ShoGのボヤキ念仏

アクセスカウンタ

zoom RSS 亡き人を偲ぶ八月

<<   作成日時 : 2016/08/15 19:27   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

 これまでにも何度か書いたことだけれど,8月は,父と祖父が亡くなった月だ。1944年8月,海軍軍人だった父は,乗艦が米潜水艦の魚雷攻撃を受け,沈没した艦と運命を共にした。そのあと,遺された母と子で戦火を避けて疎開した母の実家で一緒に暮らしていた祖父が,1年後の8月6日,たまたま所要で出向いていた広島で原子爆弾の投下に遇い,還らぬ人になった。父も祖父も,家族の許には遺骨すら戻って来なかった。私の記憶の中には二人とも今も生きているけれど,14年前に母が96歳で亡くなったあと,思い出を語り合い確かめ合える相手がいなくなったのは,私にとって寂しいことだ。弟は健在だが,当時2〜3歳だった弟には具体的な記憶は無いことだろう。死後,その人のことを思い出す人がいなくなったとき,人は二度目の死を迎えると言われるが,やがて私が死んでしまえば,父と祖父は,生前の思い出を持つ者が誰もいなくなってしまうことになる。
 8月15日は,敗戦という形で戦が終わった日だ。戦争に因る死者を追悼する式典は今も各地で催されているものの,心から哀悼する身近な人は,年が経つとともに少なくなっていくことだろう。「国民の祝日」(休日)は次々に増えているけれど,戦没者を悼み反戦の思いを新たにする日が「国民の日」として制定されても良いのではなかろうか。まず頭に浮かぶのは,「敗戦の日」(8月15日),「原爆投下の日」(8月6日=広島,9日=長崎),「沖縄慰霊の日」(6月23日)等々である。
 そんなことを思っていたところ,図らずも,「戦争の実体験者は年々減少し、戦後生まれは国民の8割を超えるらしい。日々の暮らしからも、戦争の影は薄くなっている。」「戦争で亡くなった人々の遺徳をしのび、波乱に満ちた昭和史に思いをはせ、国民全員が戦争について改めて考え直さなければならない(「昭和の日」と同様に)終戦記念日も、祝日に制定すべきではないだろうか」という投稿(無職・内山秀明・岡山県・75)が目に留まった(8月15日付「朝日新聞・大阪本社版」)。「終戦記念」,「祝日」等の語には違和感を持つけれど,私の思いに通じていると感じたことだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
盂蘭盆会母の納骨ためらひて かへらぬ父の空(から)のカロート
いざよひ
2016/08/16 21:06
深読み勝手解釈「かへらぬ父の」原因は津波や海難でしょうか、それともあの忌まわしい戦争でしょうか。<おばあちゃん、お盆が来たね。だけどまだ納骨していないんだよ。だって、おじいちゃんが死んだ時、お骨は帰ってこないのに、お墓を造ったよね。だから墓所は空。それに遠い遠い所にあるしね。おばあちゃんがそこに入ったら、独りぽっちで寂しいじゃないの。だから当分、床の間に居てね。自宅だから毎日お線香をあげてあげるよ。ね、そうしよう。>
岡目七目
2016/08/17 21:26

コメントする help

ニックネーム
本 文
亡き人を偲ぶ八月 ShoGのボヤキ念仏/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる