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ShoGのボヤキ念仏

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ShoGのボヤキ念仏
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今や念仏三昧の日々の合間に湧く断片的な雑念を,直感のまま投げ出したものです。
──日々の主な行動の記録と,言葉を尽くした随想や論考,Photo,Songなどは,ホームページで別に掲載しています。  
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あした待たるる宝船

2017/12/31 22:01
 「笹や笹々笹や笹/笹はいらぬかススザサは/大高源吾は橋の上/あした待たるる宝船」
 師走になると思い出す唄である。ジャンルを言えば「端唄」ということになるのかもしれないが,「奈良丸くずし」という題名も,詞も節もはっきり覚えている。どこで,いつ知ったものか,少なくとも70年以上前のことで,母に聞けば判るかもしれないけれど,その母も今は亡くなり,確かめる術が無い。
 思い付いてネットで調べてみたら,添田唖蝉坊・作詞,神長瞭月・作曲で,春日八郎や美空ひばりの歌ったものも在るようだが,私が知ったのはそれよりずっと前のことであるのは間違いない。歌詞も少し異なっていて,「笹や笹々笹や笹/大高源吾は橋の上/水の流れと人の身は/あした待たるる宝船」となっている。これは,雪の降る師走の江戸,俳諧の師匠・宝井其角が門人であった赤穂浪士の大高源吾に両国橋の上で偶然出会い,歳末の煤払いに使う竹笹売りに身を窶している源吾に「年の瀬や 水の流れも 人の身も」と発句を向けると,源吾は「あした待たるる その宝船」と付けて飄然と去って行ったという言い伝えを基にしたもので,この場面は,歌舞伎の「義士外伝」の一つ『松浦の太鼓』でも演じられているという。
 「義士外伝」と言えば,中山安兵衛や赤垣源蔵の名も思い出す。
 大高源吾の「宝船」は,吉良邸への討ち入りを意味していたわけだが,今の私の場合は,宝くじに当たることくらいしか無い。確率から言ってもその可能性は極めて薄いと分かりつつも,60数年買い続けてきている。もちろん当たったことは無い。それでも買うのは,抽選日までは,もしかして当たるかもしれないという期待が持てるからで,その間は,気持ちの拠り所にすることができる。今年の年末ジャンボも見事に外れたけれど,来年こそは幸運に恵まれるかもしれないと願って,また年を越すことになる。
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「不倫」の時代

2017/12/30 21:19
 今や今年も終わろうとしている。歳末恒例の「流行語大賞」や「今年の漢字」の選定結果が発表されているけれど,私は,芸能人や政治家に関連して頻繁に登場した「不倫」という語に違和感を覚え,そのことが気に懸かっている。手許の国語辞典を見ると,いささか古いものしか無いのだが,「不倫」=「道徳に反すること。特に、男女関係についていう。」(明鏡国語辞典2005年版)とある。しかし,さらに古いものでは,「人が踏み行うべ゛き道からはずれること。」(岩波国語辞典1979年版)としか記されていない。「倫理」とは本来「行動の規範としての道徳観や善悪の基準。」(新明解国語辞典2505年版)ということだと思うのだが,そう説明する「新明解」でさえ,「不倫」は,「男女が、越えてはならない一線を越えて関係をもつこと(様子)。」としている。なぜ「男女が」と限らなければならないのか,そこに違和感を覚えるのだ。
 一人の独立した人格を持つ男女が惹かれ合うことに「超えてはならない一線」というものが有るのだろうか。教育勅語で「夫婦相和し」と言うのは,明治以降の家族制度に基準を置いて作られた道徳観に過ぎず,人としての絶対的な価値観ではないはずだ。独立した男女の恋愛は,良くも悪くも,当人の責任において解決すれば良いことで,他人がとやかく騒ぎ立てる問題ではあるまい。
 岡山大大学院保健学研究科の調査によると,産後クライシス(出産後2年以内に夫婦の愛情が急速に冷え込む状況)について,女性の半数以上が実感しているという(12月28日付「朝日新聞」)。夫婦の仲の睦まじさを譬えられる鴛鴦でさえ,「仲がいいのは交尾して産卵するまで」で,年ごとに相手を変えるオシドリは「少しも珍しくない」という(12月22日付「朝日新聞」『天声人語』より)。
 まして人間は,そのときの自己中心的な感情の赴くままに結婚した後になって,相手の真の姿が初めて見えてくることも少なくなかろうし,特に芸能人であれば,自分の価値観や生き方と関わって,考え直さなければならないことも多かろう。そのときに別の感情が生じることに何の不思議も無い。
 それよりも,「倫理」という観点で言えば,人には,政治,企業,職業等に関わる厳然とした倫理と責任が有るはずで,それらに携わるからには,それぞれの「行動の規範としての道徳観や善悪の基準」が無ければならないはずであるにもかかわらず,その「道からはずれ」た「不倫」行為がいかに多いかということを感じさせられたこの一年だった。
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寒い冬

