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ShoGのボヤキ念仏

プロフィール

ブログ名
ShoGのボヤキ念仏
ブログ紹介
今や念仏三昧の日々の合間に湧く断片的な雑念を,直感のまま投げ出したものです。
──日々の主な行動の記録と,言葉を尽くした随想や論考,Photo,Songなどは,ホームページで別に掲載しています。  
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ネットに頼り難い

2017/07/04 17:37
 先月の初めに,「ブログでの発信が途絶えると,気に懸けてくださる方が在るかもしれないと思い,かつて,『ボヤく暇が無い』と近況を記した記憶が有るので,探してみたところ,・・・・・・」という書き出しで,10年前を振り返って現在と対比した記事(「ボヤく余裕の無い日々」)を載せたばかりだったのだが,そのちょうど1か月後に,関東在住の弟から「(先日)ブログを開けてみたら消えていました。もう止められたのでしょうか。ひょっとして体調が悪いためなのではないかと心配しております。」 というメールが届いた。「消えていました」というのがどういう状況なのか分からないけれど,このところ1か月間は,むしろ頻繁に発信していて,記事に対するメッセージやコメントも,数人の読者からはその都度戴いているので,私としては予測していない事態だった。
 私と同年輩の知友だと,パソコンを使わない人も多いから,近況を伝えるにも手書きしなければならないのが億劫で,つい無沙汰になりがちだが,その点ネットは便利で,ブログに目を通してくれているはずの相手だと,近況や折々感じていることはそれで知ってもらえると思い込んでいたので,意外なことだった。
 近年はネットがもたらす弊害も少なくないようで,使う身としては心していることだけれど,私のブログは,不特定ではあっても,読んでくれる相手を想定して書いているものなので,ときには,批判的な内容に思い当たるところの有る人には不快なことかも知れないと思いつつも,私としては,分かっていてほしいことを記しているつもりだ。
 しかし,相手のパソコンに生じているトラブルまでは思いが至らない。当人も気付いていない場合も有るかも知れず,となると,ブログなら,その気が無ければ読まないでも結構だが,必要な連絡で送ったメールが届いたかどうか,返信が来るまで分からない。そうなると不便なことで,メールを出したあとから電話で確認するといった笑い話のような事態も考慮しなければなるまい。さて,どうしたものか。
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今にして思う

2017/06/30 15:25
 加齢とともに,楽しめなくなったことが増えている。
 旅行や行楽をはじめ,映画鑑賞など,時間を要する外出は,出掛け辛くなったし,時間の余裕ができたときの楽しみにしようと思って保存しておいたビデオや,ゆっくり読み直せると期待していた書籍も,今になってみると,視力の衰えで,思っていたようには楽しめない。それよりも横になって体と目を憩めるのが一番だと感じるときのほうが多い。
 外食はもとより,同様に老いを託ちながらも私の身を案じて悩んでくれている妻の心尽くしの手料理も,噛み辛い,飲み込み難いときが有って,楽しむところまではなかなか行かない。硬いものに限らず,野菜類でも,繊維質のものは食べ辛いし,米飯やパンでさえ,喉を通り難いときが有る。かといって,粥や,軟らかく煮込んだ老人向きの料理には食欲が湧かないので困る。
 96歳まで元気で生きた母が晩年,朝食時の食パンを,温めた牛乳に浸して食べていたのを想起する。愚痴めいて訴えることは少なかった母だけれど,私には気付けなかったことも有ったろうと,今にして思う。
 私としても,自分のことで愚痴っぽいことは言いたくないと思うのだけれど,このようなことをブログに書くのは,現実を客観視する意味のほかに,社会の高齢化の中で,やがては私と同じ年齢に達する人たちに,のちになって思い当たる前に,知っておいてほしいという気持ちからだ。離れて暮らしている息子にも,老いた両親の実態を知って,先行きのことを考えておいてもらいたいという思いは有るものの,まだできるだけ心配を掛けたくはないし,彼等にしてみれば,気には懸かっても,今どうにもならない「ボヤキ」を聞いても辛い思いをするだけなので,避けているところも有ろうかと察しられる。彼等には彼等の暮らしが有るのだから,それはそれで良いことだと思っている。
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耐用年数

2017/06/27 16:33
 地域の主だった医療機関の協力で毎年行われている各種検診の中で,後期高齢者対象の健康診査を受けて来た。4年前の健診で前立腺ガンが疑われ,精密検査の上で,翌年,39回の放射線治療を受けて以来,3か月おきの検査で経過観察を続けてきて,前立腺ガンのほうは順調な経過を辿っているけれど,その間,他の健診は受けていないので,今年あたり他の部分も確かめておく必要が有ると思い,行くことにしたわけで,10日後の結果診断を待っているところだ。
 ところが,当日,健診から帰ってみると,妻が,ウォーター・オーブンでパンを焼こうとして,生地を練り,いざオーブンに入れようとしたとき,スイッチが入らなくなったと言う。既に耐用年数は過ぎている製品だけれど,これまで役立って来たので,急に使えなくなると,暮らしの上でいろいろと支障が生じる。メーカーに問い合わせると,幸いなことに修理部品の在庫がまだ有るということで,早速,修理してもらえることになり,いったん冷蔵庫に保存しておいたパン生地も,2日後にはいつもどおりの出来で焼き上がった。しかし,遠からず,新しい製品に買い替えることを考えなければならないかもしれない。
 耐用年数と言えば,2003年製のガス・コンロも同様で,現行の安全基準には達していないと言われている。現在日常的に使っている製品でも,電気温水器が1998年,洗濯乾燥機が2006年、冷凍冷蔵庫が2010年と,いずれも購入したのはかなり前のことになり,いつ動かなくなるか,不安を抱えている。各種インフラが整い,それぞれに応じた機器が普及して,何事も便利な今の世だけれど,それらが急に使えなくなると,たちまち暮らしが成り立たなくなるものばかりで,考えようによっては不便な時代だ。乏しい年金収入に頼っている身では,耐用年数の切れた機器を買い替えるのも思うに任せないとなると,心細い限りである。
 さて,かく言う私自身の耐用年数はあとどのくらい残っているのだろうか。日常の雑用でさえ体を動かすのを辛く感じる昨今だ。健康診査を受けてみたところで,どうできることでもないようにも思う。人生の賞味期限はとうに過ぎているけれど,消費期限はどうなのか。今の住まいや使っている機器のほうが少しでも長く保てば良いのだけれど・・・・・・と思わざるをえない。
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思い出すこと

