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制度には人が必要

2017/02/25 19:26
 日本が戦争で負けて,学制も教育内容も大きく転換した時代,私は少年期を迎えていた。新制の中学校(3年)までが義務教育となり,その校舎を建てる間,小学校の放課後の教室で学びながら,校舎建築のための瓦運びなどの作業を手伝わされていた。男女共学ではあったけれど,教室は男女別々で,新築の校舎に入った後も,一つの教室でありながら,男女の席の位置は二分されていた。一つの机を二人で並んで使うようになっていた当時の座席に,初めて男女を一組にして座るようにしたのは私の担任で,興味を持った全校の生徒が覗きにきたものだった。
 英語が必修教科になったものの,戦後の田舎の学校では,十分な指導力を持った教師は少なく,最初に習った英語は,GiantsやTigersなど,復活したばかりのプロ野球チームのニックネームだった。そんな状態だったから,高等学校の入学当初に行われた学力確認テストでは,文法などまったく解らず,解答用紙全体に大きく斜線を引いて提出した。以来,「英語」に関する学習意欲はまったく持てず,案じた母が苦しい家計の中にもかかわらず家庭教師を頼もうかと言ってくれたけれど,それも断り,「英語」には,大学を出る最後まで悩まされた。
 今,「英語」を小学校の必修科目に組み込もうとする動きが有るけれど,私が気に懸かるのは,十分な能力を備えた指導者が全ての学校に行き渡るだけ確保できるのかということだ。どんな分野でも優れた人材を育てるのは時間が掛かることで,急場凌ぎの方法で養成できるものではあるまい。
 同じことは,医師の養成にも言えよう。社会の高齢化が進み,認知症が懸念される高齢者も増えている。3月の施行が予定されている改正道路交通法では,「認知症のおそれ」が有ると判定された75歳以上のドライバーは,運転免許の更新時に受診を義務づけるという。高齢ドライバーの事故が多い現状では当然の対処だと思うけれど,運転をしない人でも早期治療を要する人は少なくなく,専門医不足のために,そういう患者への診療やサポートが滞りがちの現状だとも聞く。これまで問題になることが少なかったために,専門医の養成が遅れているという事情も有ろう。
 教師にしろ医師にしろ,優れた技量を持った人材の育成は一朝一夕にはいかず,時間が掛かるはずだ。高齢者世帯の日常生活に欠かせない移動手段の確保も,社会体制として不十分だ。いつものことながら,前提となる現場の実態を踏まえることなく,制度だけを先行させようとする中央のお役所感覚では,危惧されることが多すぎる。
 それでも,貧しい暮らしをしている多くの庶民の生活感情が解っていない「ブレミアムフライデー」よりはまだ正当な発想と言うべきか。
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「往生」のとき

2017/02/20 19:22
 「謹啓、当家主○○○○儀、□月□日、安楽国に旅立ちました。お別れの場は改めて設けず、見送りは、家族のみで致しましたが、当地で長年賜りました御高誼に深謝致しつつ往きました。出立に当たっての自宅での設えは一切不要、御交誼頂いた方々のお訪ねもお断り致すようにと申し遺しましたので、失礼ながら、当人の意志に従いたいと存じます。御諒解くださいますよう伏してお願い申し上げます。敬白。」
 このような文面をB4用紙に楷書体で記して門前に張り出す夢を見た。自分自身で掲示したのか,予め用意しておいて家族に張ってもらったのか,夢のことだから定かでない。思い当たるのは,今年の正月に家族が顔を揃えたとき,「私も老いた」という述懐に対して,「そのときにはどうすれば良いか,言い置いてほしい」と息子に言われたことが頭に残っていたのだろうということだ。
 何年か前から,夢を見ても,醒めたあとで,楽しかったり,はつらつと動いていたりという漠然とした気分が残っているだけで,その具体的な内容はほとんど思い出せなくなっているのだけれど,今回は,文面やそれを推敲したプロセスまで覚えているのが不思議に思われる。あるいは,夢うつつの状態だったのかもしれない。
 もともと私は,苦しかったり辛かったりする夢は見ないほうだ。現実でも,少年の時代には,口に出来ないような屈辱的ないじめを受けた嫌な経験も有るけれど,それを気持ちの上で傷として残すことは無かった。幼いながら持っていた誇りが乗り越えさせていたように思う。以来,夢でも現実でも,苦しいことは自ら対処して解決してきた。
 前記の文章にも暗い気分はまったく無く,「往生」した際の処し方を前向きに考えているということだ。現実の場面で実現できるかどうか分からないけれど,私の気持ちを正直に表したものだから,この文章を息子に渡して置こうかと思う。そのうえでどう処すかは任せるしかない。有縁の方々が「見送りたい」と言われて,後日,「偲ふ会」でも催してくださるとすれば,私にとって身に過ぎる倖せだと言えよう。
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立春の卵