2017/12/24 21:42
 冬の寒いのは当然のことながら,例年であれば,その間に何日かは比較的穏やかな日が有ったのだけれど,今年は厳しい寒さの和らぐときが無く,歳末に当たっての庭木の処理や窓の清拭など,外周りの作業をする気も進まない。この様子では,新年を迎えるための墓の掃除も,体調を考えると,危ういかもしれない。無理をするのは避けて,年が改まった後でも,暖かい日に行くことにしようかと考えている。
 日常の暮らしでも,寒さがこたえるのは加齢のせいだろうか。滞りがちな便通とは逆に,排尿の回数が増え,特に寒い中で外出すると,尿漏れをすることも多くなっている。
 寒い冬の暮らしで,老人の気を付けなければならないことは,入浴などの際の外と中との温度差や,寝ていて起きたときの急激な動きだと言われるけれど,家に閉じこもっていても,蒲団を被って寝てばかりというわけにもいかず,移動する部屋ごとに暖房を入れていると,光熱費が嵩むばかりで,年金暮らしの家計に懸かる負担は大きい。
 もっと寒い地方で暮らしている人はどうなのだろうか,震災や豪雨の被害で不便な生活を強いられている人たちのことも案じられて,他国の権力者の顔色ばかり窺っていたり,大企業中心の経済を最優先に考えていたりする施政者は,低所得の国民の暮らしにもっと積極的な手を打つ気は無いのだろうかと,愚痴りたくもなる。
 まったく愚痴ることばかり多い日々で,ブログの筆も進まないのだが・・・・・・。
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賀状準備

2017/12/17 17:09
 私の机の脇に掛けてあるカレンダーは,近くの仏壇仏具店のもので,月ごとに箴言が書かれている。今月の言葉は,「必ず来るぞ 人生の大晦日」とある。
 さて,今年も,賀状を書いて投函する時季が来た。
 長年の信条として,賀状には,形式的な祝詞を記すのではなく,その年年の所感を述べ,それが伝わると思われる人にだけ送るようにしてきたけれど,その所感も「老いの繰り言」が多くなり,相手によって書き加える文言も,健康や活躍を祈るありきたりのことしか無くなってきたので,4年前に,
 「『我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず』(蓮如『御文』より)/多くの知友に先立たれる中で、まだ生きるつもりなのかと、明日につながることを想定した営為を続けている己を嗤いつつ、先の希みとて持てそうにない世で、また年が更まりました。いつか途絶える日まで、いま暫くお見守りください。/甲午(二〇一四年)元旦」
 と書いたのを最後に,以後は,一律に「予祝」の言葉をプリントして一言加える,言わば,生存を伝えるだけのことになっている。
 今でも,相手のことを思い浮かべながら,宛て名と署名だけは手書きにすることにこだわっているけれど,今年書き始めてみて,視力の衰えで宛て名も書き辛く,疲れやすくて,時間が掛かることを思い知らされた。
 「後期高齢者と呼ばれる齢になり、体力、気力ともに衰えを感じるとともに、これまでのさまざまなお付き合いは、そろそろ絶っても良いのではないかと思い始めています。『生前葬』を営むほどの身分ではありませんが、言わば、社会的な人生の『停年』という心境です。余命の有る限り、地域での対人関係だけは保つとして、あとは、自分独りの生き方をしたいと考えます。その意味で、ホームページ(ブログ)での発信だけは続けるつもりです。/向後、音信が途絶えても、そのように御理解いただければ幸いです。末長い御多祥をお祈りいたしております。」
 と書いたのは、前記の引用よりさらに遡ること数年前だが,もう一度宣言しておいたほうが良いのではなかろうかという気がしている。
 さりながら,もうひとがんばりして,書きかけている来年の賀状は,これから書き終えてしまおう。
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2017今年の「流行語」

2017/11/22 20:13
 年末恒例の本年度「流行語大賞」選定に当たってノミネートされている語を見ると,マイナスのイメージを受ける含意の語が多い。例えば「忖度」。本来は「他人の気持ちをおしはかること」という意味のはずだが,今は,自分の行為を決定するに当たって権力者の意向を推し量ってそれに合わせようとする迎合的な意味で使われている。「○○ファースト」にしても.自国や自己の思いを第一にして主張しようとする我田引水的な使われかたがされている。それは「ちーがーうーだーろー!」と言いたくなる。権力を行使する立場に在る人が第一に考えなければならないのは,権力の前で無力な弱い立場にいる人たちの気持ちを第一に推し量った上での言動のはずだ。
 「魔の2回生」は,手に入れた地位に安住して慮りに欠けた自己主張をするところが魔に入り込まれた結果だと思われる。いずれにしても,「流行語」として採り入れたくはない言葉ばかりだ。
 「真夜中に着信ありて液晶の光りて浮かぶ進路相談 高田明洋」
 「月出でしノー残業デー職員室帰る者なく液晶の海 青垣進」
 この2首は,10月の「朝日歌壇」で2週続けて目にしたものだが,「プレミアムフライデー」とは無縁の職務に携わっている人たちの詠んだ歌だ。
 教師は行住坐臥,教師でなければならない職業だ。普通の会社員であれば,勤務時間の外では個人としての自由な行動が許されるが,教師は,いつどんなときに教師としての対応が求められるか分からない。勤務時間が終わって,一息入れようとパチンコに行っても,ちょっと一杯と出かけても,そこで生徒と出合えば,教師の立場に逆戻りだ。夜更けに,生徒の家出を訴える電話が掛かってくることも有る。留守をしているとき,自宅に生徒からの電話が掛かってきて,それが彼にとってはSOSを告げるものである場合,妻の対応もゆるがせにはできない。妻もまた,教師の妻であることを忘れてはならないのだ。生徒の母親からの思い余った相談の電話に,妻の母親同士としての応対がむしろ役立つ場合も有ろう。晩酌していていい気持ちになりかけたところに,突然,卒業生の一人が飛び込んでくることも有る。切羽詰まった気持ちでの身の上相談,仕事上の悩み,夫婦生活の上での問題,いろいろなことで,先生に聞いてもらいたい,先生に相談したい,と訪ねてくる教え子を迎えるのは,教師である(あった)ゆえの務めだし,そうして訪ねてきてくれることが教師冥利というものでもあろう。勤務時間外などと言っていられない職業は,教師のほかにもいろいろ有るはずで,近年,その自覚に欠ける自己中心の職業人が少なくないのは残念なことだと思われてならない。
 さて,私が今年の「流行語」を選ぶとしたら,マイナスの含意を否定する思いを込めた上での「忖度」になろうか。まして政治家や官僚であるからには,利己に走らず,名も無い人たちの暮らしこそを第一に考えて,常に利他の気持ちを失わないでいてほしいと願ってのことだ。
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繰り言