2017/06/18 15:38
 私が大学生だったとき,当時,出来て間も無かった予備校にアルバイトに行っていた。校名は広島英数学館,館長は田中勉と言い,のちに,西日本最大の私立学園組織「学校法人・加計学園」を作り上げた加計勉氏(1923〜2008)で,広島英数学館の設立がその出発点になる。そのころはまだ30代に入ったばかりだったと思うけれど,大柄で温厚な人だったという印象が残っている。予備校のアルバイトと言っても,授業を受け持つ力は私にはまだ無かったから,当初は,模擬試験の監督の仕事だったが,なぜか,館長に認められ,各地の高校を訪問して模擬試験の参加者を募る仕事を任せられ,主に山口県を担当して学校巡りをした。
 加計氏は,戦中の広島高等師範学校の出身で,卒業後赴任した兵庫県立姫路工業学校の生徒と共に陸軍に召集され,生徒たちを引率して小倉の戦闘機工場に配属となった。その折,引率責任者として生徒たちの待遇改善を求めて,軍側責任者と対立したことも有ったと言われる。
 戦後,広島文理科大学に入り直し,卒業後数年間の教職経験を経て,自ら学園を設立したのちは,「私学にしかできない,よりリベラルでアカデミックな場所を」という理念の実現を目指して,岡山理科大学をはじめ多くの学校の経営に当たったが,「教育者を名乗るのは現場の先生方に対しておこがましい」と,自らは「教育事業者」を名乗ったという。
 以上は,私の個人的な思い出と,のちに仄聞した氏の経歴だ。私としては,大学を卒業したのちはまったく関わりの無いまま過ごして来たけれど,最近になって,加計学園が安倍首相との関連で報道され,世間から注目されているので,思い出すことになった。
 氏が85歳で亡くなったあと学園を継いだのは息子の孝太郎氏だというが,その人柄はまったく知るところでない。孝太郎氏と安倍首相とは,アメリカ留学時以来長年の親交が続く仲だと聞くけれど,孝太郎氏が事業欲を満たすために首相を利用しようとしたのか,首相が現在の権力を誇ろうとしたのか,はたまた,首相の取り巻きが過度に「忖度」を働かせたのか,いずれにしても,「原子爆弾によって廃墟と化した広島の街を前にして教育による日本の復興を志した」という,かつての勉氏の気持ちからは遠いことのように思われる。
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政権の横暴を止めるには

2017/06/16 17:46
 安倍政権の横暴な国政運営は,国会の会期末に当たって,今や極限に達した感が有る。自民党員は首相の言うなりに従う手下であり,協力的な政党は,もはや傀儡でしかない状態だ。批判の自由を放棄しつつある報道機関まで出始めている。
 さらに,内閣官僚からの内部告発に対して,義家文部科学省副大臣は,「一般論として」と断りながらも,「非公知の行政運営上のプロセスを上司の許可無く外部に流出されることは,国家公務員法(守秘義務)違反になる可能性がある」と脅しを掛けている。
 すべては,国会議席数の圧倒的多数に頼った政権党としての振る舞いで,そういう状況を作り出してしまった国民(一般有権者)であってみれば,対処のすべが無い。
 さすがに少しは取り繕わなければならないと思ったのか,「共謀罪法案」を成立させておいてから,加計学園問題の集中審議の場を改めて設けはしたものの,所詮は,限られた時間内での,つじつま合わせと弁明の場にしかなっていない。
 それにしても,公務員は政権の召し使いではあるまい。「公僕」の「公」には「国民」の意味も含んでいるはずだが,その国民が選んだ「公」の政権であると居直られれば,政治主導を建前とする制度下で,官僚は異議を申し立てるわけにもいくまい。
 国民が解散請求もできないとすれば,かくなる上は,実力行使しか無いのかという気にさえなるけれど,穏やかな方法で民主的に事態を打破するには,有権者が選挙区ごとに力を結集して,個々の選出議員に働き掛けていくしか無いのだろうか。

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南無阿彌陀佛

2017/06/12 20:43
 母が96歳で亡くなってから,この6月で15年になる。母の没後,毎朝欠かさず仏壇に向かって「佛説阿彌陀經」を唱えてきた。特に信仰心を持っているわけではないのだけれど,母が生前欠かさず唱えていたので,母の供養のつもりで引き継いできたことだ。しかし今では,毎朝10分余りの読経が,腹から声を出す機会が無くなった私自身にとって,健康法の一つになっているとも言えよう。もっとも最近は,思うように息が続かず,声も出し辛く感じるようになってきた。一方で,読経の前後に「南無阿彌陀佛」と名号を唱えると,少年時代の一時期一緒に暮らしていた母方の祖母が,「ナマンダブ,ナマンダブ」と折々小声で口にしていた姿を思い出し,私の称名も,音調が祖母に似てきたような気がしている。 
 人は加齢とともに,体のあちこちに苦痛が生じ,痛まないまでも,体力を消耗して辛く感じることが増えてくる。体調が優れないと,人に対しても,苛立ちを感じたり不快感を抱いたりする場面が多くなるようだ。それやこれやで気持ちが落ち込み,何かにつけて嘆息を漏らすことが有る。
 「南無阿彌陀佛」は,阿彌陀如来に辛さを訴えたり,救いを求めたりする言葉だと思うのだが,「あー」とか「ふー」とか,愚痴っぽい気分を伴う嘆息よりも,自らの気持ちを安らげる力が有るのではなかろうか。老いた祖母が名号を口にしていたのは,何が辛くて自分を慰めていたのだろうかと,今にして思う。
 私も,老いて生きることの辛さを感じるとき,「往生安楽国」を願い,阿彌陀如来のお迎えを待つのに近い気持ちになっているときが有るけれど,私が先に逝くと,遺った妻が困惑することも有ろうかと考えると,自分だけが楽になるわけにもいくまいと思いつつ,「ナマンダブ,ナマンダブ」と呟くことになる。
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過去に学ぶ

