現代版「六無斎」

 世は「四連休」とか「Go To Travel」とかの取り沙汰で賑やかだけれど,どこかに出掛けたいという気力も体力も無い私としては,家でのんびりしているだけしかない。こんなとき,「六無斎」と名乗り「金も無ければ死にたくも無し」とぼやいた,「海国兵団」(1786)の著者として知られる林子平(1738~1793)を思い出すのだが,気持ちをそそられることが無いのは淋しいことだ。
 視力の低下で読書する気も起こらないし,つまらない番組しか無いテレビを観たいとも思わない。何か書こうとしても最近は,ボヤキを通り越して愚痴ばかりになってしまう。食べたい物とて無く食欲も出ない。
 「敬老の日」にちなんだ報道で,「総人口に占める高齢者の割合(高齢化率)は28.7%で、過去最高を更新した」とあったけれど,統計上の「高齢者」は65歳以上で,政府は高齢者も働くことを奨励していて,現代ではむしろ,齢を取っても働かざるをえない人のほうが多いと思われる。しかしそれも,とっくに80歳を超えた私のようなフツーの高齢者には望めないことだ。
 気持ちの通い合う話し相手が欲しいと思うものの,それも身近には無い。老人性のウツを感じるばかりで,まさに現代の「六無斎」状態だ。明日は,隣県で暮らす次男が車で墓参りに連れて行ってくれるというから,久しぶりの外出を楽しみにしているのだが,さて・・・。

老いる苛立ち

 過日、長年使ってきた1998年製のワープロで打ってフロッピーに保存していた文書を開こうとしたところ,開けない事態が起こったことを記した(8月2日「ねばならない」)。機械が古くなるとそのようなトラブルが生じることが有る。ワープロに続いて,キッチンの壁に掛けてあった電波時計が動かなくなり,電話機の通話が子機に届かなくなるということも起こった。Wi-Fiルーターの機能にも衰えを感じる。いずれもかなり古い製品なので,この際思い切って買い替えることにした。ついでにOSのサービス期間が切れたまま放置してあったパソコンをメーカーに引き取ってもらい,部屋の隅に積んだきりだった古いプリンターや電話機も廃棄して,久しぶりに部屋にいささかの余裕ができたところだ。
 機器だけでなく,使う私のほうもかなり老化が進んでいると感じることが最近増えてきている。高齢化による衰えは,言わば障害者と共通する不自由な状況だと言えよう。視力が衰えて細かい字の読み書きが困難になり,聴力の衰えでテレビの音声が聞き取りにくい。高い所に上がらねばならない作業は危なっかしいし,低い所に屈むのも負担を伴う。身体的障害の面も増えれば知的障害と言えそうな事態も起こる。障害者の援助は何年も勤めてきた経験が有り,「障害は個性だ」と言われるように,恥じることは何も無いと思っているけれど,これまで自分で可能だったことができなくなると,焦りや苛立ちが募るときが有る。
 床に落ちている小さな塵埃は目に入らないから自分では気に懸からないで済むのだが,掃除機を動かすのは疲れるし,暮らしの中で出る雑物の廃棄や老朽化した家屋のメンテナンスとなると,なかなか実行に至らない。知的な面では分別,整理整頓が怠りがちになる。
 そろそろ他者の支援,介護に頼らねばならないことも有ると思いつつ,かつて自力で可能だったレベルを求める気持ちが残っていると,他者に要求するレベルも高くなり,満足する域にはなかなか達しない。自分が当面している事態は自覚しているにもかかわらず,他者にそれを指摘されたくないという気持ちも残っている。気持ち良く老いるというのは難しいことだと痛感する日々である。

戦争を知らない

 戦後75年の8月を迎えて,新聞やテレビでは今年も「戦争を語り継ぐ」企画が相次いでいる。もう十数年も前のことになるけれど,戦争体験の話を聞きたいと近所の小学生に頼まれて話をしたことが有る。夏休みに学校から出された課題だったのだろう。私も,戦死した父をはじめ戦火で肉親を喪い,自分も低空飛行をしてきた敵の艦載機に学校の窓から銃撃された経験も有ったが,田舎での疎開暮らしをしていて,都会のような大空襲は免れたので,戦争体験と言ってもそれほど悲惨なものではなく,小学生にどれほど伝えられたか,もう大学を卒業した年齢になっている当時の小学生に一度尋ねてみたいと思う。
 戦後75年が経った今,私自身も平和と自由のすばらしさの印象を忘れつつあり,戦後生まれがほとんどを占める今の人たちに戦中戦後の体験を改めて語ろうとしても,老人の昔話にしかならないのではないかという気がするし,今の社会では,抽象的な観念の世界の域で終わってしまうのかもしれない。それよりも,今年の夏は,新型コロナウイルスの影響のほうが社会でも学校でも大きな関心事になっている。また,老人としては,近年極端に進行した文明の変化のほうが暮らしの上で大きな問題だと感じることも多い。政治や企業経営に携わっている人たちでも,戦争と平和の問題に真剣に取り組んでいるのは僅かな人でしかないと思わせられる。
https://www.uta-net.com/movie/128799/
https://shog.at.webry.info/201708/article_2.html

生きる苦痛

 加山雄三さんが食事中に水の誤嚥で嘔吐症状を起こし救急搬送されたという報道を聞いた。元気で活動されているようでも,80歳を超えればやはりそういうことが起こる可能性が有るのだと知る。私も,近年飲食物が飲み込みにくくなって,水やお茶でさえ一気に飲むのは危ないと感じるときが有るので,噛みしめるように少しずつ時間を掛けて飲むようにしている。唾液でもすぐには喉を通りにくく,咄嗟に喋ろうとしても,口の中に溜まって飲み込むのに時間が掛かる。
 小池真理子さんが今年1月に亡くなった夫の藤田宜永さんのことで書いていた。
 「息を引き取る三日前。(テレビで)たまたまステーキの映像が流れたのを観て、『肉が食いたいな』とつぶやいた。ステーキがいい、と言う。/食欲がない、ということがなかった男なのに、そのころはもう、食べることが苦痛になっていた。食べ物のリクエストを受けたのは久しぶりだった。/その晩、張り切って肉を焼いた。」「ごはんも付け合わせの野菜も、つついた程度で大半を残したが、ステーキだけは(ほんの少量。四〇グラムほどだったか。)完食した。」「翌日からはほとんど何も食べられなくなった。あの晩の、ままごとのような小さなサーロインステーキが、彼の『最後の晩餐』だった。(8月29日付「朝日新聞B版」)
 「死ぬ前に最後に食べたい物は」という問いが出されることが有るけれど,私には,まだ死がそれほど近くないからかもしれないが,その答えが思い付かない。最近辛そうに食事をしている私を見て,いつも私の健康のことを考えて食事作りに苦慮している妻にも辛いことだろうと申し訳なく思うものの,美味い不味いの感覚は有るのだけれど,どんなに美味しいものでも喉を通りにくいのは困ったことだ。この齢まで生きるということがはたして幸せなことなのかどうか。