2017/11/10 21:24
 視覚,聴覚,指先の感覚,動作の距離感覚,あれもこれもが鈍くなって,何をするにも思うようにならず,最近では,うっかり体をどこかにぶつけて傷めたりすることも有るので,常に細心の注意が必要だ。視覚に関しては,細かい字の読み書きが難しくなり,読書の楽しみが減るとともに,長年続けてきたノートへの諸々の記録も今年で終わりにせざるをえないかと思い始めているということは,先日も記したばかりだ。
 「野球(プロ,社会人,大学,中等学校〜高等学校),陸上競技(マラソン,駅伝),大相撲,政界の変遷等,中学生のころから関心を持ち,記録して来た。戦後間も無い時期の田舎暮らしの少年にとって,文学,映画,歌謡曲以外に新聞・雑誌やラジオで触れることのできるものは他に無かったからでもあるけれど,私にとっては,趣味と言うよりは,仕事と言って良いくらい,暮らしに密着していたことだ。しかし,加齢とともに視力の衰えを感じるようになった昨今では」「そろそろ限界ではないかと思い始めている。これも一つの『終活』のようなもので,それはそれで,長年愛着を持ってきた身辺の品を処分するのと同様,淋しいことではあるけれど,あと何年生き延びられるか判らないことでもあり,今年あたりを区切りに終わりにしても良いのではないかと考えるのだ。」(9月28日)
 新聞の切り抜きやワープロ文書で代えられるものも有るけれど,ノートに書き込むほか方法の無いものも有り,野球シーズンが終わろうとしている今は,プロ野球に関しては「日本シリーズ」でいちおう終幕を迎えたものの,「社会人野球日本選手権大会」や大学と高校の各地区代表による「明治神宮大会」がまだ残っていて,その試合や出場選手の記録に時間を割いている。
 さて,それらに区切りを付けるとなると,来年度から何を楽しみに日々を過ごせば良いのか,気に懸かることだ。
 老いとともに全てが鈍くなっていく中で,困ったことに,痛覚だけが鈍くならないのは辛い。前立腺や大腸の治療をしているあいだ放置していた歯の痛みがだんだん増して,食事もままならなくなってきたので,今度はその治療に通うことになった。辛うじて残っている歯を抜いて,義歯を作り替えなければならないのだが,痛みの激しいほうの歯を庇って反対側で噛んでいたら,今度はそちらが痛み始めた。食事が苦痛になってきては,妻の心尽くしの料理を味わう楽しみも奪われることになる。たまたま来週は,15歳ほど年下の馴染みの人たちのグループと会食する予定になっていたのだが,それもキャンセルしなければならなくなり,世話役に断りの連絡をしたところ,情況を理解してくれて,「当分の間,辛いことですね」と慰めてくれた。
 何事でも,他人の痛みを理解できるということは,人として必要なことだと思うものの,それができない人が多い中で,自分でも体験していて,相手の苦痛が理解できるのは大切なことだと更めて感じさせられる。また,老いの繰り言は聞きたくないということも有るかもしれないが,私としては,若い人に暮らしの上で頼ろうとは思わないものの,生きる楽しみが日々薄れていく老いの実態を知ってもらいたいとは願うことだ。
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アランの言葉から

2017/10/29 21:09
 10月25日付「朝日新聞・夕刊(大阪本社版)に掲載されていた奈良・興福寺貫主・多川俊映師のコラム『こころの水鏡』の中で.超高齢化社会が予測される未来に向けての文化財の「伝世」についての思いに関連して引用されていた,「悲観主義は気分によるもので、楽観主義は意志によるもの」というフランスの哲学者アラン(エミール=オーギュスト・シャルティエ1868〜1951)の『幸福論』(1925)の中の,これまで寡聞にして知らなかった言葉を知って共感した。
 最近,加齢とともに体調面や経済上の不安を思うことが増えて,時に,我が身の行く末を心細く感じることが有るけれど,未来のことで取り越し苦労をしたり気に病んだりするのは愚かなことだと思い直している。
 これまで私は楽観主義で生きてきた。先のことを思い煩ってもしかたがないと思い,すべてはなるようになると考えて,現実に立ち向かってきた。今になって悲観主義に陥るのは,まさに老いの「気分」に左右されることにほかならないと思う。
 少年期に読んだ中原中也の詩集「山羊の歌」に在った,「これがどうならうと、あれがどうならうと、そんなことはどうてもいいのだ。/これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、そんなことはなほさらどうだつていいのだ。/人には自恃があればいい! その餘はすべてなるまゝだ・・・・・・/自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、ただそれだけが人の行ひを罪としない。」(『盲目の秋』)という一節がひそかな支えになっていたような気がする。私にとって「自恃」こそが楽観主義の根底に在る「意志」だったのだ。
 多川俊映師がアランの言葉を引用したのとは異なる想念だとは思うけれど,自分の生きかたとしては,この先も楽観主義で行きたいと思う。もっとも,今回の衆議院議員総選挙の結果を見るにつけても,社会の方向に関しては,気分として悲観主義にならざるをえないのだが,それももう「どうでもいい」ことかもしれない。
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高齢の暮らしへの支援