2017/06/09 20:25
 自分にとって不利な言論に対して「印象操作」という「レッテル貼り」を繰り返す安倍政権は,他国からのテロやミサイル攻撃により国家・国民の安全が脅かされるという不安を煽り,その危険を防ぐことを理由に,「安保法制」の制定に次いで,「共謀罪」を盛り込んだ新しい法律を強引に成立させようとしている。
 しかし,過去の歴史を顧みると,国家により国民教育が支配され,「挙国一致」体制下で制定された「治安維持法」を基に,国民に対する国家権力の監視活動が強められ,権力に反抗する力は悉く潰されただけでなく,無辜の一般人まで,官憲の手で虐げられた記憶は,それほど古いものではない。ドイツでナチスが全権を掌握し,国を挙げて戦争に突き進んだ情況とも思い合せられる。
 「主権在民」,「戦争放棄」,「基本的人権の保障」を柱にした現在の「日本国憲法」が成立し,今日まで命脈を保ってきたのは,多くの国民が過去の過ちを教訓としているからにほかならない。にもかかわらず,憲法の柱を根底から揺るがそうとしている現政権の動きに,過去を知る国民は不安を抱いている。
 過去を知らない若い国民は,教育の「中立」の名の下に過去の歴史から教訓を得る手段を奪われ,逆に,支配者のほうは,都合の悪いことは全て「機密」として覆い隠すとともに,国民に危機感を抱かせることによって権力を握るという手法を過去から学んでいるように思われる。トランプ米大統領のやり方と共通しているところも有る。
 国による教育の支配と選挙権の年齢引き下げとは,国政を意のままにしようとする政権の深慮が有って連動しているものではないかとさえ勘ぐりたくなる。北朝鮮のミサイル発射実験に際して交通機関を止めたのも,危機感を持たせるための政権の方策ではなかったかと疑われてくる。
 思えば,「印象操作」や「レッテル貼り」は,もともと安倍政権が得意とした手法ではなかったか。危機感は,国政の行き先に対することのほうがより強い。
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ボヤく余裕の無い日々

2017/06/03 16:17
※(以下の記述は,6月1日に書いたものだが,このブログを始めてから長年使ってきたワープロ専用機からの文章変換のためのシステムが使えなくなり,ブログ・ページに直接入力することにしたので,時間が掛かり,ミスも有るのではないかと気に懸かりつつ発信することだ。)

 このところ,ボヤく暇の無いまま,5月が終わった。「暇」というよりも,気持ちの「余裕」というほうが適切かもしれない。
 食事を伴う会合が続いたり,しばらく音信が無くて安否の気遣われた旧友が何年ぶりかで訪ねて来たりした。最近は,日常の暮らしの範囲を越える事が有ると,体力的に疲れてしまい,気持ちの余裕まで失われる。
 ブログでの発信が途絶えると,気に懸けてくださる方が在るかもしれないと思い,かつて,「ボヤく暇が無い」と,近況を記した記憶が有るので,探してみたところ,10年前の「世の中にはボヤきたいことが次々と出てくるけれど,ボヤく暇が無いのは良いことか,困ったことなのか,どちらか分からないが,考えて文章を書く時間が減っているのは確かなことだ」という記述が見つかった。今,そこまで遡って読んでくださる人は在るまいから,一部抄出してみる。
 10年前と今とでは,「暇が無い」理由はかなり変わってきている。10年前の場合は,「意識調査アンケート(延べ8,000項目を超えるデータ)のパソコンでの集計を頼まれた」,「盲目の人から図書の音訳を(ボランティア・サークルからは退いて数年になるのだが)個人的に依頼された」などで,「社交ダンスの練習とウクレレ・サークルの活動」も,今では遠ざかってしまった。そのころはまだ若かった,と顧みて思う。
 季節の変わり目に当たっての家の内外の雑用,庭木の徒長した枝や落ち葉の始末,衣替えのための衣服の出し入れ等は,毎年変わらないことだけれど,体力が衰えてきているので,長時間の作業は続かず,少し無理をして疲れが溜まると.体力だけでなく,集中力や思考力,視力まで衰え,回復するのに何日も掛かる。
 変わっていないのは,シーズンたけなわの大学・高校等の野球データの処理で,「先月(2007年8月)初めに亡くなった阿久悠さんと同世代の私は,同様に,野球と歌謡曲とが戦後の平和と共に与えられた最大の愉しみで,今も飽きること無く記録し続けている」と,かつて書いているとおりだ。
 「世の中にはボヤきたいことが次々と出てくる」のも十年一日のごとくだが,今は,安倍政権の独善・専行と追随者の批判力の欠如が目に余る。同じように感じている人も少なくないことだろうが,誰でもが言うようなことを更めて書いたところで始まらないだけでなく,所詮はゴマメの歯軋りで終わることだと思うと,書く気にもなれない。政権を批判する記事をメディアが書けば,「報道テロ」と一蹴されるばかりでなく,「共謀罪」とまで言い出されかねない。私としては,今の政権のやり口のほうが国民と民主主義に対する「政権テロ」ではないかと言いたくなるし,それに追随する政権党員や協力政党こそ,「共謀罪」を犯しているようなものだと思われてならないのだが・・・・。
 ところで,暇の無かった日々の締めくくりで,この週末に,私の次男が身内だけでのささやかな結婚式を挙げる。人生も半ばを過ぎてようやく伴侶を得たということで,一安心できることではあるけれど,親としては,この齢になって,祝ってやれる経済力が既に無い自分をボヤかなければならない。
 
