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みんなの「老い」ブログ


今にして思う

2017/06/30 15:25
 加齢とともに,楽しめなくなったことが増えている。
 旅行や行楽をはじめ,映画鑑賞など,時間を要する外出は,出掛け辛くなったし,時間の余裕ができたときの楽しみにしようと思って保存しておいたビデオや,ゆっくり読み直せると期待していた書籍も,今になってみると,視力の衰えで,思っていたようには楽しめない。それよりも横になって体と目を憩めるのが一番だと感じるときのほうが多い。
 外食はもとより,同様に老いを託ちながらも私の身を案じて悩んでくれている妻の心尽くしの手料理も,噛み辛い,飲み込み難いときが有って,楽しむところまではなかなか行かない。硬いものに限らず,野菜類でも,繊維質のものは食べ辛いし,米飯やパンでさえ,喉を通り難いときが有る。かといって,粥や,軟らかく煮込んだ老人向きの料理には食欲が湧かないので困る。
 96歳まで元気で生きた母が晩年,朝食時の食パンを,温めた牛乳に浸して食べていたのを想起する。愚痴めいて訴えることは少なかった母だけれど,私には気付けなかったことも有ったろうと,今にして思う。
 私としても,自分のことで愚痴っぽいことは言いたくないと思うのだけれど,このようなことをブログに書くのは,現実を客観視する意味のほかに,社会の高齢化の中で,やがては私と同じ年齢に達する人たちに,のちになって思い当たる前に,知っておいてほしいという気持ちからだ。離れて暮らしている息子にも,老いた両親の実態を知って,先行きのことを考えておいてもらいたいという思いは有るものの,まだできるだけ心配を掛けたくはないし,彼等にしてみれば,気には懸かっても,今どうにもならない「ボヤキ」を聞いても辛い思いをするだけなので,避けているところも有ろうかと察しられる。彼等には彼等の暮らしが有るのだから,それはそれで良いことだと思っている。
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「ミテル」

2017/02/01 19:18
 「朝日新聞」の朝刊に連載されている鷲田清一さんの『折々のことば』で,土佐(高知県)の方言で人が「亡くなった」ことを「ミテタ」と言う(竹村義一「土佐弁さんぽ」から)と紹介されていた(1月28日)。私のルーツは土佐なのだが,1954年に祖母が亡くなった後,年数が経つうちに,かつての本籍地には縁者もいなくなり,1988年に本籍と墓地を現住地に移した。それまでも,自分自身が高知県で暮らしたことは無いので,その言葉は知らなかった。むしろ少年時代を過ごした山口県で聞いた記憶が有るけれど,それは,日常の暮らしの中で,味噌・醤油などの消耗品を使い切って,無くなったという意味だった。鷲田さんも「ミテルは、人が死ぬこと、物がなくなること。『満たす』の古い形で、いっぱいにするという意味だそうだ」と記している。そこから転じて「使い切る」ことを言うようになったのだろう。そう考えれば,人の死も,命を「使い切った」ということになる。
 倉持保男・編『方言小辞典』(東京堂出版)に当たってみると,「無くなる」→「ミテル」岡山・広島・島根・山口・愛媛大三島・高知・大分東北部,「死ぬ」→「ミテル」岡山西南部・徳島中部・高知という記載が見つかった。耳から聞くだけだと,「見てる」と思い違いをしそうで,私だと,都はるみが唄った『アラ見てたのね』(関沢新一作詞・市川昭介作曲 1966年)というフレーズを真っ先に思い浮かべるのだけれど……。
 年が改まって早くも1か月がミテタ。私の齢になると,月日の経つのが速く感じられ,余命を日々使い切って行くような気持ちになってくる。月の末日を「尽(じん)」と言うけれど,これも「ミテタ」に共通する表現だろう。しかし,その月が終わっても,一夜明ければまた新しい月が巡ってくる。カレンダーに書き込んだ予定も有る。
 体力が衰えたから気力も衰えるのか,あるいはその逆で,気力の衰えが先なのか,分からないけれど,私は,体力の衰えは否めなくても,まだ気力が衰えたとは思っていない。私の人生としては既に「満願」と言っても良かろうが,少なくとも妻を置いて先には逝けないと思っているし,わが子の行く末をはじめとして,先行きが気に懸かり見届けるまでは生きていたいと思うことも少なくないから,こればかりは思いどおりにはなるまいが,まだ命を使い切るわけにはいかないと思っている。私のその余生を「見てる」のは,2002年に天寿を全うした亡母だろうか。
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年齢の境界

2017/01/09 19:34
 年明け早々,これまで「高齢者」として扱っていた65歳以上を75歳以上に改め,65〜74歳は「准高齢者」とするという報道が有った。医療や保険の制度として直ちに適用されるということではなく,1月5日に発表された日本老年学会・日本老年医学会からの提言だ。これによると,私も「後期高齢者」ではなく,単なる「高齢者」に格下げ?されることになり,90歳を超えたとき,初めて「超高齢者」と呼ばれることになる。しかし,「准高齢者」には,老化に伴う症状はまったく無いのだろうか。
 私がまだ「後期高齢者」の中には入れられていなかったころを思い出そうとしてブログを検索してみると,「最近,根気が続かなくなった」「何をしても,集中力が続かない」「全てを自己中心的に考え,自分の基準から外れることは否定しようとする」「自我が剥き出しになり,他者に指図をしたがり,逆に,指図をされると強く反撥する」等々の症状を「老化の病的な現れ」だと感じ,「そういう老化傾向が感じられる人」は政治家の中にもいるようだし,「年齢に関係なく,最近は,若い人の中にも見られるようだ」と書いている(2006年5月6日「老いの病」)のが見つかった。
 私自身はまだ若かったころに,「六十の三つ子」と言葉を聞いたことが有る。もともとは関西の「いろはガルタ」の中の言葉のようだが,齢を取ると(60歳を超えると)三歳児のような精神状態になるという意味で,老化現象を指摘したものだ。平均寿命の延びている現代で「六十」は当てはまらないかもしれないが,注意力や咄嗟の判断力が衰え始めるのは,多発する高齢者の自動車事故を見ても,否めないのではなかろうか。肉体的な寿命は延びたとしても,精神の老化は加齢とともに進んでいると思われる。
 自己主張・自己顕示が顕著になり,聞きかじりの知識をひけらかせ,独善的な理屈で武装しようとする。自分の状態に無自覚,無反省になり,欲求は思いつきに任せて拡大するばかりで,それを抑えられたり否定されたりして思いどおりにならないと,三歳児がだだをこねるように苛立つ。
 「学会」や「会議」と呼ばれる組織の内実は解り難いけれど,提言の対象となる人の実態が真に掌握できているのだろうか。最近では,政権が何かにつけて「有識者会議」なるものを立ち上げ施策に利用しようとする傾向が有るけれど,高齢で,判断力の疑われる「有識者」の意見も多いと感じている。
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老いては・・・

2016/12/29 17:56
 「老いては子に従え」という言葉が有るけれど,同年輩の知人の誰彼から,たまの機会に話を聞いていると,わが子から批判されたり,日常の暮らしぶりに注文を付けられたりすることが増えているようだ。中でも,娘からの批判や注文が多いようで,同様に,妻からの批判も,老いるとともに増してきて,日常の挙措などに対して口うるさく言われるというボヤキを聞かされることも有る。加齢によって,弱点が露わになるということも有ろうが,娘や妻からの批判が多いということは,女たちがこれまで抑圧されていて言わずにいたことを表に出して,遠慮なく注文を付けるようになったという点で共通しているのではなかろうかと思われる。
 幸か不幸か,私の場合は,娘が無いし,二人の息子は,離れた所で別に暮らしていて,日常的に触れ合うことが少ないので,それだけ,批判される機会も無いということになる。その反面,何かにつけて力が衰え,手助けしてほしいと思うときも有るのだけれど,一緒に暮らしていないと,老いた私の実態に気付いていないということも言えそうだ。息子たちの力を借りないで済むよう,互いに老いた妻と二人で支え合い,できるだけ負担を掛けないで暮らしていかなければならないと思い定めてはいるものの,それだけに,「いつまでも有ると思うな親と金」と言いたくなることも有る。
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夏から冬へ

2016/10/22 19:37
 3か月ごとの検査と診察で病院に行ってきた。血液と尿の検査には問題が無く,放射線治療から2年が経って,経過は順調だということだけれど,診療の待ち時間と利用する交通機関で要する時間とを合わせても3時間足らずのことで感じる疲れが毎回増してくるように思う。病院で疲れることは無いものの,駅や病院直通のバス停までの往復が体にこたえるようになってきた。
 この夏の暑さには,室内で静かにしていてさえ疲れの蓄積を覚えた。やっと涼しくなってきたと思うと,今度は気温の低下で身体機能の衰えを感じることが多い。やがて来る冬の寒さが今から気に懸かる。庭の百日紅や芙蓉の季節が終わり,今は金木犀が花盛りで,毎年自力で処理している樹木の剪定に取り掛からなければならない時季だけれど,背を伸ばしたり腰を屈めたりするのが辛くなってきているし,脚立の昇降も心許ないので,体調を見極めて,慎重に少しずつ対処しなければなるまい。作家の赤坂真理さんは,小さい頃,「家の庭に年に一度、植木屋さんが入る日。ある日学校から帰ると、庭の木々が枝を落とされて、すべてきれいに掻き清められている」のを見たとき,「冬の初めの日」と思ったと書いている(『作家の口福』・10月22日付「朝日新聞」)。また,「秋は年々短くなる。冬の前はすぐ夏だ」とも言う。私も実感することだ。
 スポーツのシーズンも境目に掛かっている。私にとって,スポーツの記録を整理するのが暮らしの中での楽しみなのだけれど,例年なら夏の間に片付いていた今年度のプロ野球全選手の球歴を記録した名鑑と索引の作成がまだ残っている。高校や大学,社会人野球も,シーズンの終わりが近付いて,そのまとめも有る。そのうちに,駅伝やマラソンのシーズンが酣になれば,その記録や名鑑の作成も放っておけない。自分自身が来年も元気でいられるかどうか分からないのに,何の役にも立たない記録を残してどうなるのかと思いつつ,60年以上,生きている証しのように続けていることを,今さら止める気にはなれない。所謂「終活」と逆行する行為で,私の死後,遺った家族には迷惑を掛けると思うものの,遺骸の火葬や埋葬は家族に頼らねばならないのだから,遺品も同様に考えて対処してもらうしかなかろう。
 今年のプロ野球ドラフト会議が終了して,新しい有望な選手の来年度の活躍が楽しみだが,その一方で,例年この時期,戦力外通告を受けて心ならずも去って行かなければならない選手が少なくない。今年も,選手生活を全うして自ら引退を表明した人以外に,育成契約の21名を含めると,現段階で85名が通告されている。その中には,30歳未満で登録年数がまだ5年以下の選手も15名含まれていて,いずれもドラフト会議で当時注目を集めた選手たちだ。今後,他球団のテストを受けて採用されたり,社会人チームに受け入れられたりする者も有ろうが,それは限られた数で,多くは別世界での多難な前途が想像される。プロ野球界に限ったことでは無いけれど,生きるというのは辛いことだと思わざるをえない。既に人生の終わりが見えている私の辛さなど,比べるべくもないことに思われる。
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葬送の形