2017/02/16 20:27
 「立春の卵」という言葉が話題になったのは,戦後1年半ほどしか経っていない1947年の春だった。一年のうち立春の日に限って卵を立たせることができるという話だ。物理学者の中谷宇吉郎さんが自分でも試みて,「立春の卵」という随筆を書いたのはその直後のことで,疎開先の母の実家で暮らしていて,まだ少年だった私は,直接読むことは無かったけれど,結論は,いつでも誰がやっても立つということだったようで,一年のうちで最も冷え込みの厳しい立春の頃は卵の中身が動きにくく,立ち易いのだとも聞いた。当時,テレビはもちろん無い時代だし,冷蔵庫も各家庭にまでは普及していなかった。冬の寒さの頂点は「紀元節」(現在の建国記念の日)だということを聞いた覚えも有る。
 今年の立春も建国記念の日も既に過ぎたけれど,厳しい寒さはまだ続いていて,老いた身には年々辛く感じられる。朝はいったん眼を覚ましても,立ち上がると足も頭もふらついて起き辛く,一日中眠い状態が続き,体を動かすのも億劫で,洗髪,髭剃り,片付け,掃除など,日常的な作業をするのも気が進まない。「ごみ屋敷」の問題を聞くことが有るが,身の周りのごみを放置する気持ちも解る気がする。
 自分自身を放任,放置してしまう,自分の生活に極度に無関心となり,必要な医療や介護の支援を自ら拒む,家の内外にごみを散らかす,他人との関わりを拒否する等々の状態を「セルフネグレクト」と呼び,「大規模調査を実施した米国では、高齢者の9%、年収の低い人や認知症の場合は15%に及ぶ」(東邦大学教授・岸恵美子=1月20日付「朝日新聞」)ということだが,その状態に近付きつつあるのではないかと危ぶまれる。
 立つどころか,蒲団を被って転がったままでいたいのが,寒さのまだ当分和らぎそうにない今の時季の私の状態だ。
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それを言っちゃぁおしめぇよ

2017/02/12 19:28
 人との会話の中では,心の内に在っても口に出してはならないことが有る。また,話題にしたくても,聞き手にとっては興味の持てないことも有ろう。しかし,単なる雑談で終わると分かっていながら,内に閉じ込めてばかりいると気が晴れないので,自分で納得するために口にしたい場合も有り,そういうときは,ひそかに独り言を呟く。「つぶやき」とは,本来そういうものではなかろうか。
 それを自己確認だけに留めて,中に閉じ込めておく辛抱ができなくて,表に出してしまうのが「ツイッター」ではないかと思われる。「ツイート」のもともとの意味は「つぶやく」ということだと知れば,その心情はよく理解できる。
 ところが,現代は,本来表に出すべきではない内心の思いまで,ネットの世界で露わにしてしまう傾向が見られ,また,その片言隻句を取り上げて騒ぎ立てることも少なくない。誰もが気軽に発言できるネット社会は,人々から辛抱や熟慮を失わせているように思われる。表に出すからには,真意ができるだけ伝わるよう,「つぶやき」に止めることなく,言葉を尽くす努力も必要なのではなかろうか。
 トランプ米大統領の度重なるツイッターでの発言も,その類いだと思われないでもない。おそらくそれが本音なのだろうと思うし,ときには(フロリダ州の別荘を手に入れたとき?のような)商取引感覚で,脅しを含んだ観測気球を上げているような気もするけれど,大統領という立場では軽々しく口にすべきでない内容も多く,思慮分別に欠けることだと感じざるをえない。
 これは,日本の政治家のツイッターでもよく見られることで,あとになって「言葉が足りなかった」と弁明するようでは軽率のそしりを免れない。
 必要な連絡や,単純な心情吐露などには有用かもしれないが,意見表明での軽々しい「ツイッター」の濫用は,日常会話で言ってはならないことと同様,慎んだほうが良いように思う。
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退職者の集まり