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「老人性うつ」

2017/05/08 19:32
 最近,新聞等で目につくのは,「尿のトラブル」と「うつ」に関する記事や広告で,それだけ,同様な悩みを持つ人が多いということなのだろうかと思いつつ,私にも当てはまる点が有るので,他人事とは言っていられない。
 「老人性うつ」の症状としてそこに挙げられているチェック項目を見ると,下掲のようなことが有り,その全てが当てはまるわけではないし,「病」というほどの状態でもないけれど,日常の暮らしの中で,心身の老化,生活力の低下に伴う「症状」として私が感じていることのいくつかが該当するのは事実で,体調として気候の変化に順応し難くなっている面でもある。
*  *  *
□体がだるく疲れやすいので,何をするにも億劫で,身辺の雑事がなかなか思いどおりに片付かない。特に朝は調子が悪く無気力になりがちだ。
□首筋や肩が凝り,頭痛が起こりやすく,耳鳴りや吐き気を感じることも有り,ときに,腹部や胸部,関節等が痛む。
□進んで食べたいと思う物が無く,食欲が出ない。
□心悸が昂進し,不眠になりがちだ。
□喉が詰まって息が続かず,呼吸が辛いときが有る。
□体調が優れないために,医療機関で検査を受けても,特に異常は見つからない。
□気持ちの上では,楽しい,面白いと感じることが少なくなった。何事にも,興味や意欲が湧かず,テレビ番組を見てもつまらなく感じることが多い。
□身辺の些細な事にこだわり,思い詰める。
□周囲の人に気を遣い,行き届かないのを惧れて,対人関係が煩わしくなる。
□自己主張,自己顕示が強くなり,押し付けがましく高飛車な物言いが多くなる。
□物忘れが増え,不安感や焦燥感が強くなって,気持ちに落ち着きが無くなる。
*  *  *
 私の場合,該当するのは5項目くらいで,神経症的なものであれば,重症にならない限り,医師や薬には頼らないほうが良いと思い,それよりも,自覚的に気持ちをコントロールするよう心掛けている。老化による体力の衰えが影響するのは自然な成り行きだろうけれど,経済的な不安が無くなれば解消することも,案外有るのかもしれない。それを願って宝くじを買い続けている。
 また,「うつ」の原因には,個人的な性格や家庭の事情によることも考えられるが,今の世の中には,「うつ」を引き起こす社会的な要因も少なくない。「うつ」だから気が晴れないのか,気が晴れないことが多いから「うつ」になるのか,どちらとも言い兼ねる。
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問われる「資質」

2017/04/25 17:24
 内閣閣僚としての資質が問われる問題が次々と指摘されている。失言を撤回する例も多いけれど,「失言」とは,立場上言うべきでないことを言ってしまったということで,内心の思いを正直に口に出したということにほかならず,むしろ「暴言」というべきことが多いように思われる。その根底に在るのは,職務,役割の自覚に欠けているということだ。閣僚に限らず,社会人の「資質」として必要なものは,自らの職務,役割についての自覚と責任感であり,職務上向き合う対象を理解する力だ。上司は部下の気持ちを,教師は生徒の思いを把握し理解することだ。そして,自分の判断を省みて検討を加えることも,必要な資質の一つだろう。
 まして,政治や行政に携わる者であれば,国民の暮らしに対する理解と,きめ細かい配慮が欠かせないと思うのだが,今の政権にそれが有るとは思えない。逆に,「暴言」の言いたい放題で,政権はそれを庇い正当化するばかり,閣僚の資質を問う姿勢は皆無と言っても良い状態だ。それを問えば,最高責任者である首相の資質そのものを問うことになるから,触れるわけにはいかないということだろうか。
 それに対して官僚は,自らの保身に関わるからか,終始,権力者の思惑を忖度し顔色を窺っているように思われる。現役の間はやむを得ない面も有るかもしれないが,職務を退いた後は,省みて内実を語り,構造上の問題点を指摘する人がもっと在っても良いのではなかろうか。
 民主主義の成立には批判勢力の存在が不可欠だ。国を思いどおりに動かそうとする政治権力に対して,野党だけでなく,ジャーナリズムも批判的な立場で臨むのは当然の役割であり,それに対して政権側が反論するのもまた当然のことだろう。国民は,両者の意見を聞いた上で,各自が判断を下すことが必要なので,権力者が意に添わないメディアに圧力を加え,そのためにメディアが萎縮したり,チェックするべき機関が権力者の御機嫌を窺ったりするようなことが有ってはなるまい。
 アメリカとの関係にしても,アメリカ政権の独善的な動きに対して,日本の政権がどう対応するかということにこそ重点を置いて論調を展開しなければならず,そうでなくても,最近の日本メディアの動きには,政権に遠慮する姿勢が感じられる折から,他国を批判するよりも,自国の政権と向き合って,国民の立場で正面から戦うことこそが,健全なジャーナリズムの在り方として重要だと思う。そうでなければ,日米ともに民主主義は遠からず終わってしまうとさえ危ぶまれる。
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帰らざる旅

