足手まとい
仕事と家庭とどちらを大切にするか。食うために働くのか,働くために食うのか。問われることの多い人生の命題だが,二者択一の問題でも,優劣を付けることでもなく,仕事も家庭も,現実と願望も,全てを含めて統合したものが人の「生活」だと,私は思っている。
しかし,それは,自分の働ける仕事が有ればこその命題であり,老いて,仕事が無くなり,食うために稼ぐこともできず,不十分な年金に頼るだけの暮らしになれば,何を大切にし,何を目的にして生きるのか,答え難くなってしまう。
老い衰えて,子の足手まといにはなりたくないと思う老人も多いはずで,「無縁社会」とか「孤族」とかという言葉が言われるけれど,愛する者たちの足手まといになるよりも,あえて孤独な生き方を求めることもあろう。
働く場所が無くなり,限られた暮らししかできなくなれば,孤独に生き,孤独に死んで行くことこそが,老後の「生活」ではなかろうか。その独りの「生き方」を,思うがままに通そうとすれば,老いにとって,逆に,家族の情愛の絆に伴う柵が足手まといに感じられてくることもあろう。
しかし,それは,自分の働ける仕事が有ればこその命題であり,老いて,仕事が無くなり,食うために稼ぐこともできず,不十分な年金に頼るだけの暮らしになれば,何を大切にし,何を目的にして生きるのか,答え難くなってしまう。
老い衰えて,子の足手まといにはなりたくないと思う老人も多いはずで,「無縁社会」とか「孤族」とかという言葉が言われるけれど,愛する者たちの足手まといになるよりも,あえて孤独な生き方を求めることもあろう。
働く場所が無くなり,限られた暮らししかできなくなれば,孤独に生き,孤独に死んで行くことこそが,老後の「生活」ではなかろうか。その独りの「生き方」を,思うがままに通そうとすれば,老いにとって,逆に,家族の情愛の絆に伴う柵が足手まといに感じられてくることもあろう。
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