生きる苦痛

 加山雄三さんが食事中に水の誤嚥で嘔吐症状を起こし救急搬送されたという報道を聞いた。元気で活動されているようでも,80歳を超えればやはりそういうことが起こる可能性が有るのだと知る。私も,近年飲食物が飲み込みにくくなって,水やお茶でさえ一気に飲むのは危ないと感じるときが有るので,噛みしめるように少しずつ時間を掛けて飲むようにしている。唾液でもすぐには喉を通りにくく,咄嗟に喋ろうとしても,口の中に溜まって飲み込むのに時間が掛かる。
 小池真理子さんが今年1月に亡くなった夫の藤田宜永さんのことで書いていた。
 「息を引き取る三日前。(テレビで)たまたまステーキの映像が流れたのを観て、『肉が食いたいな』とつぶやいた。ステーキがいい、と言う。/食欲がない、ということがなかった男なのに、そのころはもう、食べることが苦痛になっていた。食べ物のリクエストを受けたのは久しぶりだった。/その晩、張り切って肉を焼いた。」「ごはんも付け合わせの野菜も、つついた程度で大半を残したが、ステーキだけは(ほんの少量。四〇グラムほどだったか。)完食した。」「翌日からはほとんど何も食べられなくなった。あの晩の、ままごとのような小さなサーロインステーキが、彼の『最後の晩餐』だった。(8月29日付「朝日新聞B版」)
 「死ぬ前に最後に食べたい物は」という問いが出されることが有るけれど,私には,まだ死がそれほど近くないからかもしれないが,その答えが思い付かない。最近辛そうに食事をしている私を見て,いつも私の健康のことを考えて食事作りに苦慮している妻にも辛いことだろうと申し訳なく思うものの,美味い不味いの感覚は有るのだけれど,どんなに美味しいものでも喉を通りにくいのは困ったことだ。この齢まで生きるということがはたして幸せなことなのかどうか。