2017/04/07 13:37
 4月5日,詩人の大岡信さんが亡くなった。大岡さんの業績を挙げれば書き尽くせないほど有るけれど,1979年から2007年に至るまで「朝日新聞・朝刊」に連載されたコラム『折々のうた』ほど,「和歌や俳句から歌謡や漢詩、近・現代詩に至るまで多彩なジャンルの詩歌を取り上げた」(4月6日付「朝日新聞・朝刊」)一大アンソロジーとして,多くの人たちの心を引き付けたものはなかろう。足掛け29年,6762回にわたって掲載された詩歌は,作者の有名無名にこだわらず,私の何人かの知人の作品も取り上げられたことがあり,まさに現代の『万葉集』と呼ぶにふさわしいもので,その全ては,岩波新書としても,80年から07年にかけて19冊に及び,2冊の索引も付して出版されている。
 岩波新書版は,先年,私の「終活」の一環として蔵書を整理した際に知人に譲ったので,今は手許に無いけれど,2007年2月14日付の新聞の切り抜きが残っているので,転記しておきたい。
 「わが妻を愛(かな)しみにくみかくしつつしづかなる老(おい)に入り難きかも」結城哀草果『まほら』(昭23)所収。「現在の日本では農業の性格も変革をとげたし、農民のあり方も大いに変わってきた。農民歌人といえば真っ先に名前があがった結城哀草果だが、哀草果のような純然たる農民歌人は、今後現れることはないのではないかと思われる。彼はきびしい農耕に従事し、かたわら数冊の歌集をはじめ、『村里生活記』『農村歳時記』のような随筆集で大いに健筆ぶりを示した。右の歌、最後の七音が印象的。」
 これを切り抜いた理由は,連載の最終回となるものとして残しておきたいと考えてのことだったと記憶しているのだけれど,「朝日新聞」の今回(4月6日付)の死亡記事では,「最終回は『薦(こも)着ても好(すき)な旅なり花の雨』(江戸時代の女性俳人、田上菊舎)」となっている。「ねがはくは花のもとにて春死なむ」という西行の歌が好きだったという大岡さんがそのとおりの旅立ちだったので,記者の思い入れが先行したのではなかろうかと,勝手に憶測している。
 享年86歳という大岡さんは,2009年に脳出血,2011年に誤飲性肺炎を患い,会話は出来ない状態で療養中だったというから,大往生と言っても良い最期だったのだろう。昨年来,永六輔(83歳),船村徹(84歳)など,私と年齢の近い人たちが次々と逝ってしまった。永さんや船村さんにしても,既に何年か前から重篤な持病を抱える状態になっていたと聞くから,それも寿命だったのだろう。
 80代の享年と聞くと,私にはまだ先のことのように思っていたときも有ったけれど,「平均寿命」が伸びている中で「健康寿命」ということが言われるようになり,「2014年の日本人の平均寿命は,女性86.83歳,男性80.50歳にまで伸びている。平均寿命が大幅に伸びた今,一方で,日常的に介護を必要とせず,自立した生活を続けられることを示す『健康寿命』の2013年の算出結果は,女性74.21歳,男性71.19歳だというから,平均寿命との差は大きく,わが老々夫婦もとっくにそれを超えていることになる」「高齢化がわが身の問題としても現実に迫っていることを認識し,先行きの覚悟をしなければなるまい」と,かつて書いた(15.8.31「健康寿命」)けれど,そう考えれば,私の齢は,未だ「日常的に介護を必要と」はしていないものの,亡くなった人たちを既にはるかに越えていることになる。
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川柳の力

2017/04/01 19:24
 「かねて私は,ツイッターが長文の記述には向いていないために,断片的で言葉足らずの内容になりがちで,誤解も生じやすいことから,事実の即報的な発信の外は,安易なツイッターの使用に疑念を抱いていた。特に,言葉を尽くして行き届いた説明をしなければならないはずの政治家がツイッターで軽はずみな発言をすることには不信感を拭えなかった。」(11.3.12「ツイッターの功罪」)
 「ツイッターとは,もともと少ない字数で,現況を伝えたり,連絡を取りあったりするシステムだと思っている。その限りでは役立つと思うけれど,最近,意見表明の手段として使われるようになってきていることには,疑問を持つ。ときには,敵対する意見の人への誹謗が中心になることも有る。字数が限られているから,真に意を尽くすことはできず,一方的で独善的な自己主張のみになりやすい。政治的には,ポピュリズムを助長する扇動になる場合も有ろう。」(12.3.2「ツイッター雑感」)
 「愚痴や鬱憤をツイッターで晴らすのも良かろうが,時と場合を考えなければ,子どもが刃物を振り回すようなもので,まして,公的な立場に在る人が職務に関わることで私的な感情を露骨に表せば,問題は大きい。つい本音を漏らして正体を露わにしたとも言えるけれど,一方的な自己主張や誹謗・中傷の手段になれば危ういことで,そういう無思慮な人が公職に就いているというのは嘆かわしいことだ。首相や閣僚をはじめ,地域の首長や議員も心してほしい。」(13.6.19「ツイッターの危うさ」)
 上に抜粋したように,ツイッターに対する疑念をこれまでに何度か書いてきた。最近では,トランプ米大統領の言いたい放題の濫用ぶりが目に余ることだと感じている。公職に在る人のツイッター使用は,害にしかならないものが多く,禁止すべきだとさえ思う。一般人の場合でも,ヘイトスピーチに属するようなものは排除すべきことだろう。
 そこで思いつくのは,「川柳」という表現手段だ。かつて鶴彬(1909〜1938)という川柳作家が在った。帝国主義の時代に軍国主義・資本主義優先に対抗する「一つの武器」として「火箭」と呼ぶにふさわしい川柳を発表し続け,治安を乱すと見なされて検挙された獄中で罹った病のため,29歳の若さで世を去った。代表作としてよく知られているのは,「手と足をもいだ丸太にしてかへし」(1937年)だけれど,「重役の賞与となった深夜業」(1929年)は,現代において,過労死を招く時間外の超過労働で問題になっているブラック企業の経営に共通している。
 ツイッターに代わる社会批判の端的な手段としては,「川柳」こそ有効だという気がして,直近の新聞の投稿川柳欄『朝日川柳』(西木空人選)で目についたものを拾ってみた。
 「忠誠を尽くせ大奥守り抜け」(3月29日・長崎県 下道 信雄)
  ……自民党では「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」が生きている。
 「春うらら各省逃げ足競い合い」(同・三重県 山本 武夫)
  ……あちこちでさんざん権威を振りかざしておいて。
 「もごもごと屁理屈をいう傘の下」(3月30日・神奈川県 石井 彰)
  ……発言できない「折り鶴」だけが席に着いている。
 「この国はそもそも司法が忖度す」(同・東京都 久保 陽介)
  ……行政のみならず司法までもが顔色を窺って。
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永六輔は生きている−−知らなかったこと・続

