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zoom RSS 永六輔は生きている−−知らなかったこと・続

<<   作成日時 : 2017/03/21 19:46   >>

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 「人の死は一度だけではありません。最初の死は、医学的に死亡診断書が書かれたとき。でも死者を覚えている人がいる限り、その人の心の中で生き続けている。最後の死は、死者を覚えている人が誰もいなくなったとき。そう僕は思っています」(「永六輔のお話し供養」2012年12月刊・小学館)
 「人の死」についての同様の思いを,これまで私も,どこかで聞いたこととして何度か書いてきたけれど,永六輔さんの言葉だったということを,BS朝日のザ・ドキュメンタリー(3月16日)永六輔「上を向いて歩こう〜黒柳徹子が語る“心の友”〜」で知った。
 昨年7月7日に83歳で亡くなった永六輔さんについて,雑誌「話の特集」の編集長として交わりの深かった矢崎泰久氏が,9月11日の「朝日新聞」(読書欄)に,「永六輔 その世界」と題して書いている文章の最後に,「(永六輔作品集「上を向いて歩こう」というCDに収録されている)『ここはどこだ』を是非聴いて欲しい。沖縄への想(おも)いと深い反戦の意志が聞こえてくる」と有るのを読んで,「そういう曲が有ったのを知らなかったので,まだ知らないことが有ると痛感しながら,早速,ネットで探して聴いた……」と書いた(2016.9.13「知らなかったこと」)けれど,「知らなかったこと」がまた一つ増えたことになる。
 同じ番組で,「生きているということは、誰かに借りをつくること。生きていくということは、その借りを返してゆくこと。誰かに借りたら誰かに返そう。誰かにそうして貰ったように、誰かにそうしてあげよう」という言葉も紹介されている。これもどこかで読んだ覚えが有り,心に残っているのだが,永さんの言葉だとは知らなかった。
 また,永さんが大学生のときに民俗学者・宮本常一さんから言われた「スタジオでものを考えるな。放送の仕事をするなら,電波の飛んでいく先に足を運び,そこで見てきたこと,聞いてきたことを,スタジオに持ち帰って発信しなさい」という言葉が,その後の永さんの仕事の基になっているということも教えられた。私とは地縁の有る宮本常一さんと永さんとがそういうところで結び付いているということに,「人の縁」についての思いを深くする。
 かくて,永さんは今も,私の「心の中で生き続けている」。

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コメント(2件)

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今日はいいちらりほらりの桜だもん 井伊掃部頭春の菩提寺
いざよひ
2017/03/22 20:34
深読み勝手解釈 東京は先日開花宣言が出ました。ウィキによれば桜田門外で横死した井伊掃部頭直弼の菩提寺は東京都世田谷区の豪徳寺にあり、桜の名所とか、「いい」は<良いの意と井伊>であり「桜だもん」は<桜だなあと云う感嘆の意と桜田門>の掛詞でありましょう。また「掃部頭」は<カモンノカミでcome onに通じ>「春」とありますから<春よ来い>とも、いやここまでは考え過ぎでありましょうか。
岡目七目
2017/03/23 20:26

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