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ShoGのボヤキ念仏

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ShoGのボヤキ念仏
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今や念仏三昧の日々の合間に湧く断片的な雑念を,直感のまま投げ出したものです。
──日々の主な行動の記録と,言葉を尽くした随想や論考,Photo,Songなどは,ホームページで別に掲載しています。  
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帰らざる旅

2017/04/07 13:37
 4月5日,詩人の大岡信さんが亡くなった。大岡さんの業績を挙げれば書き尽くせないほど有るけれど,1979年から2007年に至るまで「朝日新聞・朝刊」に連載されたコラム『折々のうた』ほど,「和歌や俳句から歌謡や漢詩、近・現代詩に至るまで多彩なジャンルの詩歌を取り上げた」(4月6日付「朝日新聞・朝刊」)一大アンソロジーとして,多くの人たちの心を引き付けたものはなかろう。足掛け29年,6762回にわたって掲載された詩歌は,作者の有名無名にこだわらず,私の何人かの知人の作品も取り上げられたことがあり,まさに現代の『万葉集』と呼ぶにふさわしいもので,その全ては,岩波新書としても,80年から07年にかけて19冊に及び,2冊の索引も付して出版されている。
 岩波新書版は,先年,私の「終活」の一環として蔵書を整理した際に知人に譲ったので,今は手許に無いけれど,2007年2月14日付の新聞の切り抜きが残っているので,転記しておきたい。
 「わが妻を愛(かな)しみにくみかくしつつしづかなる老(おい)に入り難きかも」結城哀草果『まほら』(昭23)所収。「現在の日本では農業の性格も変革をとげたし、農民のあり方も大いに変わってきた。農民歌人といえば真っ先に名前があがった結城哀草果だが、哀草果のような純然たる農民歌人は、今後現れることはないのではないかと思われる。彼はきびしい農耕に従事し、かたわら数冊の歌集をはじめ、『村里生活記』『農村歳時記』のような随筆集で大いに健筆ぶりを示した。右の歌、最後の七音が印象的。」
 これを切り抜いた理由は,連載の最終回となるものとして残しておきたいと考えてのことだったと記憶しているのだけれど,「朝日新聞」の今回(4月6日付)の死亡記事では,「最終回は『薦(こも)着ても好(すき)な旅なり花の雨』(江戸時代の女性俳人、田上菊舎)」となっている。「ねがはくは花のもとにて春死なむ」という西行の歌が好きだったという大岡さんがそのとおりの旅立ちだったので,記者の思い入れが先行したのではなかろうかと,勝手に憶測している。
 享年86歳という大岡さんは,2009年に脳出血,2011年に誤飲性肺炎を患い,会話は出来ない状態で療養中だったというから,大往生と言っても良い最期だったのだろう。昨年来,永六輔(83歳),船村徹(84歳)など,私と年齢の近い人たちが次々と逝ってしまった。永さんや船村さんにしても,既に何年か前から重篤な持病を抱える状態になっていたと聞くから,それも寿命だったのだろう。
 80代の享年と聞くと,私にはまだ先のことのように思っていたときも有ったけれど,「平均寿命」が伸びている中で「健康寿命」ということが言われるようになり,「2014年の日本人の平均寿命は,女性86.83歳,男性80.50歳にまで伸びている。平均寿命が大幅に伸びた今,一方で,日常的に介護を必要とせず,自立した生活を続けられることを示す『健康寿命』の2013年の算出結果は,女性74.21歳,男性71.19歳だというから,平均寿命との差は大きく,わが老々夫婦もとっくにそれを超えていることになる」「高齢化がわが身の問題としても現実に迫っていることを認識し,先行きの覚悟をしなければなるまい」と,かつて書いた(15.8.31「健康寿命」)けれど,そう考えれば,私の齢は,未だ「日常的に介護を必要と」はしていないものの,亡くなった人たちを既にはるかに越えていることになる。
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川柳の力

2017/04/01 19:24
 「かねて私は,ツイッターが長文の記述には向いていないために,断片的で言葉足らずの内容になりがちで,誤解も生じやすいことから,事実の即報的な発信の外は,安易なツイッターの使用に疑念を抱いていた。特に,言葉を尽くして行き届いた説明をしなければならないはずの政治家がツイッターで軽はずみな発言をすることには不信感を拭えなかった。」(11.3.12「ツイッターの功罪」)
 「ツイッターとは,もともと少ない字数で,現況を伝えたり,連絡を取りあったりするシステムだと思っている。その限りでは役立つと思うけれど,最近,意見表明の手段として使われるようになってきていることには,疑問を持つ。ときには,敵対する意見の人への誹謗が中心になることも有る。字数が限られているから,真に意を尽くすことはできず,一方的で独善的な自己主張のみになりやすい。政治的には,ポピュリズムを助長する扇動になる場合も有ろう。」(12.3.2「ツイッター雑感」)
 「愚痴や鬱憤をツイッターで晴らすのも良かろうが,時と場合を考えなければ,子どもが刃物を振り回すようなもので,まして,公的な立場に在る人が職務に関わることで私的な感情を露骨に表せば,問題は大きい。つい本音を漏らして正体を露わにしたとも言えるけれど,一方的な自己主張や誹謗・中傷の手段になれば危ういことで,そういう無思慮な人が公職に就いているというのは嘆かわしいことだ。首相や閣僚をはじめ,地域の首長や議員も心してほしい。」(13.6.19「ツイッターの危うさ」)
 上に抜粋したように,ツイッターに対する疑念をこれまでに何度か書いてきた。最近では,トランプ米大統領の言いたい放題の濫用ぶりが目に余ることだと感じている。公職に在る人のツイッター使用は,害にしかならないものが多く,禁止すべきだとさえ思う。一般人の場合でも,ヘイトスピーチに属するようなものは排除すべきことだろう。
 そこで思いつくのは,「川柳」という表現手段だ。かつて鶴彬(1909〜1938)という川柳作家が在った。帝国主義の時代に軍国主義・資本主義優先に対抗する「一つの武器」として「火箭」と呼ぶにふさわしい川柳を発表し続け,治安を乱すと見なされて検挙された獄中で罹った病のため,29歳の若さで世を去った。代表作としてよく知られているのは,「手と足をもいだ丸太にしてかへし」(1937年)だけれど,「重役の賞与となった深夜業」(1929年)は,現代において,過労死を招く時間外の超過労働で問題になっているブラック企業の経営に共通している。
 ツイッターに代わる社会批判の端的な手段としては,「川柳」こそ有効だという気がして,直近の新聞の投稿川柳欄『朝日川柳』(西木空人選)で目についたものを拾ってみた。
 「忠誠を尽くせ大奥守り抜け」(3月29日・長崎県 下道 信雄)
  ……自民党では「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」が生きている。
 「春うらら各省逃げ足競い合い」(同・三重県 山本 武夫)
  ……あちこちでさんざん権威を振りかざしておいて。
 「もごもごと屁理屈をいう傘の下」(3月30日・神奈川県 石井 彰)
  ……発言できない「折り鶴」だけが席に着いている。
 「この国はそもそも司法が忖度す」(同・東京都 久保 陽介)
  ……行政のみならず司法までもが顔色を窺って。
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永六輔は生きている−−知らなかったこと・続

