言葉と意識

 去る5日にようやく実現した翁長沖縄県知事と菅官房長官との会談の席上で,米軍普天間飛行場の辺野古への移転について,菅官房長官がこれまで繰り返してきた「粛々と工事を進めていく」という発言を,翁長知事が「上から目線」と批判したことに対して,菅氏は,「不快な思いを与えたということであれば、使うべきではない」と,6日の記者会見で述べたという。しかし,言葉を使うかどうかという問題ではなかろう。
 「粛々」という言葉で私が真っ先に思い浮かべるのは,「鞭声粛粛夜過河」という川中島合戦での上杉軍の行動を詠った頼山陽の漢詩で,「粛々」とは,「音を立てず,静かで,厳か」であることを意味すると思うのだが,最近の政治家がしきりに用いる場合は,「批判や抵抗が有っても無視して,思いどおりに事を進める」ということのようだ。
 言葉は意識の表れで,「文は人なり」と言うように,言葉にはそれを使った人の思考や感覚が表れていると思うのだが,当今の政治家が言う「粛々」は,「この期に及んで」後に引く気は無いという,他を顧みず,わが道を行こうとする気持ちの表れで,この期に及んで言葉を変えたところで,意識が変わったとは思えない。
 近年しばしば,政治家の言葉が軽いと指摘されるけれど,それだけ政治家の意識が軽薄で,思考が粗雑になっているということだと思われる。その最たるは安倍首相ではなかろうか。これまでもその発言を批判されることが多く,最近では,自衛隊を「わが軍」と言ったということが問題にされているが,安倍首相の意識の中では,自衛隊はまさに「わが軍」なのであり,その武力行使を命令する最高司令官としての立場の重さを,厳粛に受け止めている上でのこととは感じられない。
 今や統一地方選挙の時期で,地方議員の中には知人も少なくないのだが,国政与党の自民,公明に属する人でも,今回は苦戦していて,地方の言葉が中央につながらないと嘆くのを聞く。それだけ,政権の意識と地方の民意とのずれは大きいと言えよう。それでも当選する人が多ければ,安倍首相は「政権が民意に支持された」と誇るに違いない。

この記事へのコメント

いざよひ
2015年04月08日 19:45
安倍川や川止めしげく涙(なだ)そうそう 民声シクシク夜川を渡る

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