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zoom RSS 南無阿彌陀佛

<<   作成日時 : 2017/06/12 20:43   >>

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 母が96歳で亡くなってから,この6月で15年になる。母の没後,毎朝欠かさず仏壇に向かって「佛説阿彌陀經」を唱えてきた。特に信仰心を持っているわけではないのだけれど,母が生前欠かさず唱えていたので,母の供養のつもりで引き継いできたことだ。しかし今では,毎朝10分余りの読経が,腹から声を出す機会が無くなった私自身にとって,健康法の一つになっているとも言えよう。もっとも最近は,思うように息が続かず,声も出し辛く感じるようになってきた。一方で,読経の前後に「南無阿彌陀佛」と名号を唱えると,少年時代の一時期一緒に暮らしていた母方の祖母が,「ナマンダブ,ナマンダブ」と折々小声で口にしていた姿を思い出し,私の称名も,音調が祖母に似てきたような気がしている。 
 人は加齢とともに,体のあちこちに苦痛が生じ,痛まないまでも,体力を消耗して辛く感じることが増えてくる。体調が優れないと,人に対しても,苛立ちを感じたり不快感を抱いたりする場面が多くなるようだ。それやこれやで気持ちが落ち込み,何かにつけて嘆息を漏らすことが有る。
 「南無阿彌陀佛」は,阿彌陀如来に辛さを訴えたり,救いを求めたりする言葉だと思うのだが,「あー」とか「ふー」とか,愚痴っぽい気分を伴う嘆息よりも,自らの気持ちを安らげる力が有るのではなかろうか。老いた祖母が名号を口にしていたのは,何が辛くて自分を慰めていたのだろうかと,今にして思う。
 私も,老いて生きることの辛さを感じるとき,「往生安楽国」を願い,阿彌陀如来のお迎えを待つのに近い気持ちになっているときが有るけれど,私が先に逝くと,遺った妻が困惑することも有ろうかと考えると,自分だけが楽になるわけにもいくまいと思いつつ,「ナマンダブ,ナマンダブ」と呟くことになる。

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内 容 ニックネーム/日時
亡き祖母の指に余れる金指輪 鎮座まします亡母のつづら
いざよひ
2017/06/13 20:32

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