七月尽

 ようやく梅雨が明けたと思ったら,猛暑日,熱帯夜と,聞いただけでも熱中症になりそうな,生き辛い日々が続いて,七月が終わろうとしている。
 24日付「朝日新聞」の投稿川柳欄に「どっち見た 総理・吉本同時会見」(福岡県 河原公輔)という作品が載っていた。一は一国の首相,一はエンタメ会社の社長のことだ。たまたま会見の日が重なったわけだが,人々の関心はどちらに在ったのだろうかということだ。
 参議院議員選挙の結果は,予想されたとおり,期待する国の行方には程遠いものだったが,忖度や迎合しか念頭に無い輩に囲まれて,支持されていると満足している権力者に対しては,野次るしか手段の無いのが現実だ。その民意をこそ忖度しなければならないのが権力者の取るべき途だろうが,演説への野次は警官に抑えられ,当人は自己満足しているのだろうか。
 権力を笠に着て自己主張するのは,エンタメ会社の経営者も同じことに見える。共通しているのは,自己中心的な思い込みに基づく支配欲で,それに従わない者は常に排除される。
 芸人は,幇間ならずとも,お座敷が掛かればどこにでも喜んで行く。そこがどんな人たちの宴席かということまでは詮索しない。その行動原理は,テレビ局に呼ばれてバラエティー番組に出演するのと同じことで,招かれたのが反社会的な組織の席だったということがあとで判ったとしても,芸人を番組制作の道具くらいにしか考えていないようなメディアが批判するのはお門違いだ。
 7月末になって,どう考えても正常な精神状態だとは思えない者によって,異常で凶悪な犯罪が引き起こされた。許し難い凶行だが,最近類似した犯罪があとを絶たないと感じる。そういう人間を生み出す要因が現代社会の中に在るように思われてならない。例えば,極端な格差社会ということも有ろう。そういう社会構造の改善こそが今の政治の最大の課題だと思われるのだが,権力を手にした者は,社会の中で不遇な情況に置かれている人たちのことを軽視し,理解しようとも考えようともしていないようだ。

ブログサイト近況

 長年慣れ親しんだ友人に突然背かれたような落ち着かない気持ちで過ごしている。このブログページの運営管理サイトが大幅なメンテナンス リニューアルを実施した7月2日以降のことだ。ページのデザインが変わってしまい,私の力では復旧できない事態がいくつも生じていて,これまで親切な応対で頼りにもしていた馴染みの商店が不慮の災害で失われたような喪失感が有る。
 私自身の記事はいちおう掲載できているものの,それに対する反応を感じ取れる場が,限られた読者からのコメントだけになってしまった。まず,トップページにエントリー画面として載せていた画像が出てこなくったところに,記事に対する感想を一言で示すクリックボタン=「気持ち玉」が消えた。アクセス数を表すカウンターも無くなった。これは,記事を書き込む側としては張り合いが失われて寂しいことだ。また,記事のサイドバーに出る月別カレンダーの一部が画面から切れてしまって役に立たない。自分で独自に作成したテーマ別に,書き終えた記事を分別,登録して,公開後の検索に利用していた機能も無くなっている。
 サイトの事務局に寄せられている利用者のコメントが見られるようになり,それを見ると,今回のリニューアルに同様の不満を感じている人も少なくないようで,プロバイダーの引っ越しを考えている人さえ在るようだが,中にはネットのシステムに詳しいかたも在り,いろいろアドバイスを書き込んでおられるけれど,なにぶん視力も理解力も衰えている高齢の私にとっては,自力で操作するのは難しいことが少なくない。かといって,他のサイトと比べて最も行き届いていると感じてこれまで利用してきたサイトに,そう簡単に見切りをつける気持ちにはなれず,リニューアル前の状態に復元できるものは可能な限り修正を実行してもらいたいと期待して辛抱強く待っている。
 また,私のブログを読んでくださっているかたの読む立場での情況はどんなことになっているのか分からない面も有るのだけれど,現況について読者としてはどういう印象,感想をお持ちなのだろうか,できれば教えていただきたいと思っている。