2016/09/29 19:46
 最近,「小さなお葬式」を勧める業者のPRや,簡素な葬儀に関する報道を目にすることが増えた。葬儀に多額の費用を要することから,一般庶民としては,できるだけ安く済む方法が求められているようだ。私の場合も,妻と私自身と,どちらが先になるかは分からないものの,遠からず直面しなければならない問題だ。その費用を残しておかなければならないと思いつつ,年金の手取り額も減るばかりで,長く生きるほど余裕は無くなっていく現況では,そのときのことが案じられる。
 「火葬式」,「一日葬」,「家族葬」など,各種のプランが紹介されているけれど,逝く者としては,どんな形であろうと骨の始末さえしてもらえれば良いと思うものの,故人を弔いたいと念じる知人縁者の気持ちを考えると,さてどうしたものか,迷うことは多い。葬儀そのものは家族だけで済ませたとしても,後日弔問に訪れる人が有れば,その応対だけでも,かえって煩わしいことになりかねない。
 その点では,湯潅から葬儀まで一切を専門業者に委ねれば,労少なくて滞りなく了えることができるかもしれないが,「小さなお葬式」の業者が設けている式場が近くに無ければ,参列してくれる人にも不便な思いをさせるし,家族にとってもそれなりに厄介なことだ。
 それやこれやを案じ始めると,安心して死ぬこともできかねる。(老後の保障を求める老人は)「いつまで生きているつもりなのか」と言った政治家がいるけれど,政治や行政の力で,知人縁者の集まりやすく,多額な費用を要さないで葬儀が催せる場所を設けてもらえれば,今の世に敢えて生き長らえたいとも思わない老人が心置きなく安楽国に赴けると思うのだけれど……。
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人生あとさき

2016/08/27 19:05
 結婚当初から,妻の寿命は私より短いとひそかに思い,妻の最期は私が看取るつもりでいた。亡きあとの暮らしも,自分で処理して行くと覚悟していた。ところが,二人とも思いのほか長く生きて,これからは老老介護の情況が予測される中で,体力の衰えとともに私の自信もしだいに揺らぎ,むしろ私のほうが先に逝くかもしれないという不安を持つようになっている。もしそうなったら,老いた妻に苦労をさせた上に,遺して行くことになるのが,いろいろな面で気懸かりだ。
 今は昔,「人生二回結婚説」を唱えた人物が在った。大脳生理学者で,1936年下期の直木賞受賞作家でもある林髞=作家名・木々高太郎(1897〜1969)だ。詳しくは忘れたけれど,初婚では20歳年長の人を選び,20年後には離婚して,今度は20歳年下の相手と再婚するのが,男女ともに理想だとする説だったと記憶している。今で言えば「年の差婚」ということになろうが,では40年後にはどうすれば良いのか,そこまでの言及は無かったようだ。もともと性生活に視点を置いた説で,老後のことまでは考慮していなかったのかもしれない。
 昔のように,老いては,子の許で暮らすのが当たり前だった時代であれば,老後のことまで考えなくて済んだかもしれないが,核家族化が進行した現代では,事情は異なる。私としても,これまで,わが子に対して,親として出来る限りの力になりたいが,子の生き方には干渉すまい,と思って生きてきたけれど,今では,老いて子どもの足手まといにはなりたくないと念じつつも,所詮,最後の始末は子に任せるしかないのかと,そのときを思って懸念することも少なくない。
 私が,長年一人暮らしを続けていた母を呼び寄せて同居するようにしたのは,母が60代になってからのことだった。その母が天寿を全うしたとき,私は既に60代後半になっていたけれど,最期を見送り,七回忌を勤め終えたころまでは,子としての務めを滞りなく果たせたと思っている。しかし,今であれば,同様な対処を負担とせず果たせるかどうか心もとない気がする。現に十三回忌は催せなかった。
 夫婦に限ったことであれば,「人生二回結婚説」を現代的に敷衍し,「年の差婚」をもっと拡げて,30歳くらい年長の配偶者の最期を看取った後で,30歳ほど若い連れ合いを得て,順送りにその世話になるのが望ましいことかもしれないが,それには,心置きなく生活できる経済的な裏付けが必要になろう。
 いずれにしても現実には考え難いことで,老いて衰えるというのは,現代に生きる人間の「業(ごう)」としか言えないことに思われる。
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日々ルーティン

2016/08/17 19:31
 朝,寝床から起き上がろうとするとき,「このまま死んでしまいたい」という既に60年近く前に唄われた歌謡曲(「アカシヤの雨が止むとき」)のフレーズを思い浮かべる。起き上がる力が体に湧いてこないのだ。自然に死んでも不思議は無いとさえ思える。何とか起き出して,玄関の鍵を外し,新聞を取り込み,各部屋の雨戸を開け,曜日ごとに定められている分別ゴミを収集場所に出し,手洗い・洗面を済ませたのち,仏前で,母の没後の習慣になっている毎朝の読経を果たす。僅か10分余りのその読経も,最近は息が続かず,声を出し難くて,辛く思えるときが有る。その間に妻が調えてくれている朝食を摂り,食後のコーヒーを飲んで,ようやく少し目覚めた気持ちになる。
 まだ死なずにいるからには,欠かせない営為が有る。パソコンを起動し,まず受信メールをチェックする。前夜から朝までの間に20〜30件のメールが入っているけれど,ほとんどはPRがらみのもので,「知らせ」と言えるものではない。特に最近は,個人的な関わりの有る人からの「便り」は,互いに齢を取ったせいもあって,稀にしか送られてこないので,受信メールと言っても,チェックだけして削除する作業で終わることが多い。
 次に,肉親や知友のブログやツィッターのサイトにリンクして,新しい情報を確認する。これも,インターネットを利用している知友は,年代が上がるほど少なくなり,限られた数でしかない。それでも,その人たちの動向を知るために,ともかくリンクしてみるのだけれど,一か月近く書き込みの無い場合や,中には半年も途絶えている人も在って,気軽に問い合わせるわけにもいかない相手だと,安否が気懸かりになるだけだ。
 それから新聞に目を通し,記録として残しておきたい事柄を書き写し終えるころに,ようやく足腰に力が入るようになり,体が動き始めるので,昼食の後,ちょっとした所用で出掛けたり,外周りの作業に取り掛かったりするのだけれど,猛暑日が続く昨今だと,その時間には気温が上がって,今度は体に掛かる負担が大きくなり,ひどく疲れてしまう。ブログの書き込みが途絶えがちになるというのは,他人事でなく,私自身,読んでくださっている方に心配を掛けているのではないかと思いながら,7月から8月にかけて一か月近く書き込みを怠ってしまったのは,暑さ疲れで,キイボードに向かう気力がなかなか出なかったためだ。
 夕食の後片付けが終わったときには,きょうも一日何とか過ごせた,お疲れさんと,「老衰」の思いを抱きながら,また明日の朝につながる夜を迎えることになる。「老衰」は,身体の機能だけでなく,気力や知力,経済力にまで至る「生活力」全体に及んでいると感じる日々の暮らしだ。
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○○適齢期

2016/05/15 18:36
 蜷川幸雄さんが亡くなった(80歳=多臓器不全)。先日は冨田勲さんの訃報(84歳=心不全)を聞いたばかりだ。言うまでもなく私には,諸氏のように世に抜きん出た才によって広く知られた業績は無いけれど,私もまた80歳を超えれば,いつ死んでも不思議は無い齢だと思わせられる。それならそれで良いけれど,朝が起き辛くて,このまま眠り続けていたいと思いながら,隣で寝ている妻の目覚めた気配を感じると,自分も起きないわけにはいかないと,気持ちを奮い立たせる毎朝だ。老いた夫婦の暮らしでは,互いに気力を出して生きていかなければならず,いずれどちらかが先に逝けば,遺されたほうはその先どう生きるか,思い遣ってしまう。
 「靴を履く時よろける」「重たいものが長く持てない」「瓶のふたが開けられない」「歩幅が狭くなった」「下りの階段が怖い」「姿勢が前かがみになった」「手すりがないと不安」「何でもないところでつまずく」等々は,加齢に因る筋肉量減少のせいだというのが,「年齢筋力応援」サプリメントを売る会社の広告に列記されている症状で,確かに私にも全てが当てはまる。だからといって,その会社の製品を買ってケアしたいとまでは思わない。日常の心掛けや注意で少しでも防ごうとはしているものの,加齢の自然な成り行きに敢えて逆らっても仕方が無いことだと思っている。
 ただ,前途の希望や見通しが持てない身では,婚活や就活のように前向きな活動をするわけにはいかないのが辛いところだ。最近では,個々の症状にとどまらず,生きていることそのものに疲労を感じながら,憂え無く安楽国への往生が許されるのはいつになるのか分からないのが,人の背負わなければならない業なのだろう。
 今年も,亡母の命日が巡ってくる。「祥月命日は六月四日だが、その前に、母との会話が突然途絶えてしまった五月二十三日という日が、私には忘れられない日になっている」と,一周忌に当たっての文章に記している。その日の朝,96歳の高齢ながら,いつもラージボール(卓球)などを楽しみに通っている市の老人福祉施設に出掛ける時間になったので,妻の作った弁当を手渡しながら,出掛ける意思を確かめると,「行くのはいいけれど、バスに乗るまでが恥ずかしい」と母が言った。そのときは,老いてもシャイな面を持つ母なので,施設のバスに乗るまでの僅か50メートルほどの杖をついた歩行を恥じているのかと思ったのだが,母がバスに乗る前に倒れたと,近所の人が知らせてくださって駆けつけると,多くの人に囲まれて,路傍に横たわっていた。既に意識が無かった。「さっき『恥ずかしい』と言ったのはこのことだったのだろうか、という気がした」「母には虫の知らせのようなものが有って、何となく感じた不安が、そのような言葉になって表れたのかもしれないと思う」と,1年後に回想している(詳細は http://www7a.biglobe.ne.jp/~say/haha.html に掲載)。
 しかし,私自身が齢を重ねた今にして思うと,平素元気な母だったから思いが及ばなかったけれど,当時の母に比べればはるかに若い今の私でもそうなのだから,当人にすれば,疲労感から,体を動かすことが億劫で,気が進まないときも有ったのではないかと思われる。妻もまた,今は同様ではなかろうか。
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便りの無いのは