2017/03/21 19:46
 「人の死は一度だけではありません。最初の死は、医学的に死亡診断書が書かれたとき。でも死者を覚えている人がいる限り、その人の心の中で生き続けている。最後の死は、死者を覚えている人が誰もいなくなったとき。そう僕は思っています」(「永六輔のお話し供養」2012年12月刊・小学館)
 「人の死」についての同様の思いを,これまで私も,どこかで聞いたこととして何度か書いてきたけれど,永六輔さんの言葉だったということを,BS朝日のザ・ドキュメンタリー(3月16日)永六輔「上を向いて歩こう〜黒柳徹子が語る“心の友”〜」で知った。
 昨年7月7日に83歳で亡くなった永六輔さんについて,雑誌「話の特集」の編集長として交わりの深かった矢崎泰久氏が,9月11日の「朝日新聞」(読書欄)に,「永六輔 その世界」と題して書いている文章の最後に,「(永六輔作品集「上を向いて歩こう」というCDに収録されている)『ここはどこだ』を是非聴いて欲しい。沖縄への想(おも)いと深い反戦の意志が聞こえてくる」と有るのを読んで,「そういう曲が有ったのを知らなかったので,まだ知らないことが有ると痛感しながら,早速,ネットで探して聴いた……」と書いた(2016.9.13「知らなかったこと」)けれど,「知らなかったこと」がまた一つ増えたことになる。
 同じ番組で,「生きているということは、誰かに借りをつくること。生きていくということは、その借りを返してゆくこと。誰かに借りたら誰かに返そう。誰かにそうして貰ったように、誰かにそうしてあげよう」という言葉も紹介されている。これもどこかで読んだ覚えが有り,心に残っているのだが,永さんの言葉だとは知らなかった。
 また,永さんが大学生のときに民俗学者・宮本常一さんから言われた「スタジオでものを考えるな。放送の仕事をするなら,電波の飛んでいく先に足を運び,そこで見てきたこと,聞いてきたことを,スタジオに持ち帰って発信しなさい」という言葉が,その後の永さんの仕事の基になっているということも教えられた。私とは地縁の有る宮本常一さんと永さんとがそういうところで結び付いているということに,「人の縁」についての思いを深くする。
 かくて,永さんは今も,私の「心の中で生き続けている」。
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我が良き友

2017/03/17 12:38
 先日(3月1日)亡くなったムッシュかまやつ(かまやつひろし)が1975年に歌ってヒットした『我が良き友よ』(作詞作曲・吉田拓郎)が頭に浮かぶ。当時,かまやつは36歳だった(吉田はもう少し若い)はずだから,詞の内容からしても,歌われているのは大学生時代の「友」に違いないが,私の場合,「下駄を鳴らして……腰に手ぬぐいぶら下げて」いたのは,中学生から高校生の頃だ。靴など手に入り難い時代だったということもあるけれど,私にとっては,それが一つのダンディズムだった。
 中学生の頃,学校の休みの日には,担任だったN先生の家に級友たちと集まった。私は,先生の蔵書を読み漁った。先生が当直の日には,当直室で遊んだ。先生の恋人だったO先生も一緒のことが多かった。あるとき,O先生が「人を恋するって苦しいことよ」と,早熟な文学少年だった私にふと漏らしたことが有ったのを覚えている。N先生は,私たちが中学3年になる春,退職して東京に出た。謄写版で手刷りにした学級新聞に私が書いた校長批判の文章の責任を取ったのかと考えられるけれど,彼にとって,田舎の中学校教師で終わりたくないという野心を実行に移す良いきっかけだったのかもしれない。O先生は取り残され,彼女もまた学校を辞めて,私が1年後に入学することになる高校が在った町の実家に帰った。
 半農半漁の田舎で,高校に進む者は少なかった当時,郡内で唯一の高校に入学すると同時に下宿をすることになり,友人も,文学仲間,スポーツ仲間など,幅も数も変わった。休日で下宿暮らしの無為の時間を持て余すときは,O先生を訪ねた。かまやつの歌では「語り明かせば 下宿屋のおばさん酒持ってやってくる」と有るけれど,彼女は,私が煙草を欲しいと言えば買ってきてくれたし,下宿での夜,独りで飲むための酒も,一升瓶で調達してくれた。私は,もちろん未成年だった頃のことだ。学校に比較的近く,自転車通学をしていた友人の家で語り明かしたことも有るし,沖の小島まで舟を漕ぎ出し,夜の浜辺で酒宴を催したことも有る。
 今ではもう,N先生もO先生も亡くなった。当時の友も齢を取って,多くが先立ち,便りが途絶えたまま現況不明の友も少なくない。「便りしたため探してみたけれど 暑中見舞いが返ってきたのは秋だった」という歌の文句と似た情況だ。
 老いたのちは,インターネットでのブログやメールを通して生じた交流の相手が,数少ない「良き友」だけれど,それも年を経るほどに,ブログ・サイトをクリックしてみても,書き込みの無い日がずっと続いていることが多くなり,健在かどうか,確かめられないのは寂しいことだ。
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「教育勅語」を問う