2017/10/15 21:24
 過日の新聞報道によると,「高齢などのために自力でごみを出すのが困難になり、自治体の支援を受ける人が増えている。」「(取材対象とした道府県庁所在市、政令指定市、東京23区の74自治体のうち)6割の自治体が支援に乗り出し、5万世帯以上が利用していた」(9月19日付「朝日新聞・朝刊)という。
 私の仕事部屋(良く言えば「書斎」,有り体は「物置」)の窓から地域のゴミ集積場がよく見える。収集日には,近隣の高齢の主婦が,日常生活で出るゴミを手押し車に載せて運んでくる。まだ自力で袋にまとめて出せる人たちだ。ところが,収集車が去った後に残されているゴミが有り,「分別ができていません」,「分別日が違います」などと記された紙が貼られていることがある。私の居住地域では,ゴミは6種類に分別して出すことになっているのだが,収集日を間違えるだけでなく,ゴミの種類の見分けができない人が在るようだ。「プラ」と「ペット」の判別が難しいようだし,ビンやカンが混じっていることもある。「燃やさないゴミ」に入れたほうが良いのかどうかの判断も迷うところだろう。自治体に分別の支援まで望むのは無理なことだと思うけれど,高齢化が進むと,収集を業者に委ねるだけでなく,分別の方策まで考える必要が出てくるのではないかと思われる。
 「入り組みしテレビドラマのすじほぐし まだ呆けていずとひとり確かむ」
 96歳で亡くなった母の晩年の作だけれど,亡くなる12日前に脳室内出血で突然倒れて意識を喪うまで,変わりなく過ごしていて,認知力も確かだった。倒れた日もふだんどおりに朝食を摂り,老人福祉施設で楽しんでいるラージボール卓球用のラケットとシューズを入れたザックを背負い,妻の用意した弁当を携えて出掛けたくらいで,「卓球おばあちゃん」として新聞の地方版で紹介されたほど元気だったのだが,当人はやはり「呆け」ることを心配していたのだろう。当時はまだ「認知症」という言葉が今ほど社会的な問題としては採り上げられていなかったけれど,卓球を続けていたのも老化防止を思ってのことだったのかもしれない。
 母の没後15年が経ち,私も日々の暮らしで老化を感じる齢になっている。私の場合,老妻と二人だけの暮らしだから,今はできることで支え合っているものの,いつ日常的な支障が生じるか予断はできない。そのときに,誰からどのような支援が受けられるか,気に懸かることではある。
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敬老のつどいが消えた

2017/10/10 16:26
 「今般、衆議院選挙が行われることとなりました。そのため、敬老のつどい開催日に、開催場所が『選挙投票所』となるため、使用することができなくなりました。つきましては、日程や場所の変更等を含めて関係機関とともに検討を行いました結果、誠に残念ではございますが、本年度の敬老のつどいを中止させていただくことにいたしました。心待ちにされていたと存じますが、何卒、ご了承・ご理解を賜りますよう切にお願い申し上げます」という趣意の文書が送られてきた。
 「敬老のつどい」は,今回で24回になる予定だった例年の地域の行事で,老人を招いて,幼稚園から高等学校までの児童,生徒,および,地域のサークル等が協力して催されてきた。政治家の売名に利用される面も有るので,私は気が進まず,参加したことが無いものの,楽しみにしていた人たちも少なくないようだ。それが今年は中止されるということで,運動会をはじめとするその他の地域行事や福祉行事にも各地で影響が出ていると聞く。
 選挙は,国民が政治に参加する重要な機会なので,優先しなければならないことではあるけれど,今回の場合は,安倍首相の自己都合が先行した,一方的で,唐突な,国民の暮らしを思う気持ちの感じられない,言わば「勝手解散」であるだけに,苦々しい思いのほうが強い。膨大な費用が掛かるだけでなく,いろいろな所に支障も生じていることだ。
 これまでの国政選挙でも,小選挙区制度の下では,国民の真の意志が反映しない偏った結果になることも多いので,支持する人や党に投票するよりも,支持したくない意志を示すことができるような「マイナス票」を投じる制度が有れば良いとさえ思ってみても,それは実現不可能なことで,といって白票や棄権では政権に利するばかりだし,期待がなかなか叶えられないのが歯痒いことだ。
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引退