2016/02/26 19:18
 「無沙汰は(便りの無いのは)無事の便り」に類することわざは内外ともに有るようだが,私くらいの年齢になると,いつ体調に異状が生じるか分からないので,同年配の知友からの平素折節に有る便りが暫く途絶えると気に懸かり始める。ブログやツイッターをチェックして安否を確認できる相手であれば良いし,私自身も,こうしてブログを書くことで無事を発信しているつもりだが,同年配の知友だと,その手段の無い相手も少なくない。体調を崩したり,いつの間にか亡くなっていたりする場合も有るかもしれないけれど,家族が当人と私との交流を心に懸けていなければ,知らせてくるとは限らない。と言って,こちらから電話や書信で,改まって問い合わせるのも憚られ,気になり始めると,落ち着かない気持ちになる。
 私が自分の無事を発信しようと心掛けているのは,高齢の(と言えるのだろう)私のことを気に懸けていてくれる人の存在を意識しているからだけれど,逆に,私が気に懸けている相手のほうは,そのことをそれほど意識していないかもしれない。私にしても,体力の衰えを思わざるをえない場合の外は,年齢のことは忘れて,気分だけは若いときと同じでいることのほうが多い。
 毎朝が起き辛く,そのときは「いっそこのまま死ねたらいい」とも思うけれど,起き出してしまえば,やりたいことが次々と有り,夕食の後始末を終えるときには,「きょうも3食美味しく頂けました」と,調理する妻の心尽くしをありがたく思っている。
 そのあと就寝までの時間は,予約録画をしておいたテレビ番組を,コマーシャルや番宣はカットして編集したのち,時間が有るとき何回かに分けて観賞し,さらにはDVDにダビングすることも多い。ダビングして残すということは,我ながら,この先もまだ当分は生きるつもりなのか?
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タイトル 日 時
老いるままに
 「夜中に何度も」というのは夜間頻尿,「毎朝スッキリ」というのは朝の便通,最近しばしば目にする薬やサプリメントの広告で,新聞でも大きく紙面を占め,いくつものメーカーが競って掲載している。同様な悩みを持つ人がそれだけ多く,需要が見込まれるということなのだろうか。「アンチエイジング」「エイジングケア」などという言葉も使われる機会が増えている。これは美容品の広告でも多い。  社会現象として,高齢化が進む中で,「関節痛・神経痛・五十肩・皮膚の痒み」などの治療薬も含め,「抗加齢」「抗老化」を掲げる商品が... ...続きを見る

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2016/02/09 19:14
余寿
 前立腺がんの放射線治療を受けてから1年が過ぎた。その後の経過は順調で,PSA値も徐々に下がり,定期的な検査を3か月ごとに受ければ良いことになっている。しかし,副作用はなお残っているようだし,体力の低下は否めない。去年の今頃はどうだったかと思い,ブログの記述で確かめてみた。  11月27日の日付で,「11月も残り僅かになった。冬の到来を前にして,徒長した庭木の枝の伐採が気に懸かる時季だ。」「今年は病院通いをしていたから着手が遅れ,治療が終わって1か月になるものの,体力はいっこうに回復していない... ...続きを見る

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2015/11/25 21:23
累積疲労
 最近,「累積疲労」という言葉が気に懸かっている。  「累積疲労」とは,仕事や日常生活の中での疲労が徐々に蓄積され,症状となって表れるもので,内科的にはどんな検査をしても「異常なし」としか言えないため,心療内科の医師が付けた名称だという。  症状としては,「怒りっぽくなる」「単純ミスが多くなる」(初期),「頭痛」「肩凝り」「耳鳴り」「目眩」「動悸」「痺れ」「音や臭いに敏感になる」「むくみ」(中期)など,人によってさまざまな形で表れ,さらに進むと「鬱病」と間違えられるような深刻な状態にも陥るそ... ...続きを見る

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2015/08/26 19:34
老いるということの現実
 このごろ,咄嗟に声が出せないことが有る。口の中に唾液が溜まっていて,慌てて声を出そうとすると誤嚥しそうになる。喉に痰が絡むときも有る。特に朝,新聞を取りに出たときやゴミ出しのとき,近所の人から声を掛けられて,即座に応答できないのに困る。通りすがりに出合った知人で,声を掛けても,黙って頭を下げるだけの人がいて,何となく愛想の悪い人だと思うことが有るけれど,先方には,それなりの事情が有ったのかもしれないと,我が身で体験して,思い直している。  私の場合,かつては,地域の自治会や子ども会の創設,運... ...続きを見る

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2015/07/24 19:10
老化雑感
 夜間の頻尿,外出時の尿漏れ,不如意な便通,筋骨の衰退,体力の低下,等々の症状を対象にした薬やサプリメント,ケア用品の広告が,毎日の新聞やテレビに繰り返し見られる。それだけ共通した悩みを抱えている人が多く,商品として売れるということなのだろうが,高齢者を標的にした商品が次々と開発され売り出される情況を見るにつけても,老化とはそれほど恐れなければならないものか,そのために老後のなけなしの金銭を費やさなければならないのだろうかと思ってしまう。それよりも,年齢に任せて,抵抗は止め,「安楽国」からの自然... ...続きを見る

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2015/06/26 19:04
顧みれば
 ここ数年の間に,気持ちの通い合ってきた古くからの友人,知人をはじめ,同年代の多くの人たちが次々と彼岸に旅立って行くにつけて,残り少なくなった自分の人生を顧みて思うことが有る。  少年期には,父が戦死したあと,母子家庭で過ごした戦争直後の暮らしで辛い思いをしたことも多々有ったけれど,貧しい生活を惨めに感じることは無く,環境を常に客観視して受け止め,むしろ,自分に誇りを持ち続けてきたと言えよう。文章を書くことも,その気持ちを支える力になっていた。  その反映として,暮らしの範囲を超えた世界に気... ...続きを見る

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2015/05/15 21:10
認知エイジング
 先日の「朝日新聞」に,ともに認知症を患った70代の妻と80代の夫の暮らしが報道されていた(4月18日『認知症社会』)。  「年金は夫婦で月約30万円あり安心した老後を送れるはずだった。だが、2人の暮らしは、認知症によって大きく変転した。」 「自宅は『ゴミ屋敷』になっていた。捨てられずにたまったゴミの袋が山積みになり、古くなった弁当や汚れたオムツが床を覆っていた」という記事だ。  昨今のように認知症がクローズアップされてくると、高齢者の一人として穏やかな気持ちではいられない。今のところ,まだ... ...続きを見る

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2015/04/25 19:14
老いの甘え
 これまで私は,人に甘えたり頼ったりはしたくないと思って生きてきた。逆に,甘えられたり頼られたりする立場を引き受けてきたほうだと思っているのだが,老いて体力が衰えるとともに気力も弱まってきて,最近では,誰かに頼りたい気持ちになることが有る。現実の暮らしの上で頼るとすれば妻か子しか無いのだけれど,妻や子に甘えるわけにはいかないと思いつつ,心の中でひそかに「頼りにしてまっせ」と呟くだけだ。日常的には,まだ頼りにされる場合も有る立場だから,経済面では,もはや頼りになれる力を持たないものの,気力だけは失... ...続きを見る

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2015/02/17 19:19
寒い日々
 冷たい風が吹き,寒さの厳しい日が続く。戸外に出る気になれないだけでなく,家の内にいても,体を動かして何かをしようとする意欲が起こらず,食欲も出ない。これも加齢のせいで,体力の衰えに因ることなのだろうか。  齢を取れば,寒い日は,炬燵に入り,うつらうつらとして過ごしていれば良いのかもしれないけれど,今の暮らしではそんなのんびりした気分にもなれないし,炬燵での家族団欒という雰囲気とも縁遠いことだ。寒さが和らげば少しは元気が出るのだろうか,去年の冬はどうだったろうかと思い出そうとしても,憶えが無い... ...続きを見る

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2014/12/23 20:08
思えば心細い
 早くも年の瀬が迫ってきた。昨年末に,「ブログ8年」と題して,ブログを書き始めた経緯を記したことを想起する。「次男のアメリカ赴任を契機に,近況や随感を,次男をはじめ,肉親や知友にメールで発信し始めたのは1998年9月のことだ。以後しだいに内容が膨らんだので,ホームページを開設して収録してきたのを,8年前にブログとして記すようにした」と述べているように,もともと,親しい人を対象にして近況を伝えるものだった。  それにしても,今年は春以来,体調の不具合を報告することで終始したように思う。今なお,体... ...続きを見る

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2014/12/17 19:36
階段を降りる
 俳優やスポーツ選手が何かのきっかけで飛躍的な進歩を遂げるのを「化ける」と言う。「大化け」することも有る。しかし,そこに至るまでには目に見えない努力の積み重ねが有ってこそのことだろう。学業でも,いろいろな分野での技量にしても,努力をしていても成績の上がらない時期が有り,そこでめげることなく努力を続けていれば,時が来て,一つずつ段階が上がることになる。その繰り返しが人の進歩というもので,それは,比例式のグラフのように直線的に伸びるものではなく,フラットな期間が有ってのちに階段状に上がって行くものだ... ...続きを見る

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2014/09/14 20:47
同期の枯れ葉
 『同窓生』というテレビドラマがTBS系列で放映されている。私は観ていないので,詳しい内容は知らないものの,副題に「人は、三度、恋をする」と有ることから思うと,「同窓生」(厳密に言えば「同期生」)を巡るおとなの「恋」の物語のようだ。しかし,私の年齢にもなれば,かつて抱いていた密かな想いが蘇ることは有るかもしれないが,それが恋愛関係にまで発展することはもはや有るまい。  同期会と言えば,比較的若いころだと,他と引き比べて,現在の自分の境遇に劣等感を持っている者にとっては,出席するのは気が進まない... ...続きを見る