2017/03/12 15:47
 敗戦後72年を迎えようとしている今,127年前の「教育勅語」(「教育ニ関スル勅語」)を国民の道義として更めて称揚する人が在る。彼ら・彼女らは,どれだけ「教育勅語」を知り,真に理解した上でのことなのだろうか。
 私は,小学校(=当時の国民学校)に通っていたころ,「教育勅語」を暗唱した世代だ。学校の門を入ると右手に,立ち木に囲まれて小さいながら神殿を模した荘厳な建物(=奉安殿)が在り,中を見たことは無かったけれど,天皇皇后両陛下の御真影(=肖像写真)と「教育勅語」が納められていると聞かされ,校門を出入りするたびに最敬礼をするよう教えられた。国の祭日に学校で催される儀式の際には,校長先生がそこから取り出された「教育勅語」を白い手袋をして捧げ持ち,講堂の壇上で謹んで朗読する間,「朕(ちん)惟フ(おもう)ニ我ガ皇祖皇宗國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」で始まる「爾(なんじ)臣民」へのお言葉を頭を垂れて拝聴していた。
 今,「教育勅語」を日本国民不変の道義だと称揚する人たちは,「父母ニ孝ニ兄弟ニ友(ゆう)ニ夫婦相和シ」という部分を念頭に置いているのだろうが,当人自身,それに続く「朋友相信シ(あいしんじ)恭儉(きょうけん)己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ(およぼし)」を心から信奉し実践しているのか疑わしい。
 東日本大震災から6年になるけれど,今なお苦しんでいる被災者に対して「博愛衆ニ及ホシ」の心で臨んでいる政治家がどれだけいるのか,3月11日を中心にマスメディアの報道が震災で亡くなった人々への追悼と6年後の現実に向けられているのを好機とばかりに,当面している己に都合の悪い情況から国民の目を逸らし,記憶を消して,無かったことにしようと図っているとしか思えない政権の動きをはじめとして,「朋友相信シ」られないことが続出している。「徳器ヲ成就シ進テ(すすんで)公益ヲ廣メ」の実現にも真剣に取り組んでいるとは考え難い。
 それでも,確かに遵守できれば理想として良い徳目も有る中で,最も否定しなければならないのは,国民を戦争に駆り立て多くの命を失わせる裏付けになったとも言える「常ニ國憲ヲ重シ(おもんじ)國法ニ遵ヒ(したがい)一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ(ほうじ)以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という部分だが,それまでも「拳々服膺」すべきことだと考えているわけではあるまい。
 今の時代になって「教育勅語」を持ち出し,戦前・戦中の教育を蘇らせようとする考え方が堂々と語られるとは,これ以上長生きしたくないと思いたくなる。
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人それぞれだけれど

2017/03/07 19:26
 人の考え方や価値観はそれぞれ違っているということは解っているつもりだが,最近の「森友学園」を巡る諸問題に関しては唖然とすることばかりだ。贈賄や虚偽報告等にまつわる問題の解明は当局者に委ねるしかないとして,私が納得できないのは学園の教育内容だ。学園理事長個人の偏った思想や行為は論外だとしても,その教育内容を知ってか知らずにか,わが子を入園させる親が在ることや,何の疑いも持たずに学園で直接指導に当たっている教員がいることは,私の理解できる域を超えている。籠池某氏を立派な教育者だと思っていたという安倍首相や首相夫人の感覚も疑わしい限りだ。問題の背後には,自民党員をはじめ,政権を支持する絶対多数の選挙民が存在し,それらの人々の根底には,具体的に表に出さないまでも,共通した思想が有るのだろうかと思うと,暗然とした気持ちになる。
 アメリカでは,トランプ大統領を支持している多くの国民がいるということも,同様に信じ難いことだ。
 「森友学園」にジャーナリズムや人々の関心が移っていく間に,自衛隊の「戦闘」地域への派遣,官僚の天下り,等々の気に懸かる問題は,早くも過去のことになりかけている。追及の矢面に立っていた担当の大臣や省庁の官僚はほっとしているかもしれないが,簡単に忘れられてならないことは多々有る。安倍首相は,全ての問題の自己責任を回避し,来年の党総裁選挙で再選を果たしたあとで解散・総選挙に臨む腹づもりのようだが,そのころには,いつものことながら,国民の多くは何もかも忘れているかもしれない。「日本死ね!」の「日本」は,今の政権や官僚の愚かな組織に向けられたものだと思うのだけれど,私が生きているうちには,なかなか,今の日本が変わるとは,残念ながら思えない。
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制度には人が必要