2017/09/28 15:58
 安室奈美恵が来年9月を期に引退する気持ちを表明したことが話題になっている。私は彼女のファンでもないし,引退を決意した具体的な理由も解らないので,特に感慨も持たないのだけれど,これまでの活動にどこかでいったん区切りを付けたい気持ちになったのではなかろうかという想像をすることはできる。これまでも,ある時期を区切りにして退いた人たちが何人か在ったのを想起する。
 私自身は,年齢も仕事の内容も彼女とはまったく異なるけれど,仕事の上で大きな決断をして区切りを付けた経験が何度か有る。それまで携わってきた仕事が辛くなったり嫌になったりしたわけでは決してない。ただ,気持ちの上で一度区切りを付けたくなったからだ。
 今は,仕事ではないものの,長年続けて来たことを打ち切ろうかと考えている。これまでにも何度か書いたけれど,十代から続けて来たいろいろな記録のことだ。野球(プロ,社会人,大学,中等学校〜高等学校),陸上競技(マラソン,駅伝),大相撲,政界の変遷等,中学生のころから関心を持ち,記録して来た。戦後間も無い時期の田舎暮らしの少年にとって,文学,映画,歌謡曲以外に新聞・雑誌やラジオで触れることのできるものは他に無かったからでもあるけれど,私にとっては,趣味と言うよりは,仕事と言って良いくらい,暮らしに密着していたことだ。
 しかし,加齢とともに視力の衰えを感じるようになった昨今では,ノートに罫線を引いて細かい字を書きこむ作業が,次第に難しくなってきた。それでもなお続けているものの,そろそろ限界ではないかと思い始めている。これも一つの「終活」のようなもので,それはそれで,長年愛着を持ってきた身辺の品を処分するのと同様,淋しいことではあるけれど,あと何年生き延びられるか判らないことでもあり,今年あたりを区切りに終わりにしても良いのではないかと考えるのだ。
 芸能人や私の事はさておいて,安倍首相の極めて我田引水的な態度で衆議院が解散され総選挙が実施されようとしている今,この機会に政界から引退してほしい人が少なからず在るけれど,そういう人に限って,なかなか退きそうにない。
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内視鏡的大腸ポリープ切除術

2017/09/16 15:51
 「先日,消化器内科での内視鏡検査を受けたところ,腸にかなりの数のポリープが見つかった。小さいものはその場で除去したそうだが,まだ残っているものをどうするか,次回(8月)の予約日に主治医と相談することになっている。」と書いたのは7月31日のことだけれど(「夏眠のとき」),その後の主治医の話で,癌化する惧れが有るので今のうちに切除しなければならないと言われ,入院する腹を決めた。「9月に入れば少しは涼しくなるだろうから」という主治医の判断が思いのほか当たって,猛暑が和らいだ9月の初めに内視鏡による手術を受けた。
 先の検査のときもそうだったが,3日前から食事を制限し,前日の夕食後からは絶食して下剤を飲み始め,当日の手術前には腸管洗浄液を服用して腸の中をきれいな状態にしてしまわなければならない。2リットルの洗浄液を2時間かけて飲むのはかなり辛いことだ。いささか衰えた体力で,入院に必要な用品を詰めたバッグを提げ,指定された時間までに病院へ行く。
 対象となったポリープは,小腸に近い入り組んだ場所に有るうえに大きかったので,細かく切断して除去するのに時間が掛かり,ようやく一つ取り終えたところで,「もう一つ有るのですが,その施術は日を改めて行いましょうか」と問われ,「これ以上続けては患者がヤバイということでなければ,この際一挙にお願いします」と答える。
 術後2時間は絶対安静,通算3日間ベッドに寝たままの生活で,思えば50数年ぶりの入院経験だった。テレビも印刷物もあえて見ることをせず,ほとんど眠った状態で過ごしたのは楽だったけれど,そのわずか数日の間でも,世の中ではさまざまなことが起こっていた。
 ベッドで寝ていてふと目を開けると,前に白いボードのようなものが立っている。何だろうと思って目を凝らして見ると,姿勢を起こしているつもりで,天井が目に入っていたのだった。病室に様子を伺いに来る看護師さんが,ことさらに大きな声で,一語一語区切るようにして話しかけてくる。近年聴力が衰えているので,聞きやすいのはありがたいことなのだが,よほど耳の遠い老人だと思われているのだろうかと意識してしまった。
 幸い,出血も穿孔も無かったようで,予定どおり退院できたけれど,2週間経過するまでは低残渣食で過ごさなければならない。飲み物も,アルコール類,コーヒー等が禁止されていると,体だけでなく頭の働きもリズムが整わない感じで,自分の身体が思うに任せないのは情けないことだ。わが家の栄養士&調理師さんも,日々三度の献立に頭を悩ませている。
 帰宅後は,留守中に溜まった新聞やメール等に目を通して処理するだけでも時間が掛かり,ようやく,当面するその日その日の作業に手を回せるところまで追いついてきたので,今回の経験を記しておく次第だ。
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不意の来客

2017/09/10 22:05
 昨夜のこと,夕食後の片付けが済んだ食卓の上に,どこから来たのか一匹のカマキリが乗っていた。最近は庭でも見かけることが無いのに,開いている入り口も無いはずなのに,不思議に思いつつ写真に収めた。
 しばらくして覗いてみると既に姿は無く,一夜明けて探しても,どこにもいない。どこを通ってどこに帰って行ったのだろうか。
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百日紅の花咲けば