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2014/08/25 21:14
老いはつらいよ
 4月以来待たされていた前立腺がんの放射線治療がようやく始まる(4月20日既述)。私自身の心構えを確認するために,前に受けた注意を復習しておこう。  1.毎回,同じ位置に放射線を照射するので,前立腺と密接した位置に在る膀胱の中の尿の量や直腸の中の便,ガスを調節することが重要になる。そのため,「緩下剤」と「ガスを消す薬」の服用を8月14日から開始する。また,ガスの発生を少なくするための食生活上の注意として,「牛乳・豆類・芋類・乳製品・ごぼう・酢の物・香辛料・脂身の多い肉など」の食べ過ぎに気をつけ... ...続きを見る

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2014/08/14 19:58
老老介護
 過日(7月16日)厚生労働省が発表した「2013年国民生活基礎調査」によると,原則自宅で介護されている人の中で,介護する人,される人が共に65歳以上の,いわゆる「老老介護」に該当する世帯がで51.2%,75歳以上だと29.0%になるという。わが家も,私か妻かのどちらかに介護が必要になれば,当然その中に含まれることになるけれど,そのときが来ても,わが子には,自分の選んだ道に全力を尽くして生きてほしいし,それが親としての気持ちの支えにもなっていることだから,責任や負担を感じさせたくはない。  私... ...続きを見る

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2014/08/03 19:36
無為徒食
 熱中症への厳重警報が出る蒸し暑い毎日で,何をしようとしても体力が伴わず,気力も湧かない。「無為徒食」と言うと,怠惰を責める意味が感じられるが,昨今の私は,「無為徒食」でいなければならないのを,むしろ苦痛に思う。雨季で徒長した庭木の枝や雑草が気に懸かるけれど,暑さに体をいとうのが先立つし,気を紛らわせるために外出しようという気にもなれない。先日の長浜行きでも,せっかくのことだから廻って見たい所も有ったのだが,少し歩いただけで疲れてしまった。  家にいて,机に向かって細々とした作業をするのも,し... ...続きを見る

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2014/07/11 20:40
無欲
 「財欲・色欲・飲食欲・名誉欲・睡眠欲」を人間の「五欲」と言うそうだ。私には「名誉欲」は初めから無かったけれど,今は,その他のどれもが既に衰えている。認知症の人が,さっき食べたばかりなのに,すぐにまた食事を催促するという事例を聞くことが有るが,私は逆に,食欲さえ弱まり,グルメにも気持ちが動かない。特に最近は,欲望が起こらないだけでなく,何をするのも煩わしい。気候のせいか,体調のせいか,それとも,全体として老衰が進んでいることの現れだろうか。  先に,「蔵書も,もう読み返すことは有るまいから,い... ...続きを見る

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2014/06/11 19:30
ボヤキは続く
 「がん」の原因の一つにストレスが在るというが,「がん」に限らず,ストレスは万病の元のようだ。「私のストレス」については,「最大の要因は,安倍首相を筆頭にした今の政権の独善的な施策がもたらした社会情況だ。世の中の動き全般でも,個々の行為でも,気持ちに適わないことや,苛立つことが少なくない」と,先(4月20日)に書いたけれど,以後も私のストレスは増大する一途で,特に生計の全ての面に跳ね返ってくる増税感は大きく,さらに,私の場合これまではほとんど無かった医療費の負担が加わって,経済面での先行きの不安... ...続きを見る

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2014/05/17 19:34
老而還無
 生涯を振り返って,紆余曲折,波瀾万丈の一生を送ったと言える人も有ろう。愛一筋に生きた人も在る。そういう人たちの生涯を紹介するマスメディアの記事やドキュメンタリーを見聞きすると,感じ入るとともに,「人生はドラマだ」という思いを深くする。しかし,最近のマスコミは,物語を仕立て上げたがり,それに人々が感動して持て囃す傾向が有り過ぎるように思う。暗い世の中で,感動的な物語に惹かれる大衆に迎合して取り上げるということも有るかもしれないが,やがてその虚構が判明して,またもやマスコミが大きな話題にすることも... ...続きを見る

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2014/03/15 20:06
2本のステッキ
2本のステッキ  厳しい寒さの日が続く。昔から,「紀元節」(今の「建国記念の日」)のころが寒さの峠だと言っていたから,もう暫くの辛抱かと思うけれど,寒いと,心身ともに萎縮してしまう。手足が冷えて,いっこうに温まらないのは,加齢のせいだろうか。北国であればもっと厳しいことだろうが,老いとともに辛く感じることだ。  そのような折,とうとう先週末,全国的に積雪の有った日に,道で転倒して顔を打ち,打撲と言うよりも,眼鏡のフレームで切った傷からの出血が酷くて,いささか衝撃を受けた。買い物をして少し重い袋を右手に提げ,左... ...続きを見る

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2014/02/14 19:25
つまらない毎日
 かつて私が関わっていた市の社会福祉協議会傘下の音訳ボランティア・サークルが設立30周年を迎えるという。定職を退いたあとの12年間携わり,引退したのが20周年を迎える年だったから,あれから早くも10年が経ったことになる。音訳を通して,視力を失った人たちとのつながりが生まれ,その縁で,ガイド・ヘルパー業務をした期間も有る。いずれもが私自身にとっても気力を保つ支えになっていた。今は,歯周病が進んで義歯の部分が多くなり,呼吸器の機能も衰えて,朗読などは既に思うに任せないことになってしまった。30周年に... ...続きを見る

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2014/02/04 18:29
9年目のボヤキ
 「『金の切れ目が縁の切れ目』という言葉が有るけれど,高齢者の域に入ろうとしている私にとっては,『金の切れ目が命の切れ目』と思うことが有る。」「趣味や娯楽の出費を抑えるのはやむを得ないとしても,それ以上に今の暮らしのレベルが維持できなくなれば,……」と,2007年11月のブログに書いている。その前から,毎年一度は同じようなことを書いて,既に8年を超えた。  どうしようもないことで,文字どおり「ボヤキ」でしかないけれど,昨年12月の支払い分からは,今では唯一の収入である年金もさらに減額になり,物... ...続きを見る

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2014/01/23 20:04
冬,来たりぬれば
 恋する男女を描いたテレビドラマを偶々観て,思うことが有る。恋する思いを行為や表情に率直に現せるのは若さゆえのことで,それが青春と言うものだろう。私にも青春は有った(はずだ)が,私は,若いときでも,ドラマほど率直にはなれなかった。それはさておき,ひとときの燃える思いはいつか冷め,数年後には離婚に至る例も,今の世の現実では少なくないけれど,ドラマの主人公たちの将来はどうなるのだろうか,ということだ。もっとも,テレビドラマの世界でも,恋の行く末をモチーフにしたもののほうが圧倒的に多いことを思うと,率... ...続きを見る

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2014/01/15 19:25
老いる危惧
 過日の報道によると,認知症の男性が徘徊していて線路内に入り,列車にはねられて死亡した事故に対して,男性の遺族に「事故は予見できたことで,防止する責任が有った」と,鉄道会社に,振り替え輸送の費用などの損害約720万円を支払うよう命じる裁判所の判決が下されたという。しかし,家族としては,一瞬の隙なく監視するのは不可能なことで,監禁して縛り付けておけば,今度は,虐待という問題が生じることになる。施設に入れるには莫大な費用が掛かり,その施設にしても,真に行き届いた対応が望めるものか,疑わしい所も少なく... ...続きを見る

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2013/11/19 19:43
生きることが「ゴウ」
 【急増中!】「70歳からのビンボーはこんなに怖い」「一大事は70歳で起きる」という週刊誌(『週刊現代』11/2)の広告の見出しが目に入った。買ってまで読もうという気にはならないが,「70歳からのビンボー」は,わが身にも当てはまることで,気になる見出しではある。  70歳を過ぎて,年金のほかには収入の途の無くなった身には,今のところ何とか生計は成り立っているものの,この上,年金は減額になり,物価や税金は騰がる状況では,蓄えも無い暮らしの先行きは心細く,日常の生活費を超える出費が生じれば,まさに... ...続きを見る

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2013/11/11 19:19
秋バテ
 「近年めっきり足腰の弱ってきた母にとって,霊園の入り口まではタクシーを利用するものの,石段や石を敷いた坂の続く墓地までの道が,だんだん歩き辛そうになった。かといって車椅子を使うのも,敷石の坂道では困難だ。『今年はもう,お墓参りは諦めようか』と言い出している。墓地というと,山の斜面に造成された所が多く,高齢者にとっては歩行の負担が大きい。齢を取るほどに,墓参りをしたい思いは増すようで,せめてなだらかな坂道であれば良いのにと思うのだが,墓地のバリア・フリーは,なかなか実現し難いことのようだ。」 と... ...続きを見る

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2013/10/07 19:11
「ノロマ」の弁
 長編アニメ監督としての引退を発表した宮崎駿(72歳)さんの引退の辞(9月4日)の中で,「ノロマになっていくばかりでした」という言葉が印象に残った。引退会見(9月6日)では,「集中力が減った。加齢によって起こることは仕方ない」と発言している。  卓越した才能と,仕事のできる環境に恵まれ,私からすればまだ若いと感じられる宮崎さんにしてもそうなのかと,わが身を顧みて思う。体力や集中力を要する作業が捗らなくなったのは,やはり70歳を超えてからだった。今では,持続力にも欠け,庭作業程度のことでも,やら... ...続きを見る

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2013/09/08 19:39
耐用年数
 敷地の擁壁から水が流れ出ているのに気付き,調べてもらったところ,上水道の漏水だと指摘され,修理を要することになった。水道メーターから内側のトラブルは自己負担で修理しなければならない。水道管の耐用年数は40年前後で,それを過ぎると損傷が生じる場合が多いという。今回は,発見され易い場所で,修理も壁際を掘るだけで済んだけれど,家屋の地下などだと厄介なことになろう。家屋自体も,築後40年を超えて,あちこちが傷んできているものの,今の家計では,改修のための出費は困難だ。今後どうなることか案じられる。 ... ...続きを見る

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2013/09/06 19:22
寂しい
 昨年来,旧友の訃報が相次ぐ。いずれも,顔を合わせただけで気持ちの通う,長年の仲だった。そういう知友は残り少なくなるばかりだ。  しかし,人の死に接したときの気持ちを表す言葉として,「悼む」,「惜しむ」,「悔やむ」など,いろいろ有るけれど,そのような「哀しみ」を感じることは無く,ただ,「彼も逝ったのか」という「寂しさ」だけが有る。  それは,「私も遠からず逝くことになる」という思いに重なるもので,むしろ,生きたいという気力の衰えてきている今,そのときを待つ気持ちも無くもない。  そして,私... ...続きを見る