2017/02/25 19:26
 日本が戦争で負けて,学制も教育内容も大きく転換した時代,私は少年期を迎えていた。新制の中学校(3年)までが義務教育となり,その校舎を建てる間,小学校の放課後の教室で学びながら,校舎建築のための瓦運びなどの作業を手伝わされていた。男女共学ではあったけれど,教室は男女別々で,新築の校舎に入った後も,一つの教室でありながら,男女の席の位置は二分されていた。一つの机を二人で並んで使うようになっていた当時の座席に,初めて男女を一組にして座るようにしたのは私の担任で,興味を持った全校の生徒が覗きにきたものだった。
 英語が必修教科になったものの,戦後の田舎の学校では,十分な指導力を持った教師は少なく,最初に習った英語は,GiantsやTigersなど,復活したばかりのプロ野球チームのニックネームだった。そんな状態だったから,高等学校の入学当初に行われた学力確認テストでは,文法などまったく解らず,解答用紙全体に大きく斜線を引いて提出した。以来,「英語」に関する学習意欲はまったく持てず,案じた母が苦しい家計の中にもかかわらず家庭教師を頼もうかと言ってくれたけれど,それも断り,「英語」には,大学を出る最後まで悩まされた。
 今,「英語」を小学校の必修科目に組み込もうとする動きが有るけれど,私が気に懸かるのは,十分な能力を備えた指導者が全ての学校に行き渡るだけ確保できるのかということだ。どんな分野でも優れた人材を育てるのは時間が掛かることで,急場凌ぎの方法で養成できるものではあるまい。
 同じことは,医師の養成にも言えよう。社会の高齢化が進み,認知症が懸念される高齢者も増えている。3月の施行が予定されている改正道路交通法では,「認知症のおそれ」が有ると判定された75歳以上のドライバーは,運転免許の更新時に受診を義務づけるという。高齢ドライバーの事故が多い現状では当然の対処だと思うけれど,運転をしない人でも早期治療を要する人は少なくなく,専門医不足のために,そういう患者への診療やサポートが滞りがちの現状だとも聞く。これまで問題になることが少なかったために,専門医の養成が遅れているという事情も有ろう。
 教師にしろ医師にしろ,優れた技量を持った人材の育成は一朝一夕にはいかず,時間が掛かるはずだ。高齢者世帯の日常生活に欠かせない移動手段の確保も,社会体制として不十分だ。いつものことながら,前提となる現場の実態を踏まえることなく,制度だけを先行させようとする中央のお役所感覚では,危惧されることが多すぎる。
 それでも,貧しい暮らしをしている多くの庶民の生活感情が解っていない「ブレミアムフライデー」よりはまだ正当な発想と言うべきか。
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「往生」のとき

2017/02/20 19:22
 「謹啓、当家主○○○○儀、□月□日、安楽国に旅立ちました。お別れの場は改めて設けず、見送りは、家族のみで致しましたが、当地で長年賜りました御高誼に深謝致しつつ往きました。出立に当たっての自宅での設えは一切不要、御交誼頂いた方々のお訪ねもお断り致すようにと申し遺しましたので、失礼ながら、当人の意志に従いたいと存じます。御諒解くださいますよう伏してお願い申し上げます。敬白。」
 このような文面をB4用紙に楷書体で記して門前に張り出す夢を見た。自分自身で掲示したのか,予め用意しておいて家族に張ってもらったのか,夢のことだから定かでない。思い当たるのは,今年の正月に家族が顔を揃えたとき,「私も老いた」という述懐に対して,「そのときにはどうすれば良いか,言い置いてほしい」と息子に言われたことが頭に残っていたのだろうということだ。
 何年か前から,夢を見ても,醒めたあとで,楽しかったり,はつらつと動いていたりという漠然とした気分が残っているだけで,その具体的な内容はほとんど思い出せなくなっているのだけれど,今回は,文面やそれを推敲したプロセスまで覚えているのが不思議に思われる。あるいは,夢うつつの状態だったのかもしれない。
 もともと私は,苦しかったり辛かったりする夢は見ないほうだ。現実でも,少年の時代には,口に出来ないような屈辱的ないじめを受けた嫌な経験も有るけれど,それを気持ちの上で傷として残すことは無かった。幼いながら持っていた誇りが乗り越えさせていたように思う。以来,夢でも現実でも,苦しいことは自ら対処して解決してきた。
 前記の文章にも暗い気分はまったく無く,「往生」した際の処し方を前向きに考えているということだ。現実の場面で実現できるかどうか分からないけれど,私の気持ちを正直に表したものだから,この文章を息子に渡して置こうかと思う。そのうえでどう処すかは任せるしかない。有縁の方々が「見送りたい」と言われて,後日,「偲ふ会」でも催してくださるとすれば,私にとって身に過ぎる倖せだと言えよう。
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立春の卵

2017/02/16 20:27
 「立春の卵」という言葉が話題になったのは,戦後1年半ほどしか経っていない1947年の春だった。一年のうち立春の日に限って卵を立たせることができるという話だ。物理学者の中谷宇吉郎さんが自分でも試みて,「立春の卵」という随筆を書いたのはその直後のことで,疎開先の母の実家で暮らしていて,まだ少年だった私は,直接読むことは無かったけれど,結論は,いつでも誰がやっても立つということだったようで,一年のうちで最も冷え込みの厳しい立春の頃は卵の中身が動きにくく,立ち易いのだとも聞いた。当時,テレビはもちろん無い時代だし,冷蔵庫も各家庭にまでは普及していなかった。冬の寒さの頂点は「紀元節」(現在の建国記念の日)だということを聞いた覚えも有る。
 今年の立春も建国記念の日も既に過ぎたけれど,厳しい寒さはまだ続いていて,老いた身には年々辛く感じられる。朝はいったん眼を覚ましても,立ち上がると足も頭もふらついて起き辛く,一日中眠い状態が続き,体を動かすのも億劫で,洗髪,髭剃り,片付け,掃除など,日常的な作業をするのも気が進まない。「ごみ屋敷」の問題を聞くことが有るが,身の周りのごみを放置する気持ちも解る気がする。
 自分自身を放任,放置してしまう,自分の生活に極度に無関心となり,必要な医療や介護の支援を自ら拒む,家の内外にごみを散らかす,他人との関わりを拒否する等々の状態を「セルフネグレクト」と呼び,「大規模調査を実施した米国では、高齢者の9%、年収の低い人や認知症の場合は15%に及ぶ」(東邦大学教授・岸恵美子=1月20日付「朝日新聞」)ということだが,その状態に近付きつつあるのではないかと危ぶまれる。
 立つどころか,蒲団を被って転がったままでいたいのが,寒さのまだ当分和らぎそうにない今の時季の私の状態だ。
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それを言っちゃぁおしめぇよ