2017/02/09 11:56
 定年を過ぎてから,かつて勤めた職場の仲間の懇親的な集まりや出身学校の同窓会などに顔を出す機会が増えたけれど,それぞれの会の性質によって,雰囲気や会話の内容にずいぶん違いが有る。
 特徴的なことを言えば,職場や組織のOB会的な集まりでは,過去の限られた知識と経験を基にした狭い範囲の話題になりやすく,特に男性ばかりだと,偏った価値観による判断と意見が多くなるように思われる。私の感じる範囲でそれが際立つのは,中央官僚や教員の退職者の場合だ。官僚や教員こそ,本来,広い知識と経験が必要とされる仕事であるはずなのだが,どちらも,学校を出たのち真っすぐにその世界に入り,他の社会の現場を体験する機会が少ないためか,視野の拡がりや周囲の他者への細かい気配りに欠けがちで,一方的な立場に囚われ,権威に頼り,独善的な人物が少なくないように感じられる。文部科学省の組織的な「天下り」あっせん問題などは,その仲間意識が生んだ弊害の最たるものだろう。
 いわゆる「二世政治家」にも,共通点が見られるし,一方で,商売人としての経営感覚をそのまま国政に持ち込む政治家も困るけれど……。
 しかし,どんな仕事にしても,真に適性を持ち,信頼できる人の数はそれほど多くはない。今,介護士や保育士の数が不足していると言われるが,だからと言って,数さえ揃えば良いというものでもあるまい。そのような職場で次々と問題が起こっていることがそれを表している。必ずしも適性だとは言えないような人でも現場で役立つようにするためには,真の能力を備えた人による指導や組織としてのシステムの構築が重要になってくるのではなかろうか。
 ところで,前記したような,限られた視野の人たちの集まりの中にも,女性が入ることによって,場の空気が少し変わってくることが有る。女性が混じると,話題の幅が拡がる。配偶者による影響も有ろうし,女性のほうが,発想が暮らしに即して多岐に亙るからだろう。その点,卒業した学校のクラス会などの場合は,特に高校までの同期生だと,その後の人生がさまざまなので,率直な会話の中には興味深い話も有って,教えられることも少なくないと言えよう。
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「ミテル」

2017/02/01 19:18
 「朝日新聞」の朝刊に連載されている鷲田清一さんの『折々のことば』で,土佐(高知県)の方言で人が「亡くなった」ことを「ミテタ」と言う(竹村義一「土佐弁さんぽ」から)と紹介されていた(1月28日)。私のルーツは土佐なのだが,1954年に祖母が亡くなった後,年数が経つうちに,かつての本籍地には縁者もいなくなり,1988年に本籍と墓地を現住地に移した。それまでも,自分自身が高知県で暮らしたことは無いので,その言葉は知らなかった。むしろ少年時代を過ごした山口県で聞いた記憶が有るけれど,それは,日常の暮らしの中で,味噌・醤油などの消耗品を使い切って,無くなったという意味だった。鷲田さんも「ミテルは、人が死ぬこと、物がなくなること。『満たす』の古い形で、いっぱいにするという意味だそうだ」と記している。そこから転じて「使い切る」ことを言うようになったのだろう。そう考えれば,人の死も,命を「使い切った」ということになる。
 倉持保男・編『方言小辞典』(東京堂出版)に当たってみると,「無くなる」→「ミテル」岡山・広島・島根・山口・愛媛大三島・高知・大分東北部,「死ぬ」→「ミテル」岡山西南部・徳島中部・高知という記載が見つかった。耳から聞くだけだと,「見てる」と思い違いをしそうで,私だと,都はるみが唄った『アラ見てたのね』(関沢新一作詞・市川昭介作曲 1966年)というフレーズを真っ先に思い浮かべるのだけれど……。
 年が改まって早くも1か月がミテタ。私の齢になると,月日の経つのが速く感じられ,余命を日々使い切って行くような気持ちになってくる。月の末日を「尽(じん)」と言うけれど,これも「ミテタ」に共通する表現だろう。しかし,その月が終わっても,一夜明ければまた新しい月が巡ってくる。カレンダーに書き込んだ予定も有る。
 体力が衰えたから気力も衰えるのか,あるいはその逆で,気力の衰えが先なのか,分からないけれど,私は,体力の衰えは否めなくても,まだ気力が衰えたとは思っていない。私の人生としては既に「満願」と言っても良かろうが,少なくとも妻を置いて先には逝けないと思っているし,わが子の行く末をはじめとして,先行きが気に懸かり見届けるまでは生きていたいと思うことも少なくないから,こればかりは思いどおりにはなるまいが,まだ命を使い切るわけにはいかないと思っている。私のその余生を「見てる」のは,2002年に天寿を全うした亡母だろうか。
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ShoGのボヤキ念仏 2017年2月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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