2017/03/21 19:46
 「人の死は一度だけではありません。最初の死は、医学的に死亡診断書が書かれたとき。でも死者を覚えている人がいる限り、その人の心の中で生き続けている。最後の死は、死者を覚えている人が誰もいなくなったとき。そう僕は思っています」(「永六輔のお話し供養」2012年12月刊・小学館)
 「人の死」についての同様の思いを,これまで私も,どこかで聞いたこととして何度か書いてきたけれど,永六輔さんの言葉だったということを,BS朝日のザ・ドキュメンタリー(3月16日)永六輔「上を向いて歩こう〜黒柳徹子が語る“心の友”〜」で知った。
 昨年7月7日に83歳で亡くなった永六輔さんについて,雑誌「話の特集」の編集長として交わりの深かった矢崎泰久氏が,9月11日の「朝日新聞」(読書欄)に,「永六輔 その世界」と題して書いている文章の最後に,「(永六輔作品集「上を向いて歩こう」というCDに収録されている)『ここはどこだ』を是非聴いて欲しい。沖縄への想(おも)いと深い反戦の意志が聞こえてくる」と有るのを読んで,「そういう曲が有ったのを知らなかったので,まだ知らないことが有ると痛感しながら,早速,ネットで探して聴いた……」と書いた(2016.9.13「知らなかったこと」)けれど,「知らなかったこと」がまた一つ増えたことになる。
 同じ番組で,「生きているということは、誰かに借りをつくること。生きていくということは、その借りを返してゆくこと。誰かに借りたら誰かに返そう。誰かにそうして貰ったように、誰かにそうしてあげよう」という言葉も紹介されている。これもどこかで読んだ覚えが有り,心に残っているのだが,永さんの言葉だとは知らなかった。
 また,永さんが大学生のときに民俗学者・宮本常一さんから言われた「スタジオでものを考えるな。放送の仕事をするなら,電波の飛んでいく先に足を運び,そこで見てきたこと,聞いてきたことを,スタジオに持ち帰って発信しなさい」という言葉が,その後の永さんの仕事の基になっているということも教えられた。私とは地縁の有る宮本常一さんと永さんとがそういうところで結び付いているということに,「人の縁」についての思いを深くする。
 かくて,永さんは今も,私の「心の中で生き続けている」。
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我が良き友

2017/03/17 12:38
 先日(3月1日)亡くなったムッシュかまやつ(かまやつひろし)が1975年に歌ってヒットした『我が良き友よ』(作詞作曲・吉田拓郎)が頭に浮かぶ。当時,かまやつは36歳だった(吉田はもう少し若い)はずだから,詞の内容からしても,歌われているのは大学生時代の「友」に違いないが,私の場合,「下駄を鳴らして……腰に手ぬぐいぶら下げて」いたのは,中学生から高校生の頃だ。靴など手に入り難い時代だったということもあるけれど,私にとっては,それが一つのダンディズムだった。
 中学生の頃,学校の休みの日には,担任だったN先生の家に級友たちと集まった。私は,先生の蔵書を読み漁った。先生が当直の日には,当直室で遊んだ。先生の恋人だったO先生も一緒のことが多かった。あるとき,O先生が「人を恋するって苦しいことよ」と,早熟な文学少年だった私にふと漏らしたことが有ったのを覚えている。N先生は,私たちが中学3年になる春,退職して東京に出た。謄写版で手刷りにした学級新聞に私が書いた校長批判の文章の責任を取ったのかと考えられるけれど,彼にとって,田舎の中学校教師で終わりたくないという野心を実行に移す良いきっかけだったのかもしれない。O先生は取り残され,彼女もまた学校を辞めて,私が1年後に入学することになる高校が在った町の実家に帰った。
 半農半漁の田舎で,高校に進む者は少なかった当時,郡内で唯一の高校に入学すると同時に下宿をすることになり,友人も,文学仲間,スポーツ仲間など,幅も数も変わった。休日で下宿暮らしの無為の時間を持て余すときは,O先生を訪ねた。かまやつの歌では「語り明かせば 下宿屋のおばさん酒持ってやってくる」と有るけれど,彼女は,私が煙草を欲しいと言えば買ってきてくれたし,下宿での夜,独りで飲むための酒も,一升瓶で調達してくれた。私は,もちろん未成年だった頃のことだ。学校に比較的近く,自転車通学をしていた友人の家で語り明かしたことも有るし,沖の小島まで舟を漕ぎ出し,夜の浜辺で酒宴を催したことも有る。
 今ではもう,N先生もO先生も亡くなった。当時の友も齢を取って,多くが先立ち,便りが途絶えたまま現況不明の友も少なくない。「便りしたため探してみたけれど 暑中見舞いが返ってきたのは秋だった」という歌の文句と似た情況だ。
 老いたのちは,インターネットでのブログやメールを通して生じた交流の相手が,数少ない「良き友」だけれど,それも年を経るほどに,ブログ・サイトをクリックしてみても,書き込みの無い日がずっと続いていることが多くなり,健在かどうか,確かめられないのは寂しいことだ。
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「教育勅語」を問う