2017/02/12 19:28
 人との会話の中では,心の内に在っても口に出してはならないことが有る。また,話題にしたくても,聞き手にとっては興味の持てないことも有ろう。しかし,単なる雑談で終わると分かっていながら,内に閉じ込めてばかりいると気が晴れないので,自分で納得するために口にしたい場合も有り,そういうときは,ひそかに独り言を呟く。「つぶやき」とは,本来そういうものではなかろうか。
 それを自己確認だけに留めて,中に閉じ込めておく辛抱ができなくて,表に出してしまうのが「ツイッター」ではないかと思われる。「ツイート」のもともとの意味は「つぶやく」ということだと知れば,その心情はよく理解できる。
 ところが,現代は,本来表に出すべきではない内心の思いまで,ネットの世界で露わにしてしまう傾向が見られ,また,その片言隻句を取り上げて騒ぎ立てることも少なくない。誰もが気軽に発言できるネット社会は,人々から辛抱や熟慮を失わせているように思われる。表に出すからには,真意ができるだけ伝わるよう,「つぶやき」に止めることなく,言葉を尽くす努力も必要なのではなかろうか。
 トランプ米大統領の度重なるツイッターでの発言も,その類いだと思われないでもない。おそらくそれが本音なのだろうと思うし,ときには(フロリダ州の別荘を手に入れたとき?のような)商取引感覚で,脅しを含んだ観測気球を上げているような気もするけれど,大統領という立場では軽々しく口にすべきでない内容も多く,思慮分別に欠けることだと感じざるをえない。
 これは,日本の政治家のツイッターでもよく見られることで,あとになって「言葉が足りなかった」と弁明するようでは軽率のそしりを免れない。
 必要な連絡や,単純な心情吐露などには有用かもしれないが,意見表明での軽々しい「ツイッター」の濫用は,日常会話で言ってはならないことと同様,慎んだほうが良いように思う。
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退職者の集まり

2017/02/09 11:56
 定年を過ぎてから,かつて勤めた職場の仲間の懇親的な集まりや出身学校の同窓会などに顔を出す機会が増えたけれど,それぞれの会の性質によって,雰囲気や会話の内容にずいぶん違いが有る。
 特徴的なことを言えば,職場や組織のOB会的な集まりでは,過去の限られた知識と経験を基にした狭い範囲の話題になりやすく,特に男性ばかりだと,偏った価値観による判断と意見が多くなるように思われる。私の感じる範囲でそれが際立つのは,中央官僚や教員の退職者の場合だ。官僚や教員こそ,本来,広い知識と経験が必要とされる仕事であるはずなのだが,どちらも,学校を出たのち真っすぐにその世界に入り,他の社会の現場を体験する機会が少ないためか,視野の拡がりや周囲の他者への細かい気配りに欠けがちで,一方的な立場に囚われ,権威に頼り,独善的な人物が少なくないように感じられる。文部科学省の組織的な「天下り」あっせん問題などは,その仲間意識が生んだ弊害の最たるものだろう。
 いわゆる「二世政治家」にも,共通点が見られるし,一方で,商売人としての経営感覚をそのまま国政に持ち込む政治家も困るけれど……。
 しかし,どんな仕事にしても,真に適性を持ち,信頼できる人の数はそれほど多くはない。今,介護士や保育士の数が不足していると言われるが,だからと言って,数さえ揃えば良いというものでもあるまい。そのような職場で次々と問題が起こっていることがそれを表している。必ずしも適性だとは言えないような人でも現場で役立つようにするためには,真の能力を備えた人による指導や組織としてのシステムの構築が重要になってくるのではなかろうか。
 ところで,前記したような,限られた視野の人たちの集まりの中にも,女性が入ることによって,場の空気が少し変わってくることが有る。女性が混じると,話題の幅が拡がる。配偶者による影響も有ろうし,女性のほうが,発想が暮らしに即して多岐に亙るからだろう。その点,卒業した学校のクラス会などの場合は,特に高校までの同期生だと,その後の人生がさまざまなので,率直な会話の中には興味深い話も有って,教えられることも少なくないと言えよう。
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「ミテル」

2017/02/01 19:18
 「朝日新聞」の朝刊に連載されている鷲田清一さんの『折々のことば』で,土佐(高知県)の方言で人が「亡くなった」ことを「ミテタ」と言う(竹村義一「土佐弁さんぽ」から)と紹介されていた(1月28日)。私のルーツは土佐なのだが,1954年に祖母が亡くなった後,年数が経つうちに,かつての本籍地には縁者もいなくなり,1988年に本籍と墓地を現住地に移した。それまでも,自分自身が高知県で暮らしたことは無いので,その言葉は知らなかった。むしろ少年時代を過ごした山口県で聞いた記憶が有るけれど,それは,日常の暮らしの中で,味噌・醤油などの消耗品を使い切って,無くなったという意味だった。鷲田さんも「ミテルは、人が死ぬこと、物がなくなること。『満たす』の古い形で、いっぱいにするという意味だそうだ」と記している。そこから転じて「使い切る」ことを言うようになったのだろう。そう考えれば,人の死も,命を「使い切った」ということになる。
 倉持保男・編『方言小辞典』(東京堂出版)に当たってみると,「無くなる」→「ミテル」岡山・広島・島根・山口・愛媛大三島・高知・大分東北部,「死ぬ」→「ミテル」岡山西南部・徳島中部・高知という記載が見つかった。耳から聞くだけだと,「見てる」と思い違いをしそうで,私だと,都はるみが唄った『アラ見てたのね』(関沢新一作詞・市川昭介作曲 1966年)というフレーズを真っ先に思い浮かべるのだけれど……。
 年が改まって早くも1か月がミテタ。私の齢になると,月日の経つのが速く感じられ,余命を日々使い切って行くような気持ちになってくる。月の末日を「尽(じん)」と言うけれど,これも「ミテタ」に共通する表現だろう。しかし,その月が終わっても,一夜明ければまた新しい月が巡ってくる。カレンダーに書き込んだ予定も有る。
 体力が衰えたから気力も衰えるのか,あるいはその逆で,気力の衰えが先なのか,分からないけれど,私は,体力の衰えは否めなくても,まだ気力が衰えたとは思っていない。私の人生としては既に「満願」と言っても良かろうが,少なくとも妻を置いて先には逝けないと思っているし,わが子の行く末をはじめとして,先行きが気に懸かり見届けるまでは生きていたいと思うことも少なくないから,こればかりは思いどおりにはなるまいが,まだ命を使い切るわけにはいかないと思っている。私のその余生を「見てる」のは,2002年に天寿を全うした亡母だろうか。
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フログ公開11周年──読んでもらいたい思い