2017/08/25 15:04
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 今年もサルスベリの花が咲き,「百日紅」の名のとおり,7月以来長く咲き続けて,夏を感じさせている。広島では.キョウチクトウとともに「原爆の花」と呼ばれている花だ。広島に原子爆弾が投下されて全市が焦土と化したあと,草木も二度と生えないと言われた中で真っ先に蘇り,毎年,原爆の日の8月6日を中心とした時季に咲き続けている。
 戦後22年,1967年に広島テレビが製作したセミドキュメンタリードラマ『百日紅の花』でも広島の「生」を象徴する題名になっている。これは,原爆を詠った広島の詩人として知られる栗原貞子の『生ましめんかな』から材を取ったドラマだ。
 栗原の詩は,こわれたビルディングのローソク1本ない暗い地下室の夜,「生ぐさい血の匂い、死臭」ただよう地下室をうずめている原子爆弾の負傷者たちの中で産気づいた若い女から新しい生命を誕生させた一人の産婆の姿を描いている。詩では「『私が産婆です。私が生ませましょう』と言ったのは さっきまでうごめいていた重傷者だ。かくてくらがりの地獄の底で 新しい生命は生まれた」と有る。テレビ番組は,そのとき生を得た娘と母の22年後の姿を,ドキュメンタリードラマとして捉えていた。
 「これまでにも何度か書いたことだけれど,8月は,父と祖父が亡くなった月だ。1944年8月,海軍軍人だった父は,乗艦が米潜水艦の魚雷攻撃を受け,沈没した艦と運命を共にした。そのあと,遺された母と子で戦火を避けて疎開した母の実家で一緒に暮らしていた祖父が,1年後の8月6日,たまたま所要で出向いていた広島で原子爆弾の投下に遇い,還らぬ人になった。父も祖父も,家族の許には遺骨すら戻って来なかった。私の記憶の中には二人とも今も生きているけれど,14年前に母が96歳で亡くなったあと,思い出を語り合い確かめ合える相手がいなくなったのは寂しいことだ。」(2016.8.15「亡き人を偲ぶ八月」より)
 父の戦死は,職業軍人として当然受け入れなければならなかったことだけれど,当時71歳だった祖父の思いがけない死は,祖父だけのことに止まらず,その後の私たち母子の暮らしに大きな影響を及ぼしたことだ。もし,もうしばらく祖父が生きていたら,私の人生も,今とはまったく違うものになっていたかもしれないと思わせられる。
 かくて,百日紅の花が咲くと,私は私で,「今年も生き長らえて夏を迎えた」という思いで眺めるのだ。
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蝉の生命

2017/08/20 14:59
 パソコンのインターネット接続ができなくなった。毎朝最初の作業としてパソコンを立ち上げ,肉親,知人のブログやツイッターをチェックし,メールの受信を確認するのを日課としているのだけれど,Webサイトもメールボックスも開くことができない事態で,パソコンや接続のためのルーターを再起動してみても,状況は変わらない。OSの業者,機器のメーカー,さらにはプロバイダーに問い合わせようとしても,どの電話も繋がらない。そこでようやく,原因は電話回線に有ると思い当たった。
 電話局に連絡するにも,電話が繋がらないのだからすぐにはどうしようもない。携帯電話で故障担当の番号に掛けてみたが,固定電話に関しては対応できないと言う。いろいろ調べて,何とか連絡が付き,点検に来てもらうことができた。
 私のパソコン接続は,電話の光回線と共通で利用している。その引き込みのケーブルにトラブルが生じて通信が不能になっているということで,原因は,ケーブルに蝉が穴を開けていたのだという。工事担当者の話によると,最近,同様なトラブルが増えているということだ。ケーブルに穴を開けて産卵するのだと聞かされたけれど,空中に張られた極めて細いケーブルに産卵しても孵化に至るとは思えない。
 近年,わが家の壁や窓枠などに蝉の抜け殻が止まっていることが多くなり,蝉の産卵できる地面や樹木が少なくなっているからなのかと思っていたのだが,最近では,その場所が軒先や窓の上の壁にまで拡がっている。地中で育った蝉の幼虫が脱皮するのは地上60cmくらいまでが限界だと聞いたことが有るけれど,蝉の生態も変わってきているのだろうか。それにしても,電話回線のケーブルにまで産卵するとは思いが及ばず,理解し難いことだ。また,漏水が懸念されることが有って上水道の水量計ボックスを開けてみたところ,中に数個の抜け殻が転がっていた。これは,地中から出る場所を間違えたということなのだろうか。脱皮したあとはどうなったのか,行く末が案じられることだ。蝉にとっても生き辛い時代だと思われる。
 ともあれ,ケーブルを繋ぎ替えて一件落着した。肉親,知人のブログやツイッターも接続が確認できた。ちなみに,上記のサイトは10件ほどなのだけれど,中には,書き込みが久しく途絶えているものも有る。半年以上書き込みの無いものや,長いものでは,1年を超える場合も有る。文章を書こうとする意欲が衰えているのだろうか,パソコンを操作するのが煩わしく感じられるようになってきたのだろうか,わが身の情況とも重ね合わせて安否を気遣いつつ,それでも,毎朝の日課として開けてみている。
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夏眠のとき

2017/07/31 20:26
 7月も末になったけれど,今月はまた,ブログの発信を怠ってきた。各地での豪雨が伝えられている中で,当地は連日の猛暑,夕立の気配さえ無い。頭も体も弱って,何をする気も起こらず,「無為徒食」というけれど,「食」も進まない状態だ。足腰にも力が入らず,家の外回りは荒れ放題,室内にいても,すぐ横になりたくなり,横になれば半ば眠っているようなことで,辛うじて,社会人野球の都市対抗大会と高校野球選手権大会に向けての各都道府県予選,大相撲名古屋場所の記録だけを何とか残して,この1か月が過ぎた。
 若い(と言っても60代半ばの)知人から「決して『やる気』など起こされずに、涼しくなる迄冬眠ならぬ『夏眠』をされていて下さい。」という暑中見舞いを貰ったけれど,まさに「夏眠」の状態と言える。
 前立腺がんの治療の後,3か月ごとに受けてきた次の検診でまる3年になる。結果は順調なようなので,その間,あえて放置していた他の部位も,この際調べておいたほうが良かろうかと思い,先日,消化器内科での内視鏡検査を受けたところ,腸にかなりの数のポリープが見つかった。小さいものはその場で除去したそうだが,まだ残っているものをどうするか,次回(8月)の予約日に主治医と相談することになっている。他の部位と言えば,喉や呼吸器のほうも気に懸かっているけれど,異状が見つかったとしても,この齢になって,経済的な事情も有り,さて,今さらどうしたものかと迷うところだ。
 ブログに書いても,タイトルどおり,まったくの「ボヤキ」にしかならないことが多くなれぱ,「グチ」と違って「ボヤキ」には批評が含まれていると考える私としては,書く理由が無くなると思ってしまう。そうなれば,あとは永眠するのみだ。
 先日105歳で亡くなった日野原重明さんは,新聞紙上に最後のメッセージを遺していたけれど,そんな身の程でない私の場合,死ねばそれっきりで,いつの間にかブログの発信が途絶えたと思われるだけだろう。せめて,限られた私のブログの読者にお別れを告げるにはどうすれば良かろうか。予め家族に頼んでおいて,ブログページのコメント欄に,通知だけでも書き込んでもらおうかと思ってみたりしている。
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ネットに頼り難い

