繰り言

 視覚,聴覚,指先の感覚,動作の距離感覚,あれもこれもが鈍くなって,何をするにも思うようにならず,最近では,うっかり体をどこかにぶつけて傷めたりすることも有るので,常に細心の注意が必要だ。視覚に関しては,細かい字の読み書きが難しくなり,読書の楽しみが減るとともに,長年続けてきたノートへの諸々の記録も今年で終わりにせざるをえないかと思い始めているということは,先日も記したばかりだ。
 「野球(プロ,社会人,大学,中等学校~高等学校),陸上競技(マラソン,駅伝),大相撲,政界の変遷等,中学生のころから関心を持ち,記録して来た。戦後間も無い時期の田舎暮らしの少年にとって,文学,映画,歌謡曲以外に新聞・雑誌やラジオで触れることのできるものは他に無かったからでもあるけれど,私にとっては,趣味と言うよりは,仕事と言って良いくらい,暮らしに密着していたことだ。しかし,加齢とともに視力の衰えを感じるようになった昨今では」「そろそろ限界ではないかと思い始めている。これも一つの『終活』のようなもので,それはそれで,長年愛着を持ってきた身辺の品を処分するのと同様,淋しいことではあるけれど,あと何年生き延びられるか判らないことでもあり,今年あたりを区切りに終わりにしても良いのではないかと考えるのだ。」(9月28日)
 新聞の切り抜きやワープロ文書で代えられるものも有るけれど,ノートに書き込むほか方法の無いものも有り,野球シーズンが終わろうとしている今は,プロ野球に関しては「日本シリーズ」でいちおう終幕を迎えたものの,「社会人野球日本選手権大会」や大学と高校の各地区代表による「明治神宮大会」がまだ残っていて,その試合や出場選手の記録に時間を割いている。
 さて,それらに区切りを付けるとなると,来年度から何を楽しみに日々を過ごせば良いのか,気に懸かることだ。
 老いとともに全てが鈍くなっていく中で,困ったことに,痛覚だけが鈍くならないのは辛い。前立腺や大腸の治療をしているあいだ放置していた歯の痛みがだんだん増して,食事もままならなくなってきたので,今度はその治療に通うことになった。辛うじて残っている歯を抜いて,義歯を作り替えなければならないのだが,痛みの激しいほうの歯を庇って反対側で噛んでいたら,今度はそちらが痛み始めた。食事が苦痛になってきては,妻の心尽くしの料理を味わう楽しみも奪われることになる。たまたま来週は,15歳ほど年下の馴染みの人たちのグループと会食する予定になっていたのだが,それもキャンセルしなければならなくなり,世話役に断りの連絡をしたところ,情況を理解してくれて,「当分の間,辛いことですね」と慰めてくれた。
 何事でも,他人の痛みを理解できるということは,人として必要なことだと思うものの,それができない人が多い中で,自分でも体験していて,相手の苦痛が理解できるのは大切なことだと更めて感じさせられる。また,老いの繰り言は聞きたくないということも有るかもしれないが,私としては,若い人に暮らしの上で頼ろうとは思わないものの,生きる楽しみが日々薄れていく老いの実態を知ってもらいたいとは願うことだ。

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この記事へのコメント

いざよひ
2017年11月11日 20:56
人の世は草の枕の旅の夢 すゑは花散るもとに果てばや

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