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2013/08/22 19:01
1回きりの人生
 一生の終わりが見えてくるにつけて,振り返って悔いることは少しも無いけれど,生まれ変わってもう1度生きてみたいと,ふと思うことが有る。しかし,それだと,生きる上でのさまざまな苦労もまた繰り返さなければならないのだと思い当たり,もう1度生きてみても,良いところ取りをするわけにはいかないのだから,人生はやはり1回きりで良いのだと思い直す。  とすれば,これまでに楽しかったこと,意欲を持って取り組んだことを思い返しつつ,残る人生をできるだけ元気で過ごすよう心掛けるほかはない。  老後を生き生きと過... ...続きを見る

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2013/07/17 19:43
疲れる
 このごろ,ただ生きているだけにさえ心身の疲れを覚えるようになった。連日の猛暑による熱中症というわけではないが,気力体力ともに衰えている。  人生の終わりが近づいて顧みれば,私の生き方は,不器用で格好悪いものだったように感じる。その時々では精一杯に生きたと思うし,自分に誇りを失ったことは無かったものの,暮らしを楽しんだということは少ない。この齢になるまで,ゴルフやスキーなどのレジャー,車にも,縁が無いままだ。時代のせいも有って,幼いときから貧しい生活環境の中で生きて来たということだろうか。 ... ...続きを見る

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2013/07/06 19:28
老いの砦
 「居候 角な座敷を丸く掃き」という川柳が有るけれど,居候でなくても,齢を取るにつれて,隅々までの注意が行き届かなくなるというか,細かいことはどうでもよくなってくる。目が悪くなったせいもあろうが,体を動かすだけで億劫に感じられることが増えた。体力の衰えとともに集中力が無くなり,総じて,生きることに投げやりな気持ちが生じてくる。特に朝は,眠っている間に喉が詰まって,胸が苦しいので,刃物を突き刺して切り裂きたい気分になり,このまま死ねたら良いのにと,生きることさえどうでもよい思いで目覚める。  渋... ...続きを見る

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2013/06/01 19:25
齢相応
 久しぶりに出会った人に「お元気ですか」と尋ねられたとき,「齢相応に……」と答えることにしている。「元気はつらつ」とまでは言えないし,かといって,寝込んだり通院したりするほどの病も無い。市による高齢者の健康審査のアンケート調査では,各項目とも日常の暮らしに格別の支障は無いほうに○を付けることになる。年に一度かつての勤務先のリタイア仲間が集まる催しの案内が今年も来たけれど,宴会に出掛けて行くまでの意欲も湧かず,近況報告欄に「齢相応に」マイペースで暮らしていますと記して,欠席の返事を出しておいた。 ... ...続きを見る

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2013/05/24 19:17
安楽死制度
 オランダでは,本人の意志による安楽死を認める法律が2002年に施行され,家庭医と話し合った上で,望みが妥当だと判定されれば,安楽死の処置を受けることが可能だという記事(4月19日付「朝日新聞・朝刊」『世界の老後』)を読んだ。1970年代から国民的な論議を重ねてきた結果で,今では,国民の支持も高まっているという。私もこれまで,自死への願望は何度か述べたことが有り,幇助する仕組みが社会的に作られないものかと考えてきた。  安楽死を要求する理由には,「思うように生きられない」「人生に疲れた」など,... ...続きを見る

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2013/04/25 19:53
老眼の嘆き
 3月18日付「朝日新聞・大阪本社版」『声』欄の「入浴・洗顔時に困る老眼進行」という投稿にまったく同感だ。「老眼鏡が欠かせなくなった」投稿者が,眼鏡を掛けられない入浴時や洗顔時に「容器に表示されている文字がよく見えず、しかも似たような形の容器ばかり」なので,ボディーソープとシャンプーやリンスを取り違えるという嘆きは,私にも共通する嘆きである。  私の場合,52歳という投稿者よりもさらに高齢なので,老眼鏡を掛けていても,新聞記事のルビなどはルーペに頼らなければ読めないのだが,とりわけ,商品の品質... ...続きを見る

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2013/03/23 19:49
「気になる」老化
 わが家でも,家の内外のちょっとした改修工事などを依頼する,地域の宅建業者が在る。土地や家屋の売買にも携わっていて,物件の広告チラシを定期的に配布しているのだが,B4判の1面が「にこにこ新聞」と題した新聞仕立てで,人の生き方に触れた含蓄有る随想的な文章をトップに置き,子育てや暮らしの知恵,言葉の知識などのコラムを配した構成で,なかなか興味深いものだ。  誰が書いているのか,あるいは,どこからか引用しているのかは分からないけれど,最新号のトップ記事では,良寛の歌「白雪は降ればかつ消ぬしかはあれど... ...続きを見る

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2013/03/21 19:44
弟と短歌
 「2歳と6歳年下の弟がどちらも元気でいる。私が今の彼らの年齢だったときはどうだったろうかと思う一方で,彼らが今の私の年齢になったとき,今の私が記しているようなことに思い当たるときがくるかもしれないと思いながら書いている」と,前(1月27日)に記した(「老化の日々」)。  その2歳下の弟が,インターネット上の「題詠100首」という「ネット短歌の会」に,2005年以来参加して,自作を投稿している。毎年,主宰者が提示した100の兼題に従って短歌を詠み,100首で「完走」ということになる趣向で,例年... ...続きを見る

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2013/02/24 19:18
揺れる記憶
 人の名前が咄嗟に思い出せないということがよく有る。確かに知っているはずのことが思い出せないと,落ち着かない気持ちになるけれど,少し時が経って,ふとしたはずみに思い出す。加齢とともにそういうことが多くなったように思うのだが,誰にでも有ることで,特に気に懸けることでもないらしい。  それと比べて気になるのは,自分の行動を覚えていないことだ。駅の券売機で切符を買ったとき,小銭を落としたのに気付かなかったり,手袋を外したあとでそれをどうしたか覚えが無かったりするような場合だ。これは,記憶が欠落したと... ...続きを見る

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2013/02/19 19:10
古い物の弱い年
 「なんかまた最近いちだんと目が悪くなったなあ、という気がする。いつも右側を向いて寝ているせいか、右脚の付け根が痛かったり、頭に押し潰されて右耳が痛くなったりもする。以前はこんなことはなかった。」「でも、パソコンやレコーダーが古くなるように体も古くなるので、仕方がない」と,津村記久子さんが書いている(2月8日付「朝日新聞大阪本社版・夕刊」『となりの乗客』)のを,共感しながら読んでいて,津村さんはまだ35歳であることに気が付いた。私と同じように考えたら,彼女に失礼だろう。しかし,感じることは同様な... ...続きを見る

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2013/02/09 19:33
死に時・死に場所
 例えば,私が突然,わが家の浴槽で死んでいたというような場合,あとで家族がその風呂に入る気持ちになれないのではなかろうかと案じる。家の中の他の場所でも,想起して辛い思いをするのは同じことだろう。生活力の衰えを感じるとともに,時には,「この先楽しきことや有る」(2009.10.1『お念仏だよ人生は』より)と自死を思い,死に時や死に場所を考える。  私だけのことならば,いつ逝ってもかまわないという気持ちだし,突然死はむしろ望むことだけれど,あとに残る妻子の暮らしに及ぼす影響を考えると,今はまだ死ね... ...続きを見る

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2013/02/07 20:48
老化の日々
 パソコンの起動やネットへの接続がスムーズに進まないときが有り,人の体で言えば,血流が滞っているようなものかと感じて,それが脳梗塞にまで至らないように,ドライブのクリーンアップなどのメンテナンスを繰り返しているけれど,そのうち最期を迎えるのではないかという惧れが有る。そのとき,パソコンを買い替える経済的な余裕も無く,新しいパソコンを手に入れることが出来たとしても,改めてアプリケーションやファイルを移す作業をする気力にも自信が持てない情況なので,もしもこのブログの更新が途絶えたときは,パソコンか私... ...続きを見る

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2013/01/27 19:23
親の気持ち
 夫婦は,もともとは生まれも育ちも異なる赤の他人だから,自我の対立も生じるし,稀には一卵性双生児のような夫婦と言われる例も有るけれど,特に最近では,自己中心になって離婚に至る場合も少なくない。しかし,その他人同士の間に子どもが生まれれば,親と子の間には,切っても切れない血(今で言うDNAか)の繋がりが有るのだから,その関係を疎かにするわけにはいくまい。「子は鎹」という俚諺は,その間の事情を表していると思われる。  子の親となれば,子のことが気に懸かるのは当たり前だ。いくつになっても子に何か有れ... ...続きを見る

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2013/01/15 19:22
今年が暮れる
 例年,歳末におこなうことの一つに,今年の手帳の中の重要事項を来年の手帳に転記する作業が有る。そのために手帳を繰りながら,この1年の間に亡くなった多くの知人を思い返した。かつての職場で同志として気持ちを通わせた同僚のことは,1月7日のブログに記した。高校時代からの親友については,3月11日に記した。その他にも,何人もの知友や縁者が亡くなり,賀状の数が減っていく。級友はもちろんのことながら,いずれも同世代の人たちだ。  関連して,手帳とは離れるけれど,逝去した各界の知名人にも思いが及ぶ。新藤兼人... ...続きを見る

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2012/12/30 19:20
サプリメントの効用
 「朝がすっきり起きられない」「動悸,息切れ,めまいがする」「長歩きは疲れる,上り坂がつらい」「視力が低下し,字がはっきり見えない」「尿漏れする,キレが悪い,夜中に何度も尿意で目が覚める」等々,さまざまな薬品・サプリメントのコマーシャルで取り上げられている症状だ。  どれも,私にも当てはまることで,商品が盛んに宣伝されているのは,それだけ同じ憂いを持つ人が多く,売れるということなのだろう。確かに憂いは有るけれど,だからと言って,それらを全て購入して使用するわけにもいくまい。今の自分に覿面の効果... ...続きを見る

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2012/11/24 20:02
展開を求める
 過日,昨今の私の読書に関して,「エンターテインメント性の高いものしか集中力が続かない」と書いた(8.26「読書が一番」)。言い換えれば,低徊的で,物語の展開が無いものは,気が重くなるばかりで,読んでいて根気が続かないのだ。  最近読んで興趣を感じたのは,逢坂剛の「禿鷹」シリーズ(文春文庫)と,高橋克彦の「だましゑ歌麿」(同)で,初出からは時が経っている作品だけれど,会話と行動を中心にした,波瀾に富む展開に引かれるとともに,権力機構が組織を守ろうとする遣り口は,時代や組織は違っても,共通するこ... ...続きを見る

