繰り言止まず

 「私にとってこの夏が最後になるかもしれないという思いは,いろいろ有る。私の加齢と体力の衰えに関わることで,中学生のころから延々と続けてきた各種の記録もその一つだ。特に野球に関する記録は自分で細かくノートに書き込まなければ残せないことが少なくないので,そのための視力が覚束無くなってきているのを,新聞報道に目を通しながら日々感じている。」(8.21{最後の夏」)
 「体力が衰え,何をするのも面倒で,手を抜くことが多くなり,時間が有れば横になるなど,少しでも体を休めていたい。といって,横になってばかりもいられない。妻ならずしも,生活必需品を購入するために出掛けなければならないことも有るし,ちょっとした文章を書いたり,生計の記録を残したりするために,ワープロやパソコンに向かう時間も必要だ。」(9.3{この命」)
 「最近は,食欲に限らず,何事にも意欲が湧かなくなっていると痛感する。生きて行く意欲の上で何が先行することなのか判らないけれど,全てがつながっているのだろう。このような雑文を書くのでさえ,なかなか筆が進まず,この調子では,いつの間にかパソコンに向かうことも無くなってしまうかもしれない。」(9.22「意欲の低下」)

 こうして最近書いたものを並べてみると,体力の衰えを嘆くことが多い。中でも視力が弱っているのを日々痛感する。特に病んでいるわけではない。加齢による衰えだ。今の私が持てる楽しみと言えば,「読むこと」と「書くこと」しか無いのだけれど,新聞記事の細字を読むのが辛くなってきている。ルーペに頼るのでは楽しみが損なわれるから,読書は,かなり前に諦めた。今,日常的に目にしているのは,毎日の新聞と週刊のテレビ情報誌だけだ。テレビそのものはほとんど観たいと思わないのだが,日々の話題だけは知っておきたいので番組表に目を通す。中身を観るまでもなく,番組のタイトルと簡単な内容説明だけで十分なのだけれど,これも字が小さい上にジャンルごとに色分けされていたりすると読み取りにくい。
 書くのはワープロやパソコンに頼ることが多くなっているが,細かい記録は手書きでB5判のノートの7mmの横罫の中に2行で書き込む場合が多くて疲れる。思えば,一日中ほとんど目を使っている暮らしなので,時間が経つにつれてしだいに目が霞んでくる。夕食時の食欲の衰えも,眼の疲れが原因の一つに在るのではないかと思い始めている。
 読み書きに頭を使うことは,認知力の低下を防ぐためにも有効かと思っていたが,逆に体力の消耗を招いているのかもしれず,スポーツの記録などは,今たけなわのシーズンに区切りがついたら,作業量を半減したほうが良いのではなかろうかとも思うものの,そうなると,ますます楽しみが減り,無為に過ごすことが多くなって,老化がさらに進むのではないかと気に掛かる
 家族は,私の繰り言など聞きたくないために,ブログはあまり読まないようだが,今の世の中,嫌なことばかり多くて,繰り言を重ねるしかないのが実情だ。かくて,老いの繰り言が止みそうにない。

この記事へのコメント

いざよひ
2018年10月21日 22:00
今は昔の学生時代(その2)
七日目のカレーの鍋底実なし汁 豚コマ一匹泳ぐ嬉しさ

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