野球選手の履歴

 マラソンと駅伝のシーズンが終わり,3月18日からの社会人野球東京スポニチ大会を皮切りに,20日はプロ野球パシフィック・リーグが開幕,いよいよ野球のシーズンに入る。この時季,私は,プロ,社会人,大学それぞれの,新年度の選手名鑑の作成に取り掛かっている。誰に見せるでも,誇るでもない,60年近く続けてきた,趣味とも言えない,自分の内だけでの営為である。
 私の作る名鑑は,個々の選手の球歴を記録するもので,私には,チームや選手の成績よりも,個々人の野球経歴に関心が有り,長年,自分で記録してきた積み重ねによって,それを追うことができる。野球の名門高校から大学に進み,プロでも活躍して,言わば,エリート・コースを歩む選手が在る反面,ドラフト上位で脚光を浴びてプロに入っても,一度も活躍の場の無いまま,数年のうちに消えてしまう選手もいる。また,曲折の多い道を辿る選手も少なくない。
 例えば,今年,新日本石油ENEOS(横浜市)に入った関連太郎投手(26歳)は,埼玉県・武南高校を出たのちアメリカに渡り,2005年には,かつて巨人軍に在籍したウォーレン・クロマティ氏を監督にして日本人選手だけで結成されたサムライベアーズ(独立リーグ)に参加し,同チームが1年だけで消滅したため帰国,2006年からは,岩手県矢巾町のクラブチーム・岩手21赤べこ野球軍団に所属したが,ここも経営難から昨年で解散となり,新日本石油に拾われた形で再スタートを切る選手だ。
 プロ野球にも,いくつもの球団を転々とした選手は少なくない。
 今年,東北楽天から埼玉西武に移った谷中真二投手(34歳)は,大阪府・泉州高校から社会人・小西酒造を経て,1997年にドラフト3位で西武に入団したが,その後,2001年阪神,2004年オリックス,2005年東北楽天と移籍を重ねて,今度,西武に復帰することになった。
 そういう履歴を追っていると,野球人生もまた厳しいことを感じ,苦労を重ねた選手が新しい場を得てどう活躍するかということに関心が向く。野球に限らず,人には全て辿ってきた人生が有り,その履歴が今の在り様を決定する要素になっていると思う。私の人に対する関心の根底にはそれが有るのだけれど,一般の人の経歴を一々問い質すことはできないのに比べて,野球選手の場合は明確に知り得るので,私の関心を満たしてくれることでもあるのだ。

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