2017/03/12 15:47
 敗戦後72年を迎えようとしている今,127年前の「教育勅語」(「教育ニ関スル勅語」)を国民の道義として更めて称揚する人が在る。彼ら・彼女らは,どれだけ「教育勅語」を知り,真に理解した上でのことなのだろうか。
 私は,小学校(=当時の国民学校)に通っていたころ,「教育勅語」を暗唱した世代だ。学校の門を入ると右手に,立ち木に囲まれて小さいながら神殿を模した荘厳な建物(=奉安殿)が在り,中を見たことは無かったけれど,天皇皇后両陛下の御真影(=肖像写真)と「教育勅語」が納められていると聞かされ,校門を出入りするたびに最敬礼をするよう教えられた。国の祭日に学校で催される儀式の際には,校長先生がそこから取り出された「教育勅語」を白い手袋をして捧げ持ち,講堂の壇上で謹んで朗読する間,「朕(ちん)惟フ(おもう)ニ我ガ皇祖皇宗國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」で始まる「爾(なんじ)臣民」へのお言葉を頭を垂れて拝聴していた。
 今,「教育勅語」を日本国民不変の道義だと称揚する人たちは,「父母ニ孝ニ兄弟ニ友(ゆう)ニ夫婦相和シ」という部分を念頭に置いているのだろうが,当人自身,それに続く「朋友相信シ(あいしんじ)恭儉(きょうけん)己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ(およぼし)」を心から信奉し実践しているのか疑わしい。
 東日本大震災から6年になるけれど,今なお苦しんでいる被災者に対して「博愛衆ニ及ホシ」の心で臨んでいる政治家がどれだけいるのか,3月11日を中心にマスメディアの報道が震災で亡くなった人々への追悼と6年後の現実に向けられているのを好機とばかりに,当面している己に都合の悪い情況から国民の目を逸らし,記憶を消して,無かったことにしようと図っているとしか思えない政権の動きをはじめとして,「朋友相信シ」られないことが続出している。「徳器ヲ成就シ進テ(すすんで)公益ヲ廣メ」の実現にも真剣に取り組んでいるとは考え難い。
 それでも,確かに遵守できれば理想として良い徳目も有る中で,最も否定しなければならないのは,国民を戦争に駆り立て多くの命を失わせる裏付けになったとも言える「常ニ國憲ヲ重シ(おもんじ)國法ニ遵ヒ(したがい)一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ(ほうじ)以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という部分だが,それまでも「拳々服膺」すべきことだと考えているわけではあるまい。
 今の時代になって「教育勅語」を持ち出し,戦前・戦中の教育を蘇らせようとする考え方が堂々と語られるとは,これ以上長生きしたくないと思いたくなる。
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人それぞれだけれど

2017/03/07 19:26
 人の考え方や価値観はそれぞれ違っているということは解っているつもりだが,最近の「森友学園」を巡る諸問題に関しては唖然とすることばかりだ。贈賄や虚偽報告等にまつわる問題の解明は当局者に委ねるしかないとして,私が納得できないのは学園の教育内容だ。学園理事長個人の偏った思想や行為は論外だとしても,その教育内容を知ってか知らずにか,わが子を入園させる親が在ることや,何の疑いも持たずに学園で直接指導に当たっている教員がいることは,私の理解できる域を超えている。籠池某氏を立派な教育者だと思っていたという安倍首相や首相夫人の感覚も疑わしい限りだ。問題の背後には,自民党員をはじめ,政権を支持する絶対多数の選挙民が存在し,それらの人々の根底には,具体的に表に出さないまでも,共通した思想が有るのだろうかと思うと,暗然とした気持ちになる。
 アメリカでは,トランプ大統領を支持している多くの国民がいるということも,同様に信じ難いことだ。
 「森友学園」にジャーナリズムや人々の関心が移っていく間に,自衛隊の「戦闘」地域への派遣,官僚の天下り,等々の気に懸かる問題は,早くも過去のことになりかけている。追及の矢面に立っていた担当の大臣や省庁の官僚はほっとしているかもしれないが,簡単に忘れられてならないことは多々有る。安倍首相は,全ての問題の自己責任を回避し,来年の党総裁選挙で再選を果たしたあとで解散・総選挙に臨む腹づもりのようだが,そのころには,いつものことながら,国民の多くは何もかも忘れているかもしれない。「日本死ね!」の「日本」は,今の政権や官僚の愚かな組織に向けられたものだと思うのだけれど,私が生きているうちには,なかなか,今の日本が変わるとは,残念ながら思えない。
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制度には人が必要

2017/02/25 19:26
 日本が戦争で負けて,学制も教育内容も大きく転換した時代,私は少年期を迎えていた。新制の中学校(3年)までが義務教育となり,その校舎を建てる間,小学校の放課後の教室で学びながら,校舎建築のための瓦運びなどの作業を手伝わされていた。男女共学ではあったけれど,教室は男女別々で,新築の校舎に入った後も,一つの教室でありながら,男女の席の位置は二分されていた。一つの机を二人で並んで使うようになっていた当時の座席に,初めて男女を一組にして座るようにしたのは私の担任で,興味を持った全校の生徒が覗きにきたものだった。
 英語が必修教科になったものの,戦後の田舎の学校では,十分な指導力を持った教師は少なく,最初に習った英語は,GiantsやTigersなど,復活したばかりのプロ野球チームのニックネームだった。そんな状態だったから,高等学校の入学当初に行われた学力確認テストでは,文法などまったく解らず,解答用紙全体に大きく斜線を引いて提出した。以来,「英語」に関する学習意欲はまったく持てず,案じた母が苦しい家計の中にもかかわらず家庭教師を頼もうかと言ってくれたけれど,それも断り,「英語」には,大学を出る最後まで悩まされた。
 今,「英語」を小学校の必修科目に組み込もうとする動きが有るけれど,私が気に懸かるのは,十分な能力を備えた指導者が全ての学校に行き渡るだけ確保できるのかということだ。どんな分野でも優れた人材を育てるのは時間が掛かることで,急場凌ぎの方法で養成できるものではあるまい。
 同じことは,医師の養成にも言えよう。社会の高齢化が進み,認知症が懸念される高齢者も増えている。3月の施行が予定されている改正道路交通法では,「認知症のおそれ」が有ると判定された75歳以上のドライバーは,運転免許の更新時に受診を義務づけるという。高齢ドライバーの事故が多い現状では当然の対処だと思うけれど,運転をしない人でも早期治療を要する人は少なくなく,専門医不足のために,そういう患者への診療やサポートが滞りがちの現状だとも聞く。これまで問題になることが少なかったために,専門医の養成が遅れているという事情も有ろう。
 教師にしろ医師にしろ,優れた技量を持った人材の育成は一朝一夕にはいかず,時間が掛かるはずだ。高齢者世帯の日常生活に欠かせない移動手段の確保も,社会体制として不十分だ。いつものことながら,前提となる現場の実態を踏まえることなく,制度だけを先行させようとする中央のお役所感覚では,危惧されることが多すぎる。
 それでも,貧しい暮らしをしている多くの庶民の生活感情が解っていない「ブレミアムフライデー」よりはまだ正当な発想と言うべきか。
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「往生」のとき