2017/07/04 17:37
 先月の初めに,「ブログでの発信が途絶えると,気に懸けてくださる方が在るかもしれないと思い,かつて,『ボヤく暇が無い』と近況を記した記憶が有るので,探してみたところ,・・・・・・」という書き出しで,10年前を振り返って現在と対比した記事(「ボヤく余裕の無い日々」)を載せたばかりだったのだが,そのちょうど1か月後に,関東在住の弟から「(先日)ブログを開けてみたら消えていました。もう止められたのでしょうか。ひょっとして体調が悪いためなのではないかと心配しております。」 というメールが届いた。「消えていました」というのがどういう状況なのか分からないけれど,このところ1か月間は,むしろ頻繁に発信していて,記事に対するメッセージやコメントも,数人の読者からはその都度戴いているので,私としては予測していない事態だった。
 私と同年輩の知友だと,パソコンを使わない人も多いから,近況を伝えるにも手書きしなければならないのが億劫で,つい無沙汰になりがちだが,その点ネットは便利で,ブログに目を通してくれているはずの相手だと,近況や折々感じていることはそれで知ってもらえると思い込んでいたので,意外なことだった。
 近年はネットがもたらす弊害も少なくないようで,使う身としては心していることだけれど,私のブログは,不特定ではあっても,読んでくれる相手を想定して書いているものなので,ときには,批判的な内容に思い当たるところの有る人には不快なことかも知れないと思いつつも,私としては,分かっていてほしいことを記しているつもりだ。
 しかし,相手のパソコンに生じているトラブルまでは思いが至らない。当人も気付いていない場合も有るかも知れず,となると,ブログなら,その気が無ければ読まないでも結構だが,必要な連絡で送ったメールが届いたかどうか,返信が来るまで分からない。そうなると不便なことで,メールを出したあとから電話で確認するといった笑い話のような事態も考慮しなければなるまい。さて,どうしたものか。
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今にして思う

2017/06/30 15:25
 加齢とともに,楽しめなくなったことが増えている。
 旅行や行楽をはじめ,映画鑑賞など,時間を要する外出は,出掛け辛くなったし,時間の余裕ができたときの楽しみにしようと思って保存しておいたビデオや,ゆっくり読み直せると期待していた書籍も,今になってみると,視力の衰えで,思っていたようには楽しめない。それよりも横になって体と目を憩めるのが一番だと感じるときのほうが多い。
 外食はもとより,同様に老いを託ちながらも私の身を案じて悩んでくれている妻の心尽くしの手料理も,噛み辛い,飲み込み難いときが有って,楽しむところまではなかなか行かない。硬いものに限らず,野菜類でも,繊維質のものは食べ辛いし,米飯やパンでさえ,喉を通り難いときが有る。かといって,粥や,軟らかく煮込んだ老人向きの料理には食欲が湧かないので困る。
 96歳まで元気で生きた母が晩年,朝食時の食パンを,温めた牛乳に浸して食べていたのを想起する。愚痴めいて訴えることは少なかった母だけれど,私には気付けなかったことも有ったろうと,今にして思う。
 私としても,自分のことで愚痴っぽいことは言いたくないと思うのだけれど,このようなことをブログに書くのは,現実を客観視する意味のほかに,社会の高齢化の中で,やがては私と同じ年齢に達する人たちに,のちになって思い当たる前に,知っておいてほしいという気持ちからだ。離れて暮らしている息子にも,老いた両親の実態を知って,先行きのことを考えておいてもらいたいという思いは有るものの,まだできるだけ心配を掛けたくはないし,彼等にしてみれば,気には懸かっても,今どうにもならない「ボヤキ」を聞いても辛い思いをするだけなので,避けているところも有ろうかと察しられる。彼等には彼等の暮らしが有るのだから,それはそれで良いことだと思っている。
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耐用年数