2017/01/17 20:56
 「子を持って知る親の恩」と言うけれど,親としては,「恩」を知ってほしいなどと,文字どおり「恩着せがましい」ことを思う気持ちは無い。もともと子は,親のほうが勝手に生んで育てたもので,その責任を常に感じている。しかし,齢を重ねるに従って,老いた親の暮らしや気持ちを解ってほしいという思いが生じることも有る。その気持ちは,子を持って初めて知ることかもしれない。親子にしろ夫婦にしろ,互いの気持ちを理解し合うということは,家族として生きる上で必要なことだろうと思うのだが,子を持たない息子の立場では,あまり深く考えたくないことかもしれない。
 昨年末に記したことだけれど,私がブログを綴るのは,誰かが読んでくれることを想定した営為であり,特定の人を対象にして書いている場合も有るのだが,それは私の勝手な願望であって,期待どおりに読んでもらえるとは限らない。
 私がブログの発信に利用しているのは「BIGLOBEウエブリブログ」で,読んでくださっている方はお気付きのことだろうが,ブログの記述に対する「コメント」や「メッセージ」を記入することができる他に,「ブログ気持玉」という欄が有り,「なるほど」「驚いた」「面白い」「ナイス」「ガッツ」「かわいい」など,寸感を入れる項目が設けられていて,反応が窺えるのだけれど,「コメント」と違い,既成の項目を単にクリックするだけのことなので,誰がどういう気持ちで読んでくれたのか,詳細は分からないのがもどかしいところだ。
 家族でなくても,望ましい人間関係を構築するには,相手の立場を理解し共感することが欠かせない。自己顕示や自己主張が先に立つ限り,真に相手に寄り添って理解するのは難しいことだろう。
 そう思うと,私のブログに随時コメントを寄せてくださっている方々は,匿名ながら,肉親以上に,私の現況や思いを,文章から細かく深く読み取ってくださっていると感じられて,ありがたいことだと思う。
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歌はドラマだ

2017/01/12 20:44
 私が少年だったころの楽しみは,ラジオで聴く野球やマラソン・駅伝の実況と,歌謡曲だった。他のスポーツの実況放送は大相撲以外は無かったし,歌謡曲も,ラジオで聴くしかなかった。聴くだけでなく,自分でもやったけれど,野球も遊びの域を出ないもので,布を丸めて括った手作りのボールや,自分で木を削ったバットで仲間と遊んでいた。敗戦後の物資が乏しいころで,時折,ハワイ在住の遠い親戚が食品や衣類を送ってくれるのが嬉しかった。その中に硬式テニスのボールやゴルフボールが入っていたことが有ったけれど,テニスやゴルフなど知る由もない暮らしだったので,使い途が分からず,布ボールと同様に手作りのバットで打っていると,テニスボールはすぐに割れてしまった。高校では,陸上競技部に入って,ひたすら長距離を走った。
 自作の歌謡曲の思い出と作品については,かつて書いたことが有る。【 http://www7a.biglobe.ne.jp/~say/song.html
 自ら作る意欲が衰えただけでなく,声を出すのが辛く,カラオケを楽しむ機会も無くなった今になって,「歌はドラマだ」と感じている。自分で歌唱するときも,上手く唄おうとしないで良い,歌にこめられた情景と気持ちを唄うことだ。もともと,歌詞にはドラマチックな情感がこめられているものが多いけれど,更めてそれに気づかせられたのは,最近になって,テレビで歌手の唄う姿を観るようになってからのことだ。間延びしたドラマを観るよりも,歌謡曲のほうに,数分に凝縮された人生のストーリーと奥行きを感じさせられる。日本の演歌だけでなく,外国のカンツォーネ,シャンソン,ファドなどにしても全てそうだ。日本の曲では特に,ちあきなおみの「歌唱演技力」に感じるところが大きい。ちあきなおみが表舞台から姿を消して久しいけれど,「喝采」(1972年)・「紅とんぼ」(1988年)・「冬隣」(1988年)など(いずれも詞は吉田旺),その感を深くする。
 自分がカラオケで唄っていたころは,少しでも歌手の唄い方に近付けて上手く唄いたいと思っていたものだが,それよりも歌の情感を大切にするべきだったと,今になって気付いている。
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年齢の境界

