亡くなった人
亡くなった人のことを描いた小説を2作続けて読んだ。伊集院静著『いねむり先生』(集英社・2011年4月10日発行)と,津村節子著『紅梅』(文藝春秋・2011年7月31日発行)だ。どちらも小説仕立てだから,具体的な実名は出さず,「先生」,「夫」と呼ばれているけれど,前者は色川武大(阿佐田哲也),後者は著者の夫・吉村昭を描いたものだと解る。色川は1989年(享年60歳),吉村は2006年(79歳),鬼籍に入った。亡くなる前のほぼ2年間の経緯を語っているのも共通していて,著者自身は,サブロー,育子という名になっている。
亡くなった人について語るということは,批評が優れた文学として成立するには著者の「自分」が表出されていなければならないのと同じで,死者を通して自分を語るということだ。テーマは亡くなった人に在っても,心情が描かれているのは,サブローであり,育子である。
しかし,私の気持ちは,語り手の思いよりも死者の側に在り,そこで語られている亡くなった人への感情移入のほうが強い。それだけ,死者の生きている姿が鮮明に浮かび上がってくるということでもある。
『いねむり先生』は,急な病気で二百日余り闘病生活をともにした「妻の死を契機に、身体の奥に潜んでいたさまざまなものがいっぺんに噴き出し」,「ひどいアルコール依存症になり、幻聴、幻覚に悩まされ、果ては暴力を振るうようになってしまった」ボク(サブロー)が,Kさんの紹介で「先生」と出会い,「旅打ち」を重ねるなど,行を共にするうちに,「あの発作から脱出することができた」,「それまで定期的に頭痛をともなって生じていた焦燥感は失せていたし、ましてや発作も起こらなかった。何かが特別かわったとは思えないのだが、怖れ、怯えという感情がボクの中から失せ身体が楽になっていた」という経緯を語っている。
死んだ「妻」とは,それとは書かれていないけれど,作者と7年間の交際の末にようやく結婚したのち僅か1年余で,1985年に急性骨髄性白血病のため世を去った女優・夏目雅子で,「先生」は色川武大だと分かる。
そして,『自分は、自分の頭がこわれているという実感を大事にしている』『自分は誰かとつながりたい。人間に対する優しい感情を失いたくない』と『狂人日記』に書いた色川武大の,人としての存在感の大きさに,著者同様,心を惹かれる。
『紅梅』は,舌癌に続いて膵臓癌が発見され,最期は,自ら「胸に埋め込んであるカテーテルポート」をひきむしって,延命治療を拒否した吉村昭の1年半の闘病を,五十有余年の作家同士としての夫婦の暮らしを背景に,「情の薄い妻」という思いで描いたものだが,これも,著者自身の苦闘と献身よりも,21歳で肺結核のための大手術で生死の境を体験し,その後,肉親の癌や脳腫瘍による相次ぐ死を見送り,今また自らの死と直面して「闘って」きた吉村の強さに,私は惹かれる。
同時に,「一、私が死亡した時は、梓夫婦、千春夫婦のみが承知し、親戚をふくむ第三者には報らせぬこと」,「一、密葬は、梓一家、千春一家による家族葬とし、この事務的な手配は栗山正志氏及び氏の指名した補助者に依頼すること」,「一、弔電、お悔やみの電話、書簡には一切返事を出さぬこと」云々の遺書と合わせて,正門と通用門に出す「何卒弔花御弔問ノ儀ハ故人ノ遺志ニヨリ固ク御辞退シマス」という標識が自らの手で書かれていたということにも共感するが,遺された人の気持ちや立場を考えると,自分の勝手な意志だけを貫くわけにもいかないと思いつつ,私も,そろそろ,自分の思いを遺書として記しておかねばなるまいと考える。
亡くなった人について語るということは,批評が優れた文学として成立するには著者の「自分」が表出されていなければならないのと同じで,死者を通して自分を語るということだ。テーマは亡くなった人に在っても,心情が描かれているのは,サブローであり,育子である。
しかし,私の気持ちは,語り手の思いよりも死者の側に在り,そこで語られている亡くなった人への感情移入のほうが強い。それだけ,死者の生きている姿が鮮明に浮かび上がってくるということでもある。
『いねむり先生』は,急な病気で二百日余り闘病生活をともにした「妻の死を契機に、身体の奥に潜んでいたさまざまなものがいっぺんに噴き出し」,「ひどいアルコール依存症になり、幻聴、幻覚に悩まされ、果ては暴力を振るうようになってしまった」ボク(サブロー)が,Kさんの紹介で「先生」と出会い,「旅打ち」を重ねるなど,行を共にするうちに,「あの発作から脱出することができた」,「それまで定期的に頭痛をともなって生じていた焦燥感は失せていたし、ましてや発作も起こらなかった。何かが特別かわったとは思えないのだが、怖れ、怯えという感情がボクの中から失せ身体が楽になっていた」という経緯を語っている。
死んだ「妻」とは,それとは書かれていないけれど,作者と7年間の交際の末にようやく結婚したのち僅か1年余で,1985年に急性骨髄性白血病のため世を去った女優・夏目雅子で,「先生」は色川武大だと分かる。
そして,『自分は、自分の頭がこわれているという実感を大事にしている』『自分は誰かとつながりたい。人間に対する優しい感情を失いたくない』と『狂人日記』に書いた色川武大の,人としての存在感の大きさに,著者同様,心を惹かれる。
『紅梅』は,舌癌に続いて膵臓癌が発見され,最期は,自ら「胸に埋め込んであるカテーテルポート」をひきむしって,延命治療を拒否した吉村昭の1年半の闘病を,五十有余年の作家同士としての夫婦の暮らしを背景に,「情の薄い妻」という思いで描いたものだが,これも,著者自身の苦闘と献身よりも,21歳で肺結核のための大手術で生死の境を体験し,その後,肉親の癌や脳腫瘍による相次ぐ死を見送り,今また自らの死と直面して「闘って」きた吉村の強さに,私は惹かれる。
同時に,「一、私が死亡した時は、梓夫婦、千春夫婦のみが承知し、親戚をふくむ第三者には報らせぬこと」,「一、密葬は、梓一家、千春一家による家族葬とし、この事務的な手配は栗山正志氏及び氏の指名した補助者に依頼すること」,「一、弔電、お悔やみの電話、書簡には一切返事を出さぬこと」云々の遺書と合わせて,正門と通用門に出す「何卒弔花御弔問ノ儀ハ故人ノ遺志ニヨリ固ク御辞退シマス」という標識が自らの手で書かれていたということにも共感するが,遺された人の気持ちや立場を考えると,自分の勝手な意志だけを貫くわけにもいかないと思いつつ,私も,そろそろ,自分の思いを遺書として記しておかねばなるまいと考える。
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