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ShoGのボヤキ念仏

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ShoGのボヤキ念仏
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今や念仏三昧の日々の合間に湧く断片的な雑念を,直感のまま投げ出したものです。
──日々の主な行動の記録と,言葉を尽くした随想や論考,Photo,Songなどは,ホームページで別に掲載しています。  
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戦争の昭和は遠く

2018/02/24 16:46
 俳人の金子兜太さんが98歳で亡くなった(2月20日)。1月には野中広務さんの訃報(1月26日=92歳)を聞いた。昨年末に逝った早坂暁さん(12月16日=88歳)も含めて,立場や業績はそれぞれ異なるものの,いずれも敗戦体験を持ち,反戦の意志をバックボーンとして,人間に対する優しい視線を失うことなく,現代社会に立ち向かって来た人たちだ。2月には,水俣の石牟礼道子さんも亡くなっている(2月10日=90歳)。
 戦争の昭和は既に遠く,平成も来年で終わろうとしている今,戦争を知り,真に平和を希求して行動する人は少なくなるばかりで,戦争を否定し,平和のために力を注ごうとする人がいなくなっていく感が有るのは悲しいことだ。
 「軍国酒場」と呼ばれる店舗が東京をはじめ全国各所にいくつか在るという。55年前鹿児島市に開かれた店が嚆矢だと聞くが,戦中の雰囲気を残していて,酒を飲んで往時を語り合い,軍歌を唄って,明日への活力を鼓舞するのだそうだ。
 昨年5月のことだが,関東在住の中学時代の同級生が約2年ぶりに訪ねて来た。私と同じく戦争で父親を喪い,母子家庭として疎開生活をしていた友で,兄弟のような仲だったのだが,就職し結婚してからは会う機会もしだいに減り,最近では,お互いに齢を取ったこともあって,ほとんど会っていない。その彼が顔を見せて,その折,「軍国酒場」に「突撃」して唄いたいから,『勝ちぬく僕等少国民』という戦時歌謡を教えてくれと言う。私が歌謡曲に詳しいのを知ってのことだ。
 1945年の歌(作詞=上村数馬,作曲=橋本国彦)で,「勝ちぬく僕等少国民 天皇陛下の御為に 死ねと教へた父母の 赤い血潮を受けついで 心に決死の白襷 かけて勇んで突撃だ」という1番の詞で始まる。この歌が作られた半年後には広島,長崎に原子爆弾が落とされ,日本が殲滅させられたのだけれど,そんな時期にもまだこんな歌を唄わせていたのかという思いを,二人で改めて深くした。
 そのあとには,「八幡様の神前で 木刀振って真剣に 敵を百千斬り斃す ちからをつけて見せますと 今朝も祈りをこめて来た」「僕等の身体に込めてある 弾は肉弾大和魂 不沈を誇る敵艦も 一発必中体当たり 見事轟沈させて見る 飛行機位は何のその」というような詞が続く。
 軍歌でも,『戦友』など明治時代のものには,反戦歌と言っても良い作品も在ることを思うと,昭和の戦争がいかに愚かなものであったかを知らされることだ。
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わが人生

2018/02/21 17:03
 省みて思うに,私は自我が強いほうだ。ということは,自分の価値観にこだわり,自己を主張しがちになる。そのことを自覚しているから,社会的にはできるだけ自我を表に出さないようにしてきたつもりだ。自己顕示に陥らないよう心掛け,具体的には,「長」と名の付く立場に立つのは避けてきた。高校卒業までは「長」の地位に就く(就かされる)ことが多かったけれど,大学では,自分を消すことを身に着け,社会に出てからは,職場でも地域社会でも役職に就くのを極力断わり,やむを得ないいときは,次席の立場で,蔭ながら「長」を支えるようにしてきた。しかし,心の内では自分に強いプライドを持っていて,特に逆境に在った少年時代は,それを支えにして乗り越えて来たところが大きかったと思う。
 この齢になるまで生きて来て,いまさら自我や自分の価値観を捨てることはできない。しかし,自分が見えていると思っているものが他人には別のものに見えているかもしれないという自覚だけは常に必要だと考えている。だから,他人を見ていて,自分の価値観を他人に押し付ける人物を避けたい気持ちは強く,何かと自己顕示をしたがる人の小賢しさは疎ましい。もっとも,齢を取って,「好々爺」になりきりたいと思うことも有るけれど,これだけは死ぬまで実現できそうにない。
 「家系」ということを思う。科学者,文学者,芸術家,政治家,アスリート,名を成した人々には,背景にそれぞれの家系が在るように感じることが有る。それを産み出すのは,遺伝子なのか,育てられた環境なのか,断定はし難いけれど,家系が影響しているのは否めないことだと思われる。背景を持たないまま真に自己実現を図ろうとすれば,出家をするか武士になるかしか途の無かった時代も有る。近代では,博士か大臣かという立身出世が目標になったかもしれないし,軍人になるという選択も有ったろうが,敗戦後,経済優先の社会になった現代では,家の経済状態による格差が大きく,他に考えられるのは芸能界への進出だけれど,これには強い意欲と努力に加えて運が必要になる。いずれにしても独力での自己実現は容易ではない。
 私にも私なりの才能は有り,それで他者を超えることが可能だったかもしれないと想像することも無いではないが,今日までの周囲に在った環境を考えると,それは夢想でしかないと思い直す。所詮,私は「私」であり,別の家に生育すれば,そのとき既に私は「私」ではない。雀は生まれたときから雀であり,鷹にも鶯にもなり得ないと気付いたとき,もはや人生の終末が近付いている。
 私の自我の根底にはニヒリズムが根付いて在る。それは,個性が形成される時期に直面した敗戦体験によるものだと思われる。中学生時代に独りで作った個人誌に『心の防波堤』と題して小説らしき文章を書いたことが有るけれど,それは気持ちの拠り所となった私のプライドをテーマにしたものだった。今にして気付くのは,私の心の闇を直感で見抜いていた母は,密かにその行く末を案じていたのではなかろうかということだ。今,私は来し方を省みて,それなりに自己を顕示している。そして,「行く末」はもう無い。
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高齢者が歩く道