お知らせ

 ブログサイトのリニューアルから5日経ち少しずつ使い方が解ってきたところです。前掲の記事「お断わり」も昨夜書き込み中に突然「緊急メンテナンス中」の画面に変わって操作不能になっていたのですが,今朝回復していたので入れ直しました。その中にも書いている,中途で終わっていた前回の記事「『老衰』総括」も書き足すことができました。あとの機能は徐々に研究して取り入れていくことにします。

お断わり

 このブログの運営管理サイトが7月2日を期して大幅なメンテナンス リニューアルを実施した。私が使い始めて14年目になる今日まで無かったことで,それ以前から使っていた人も在ったことだろうが,サイトの事務局に寄せられている多くのコメントを見ると,リニューアルに不満を持つ人も少なくないようで,プロバイダーの変更検討まで含めて,かなりの混乱を生じさせているようだ。利用者のほうで手を加えなければならないことも有り,頭の回転が鈍ってきている私としてはまだ試していないことも多いし,事務局の側で今後さらに修正しなければならない点も出て来そうなので,しばらく成り行きを見ているしかあるまいと思っているのだが,きょうも試しに記事を書いていて,いったん中断したところ,中途半端なままで公開されてしまっていた。そこで,慌てて今断り書きを入れているしだいだ。
 それにしても,今回のリニューアルに関わった担当者は,老人の暮らしに理解が及ばない若い人や,施策の行き届かない今の政治家,官僚と同様,技術的には詳しくても,文章を書くことにさまざまな思い入れやこだわりを持っている利用者の実態が十分に理解できていないようで残念だ。

「老衰」総括

 体力とそれに伴う気力の衰えについて,このところ同じような「ぼやき」を繰り返し書いている。「ぼやき」も度重なると単なる愚痴に過ぎないことになる。読む人も鬱陶しいことだろうし,自分でも言うのが厭になってくる。このへんで,具体的な情況を総括していったん終わりにしたいと思う。
 要は,暮らして行く上での思いが現実の行動につながらないということだ。頭の中では処理したいことのあれこれを思いながら,行動を起こせないでいるもどかしさが有るのだ。少しでも体を楽にしていたい気持ちが先立ち,朝,目が覚めていても,起き出す気力がなかなか起こらず,朝食を終えて日常の作業に移れるまでに3時間近く掛かる。また,当面気に懸かっているのは,夏と冬と年2回を目途におこなっているガスレンジのフード換気扇と部屋ごとのエアコンの掃除だけれど,近年は高所に上がっての作業が体力的に辛くなってきている。
 体力を衰えさせてはならない,体力を付けなければならない,と思いながら,食べたい物を思いつかない,食べようという気持ちが湧かないので,食事を負担にさえ思う。まして,みずから献立に携わらなければならない立場になれば,その負担はより重く感じることだろう。
 少し読み書きを続けると,すぐ目が疲れて瞼が重くなる。眠っていると,書きたい言葉が次々と湧いて来るのに,目が覚めると,細部が思い出せず,まとまった文章にならない。視力の衰えとともに読み書きすること自体が辛くなりつつある。
 今年も,年に一度の高齢者の健康診査を受けてきたところだが,検査項目に限っては今年はまったく問題が無く,「元気だ」と言われたけれど,前述のような状態は多かれ少なかれ老人に共通していることであろう。横で見ているだけでは解らない「老衰」の現れにちがいない。
 私がブログを綴る気持ちの中には,単なる自己表現欲だけでなく,戦中戦後を生きて,今,高齢者時代に向き合っている人生の先達として,あとから来る世代に,まだ経験の無い高齢者の思いを知っておいてほしいということも有る。もっとも,知らないほうが良いことも有るかもしれないが,やがてそのときが来たときに思い当たることも有るにちがいない。