2017/02/20 19:22
 「謹啓、当家主○○○○儀、□月□日、安楽国に旅立ちました。お別れの場は改めて設けず、見送りは、家族のみで致しましたが、当地で長年賜りました御高誼に深謝致しつつ往きました。出立に当たっての自宅での設えは一切不要、御交誼頂いた方々のお訪ねもお断り致すようにと申し遺しましたので、失礼ながら、当人の意志に従いたいと存じます。御諒解くださいますよう伏してお願い申し上げます。敬白。」
 このような文面をB4用紙に楷書体で記して門前に張り出す夢を見た。自分自身で掲示したのか,予め用意しておいて家族に張ってもらったのか,夢のことだから定かでない。思い当たるのは,今年の正月に家族が顔を揃えたとき,「私も老いた」という述懐に対して,「そのときにはどうすれば良いか,言い置いてほしい」と息子に言われたことが頭に残っていたのだろうということだ。
 何年か前から,夢を見ても,醒めたあとで,楽しかったり,はつらつと動いていたりという漠然とした気分が残っているだけで,その具体的な内容はほとんど思い出せなくなっているのだけれど,今回は,文面やそれを推敲したプロセスまで覚えているのが不思議に思われる。あるいは,夢うつつの状態だったのかもしれない。
 もともと私は,苦しかったり辛かったりする夢は見ないほうだ。現実でも,少年の時代には,口に出来ないような屈辱的ないじめを受けた嫌な経験も有るけれど,それを気持ちの上で傷として残すことは無かった。幼いながら持っていた誇りが乗り越えさせていたように思う。以来,夢でも現実でも,苦しいことは自ら対処して解決してきた。
 前記の文章にも暗い気分はまったく無く,「往生」した際の処し方を前向きに考えているということだ。現実の場面で実現できるかどうか分からないけれど,私の気持ちを正直に表したものだから,この文章を息子に渡して置こうかと思う。そのうえでどう処すかは任せるしかない。有縁の方々が「見送りたい」と言われて,後日,「偲ふ会」でも催してくださるとすれば,私にとって身に過ぎる倖せだと言えよう。
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立春の卵

2017/02/16 20:27
 「立春の卵」という言葉が話題になったのは,戦後1年半ほどしか経っていない1947年の春だった。一年のうち立春の日に限って卵を立たせることができるという話だ。物理学者の中谷宇吉郎さんが自分でも試みて,「立春の卵」という随筆を書いたのはその直後のことで,疎開先の母の実家で暮らしていて,まだ少年だった私は,直接読むことは無かったけれど,結論は,いつでも誰がやっても立つということだったようで,一年のうちで最も冷え込みの厳しい立春の頃は卵の中身が動きにくく,立ち易いのだとも聞いた。当時,テレビはもちろん無い時代だし,冷蔵庫も各家庭にまでは普及していなかった。冬の寒さの頂点は「紀元節」(現在の建国記念の日)だということを聞いた覚えも有る。
 今年の立春も建国記念の日も既に過ぎたけれど,厳しい寒さはまだ続いていて,老いた身には年々辛く感じられる。朝はいったん眼を覚ましても,立ち上がると足も頭もふらついて起き辛く,一日中眠い状態が続き,体を動かすのも億劫で,洗髪,髭剃り,片付け,掃除など,日常的な作業をするのも気が進まない。「ごみ屋敷」の問題を聞くことが有るが,身の周りのごみを放置する気持ちも解る気がする。
 自分自身を放任,放置してしまう,自分の生活に極度に無関心となり,必要な医療や介護の支援を自ら拒む,家の内外にごみを散らかす,他人との関わりを拒否する等々の状態を「セルフネグレクト」と呼び,「大規模調査を実施した米国では、高齢者の9%、年収の低い人や認知症の場合は15%に及ぶ」(東邦大学教授・岸恵美子=1月20日付「朝日新聞」)ということだが,その状態に近付きつつあるのではないかと危ぶまれる。
 立つどころか,蒲団を被って転がったままでいたいのが,寒さのまだ当分和らぎそうにない今の時季の私の状態だ。
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それを言っちゃぁおしめぇよ

2017/02/12 19:28
 人との会話の中では,心の内に在っても口に出してはならないことが有る。また,話題にしたくても,聞き手にとっては興味の持てないことも有ろう。しかし,単なる雑談で終わると分かっていながら,内に閉じ込めてばかりいると気が晴れないので,自分で納得するために口にしたい場合も有り,そういうときは,ひそかに独り言を呟く。「つぶやき」とは,本来そういうものではなかろうか。
 それを自己確認だけに留めて,中に閉じ込めておく辛抱ができなくて,表に出してしまうのが「ツイッター」ではないかと思われる。「ツイート」のもともとの意味は「つぶやく」ということだと知れば,その心情はよく理解できる。
 ところが,現代は,本来表に出すべきではない内心の思いまで,ネットの世界で露わにしてしまう傾向が見られ,また,その片言隻句を取り上げて騒ぎ立てることも少なくない。誰もが気軽に発言できるネット社会は,人々から辛抱や熟慮を失わせているように思われる。表に出すからには,真意ができるだけ伝わるよう,「つぶやき」に止めることなく,言葉を尽くす努力も必要なのではなかろうか。
 トランプ米大統領の度重なるツイッターでの発言も,その類いだと思われないでもない。おそらくそれが本音なのだろうと思うし,ときには(フロリダ州の別荘を手に入れたとき?のような)商取引感覚で,脅しを含んだ観測気球を上げているような気もするけれど,大統領という立場では軽々しく口にすべきでない内容も多く,思慮分別に欠けることだと感じざるをえない。
 これは,日本の政治家のツイッターでもよく見られることで,あとになって「言葉が足りなかった」と弁明するようでは軽率のそしりを免れない。
 必要な連絡や,単純な心情吐露などには有用かもしれないが,意見表明での軽々しい「ツイッター」の濫用は,日常会話で言ってはならないことと同様,慎んだほうが良いように思う。
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