ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 思い出すこと

<<   作成日時 : 2017/06/18 15:38   >>

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 私が大学生だったとき,当時,出来て間も無かった予備校にアルバイトに行っていた。校名は広島英数学館,館長は田中勉と言い,のちに,西日本最大の私立学園組織「学校法人・加計学園」を作り上げた加計勉氏(1923〜2008)で,広島英数学館の設立がその出発点になる。そのころはまだ30代に入ったばかりだったと思うけれど,大柄で温厚な人だったという印象が残っている。予備校のアルバイトと言っても,授業を受け持つ力は私にはまだ無かったから,当初は,模擬試験の監督の仕事だったが,なぜか,館長に認められ,各地の高校を訪問して模擬試験の参加者を募る仕事を任せられ,主に山口県を担当して学校巡りをした。
 加計氏は,戦中の広島高等師範学校の出身で,卒業後赴任した兵庫県立姫路工業学校の生徒と共に陸軍に召集され,生徒たちを引率して小倉の戦闘機工場に配属となった。その折,引率責任者として生徒たちの待遇改善を求めて,軍側責任者と対立したことも有ったと言われる。
 戦後,広島文理科大学に入り直し,卒業後数年間の教職経験を経て,自ら学園を設立したのちは,「私学にしかできない,よりリベラルでアカデミックな場所を」という理念の実現を目指して,岡山理科大学をはじめ多くの学校の経営に当たったが,「教育者を名乗るのは現場の先生方に対しておこがましい」と,自らは「教育事業者」を名乗ったという。
 以上は,私の個人的な思い出と,のちに仄聞した氏の経歴だ。私としては,大学を卒業したのちはまったく関わりの無いまま過ごして来たけれど,最近になって,加計学園が安倍首相との関連で報道され,世間から注目されているので,思い出すことになった。
 氏が85歳で亡くなったあと学園を継いだのは息子の孝太郎氏だというが,その人柄はまったく知るところでない。孝太郎氏と安倍首相とは,アメリカ留学時以来長年の親交が続く仲だと聞くけれど,孝太郎氏が事業欲を満たすために首相を利用しようとしたのか,首相が現在の権力を誇ろうとしたのか,はたまた,首相の取り巻きが過度に「忖度」を働かせたのか,いずれにしても,「原子爆弾によって廃墟と化した広島の街を前にして教育による日本の復興を志した」という,かつての勉氏の気持ちからは遠いことのように思われる。

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内 容 ニックネーム/日時
願カケて大臣(おとど)にカケしカケ橋も 心カケ(欠)れば全てカケ捨て
いざよひ
2017/06/19 20:44

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