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2012/10/12 19:33
昨日と明日の間
 オリンピックが始まった。新聞もテレビも一様にオリンピック報道に力を注いでいる。私としては,オリンピックがそれほど大騒ぎする価値の有ることなのだろうか,他にも報道すべきもっと重要なことが有るのではなかろうかと,思ってしまう。一方で,高校野球選手権大会の地方予選が今や酣で,大会出場校が次々と決まり,このまま本大会に入って行くことだろうが,特に,主催する朝日新聞では,毎年のことながら大きく紙面を割いている。これにも私は,報道の偏重を感じてしまう。  選手個人のエピソードを採り上げて物語風の記事にす... ...続きを見る

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2012/07/29 19:42
「ボヤキ」は続く
 加齢とともに,体力だけでなく五官の全てが衰え,注意力や判断力も鈍ってくる。一方で,思い込みが強くなるところも有る。その自覚は有っても,全てに亙って自覚しているとは言い切れない。過去の残映で自負が消えやらず,衰えが十分に自覚できていない部分も有るようだ。老いるとはそういうことなのだろうか。  自身のことだけに限らない。他者についても,批判的に見て,不満を感じたり苛立ったりすることが有るけれど,彼は昔の彼ならず,彼らもまた老いてきているのだ。それを認識して,老いた彼らの自我を理解しなければならな... ...続きを見る

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2012/06/24 19:35
耳がだんだん遠くなる
 市の文化施設で催された「字幕つき『たそがれ清兵衛』上映会」に出かけてみた。「聴覚障害者やお年寄りら耳の不自由な人たちは、字幕がないとわからないと日本映画を敬遠しがち。字幕をつけてほしいという要望に応えた」(2003年5月3日付「朝日新聞」南京都版)もので,昨年度の日本映画の各賞をほとんど独占した作品だけに,その試みの意義は大きい。  しかし,いくらか耳が遠くなったとは言え,聴覚に大きな障害の無い私にとっては,何となく消化不良の気分にさせられる観賞になった。どうしても字幕に視線を取られて,映像... ...続きを見る

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2012/01/29 19:12
老いの欲求
 男の道楽を表す言葉に「飲む・打つ・買う」というのが有る。「買う」は,現代社会では許されないけれど,放蕩をしないまでも,生きている上で,これらの歓楽の幾分なりかは欠かせないことだろう。振り返ってみれば,道楽には縁の薄い人生だったが,私にも遊興への欲求は常に有り,齢を取っても,俗念は断ち切れないでいる。今の私で言えば,「食・遊・性」とでも言い換えられようか。  「食」は美味いものを食べたいという欲求だ。「遊」は文字どおり,暮らしの中で気持ちを晴らすことのできる遊び,「性」は,なお残っている性欲を... ...続きを見る

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2011/10/28 19:36
老衰
 物事が思いどおりにならないと,ストレスの原因になる。しかし,人間関係から生じるストレスは,自分の気持ちをコントロールすることで防げるけれど,歯痛や,そのために食事が楽しく味わえないことによるストレスはどうしようもない。  歯の具合が悪いと,肩凝りもひどくなる。歯痛と肩凝りは連動しているようなので,体をほぐす運動をすれば効果が有るかもしれないと思うけれど,最近は体操をする機会も無くなり,このところ猛暑続きで,冷房した部屋に閉じこもっていることが多かったから,気持ちはますます晴れない。  20... ...続きを見る

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2011/09/05 21:05
「介護予防」
 過日,「介護予防のための『基本チェックリスト』」なるものが市の健康推進課から送られてきて,出した回答に対する判定結果が届いた。昨年までは,高齢者対象の健康診査に赴いた際に記入して診査を受けていたものだが,今年からは,全員に直接郵送する方法を採ることになったようだ。  「チェックリスト」の内容は,「暮らしぶり」,「運動の機能」,「栄養状態」,「口腔の機能」,「こころ」の項目に分かれていて,それぞれの設問に答える形になっている。今のところ,日常の暮らしには何の問題も無いのだが,中には,答えに迷う... ...続きを見る

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2011/07/29 21:48
足手まとい
 仕事と家庭とどちらを大切にするか。食うために働くのか,働くために食うのか。問われることの多い人生の命題だが,二者択一の問題でも,優劣を付けることでもなく,仕事も家庭も,現実と願望も,全てを含めて統合したものが人の「生活」だと,私は思っている。  しかし,それは,自分の働ける仕事が有ればこその命題であり,老いて,仕事が無くなり,食うために稼ぐこともできず,不十分な年金に頼るだけの暮らしになれば,何を大切にし,何を目的にして生きるのか,答え難くなってしまう。  老い衰えて,子の足手まといにはな... ...続きを見る

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2011/02/26 20:28
外出の機会
 人との交際を伴う外出の機会が少なくなるとともに,身だしなみをする気持ちも薄らいでいる。具体的には,髭を剃る回数が減って,1日おきだったものが2日も3日も伸び放題でいるというくらいのことなのだが,何事にも不精になってくるのは事実だ。読書すら億劫になり,人と語りたいことはブログに記すという孤独な作業で日を過ごす。  ところが,知歯の手術後の治療で通院する日が増えて,思いがけず,暮らしにリズムが出てきた。せめて髭だけは剃って出掛けようと思う。外出すれば,病院の医師や看護師はもとより,道中で出合う知... ...続きを見る

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2011/02/18 19:33
しなければならないこと
 夜の寝床に入って「明日しなければならないこと」を思い浮かべる。「しなければならない」と言っても,たいしたことではない。曜日で定められている分別収集のゴミの処理だとか,たまに出掛ける予定が有るくらいのものだ。それでも,朝,目が覚めると,「今日しなければならないこと」を思い起こす。それが有るからこそ,起きようとするので,無ければ,このまま寝ていたい,このまま目が覚めなければ良いという気持ちにさえなろう。  起きたあとは,新聞に目を通して,スポーツなど,関心の有るデータを採録する。5日ごとに新聞を... ...続きを見る

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2011/01/27 19:47
出来ないこと
 二階の大屋根を越す黐の木の高枝の伐採を最後に,庭木の枝伐りがようやく終わり,棘の有るイバラの枝はシュレッダーに掛けたあと袋に詰めてゴミの収集に出し,庭の冬支度が一段落した。ここ数年は,毎年,来年は自力で出来るだろうかと案じてきたけれど,今年も何とかなり,「まだ出来る」と意を強くしている。枝葉を伐り落として幹だけになった黐の木は,いずれは根元から切り倒すにしても,取りあえずは,事のついでに,来年からの作業を楽にするため,脚立に乗れば下から手の届く高さで伐ってしまおうかと思っている。  ところで... ...続きを見る

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2010/12/04 21:20
取りたくなくても齢は取る
 歯が悪くなって,食べ辛いものが増えた。固いものや筋の有るものはもちろんだが,最近は,パンが噛み難い。柔らかいようでもしなやかで,噛み締めるには歯に抵抗が掛かるのだ。亡母が晩年,パンを牛乳に浸して食べていたのを思い出す。  亡母のことでは,今の私の状態と重なって,そのころは「そんなものだろうか」という程度にしか思っていなかった生前の挙措が,実感を伴って想起されることが少なくない。  晩年の母は,老いて辛いことは有ったろうが,気の向くままに過ごせて,それなりに仕合わせだったのではないかと,今で... ...続きを見る

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2010/11/09 19:22
老いの行く末
 知人の御夫君が亡くなった。癌が胃から肺に転移して闘病中だったのだが,あと3か月が限界でしょうと宣告を受けてのち,その3か月を待たずに,1か月で亡くなったという。享年72歳。  限られた余命であっても,1日でも長く生きていてほしいと願うのが家族の思いだろうが,我が身のこととして思えば,余命を知って,命の有るうちに果たしておきたいことを自分で処理できるのなら良いけれど,病臥して何もできないまま苦痛に堪えるだけならば,速く逝ったほうが良いという気がする。あとに残る家族のことは気に掛かるが,われや先... ...続きを見る

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2010/09/10 20:07
老化の危惧
 高齢者の自動車運転による事故が多いようだ。高速道の逆行のような場合は,認知力が疑われることだが,ブレーキとアクセルの踏み間違えなどは,咄嗟の判断に混乱が生じるのではないかと思う。  私は,もともと自動車の運転はしないけれど,近来,身体機能だけでなく,頭の働きも老化が進行していると感じることが増えた。間違った思い込みをしていたり,咄嗟に後先のことを判断して言動に反応させることができなかったり,あとで忸怩たる思いをすることが少なくない。今夏のように,記録的な猛暑が続くと,老いた体にはことさら堪え... ...続きを見る

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2010/08/07 19:40
高齢者クラブ事情
 私の居住する地域の自治会(現在世帯数158)の中で組織されている高齢者クラブの現在加入者数は52名だ。加入資格とされている60歳以上の住民数は,地域の高齢化に伴って,おそらく100名を超えていると思われるが,加入率は高くない。そのうえ,名簿上は加入していても,集会や行事に実際に参加するのは,多いときでも20名に止まる。低調の理由はどこに有るのだろうか。  グランドゴルフや囲碁の集まりは有るけれど,参加者は限られていて,同好会の域を出ない。同好会であれば,高齢者に限定しなくても,自治会として組... ...続きを見る

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2010/07/17 21:07
老いの楽しみ
 特定健診の結果が出た。検査項目に入っている尿と血液の検査,オプションとして加わる心電図,眼底,前立腺がんの検査等については,これまでどおり「問題なし」という判定だったけれど,気になる呼吸器の疾患は,自己負担金の不要な特定健診の範囲では判らないから,いずれ精密検診を受けなければなるまい。  一方で,視力の衰えとともに,小さい字が読み辛くなり,読書の楽しみが減ってきている。聴覚も鈍ったし,味覚も,入れ歯に頼るようになってからは,微妙な味わいが薄れた感が有る。嗅覚はもともと鈍いほうだ。加齢とともに... ...続きを見る

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2010/06/17 19:56
生活機能評価
 今年も,特定健診を受けに行ってきた。血液や尿の検査結果は1週間後を待たなければならないが,併せて,65歳以上を対象にした「生活機能評価」という問診表の記入が有った。要介護度をチェックするのが目的だろうが,25項目のチェックリストに「はい」と「いいえ」のいずれかで答えなければならないのに対して,答えに迷う項目がいくつか有る。  「1.バスや電車で一人で外出していますか」「3.預貯金の出し入れをしていますか」等は,迷わず「はい」と答えられるけれど,「4.友人の家を訪ねていますか」と問われると,家... ...続きを見る