2017/06/27 16:33
 地域の主だった医療機関の協力で毎年行われている各種検診の中で,後期高齢者対象の健康診査を受けて来た。4年前の健診で前立腺ガンが疑われ,精密検査の上で,翌年,39回の放射線治療を受けて以来,3か月おきの検査で経過観察を続けてきて,前立腺ガンのほうは順調な経過を辿っているけれど,その間,他の健診は受けていないので,今年あたり他の部分も確かめておく必要が有ると思い,行くことにしたわけで,10日後の結果診断を待っているところだ。
 ところが,当日,健診から帰ってみると,妻が,ウォーター・オーブンでパンを焼こうとして,生地を練り,いざオーブンに入れようとしたとき,スイッチが入らなくなったと言う。既に耐用年数は過ぎている製品だけれど,これまで役立って来たので,急に使えなくなると,暮らしの上でいろいろと支障が生じる。メーカーに問い合わせると,幸いなことに修理部品の在庫がまだ有るということで,早速,修理してもらえることになり,いったん冷蔵庫に保存しておいたパン生地も,2日後にはいつもどおりの出来で焼き上がった。しかし,遠からず,新しい製品に買い替えることを考えなければならないかもしれない。
 耐用年数と言えば,2003年製のガス・コンロも同様で,現行の安全基準には達していないと言われている。現在日常的に使っている製品でも,電気温水器が1998年,洗濯乾燥機が2006年、冷凍冷蔵庫が2010年と,いずれも購入したのはかなり前のことになり,いつ動かなくなるか,不安を抱えている。各種インフラが整い,それぞれに応じた機器が普及して,何事も便利な今の世だけれど,それらが急に使えなくなると,たちまち暮らしが成り立たなくなるものばかりで,考えようによっては不便な時代だ。乏しい年金収入に頼っている身では,耐用年数の切れた機器を買い替えるのも思うに任せないとなると,心細い限りである。
 さて,かく言う私自身の耐用年数はあとどのくらい残っているのだろうか。日常の雑用でさえ体を動かすのを辛く感じる昨今だ。健康診査を受けてみたところで,どうできることでもないようにも思う。人生の賞味期限はとうに過ぎているけれど,消費期限はどうなのか。今の住まいや使っている機器のほうが少しでも長く保てば良いのだけれど・・・・・・と思わざるをえない。
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思い出すこと

2017/06/18 15:38
 私が大学生だったとき,当時,出来て間も無かった予備校にアルバイトに行っていた。校名は広島英数学館,館長は田中勉と言い,のちに,西日本最大の私立学園組織「学校法人・加計学園」を作り上げた加計勉氏(1923〜2008)で,広島英数学館の設立がその出発点になる。そのころはまだ30代に入ったばかりだったと思うけれど,大柄で温厚な人だったという印象が残っている。予備校のアルバイトと言っても,授業を受け持つ力は私にはまだ無かったから,当初は,模擬試験の監督の仕事だったが,なぜか,館長に認められ,各地の高校を訪問して模擬試験の参加者を募る仕事を任せられ,主に山口県を担当して学校巡りをした。
 加計氏は,戦中の広島高等師範学校の出身で,卒業後赴任した兵庫県立姫路工業学校の生徒と共に陸軍に召集され,生徒たちを引率して小倉の戦闘機工場に配属となった。その折,引率責任者として生徒たちの待遇改善を求めて,軍側責任者と対立したことも有ったと言われる。
 戦後,広島文理科大学に入り直し,卒業後数年間の教職経験を経て,自ら学園を設立したのちは,「私学にしかできない,よりリベラルでアカデミックな場所を」という理念の実現を目指して,岡山理科大学をはじめ多くの学校の経営に当たったが,「教育者を名乗るのは現場の先生方に対しておこがましい」と,自らは「教育事業者」を名乗ったという。
 以上は,私の個人的な思い出と,のちに仄聞した氏の経歴だ。私としては,大学を卒業したのちはまったく関わりの無いまま過ごして来たけれど,最近になって,加計学園が安倍首相との関連で報道され,世間から注目されているので,思い出すことになった。
 氏が85歳で亡くなったあと学園を継いだのは息子の孝太郎氏だというが,その人柄はまったく知るところでない。孝太郎氏と安倍首相とは,アメリカ留学時以来長年の親交が続く仲だと聞くけれど,孝太郎氏が事業欲を満たすために首相を利用しようとしたのか,首相が現在の権力を誇ろうとしたのか,はたまた,首相の取り巻きが過度に「忖度」を働かせたのか,いずれにしても,「原子爆弾によって廃墟と化した広島の街を前にして教育による日本の復興を志した」という,かつての勉氏の気持ちからは遠いことのように思われる。
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政権の横暴を止めるには

2017/06/16 17:46
 安倍政権の横暴な国政運営は,国会の会期末に当たって,今や極限に達した感が有る。自民党員は首相の言うなりに従う手下であり,協力的な政党は,もはや傀儡でしかない状態だ。批判の自由を放棄しつつある報道機関まで出始めている。
 さらに,内閣官僚からの内部告発に対して,義家文部科学省副大臣は,「一般論として」と断りながらも,「非公知の行政運営上のプロセスを上司の許可無く外部に流出されることは,国家公務員法(守秘義務)違反になる可能性がある」と脅しを掛けている。
 すべては,国会議席数の圧倒的多数に頼った政権党としての振る舞いで,そういう状況を作り出してしまった国民(一般有権者)であってみれば,対処のすべが無い。
 さすがに少しは取り繕わなければならないと思ったのか,「共謀罪法案」を成立させておいてから,加計学園問題の集中審議の場を改めて設けはしたものの,所詮は,限られた時間内での,つじつま合わせと弁明の場にしかなっていない。
 それにしても,公務員は政権の召し使いではあるまい。「公僕」の「公」には「国民」の意味も含んでいるはずだが,その国民が選んだ「公」の政権であると居直られれば,政治主導を建前とする制度下で,官僚は異議を申し立てるわけにもいくまい。
 国民が解散請求もできないとすれば,かくなる上は,実力行使しか無いのかという気にさえなるけれど,穏やかな方法で民主的に事態を打破するには,有権者が選挙区ごとに力を結集して,個々の選出議員に働き掛けていくしか無いのだろうか。

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