2017/01/09 19:34
 年明け早々,これまで「高齢者」として扱っていた65歳以上を75歳以上に改め,65〜74歳は「准高齢者」とするという報道が有った。医療や保険の制度として直ちに適用されるということではなく,1月5日に発表された日本老年学会・日本老年医学会からの提言だ。これによると,私も「後期高齢者」ではなく,単なる「高齢者」に格下げ?されることになり,90歳を超えたとき,初めて「超高齢者」と呼ばれることになる。しかし,「准高齢者」には,老化に伴う症状はまったく無いのだろうか。
 私がまだ「後期高齢者」の中には入れられていなかったころを思い出そうとしてブログを検索してみると,「最近,根気が続かなくなった」「何をしても,集中力が続かない」「全てを自己中心的に考え,自分の基準から外れることは否定しようとする」「自我が剥き出しになり,他者に指図をしたがり,逆に,指図をされると強く反撥する」等々の症状を「老化の病的な現れ」だと感じ,「そういう老化傾向が感じられる人」は政治家の中にもいるようだし,「年齢に関係なく,最近は,若い人の中にも見られるようだ」と書いている(2006年5月6日「老いの病」)のが見つかった。
 私自身はまだ若かったころに,「六十の三つ子」と言葉を聞いたことが有る。もともとは関西の「いろはガルタ」の中の言葉のようだが,齢を取ると(60歳を超えると)三歳児のような精神状態になるという意味で,老化現象を指摘したものだ。平均寿命の延びている現代で「六十」は当てはまらないかもしれないが,注意力や咄嗟の判断力が衰え始めるのは,多発する高齢者の自動車事故を見ても,否めないのではなかろうか。肉体的な寿命は延びたとしても,精神の老化は加齢とともに進んでいると思われる。
 自己主張・自己顕示が顕著になり,聞きかじりの知識をひけらかせ,独善的な理屈で武装しようとする。自分の状態に無自覚,無反省になり,欲求は思いつきに任せて拡大するばかりで,それを抑えられたり否定されたりして思いどおりにならないと,三歳児がだだをこねるように苛立つ。
 「学会」や「会議」と呼ばれる組織の内実は解り難いけれど,提言の対象となる人の実態が真に掌握できているのだろうか。最近では,政権が何かにつけて「有識者会議」なるものを立ち上げ施策に利用しようとする傾向が有るけれど,高齢で,判断力の疑われる「有識者」の意見も多いと感じている。
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来る年もよろしく

2016/12/31 19:15
 自分の書いた文章を公にすることは,読んでくれる人を想定している行為だ。その代表的なものは作家の仕事だけれど,仕事ではない私的な文章でも,手紙を書くときは必ず相手の気持ちを想定しているわけだし,雑事や雑感であっても,ブログという形で発信すれば,当然,誰かが読んでくれることを考えている。読んでほしい相手が有って書く場合も有る。期待どおりに読んでくれているかどうかは分からないけれど,読む相手を想定すれば,それに合わせて内容や表現に気を配らなければならない。
 私の齢になれば,自分史を書いてみないかと勧められることも有るけれど,自分史を書きたいとまでは思わないものの,折に触れて,過去の体験や今まで生きてきた上での思いを語りたいという気持ちが湧かないでもない。それがブログという形で表されていると言えるかもしれない。
 かつての一時期,編集や校正の仕事で関わっていた印刷会社の創設者(会長)が亡くなったとき,遺族に頼まれて,会長自身が折々に社内報などに書いていた思い出や仕事上の考え方などを述べた雑文を基に,生い立ちから会社を立ち上げるまでの歩みや経営者としての苦労等を自伝の形で編み,追悼出版として一冊の本にしたことが有るけれど,私の場合も,これまでに書いたものの中から抄出して誰かが纏めてくれるのであれば,それはそれでうれしいこととは思う。
 しかし,私の人生はそれほどの価値の有るものでもないし,いろいろな場面で書いてきたものを読んでもらっただけでもありがたいことだ。今では加齢とともに筆力も弱まってきているけれど,少しでも力が残っていれば,来る年もブログだけは続けていきたいと思っているので,よろしくお願いします。
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老いては・・・

2016/12/29 17:56
 「老いては子に従え」という言葉が有るけれど,同年輩の知人の誰彼から,たまの機会に話を聞いていると,わが子から批判されたり,日常の暮らしぶりに注文を付けられたりすることが増えているようだ。中でも,娘からの批判や注文が多いようで,同様に,妻からの批判も,老いるとともに増してきて,日常の挙措などに対して口うるさく言われるというボヤキを聞かされることも有る。加齢によって,弱点が露わになるということも有ろうが,娘や妻からの批判が多いということは,女たちがこれまで抑圧されていて言わずにいたことを表に出して,遠慮なく注文を付けるようになったという点で共通しているのではなかろうかと思われる。
 幸か不幸か,私の場合は,娘が無いし,二人の息子は,離れた所で別に暮らしていて,日常的に触れ合うことが少ないので,それだけ,批判される機会も無いということになる。その反面,何かにつけて力が衰え,手助けしてほしいと思うときも有るのだけれど,一緒に暮らしていないと,老いた私の実態に気付いていないということも言えそうだ。息子たちの力を借りないで済むよう,互いに老いた妻と二人で支え合い,できるだけ負担を掛けないで暮らしていかなければならないと思い定めてはいるものの,それだけに,「いつまでも有ると思うな親と金」と言いたくなることも有る。
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二者択一の怖さ