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2010/06/09 19:49
老後難民
 各種のアンケートなどで趣味を問われることが有る。読書は私にとって「趣味」以上のものだし,映画だけでなく,音楽や演劇にも関心は有るのだが,鑑賞する機会が少ないから,「趣味」かと言われると,答えを躊躇ってしまう。加齢とともに出無精になっていることもあるが,映画と違って,音楽や演劇は料金が高いということも理由で,なかなか出掛けられずにいる。  作=三島由紀夫,演出・美術・主演=美輪明宏の「葵上」「卒塔婆小町」が8年ぶりに,大阪のシアター・ドラマシティで公演されるという。「伝説の舞台」を観たいと思う... ...続きを見る

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2010/04/18 20:50
昔を今になすよしもがな
 新聞に掲載される知名人の訃報を見るとき,私の年齢になると,その享年と病名が気に懸かる。  昨年亡くなった南田洋子さん,三遊亭円楽さんの享年がいずれも76歳で,この年齢は一つの境目であるような気がしたものだが,今年に入っても,歌謡曲司会者の玉置宏さん(2月11日・脳幹出血),脚本家の宮内婦貴子さん(2月16日・肺気腫),俳優の藤田まことさん(2月17日・大動脈出血)が,76歳で続いて亡くなっている。  死に至る原因は呼吸器や循環器の疾患,高齢者では肺炎が直接の死因になることも多く,ガンや脳梗... ...続きを見る

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2010/03/29 19:30
目を休ませる時
 朝起きて夜寝るまで,ほとんど一日中,目を凝らして何かを見ている。新聞,パソコンの画面,書籍,雑誌,どれも細かい字のものばかりだ。眼鏡を外して目を休ませる時が無い。目が疲れ,小さい字だと輪郭がぼやけて読み取り難く,適当に判断して読んでいることも有る。  高齢者に配慮して,新聞の活字などは大きくしてきているほうだが,逆に,付けるケースが増えているルビとなると,ほとんど読み取れない。弱視者のための大活字本も有るけれど,商品のラベルに記された説明書きを始め,一般的に,どうしてこんなに小さい字を使うの... ...続きを見る

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2010/02/11 19:49
「する」目的
 日々の暮らしがつまらない。これと言って楽しいことが無い。ということは,生きていて,何かを「する」目的が無いからだと思う。日常生活の中で,処理しなければならない雑用はいくらでも有るし,今の季節であれば,マラソンや駅伝の実況をテレビで観たり,新聞から,その記録を残したりする楽しみも有り,さらに暇なときは,読書やパソコンのゲームで時間を過ごしているけれど,その気力もしだいに萎えてきている。暮らしの中で,手応えや達成感の感じられる営為が無いということだ。これが老人の暮らしというものだろうか。  何か... ...続きを見る

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2010/02/02 19:26
思い出せない言葉
 言葉の知識は有るほうだと思う。漢字も,たいていの場合,読むことはできる。だから,読めば,その意味は理解できるし,たまたま,知識が曖昧な言葉に出合ったときは,辞書で確認すれば済むことだ。  ところが,最近,自分が表現したいことで,それを表す言葉を知っているはずなのに,思い出せないことが有るようになった。例えば,毎年年末に京都の南座で催される歌舞伎だということが分かっているのに,「顔見世」という言葉がとっさに思い出せず,思い出そうとすればするほど,ますます出てこなくなる。意味から逆に言葉を引ける... ...続きを見る

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2010/01/08 20:08
先の話
 東京−大阪間を67分で結ぶリニア中央新幹線の計画が2025年の開業を目標に進められているという。そのときには,私はもう,それを利用する機会はおそらく無いだろう。生きているかどうかも疑わしい。それより早く,広島市と長崎市とが提携して提案している2020年のオリンピック招致がもしも実現したとしても,私には既に縁の無いことになっているかもしれない。  2020年と言えば,鳩山首相が掲げている温室効果ガス25%削減の達成目標の年でもあるが,これも遠い先のことに思われる。もっとも,温室効果ガス削減の場... ...続きを見る

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2009/10/21 19:57
バイオリズム
 「バイオリズム」ということが在るという。いつごろのことだったか覚えていないけれど,人々の関心を集め,自分のバイオリズムを調べる電卓のような機器が売り出されて,一時,ブームになったときが有った。人間には,生まれたときから始まる周期的なリズムが有り,「身体」,「感情」,「知性」と分かれて,それぞれ23〜33日の周期で起伏が在るということなのだが,今では,「今日はバイオリズムが悪い」とか,「今はバイオリズムの時期なの」とか,比喩的にいろいろな意味で使われることも有るようだ。  私は,もともと,その... ...続きを見る

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2009/08/30 21:28
「うつ」の時間
 朝の爽やかな目覚めということに縁が無くなっている。もともと朝は弱いほうなのだが,現役のころは,目が覚めると,きょう一日のすべきことを思い起こし,それを目指して始動していたものだけれど,最近は,まだ生きているのかという気がして,すべきことを考えるのも鬱陶しい。言わば,朝の「うつ」の時間だ。  それでも,しぶしぶ起き出したあと,雨戸を開け,新聞を取り込み,その日の分別収集予定に合わせてゴミを出し,母の没後,習慣になっている朝の勤行を終えて,朝食を済ませるころには,頭も体も徐々に動き始める。  ... ...続きを見る

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2009/07/07 19:57
脳の老化
 地域の高齢者対象のダンスサークルには,指導の先生が編んだルーティンが有り,ほぼ半年ごとに新しいフィギュアを加えたりして組み替えられる。平素のレッスンでは,それを順序に従い,フィギュアごとに区切って指導されることが多いので,迷うことも無いのだが,ときに,発表会形式のパーティーが行われ,助言無しで,定められたルーティンを一曲通して踊ることになると,ステップの順序が分からなくなって狼狽することが有る。  というのは,ルーティンが初級用と中級用とに分けられ,両方のお相手をしている私の場合,全体の流れ... ...続きを見る

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2009/06/28 20:17
頭の老化
 加齢とともに衰えを感じるのは,体力,気力だけでなく,頭の働きのほうも老化を感じることが多い。記憶力が減退するのは仕方の無いこととしても,知識を吸収する力が衰えるのは,もどかしいことだ。  新しく手にした機器でも,パソコンのソフトでも,そのシステムを理解しようとすると,頭が破綻しそうになる。最近の機器は,いろいろな機能が付加されて,操作が複雑になっているからなおさらだ。臨機に使いこなせれば便利だろうが,使う機会が少ないと,即座に操作できず,その都度,使用説明書を読み返さなければならないので,結... ...続きを見る

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2009/04/29 19:59
蔵書の始末
 私は,本に対する愛着が強く,読みたいと思った本は,常に手許に置いておきたいので,図書館で借りることはせず,自分で購入して,読んだあとも全て所蔵している。蔵書が多くなると,限られた専門書は別にして,文芸書やエンターテインメントの類は,所蔵の記憶がおぼつかなくなるから,必要に応じて確認できるように蔵書目録を作成し,収録数は,3000冊近くになっている。  本を所蔵するということは,いつかまた,読み返したり,内容を確認したりしたいときが有るだろうという気持ちに基づいているのだが,加齢とともに,読書... ...続きを見る

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2009/04/10 20:16
先細りの人生
 読みたい本が有って購入する。その選定は,新聞紙上の広告に拠ることがほとんどだが,長年の経験から,選定を誤ることはまず無い。ところが,最近は,少し重い内容のものだと,購入はしたものの,読む上での集中力が続かず,読み終わるのに時間が掛かって,読了に至らない本が溜まっていく。それでも,読みたい本は次々と出るから,手に入れたい思いが先行して,思い詰めた気分で購入してしまう。  本に限らず,思いついたことや気に懸かることが有ると,それを果たすか,納得できる結果になるまでは落ち着かない。果たせないまま,... ...続きを見る

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2009/04/06 19:54
思い出せないこと
 一年を回顧する時期になったが,思い出そうとして思い出せないことが已に多い。人の名や名詞を咄嗟に思い出せないのは常日頃のことになっているけれど,例えば,社会的な認識に欠け,唖然とするような発言をした大企業の経営者がいたということは覚えていても,誰がどんなことを言ったのか,思い出せないのだ。  記録しておきたいことは,新聞の切り抜きで残していて,年末は,それを分野別に整理してルーズリーフ用紙に張り付ける作業をする時期でもあるのだが,腹立たしい事件や,くだらない発言までは切り抜いていないし,インタ... ...続きを見る

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2008/12/28 19:49
老化の不安
 何か一つの事を思い付くと,その事が頭を占めて猶予できず,思い詰める状態になってしまう。そして,それが結果を期待する事の場合,思い通りにならないと,苛々したり,逆に,投げやりな気持ちになったりする。一方で,しなければならないと思っていても,億劫で,手を抜いたり,なかなか手を着けられなかったりする事も多い。  言わずもがなのことを口に出してしまい,すぐに後悔したり,意に添わないことが有ると,感情が爆発しそうになったり,何かにつけて,気の弛み,抑制力の低下を感じる。  これまで,他者の状態を見て... ...続きを見る

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2008/06/25 19:54
年寄りはなぜ群れたがるのか
 私自身のことで言えば16年前に退いた,かつての職場の退職者の集まりが有って出掛けた。退職後,郷里などに帰って各地に散在しているメンバーの持ち回りで毎年開かれている会なのだが,私としては,地元で催されるときだけ,付き合いのつもりで参加しているものだ。16年の間に,私より後に退職した者も増えたが,亡くなったり病に倒れたりした人も有り,今回の出席者は22名。  また,先週は,中学校の同級生で,今に至るまで交友関係が続いている仲間が4名集まり,一夜の宿を共にした。私以外は皆,関東在住の者たちで,1年... ...続きを見る

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2008/05/25 20:05
思い込み
 加齢に伴い記憶力が衰えるのは自然の成り行きだと思っている。しかし,思い込みが強くなるのは気に掛かることだ。「記憶」と「思い込み」とは違う。「記憶が既に薄れ,思い出せないことも多いけれど,夢が現実と綯い交ぜになって,全てが現実の記憶のように思い込んでいることも少なくないような気がする」と,前(1月5日)に書いたが,記憶に残っていないことは,「忘れてしまった(ようだ)」で済むけれど,「思い込み」は,夢に限らず,事実でないことを確かに記憶しているように思い込んで,その「記憶」に固執し,自分の思いを正... ...続きを見る