2018/02/18 21:29
 関連法改正案の2020年提出を目指す政府の「高齢社会対策大綱」が決まったという。公的年金の受給開始時期を70歳を超えても選択できるようにする,公務員の定年の引き上げを具体的に検討する,高齢者の起業を支援する,等々の施策を盛り込み,少子高齢化社会に対応して,人を年齢で区別せず,高齢者も意欲や能力に応じて生活し,負担もしてもらう社会を目指すという意図のようだ。それに応じるかのように,生命保険業者は,加入可能な年齢を延長し,条件を緩和する傾向にある。それはそれで良いとしても,乏しい年金収入のみで細々と暮らして行くしかない今の私には,いずれも縁の無いことだ。
 近年,健康寿命が延びているというデータも有るが,その一方で,最近の新聞報道やテレビの健康番組,広告などでは,高齢者の健康を対象にしたものがあふれている。視力・聴力の衰え,排尿・排便のトラブル,筋力・関節の老化による膝や腰の痛み,さらには認知症をもたらす脳の衰退など,高齢者の不安を高めるものが多い。自分にも思い当たることが多く,それだけ同じ悩みを抱えている人が多いのだろうと思い量るものの,広告を掲げる業者は,高齢者を営利の標的にしているようだし,メディアはそれを後押ししている感すら有る。
 新聞の定期購読者を対象にした,広告に関するモニターを募集している調査会社が在るけれど,その応募条件に,満15〜69歳とあるのが,何年も前から気に懸かっている。対象に高齢者も含んでいると思われる広告のモニターから高齢者を除外する業者の意図を疑い,かつて当該業者に直接質したことも有るのだが,検討しますという回答が有ったきりで,そのままになっている。
 新聞報道によると,「あの世でも元気に歩き回ってほしい」という遺族の願いに応えて,金具やゴムなどを使わず,亡くなった人と一緒に棺に納められる仕様の杖の製造販売を始めた業者が在るという。高齢化に伴って杖の需要が高まり,デザインや機能も多様化して,市場規模は10年余りで2倍近くの伸びを見せているというけれど,「天国仕様」の杖まで出来たことになる。しかし,安楽国に行ったらのんびりと眠りたいと願っている私としては,杖まで持って行きたいとは思わない。
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阿久悠再び

2018/02/12 20:23
 阿久悠が逝って10年6か月になる。
 阿久悠と私は,私のほうがわずかに年長ではあるものの,「高校を卒業するまで瀬戸内海の島で暮らしたという体験も共通するので,通い合うものが多い」と書いた一文がブログに有る(2011年10月9日「阿久悠と歌謡曲」)。「阿久悠は島の高校を卒業すると東京の大学に進んだ。そこからは私とまったく異なる道を歩むことになるのだが,私と比べれば早世と惜しまれるその人生で,阿久悠の語る時代と歌の歴史は,そのまま,私も共有する時代と歌の姿であり」「想い出とともに自然に湧いて出る歌ばかりだ」と書いている。その後,早くも6年が経ち,私は彼より10年以上も長く生きた。
 今,2月8日に放送されたBS朝日の「ザ・ドキュメンタリー」で阿久悠を取り上げているのを観て,時代とともに生きた彼に寄せる思いを再び深くした。それによると,死の2週間前まで書き続けていたという日記の中で,「体が弱っても 頭と右手が元気ならいい 飽きるな 生きることに飽きるな」と書いている(2007年2月)。また,没後に見つかった未発表の詩が数百編を超えていたという。彼にとっては,書くことこそが,人として,時代とともに生きることだったのだろう。そのことにも私は,今なお生き延びていて共感する。
 河島英五の唄で知られる『時代遅れ』(1986年発表)の詞が思い合わせられる。「妻には涙を見せないで/子供に愚痴をきかせずに/男の嘆きは ほろ酔いで/酒場の隅に置いて行く/目立たぬように はしゃがぬように/似合わぬことは 無理をせず/人の心を見つめつづける/時代おくれの男になりたい」「ねたまぬように あせらぬように/飾った世界に流されず」
 「酒場の隅に置いて行く」のも今となっては私には叶えられないことなので,ブログでボヤくことしかできないのだけれど・・・・・・。
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建前と本音