2016/12/22 19:19
 歳末を迎えて,この一年を振り返るときに思い出せることを挙げた中に,「アメリカ大統領選挙に思う二者択一の難しさ=一方的に選択肢を示されても単純に選べない場合が多々有る」という1項目を入れた(12月1日「この一年」)。
 個人の人生でも,選択を迫られる岐路に直面することは何度か有り,思えば,進路の選択の際,もし別の途を選んでいたら,その選択がその後の人生を大きく左右することになり,暮らしは大きく変わっていたはずだ。現在の妻と出合うこともなく,もちろん,家族構成もまったく異なったものになっていたことだろう。そして,二つに一つを選ばなければならないとなれば,いくつかの中から選択できる場合と比べて,はるかに辛く怖いことだ。まして子どもには,どこに生まれるかという選択の機会も与えられていない。
 ともあれ,国政上の選択は,個人の進路などの比では無い。一個人の意思など踏み躙られる場合も多い。思うに,毎年12月になると必ず想起するのは,1941年12月8日の米英両国に対する宣戦布告がわが国にとって近代史上最大の選択だったということだ。それが,世界の各国から包囲されて(今の北朝鮮のように)追い詰められた大日本帝国の最終的な決断だったのかもしれないが,その結果,悲惨な敗戦という事態を招き,以来71年を経てなお,敗戦国なのだという事実が,わが国の置かれている現在の情況の原点になっていることだと言えよう。
 戦後,講和条約締結と連動して日米安全保障条約が結ばれた。戦後の貧窮の時代にはアメリカから多大の援助を受け,今も核の傘の庇護の下に在るというものの,いまだにアメリカの属国とも言える位置に甘んじている。その影響を最も痛切に受け続けているのは,以来,今なおアメリカ軍基地が設けられている沖縄県民ではなかろうか。ロシア(当時はソ連)とは未だ平和条約を結ぶにも至らず,条約締結を妨げている根底には,「日本ははたして主権国家と言えるのか,北方四島が日本の領土として返還されたら,アメリカの軍事基地が造られるのではないか」というロシア側の疑念が有るように思われる。
 今月末には安倍首相がハワイ・真珠湾を訪問して,オバマ大統領と共に,かつての日本の攻撃による犠牲者を慰霊するというし,別に,ロシアを訪ねる計画も有るように聞くけれど,そのことで何らかの変化が期待できるのだろうか。何年か先の行く末どころか,年明けの世界がどうなるかさえ想定できない時代である。
 歴史に「たら」「れば」は考えられないと言うけれど,太平洋戦争が,もし日本が開戦当初の勢いを維持している段階で終結していたら,その後はどうなっていたことだろう。大日本帝国はさらに強大な軍事国家となり,取り返しのつかない破滅を迎えて,私も,この齢になるまで,今の平穏な市民生活は送れていなかったに違いない。
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私感「今年の漢字」

2016/12/20 19:17
 このところ,わが家の各部屋で使っている掛け時計や置き時計が動かなくなる事態が続いている。電池を新しいものに替えてみても改善されない。使い始めた時期に確かな記憶が無いのだけれど,いずれも20〜30年以上経過しているのは間違いないから,機器の老化現象だということも考えられ,馴染みの時計店に相談してみると,部品に錆びが出てきていて,交換する品も既に無いかもしれず,修理に掛ける費用よりも新しく購入したほうが安いのではないかと言われた。体の不具合を医者に相談しても,老齢だから手術などは避けたほうが良いと言われるのと同様だと感じる。廃品としてそのまま廃棄したほうが良さそうだ。他にも身の回りで廃棄しなければならない物品が増える一方だが,廃棄するにしても費用が掛かる。
 人間でも老化が進めばいずれは遺体になる。死体遺棄は罪になるから,相応の対処をしなければならず,使えなくなった物品の処理以上に費用を見込まなければならないのが案じられる。
 日本漢字能力検定協会が募る年末恒例の「今年の漢字」は「金」に決まったというけれど,オリンピック,パラリンピックでの「金(きん)」は良いとしても,政治と「金(かね)」にまつわることの多い社会の現実を見るにつけて,「金」には否定的な思いが先に立ち,「今年の漢字」として挙げるには,昨年の「安」と同じく,違和感が伴う。否定的な思いを直接表すのであれば,「廃」のほうがふさわしいのではなかろうかと思う。
 JRでは,巨額の費用を必要とする新しい路線の整備が計画される一方で,経営上の理由による「廃線」が各地で増えている。地域住民の暮らしを支える上で欠かせないものが失われて行く反面で,広く市民生活を脅かす原発の「廃炉」は,なかなか方向が定まらない。昨年以来,安倍政権が数を頼んで強引に押し通そうとする多くの反社会的な法案も,市民の力を結集して「廃案」に持ち込みたいものだし,政治家を利するだけの「カネ」にからんだ制度のあれこれは,早急に「廃止」すべきだ。
 個々の人や命を尊重する思いに欠け,人心の「荒廃」を憂えることも多い一年で,「今年の漢字」とするからには,もっと前向きの希望の籠もった語が望ましいと思いつつ,私の「今年の漢字」は「廃」で決まりだ。
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「もしも」

2016/12/05 19:27
 「もしも月給が上がったら/わたしはパラソル買いたいわ/僕は帽子と洋服だ/上がるといいわね上がるとも/いつ頃上がるのいつ頃よ/そいつがわかれば苦労はない」
 林伊佐緒(1912〜1995)と新橋みどり(1917〜1942)が1937年に歌ってヒットした『もしも月給が上がったら』(山野三郎・作詞,北村輝・作曲)の一節で,その背景には社会的な不況が有った時代のものだ。
 今の私には,ベースアップもボーナス支給も縁が無いし,逆に,年金の減額や増税,物価の上昇に脅えなければならず,唯一,「もしも宝くじが当たったら」と期待するだけの暮らしだ。それも何億円といった額を望むわけではない。帽子や洋服が欲しいとも思わないし,せめて家計が少しでも楽になり,老人の使いやすい掃除機や庭木の枝切り鋏,新しいシェーバーなどが買えればいいなと願うだけだ。躯をいといながら2〜3泊程度の旅に出たいとも思うけれど,それも叶いそうにない。
 国会では,所謂「カジノ法案」を強引に通そうとする動きが有るが,大金を投入してカジノを作り,収益を上げようというのは,客からのアガリを狙った背徳的な行為にほかならない。それを目論むのは,国や一部の自治体で,税金によって賄われる政治資金を気ままに使って憚らない,金銭感覚の麻痺した徒輩の考えることだ。それで一般庶民の暮らしが潤うとは思えない。
 もともと宝くじにしても,よほど幸運に恵まれた人がおこぼれに与かるだけで,我々の求める宝くじには依存症が伴わないだけ,まだマシと言えようか。
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