憂える

 北朝鮮の無法なミサイル発射演習には憮然とするほかないが,今の北朝鮮の有り様は,太平洋戦争前のわが国の姿と重なるように感じられる。
 アメリカを初めとする諸国から経済制裁を受けることにつながり,国際社会からますます孤立する事態を招くにもかかわらず,軍が主導権を握って譲らず,一方で民衆は疲弊している情況が,かつてのわが国と共通するように思われるのだ。日本は,そのあげく,無謀な戦争に突入した。
 イラクが多国籍軍の攻撃を受けたときも,かつて,聖戦を唱えて戦い,壊滅的な攻撃を受けて敗戦に追い込まれたわが国を想起したものだが,今,北朝鮮の指導者に,国際社会の一員としての叡知を望むのは不可能なことなのだろうか。
 北朝鮮がさらに追い詰められて,戦争をも辞さない情況にまで進むとは思いたくないが,現状においても,わが国に及ぼす影響と,その結果生じる副作用が気にかかる。
 まず,北朝鮮に対する反感による国粋主義的な愚行が危惧される。ひいては,こういうとき,必ずと言っていいほど,在日朝鮮人,まして,罪の無い児童・生徒への迫害が行われるのは,日本人として情けないことだ。
 政局への影響も想像される。近くは自民党の総裁選挙の帰趨を決定づける要因になりそうな気もするし,来年の参議院議員選挙でも,いわゆる「タカ派」が勢いを増すかもしれない。「だから憲法第9条を改正しなければならない」という機運も高まりかねない。それらが,日本の将来にとって,必ずしも望ましいこととは思われないだけに,むしろ,今こそ日本の社会が冷静に対応しなければならないところが多々有ると,その行方をひそかに憂えている。

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