦が「ただ消えたいだけ」と軽井沢で自死したのは,2009年10月16日(62歳),加藤のマネージャーだった内田宣政の証言によると,「借りていた六本木のマンションの十二月までの家賃を支払っていたり、自分宛ての手紙は全部弁護士に転送するようにしてあったり、遺書も複数の人に送られてあった。だから完全にプログラムして、全部一人でやったのでしょう」という。
 たまたまその翌日の17日に,加藤の最後の出演になった9月20日開催の「南こうせつ サマーピクニックフォーエバー in つま恋」の録画総集編(4時間)がNHK・BS11で放映された。そのフィナーレで,加藤は,多くのトップアーティストと並んで,自作の『あの素晴しい愛をもう一度』を歌っている。
画像
                    (NHKテレビより)
 「死のうとするアーティストが、自分の出演番組のオンエアチェックなど、しないかも知れない。しかし、軽井沢のどこかでたまたま目にして…ステージからはよく見えなかったかも知れないお客さんの嬉しそうな顔を間近で捉えた映像を見て…自分の立ち位置からはよく見えなかったかも知れない他の出演者たちが、『あ・の・す・ば』というカウントで自分の曲を共に演奏し、共に歌う顔を見て…」せめてそれまで待ってもらいたかったと,「あなたのLiveを撮った最後のディレクターに」なった中原恵一郎は,同日付の自身のホームページKayn's Studio( http://www.kay-n.com/guestbook.shtml )の記事で惜しんでいる。
 加藤和彦の自死については,彼の私生活を知る多くの人たちが「ZuZuのところに行ったのだろう」と感じているようだ。
 前妻・福井ミカとの離婚ののち,1975年12月23日のパーティで出会った加藤と安井は恋愛関係に入る。以後1年半の同棲生活を経て,1977年4月23日正式に結婚。1994年3月17日に安井が55歳で永眠するまでの17年間,二人の暮らしは続いた。島崎の言葉にも有るように,二人の関係がどのようなものであったのかは,いろいろな見方がされているけれど,安井の主治医であった加藤治文・東京医科大学教授は,1993年3月に肺ガンと診断され,余命1年の告知を受けたとき加藤は,「じゃあ、その一年間、私はすべての仕事をキャンセルします」と言い切り,その後,入退院を繰り返す安井を「献身的に看病した彼の姿を一年間見てきた」「和彦さんはやさしく、世俗的でなく、私たちにはとても持てないような心を有した人」だった,と証言する。
 私には,二人の間に有ったものが恋なのか愛なのか分からないけれど,一致した価値感覚を根底に持ち,その点では恵まれた共同生活であったのは確かなことだと思う。人は,生きて行く上で,それぞれの立場での役を担わなければならず,一度引き受けた役を勝手に下りることはできない。そこで,加藤は,安井かずみの夫としての役を演じ続けたのではなかろうか。安井の葬儀の前夜式で,「悲しくなんかありません。ただ淋しいけれど」と述べた加藤のあいさつは,信仰による理由も在るかもしれないが,加藤の率直な気持ちを表しているように思われる。
 その後,1995年2月「安井とのことは完結しました」と言って中丸三千繪と結婚した加藤だったが,5年後には離婚している。安井の一周忌を待たずに中丸と結婚した加藤に対しては,さまざまな批難も有ったようだが,前記の加藤治文教授や,長年加藤と安井を見守ってきた渡辺美佐は,「彼はすべてをやり尽くしたんだから、いいじゃない」と感じたと言う。私は,彼の自死についても同様に,「彼は自分の役を演じ終えたのだから…」と思う。
 加藤和彦の名曲『あの素晴しい愛をもう一度』は,盟友北山修の作詞で1971年4月に発表されたものだから,加藤と安井が結ばれるよりはもちろん前の作品だが,「あの時 同じ花を見て 美しいと言った二人の 心と心が今はもう通わない…」と,その歌を口ずさみながら加藤は逝ったのかもしれない。

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