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2008/03/07 19:51
最後の一段
 階段は,降りるときが要注意だ。昇るときと比べて,降りるときのほうが,眼と,足を踏み出す位置との距離が遠くなるから,視力の衰えとともに,歩を進める感覚が覚束なくなっている。特に夜,暗い所では,これで終わりだと思って,最後の一段を踏み外す虞れが有る。  公共の施設であれば,最後の一段には点字ブロックが貼ってあり,注意を喚起されるけれど,それが無い場所では,下り終わったと思ったときいったん立ち止まり,自ら確かめたのちに次の一歩を踏み出す慎重さが必要だと,最近は感じている。  事は階段に限らない。... ...続きを見る

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2008/02/16 19:32
ボケる
 高齢者に,「わたしはボケているでしょうか」と訊ねられて,「確かにボケています」と,不安を煽るような答えをするわけにはいかない。自分を疑う気持ちが有るうちは,まだ真からボケているのではあるまい。逆に,「まだボケてはいない」と思っている人に,実は「ボケている」と指摘することもできない。  人は皆,自分のことは分からないものだ。他者に対して批判的なことを言っている人自身が,当人が批判する他者とほとんど変わらない言動をしていることには気付いていない場合も多い。自分で気付いていない人に,事実を指摘して... ...続きを見る

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2008/02/12 19:52
眼の老化
 初め,眼鏡が汚れているのかと思った。頭髪の抜け毛が垂れ下がっているのかとも思った。しかし,どちらでもない。蜘蛛の巣に引っ掛かった塵が眼の前で揺れているように感じるのだ。  「飛蚊症」という症状が眼の重大な疾患の徴候である場合が有るということは聞き知っていたが,蚊が飛んでいるという感じではない。それでも気に掛かるので,早速,眼科医で診察を受けた。  詳しい検査の結果,眼の硝子体の濁りが影になって見えるもので,これも,「飛蚊症」と呼ばれる症状に入るものだが,重大な疾患につながる惧れは今のところ... ...続きを見る

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2007/06/09 19:37
地震
 昨日の能登半島地震の揺れは無気味だった。震源からは遠く離れた所だから,震度1有るか無いかの揺れで,階下にいた妻は気付かなかったくらいだが,かすかな横揺れが長く続いた。初め,最近少し高めの血圧が気になっている私の体の異常かと思い,不安に襲われた。やがて地震のようだと気付くと,今度は,このあとに大きな揺れが来る前兆のような感じがして,思わず立ち上がった。  詳報が伝わってくるとともに,被災地の人たちのことが気に掛かる。何人かの知人も在るけれど,生活力の有る人はまだ良しとして,年老いて,長年住み馴... ...続きを見る

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2007/03/26 19:37
余生
 各地で市民マラソンが催される季節だ。都心を走る初めてのマラソンとして話題になり,数万人の参加者で盛り上がった東京マラソンは別格として,私の住まう市や近隣の市でも,それぞれ毎年催され,近年のマラソン人気を反映して,年々盛んになってきている。その告知を見るたびに,私も,かつての気分が蘇り,出場したい思いにそそられる。もちろん,気持ちだけのことで,実際に走れる体力は已に無いと自覚しており,出場すれば,救護班の世話になるのがオチだろうから,夢想で終わることだ。  団塊の世代が大量に定年を迎える時期を... ...続きを見る

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2007/02/23 19:53
アルツハイマーの恐怖
 近年,「政治家の言葉が軽くなった」と言われる。言葉が軽いということは,考えの中身が軽いということだ。自分の思いを見詰めて掘り下げていけば,言葉は自ずと重くなる。  柳沢伯夫厚生労働相が思慮に欠ける発言を重ねているのを聞くと,根底に在る意識の問題だけでなく,この人は,政治家としてものを言うとき,言葉を吟味していないのだろうかと,その軽さに疑問を抱く。  翻って,私自身,最近,文章を書いていて不安になることが有る。自分では,常に言葉を選び,整った文章を書いているつもりでいても,他者から見れば,... ...続きを見る

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2007/02/07 19:21
独居老人
 御近所の87歳のお年寄りが亡くなった。老衰と言って良い亡くなりかただったようだが,最期は,周りを取り囲んでいる老妻や子どもたちに手を合わせ,幼い孫たちには手を振って逝かれたという。「大往生」とも言える最期である。  あとに高齢の夫人が遺された。比較的近い所に娘さんの住まいがあるそうなので,日常的に連絡を取り合えるのが心丈夫だと言われるが,それでも,高齢者の独り住まいは,気掛かりなことが多い。先日も,近くの家で,大きな音がして呻き声のようなものが聞こえたので,隣家の人が覗いてみたら,夫人を亡く... ...続きを見る

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2007/02/02 18:34
細部の記憶
 昨年中に公開された作品を対象にした各種の映画賞が出揃う時期になった。  「キネマ旬報」のベストテンとブルーリボン賞では,『フラガール』(李相日監督)が1位を占めたが,私には,エンターテインメントとしての「苦闘・成功物語」という印象が有るだけで,それほど高く評価できる作品だとまでは思えない。しかし,そのことを説明しようとすれば,分析的な批評をしなければなるまいが,全体的な印象だけで,批評ができるだけのディテールにわたる記憶が残っていない。同様に,評価の高い『武士の一分』(山田洋次監督)にしても... ...続きを見る

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2007/01/29 20:09
疑似認知症
 「痴呆」に代わる「認知症」という言葉が作られて2年余になるが,「認知症」に付け込んだ最近の詐欺的な商法に関する報道を見聞きすると,そのような場合,必ずしも医学的に厳密な意味で使われているわけではなく,老化に伴って情況を認知する知覚が衰え,判断力が低下した状態を言っているようにも思われる。  情況を認知する知覚の衰えは,病的な症状に限らない。  自分の思いに囚われ,ときには,自分の思いつきに酔って,他者の事情や気持ちを顧慮することができず,他者をも巻き込んで,自分の思いどおりに事を進めようと... ...続きを見る

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2006/10/23 18:23
自嘲短歌
 落語の「小言念仏」をもじって「ボヤキ念仏」と名付けたブログを開いているけれど,「ボヤキ」の対象は,他者や世の中のことに限らず,自らに向けられる場合も有る。しかし,自分自身についてボヤクとき,多くの言葉を費やして述べる気にはなり難い。  そこで思いついたのは,短歌形式でボヤクことだ。私には短歌の趣味は無く,自己完結性の強い短歌の抒情は好きではないのだが,山上憶良の昔から「ボヤキ」や「揶揄」には適した形ではなかろうか。六無斎・林子平は「親もなし妻なし子なし版木なし金もなけれど死にたくもなし」とボ... ...続きを見る

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2006/10/13 19:59
敬老
 「敬老の集い」の案内状が来る時季になった。来賓各位のそらぞらしい挨拶にうんざりすることが予想される行事に,わざわざ出かけて行く気は毛頭無いが,年金は減額される一方で,税金や保険料は増額,医療費や介護費の自己負担額は上がる今の世に,何が「敬老」かと言いたくなる。  去る7月31日に79歳で亡くなった吉村昭さんの最期が話題になっているが,「もう死ぬよ」と言って,点滴をはじめ,延命のための装置の管を全て自ら抜いたという吉村さんの行動は,「尊厳死」とか「自死」とか言うよりも,「自決」という言い方が,... ...続きを見る

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2006/09/09 19:19
生き急ぎ
 「生き急ぎ」という言葉が在る。若いときは,自分の目標に向かってひたすら走り,そのために躓くことも有る。元ライブドアの堀江貴文氏の最近の発言の中にもそんな言葉が有ったようだし,堀江氏にしても村上ファンドの村上世彰氏にしても,華やかな動向で世間の注目を集め,一時期を画した感の有った人が破綻したのは,才に任せて生き急いだことだと思われる。  若いときの恋愛もまた,性急に思いを果たそうとする「生き急ぎ」の側面を持っている。若さゆえに,結果を求めてムキになり,目的を遂げようと立ち向かって行くのは,たと... ...続きを見る

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2006/06/14 21:57
孤独の思い
 生きている上での最高の愉しみは,気持ちの通う合う人との気の置けない語らいに在ると思う。しかし,そういう愉しみの機会は,狷介の性ゆえに,これまでも多くはなかったが,加齢とともに,さらに尠くなった。関心を持つ事や思うことのレベルが一致しない人と,相手の気持ちを忖度しながら,努めて話題を合わせて過ごす時間は,苛立ち,疲れを覚えるだけで,何の愉しみも得られない。  エロチシズムの感じられる相手と過ごす時間もまた気持ちの膨らむことだが,今では,それも無い。  幾つになっても新たな出会いは有り,仲間が... ...続きを見る

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2006/05/25 20:52
老いの集い
 新緑の美しい5月は,落ち葉の季節でもある。若い葉に命を譲って,古い葉がしきりに舞い落ちる。庭一面に散った落ち葉を掃くと,毎日,大きなゴミ袋に一杯の量になる。加えて,ひととき咲き盛ったツバキやナニワイバラの花びらが風に吹かれて道を汚すので,その掃除にも追われている。 *  *  *  かつての職場を退職した同僚たちが集まる年に一度の恒例の懇親会が,緑の趣深い京都嵐山で催された。私には過去を懐かしむ気持ちは薄いので,持ち回りによる幹事... ...続きを見る

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2006/05/14 20:37
老いの病
 アルツハイマーや認知症だけが老化に伴う精神的な病ではない。ほとんど病に近い症状は他にも多々有る。  最近,根気が続かなくなったことが気に掛かる。読書の持続時間が短くなったのは,眼が疲れやすいせいかとも思うが,テレビを観ても,低級なドラマや愚劣なバラエティーは,もちろん初めから観る気になれないけれど,熱戦を繰り広げている野球であっても,ずっと観続ける根気が無い。何をしても,集中力が続かない。  全てを自己中心的に考え,自分の基準から外れることは否定しようとする。自分が感じないことを感じるのは... ...続きを見る

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2006/05/06 19:55
老化
 ある人の講演を聞く機会が有ったが,主題とは関わりの無いことに次々と話が広がり,時間も大幅に延びて,うんざりしてしまった。  72歳という年齢で,目も歯もまだ達者だという自慢は認めるとしても,要は,自分の知識や記憶力を顕示したいのだと思われて,それは一つの老化現象にほかならない。  話の中心となる内容には,聞くべきところも有ったものの,幾多の業績を挙げ,今も矍鑠たる人にしてなお,こうなのだから,他人事でなく,齢は取りたくないものだ。 ...続きを見る

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2006/01/27 10:44

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