2018/02/01 20:06
 政府の要職に在る人の暴言,失言があとを絶たない。その都度,弁明として使われるのは,「誤解を招いた」という言葉だが,発言の内容は誤解のしようの無いことばかりだ。例えば,米軍基地の沖縄に住む人々の思い,被災地の人々が味わっている苦難などに対する想像力の欠如から出た言葉で,当人は間違ったことを言っているとは思っていないことが根源に在る。政府の最高責任者である首相は,自分が任命したはずの人物の発言を「政府としての考え方とは異なる」として,更迭したりするけれど,首相の言うのは建前であって,首相本人の心の底は実は発言者と似たようなものかもしれないと疑われる。建前を通して本音を抑えるというのが実態ではなかろうか。沖縄に対する首相の内心の思いを忖度したかのような一方的な報道が一部のテレビや新聞にも現れてきているが,政府与党の中から出てくる「暴言」としか言いようのない言葉に対して,「びっくりするようなものではない」と言う翁長沖縄県知事の発言が,政府の変わらない態度に抱く県民の率直な気持ちではなかろうか。現地から遠く離れている私でも「またか」という気持ちが先に立ち,絶望的な思いを深くする。
 政府だけではない。企業や組織の中で問題が起きると,責任有る地位の人たちが会見で並んで頭を下げ,「原因を究明し,指導管理を徹底して再発防止に努める」と謝罪するのが通例だが,これも多くは,形式的に取り繕っているだけのことで終わっている気がしてならない。
 政治家をはじめとして,何事でも,自分中心の発想を疑うことが無く,そのことで苦しんでいる他者に寄り添って考える気持ちに欠ける当事者が多すぎる今の世には,人としての質の低下を嘆かわしく感じるばかりだ。
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目下冬眠中

2018/01/28 16:46
 各地から積雪の情況が伝えられてくる。東京でも48年ぶりの寒さだという。我が家の地域では,今年はまだ積雪こそ無いけれど,半端でない毎日の冷え込みで,瀬戸内海の温暖な地方で育った私には身に染みる底冷えだ。
 年が改まって,新年の三が日は,例年どおり,全日本実業団ニューイヤー駅伝,関東大学箱根駅伝の放送を見ながら,年賀状の整理で過ごした。中・高等学校時代の同期生からの賀状は年々減り,数えてみると,今年は7通になった。それでも,返信をはじめ,歳末に発送した欠かせない送り先のものを含めると,まだ70通は書いている勘定で,住所録の確認整理をしておかなければならない。
 3日には,これも例年どおり,東京で仕事をしている長男が帰って来て,関西で暮らしている次男も顔を出し,年に一度の一家揃っての夕食を共にした。次男が昨年伴侶を得たから今年は1人増えたことになる。老夫婦だけの暮らしに馴れた妻がそれだけの人数の食事を支度するのはそろそろ負担になるようなので,今年は,近くの料理店で集まることにした。その間に,東京在住の甥夫婦が10数年ぶりに訪ねてきたということも有ったけれど,長男が3泊して引き揚げたあとは,また老夫婦二人の暮らしに戻り,私は,昨年のさまざまなデータの整理と確定申告書作成の作業に取り掛かる。それらが終わって,一月も既に下旬だ。そこに寒波がやって来た。
 厳しい寒さの中で,昨年の十月から通っていた歯の4年ぶりのメンテナンス治療が終わり,新しい義歯が出来あがった。作り直すたびに覆われる部分が広くなるので,噛みしめる力が弱くなり,味覚も鈍くなる。「自前の歯と義歯とで噛み合わせるのは,大人と子どもが相撲を取っているようなもの」だと,歯科医は言う。
 3か月ごとの前立腺の検診にも出かけた。自分の年齢を考えると,周囲の同年配の人たちの情況とも思い合わせて,「健康寿命」もそろそろ限界の域に近づいていると感じることも有る。寒さと相まって,体を動かそうとする気力が衰えてきて,横になっているばかりではないものの,ブログの発信も滞りがちで,目下冬眠中の感だ。
 間もなく二月に入る。そろそろウグイスも鳴き始めることだろう。
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あした待たるる宝船

2017/12/31 22:01
 「笹や笹々笹や笹/笹はいらぬかススザサは/大高源吾は橋の上/あした待たるる宝船」
 師走になると思い出す唄である。ジャンルを言えば「端唄」ということになるのかもしれないが,「奈良丸くずし」という題名も,詞も節もはっきり覚えている。どこで,いつ知ったものか,少なくとも70年以上前のことで,母に聞けば判るかもしれないけれど,その母も今は亡くなり,確かめる術が無い。
 思い付いてネットで調べてみたら,添田唖蝉坊・作詞,神長瞭月・作曲で,春日八郎や美空ひばりの歌ったものも在るようだが,私が知ったのはそれよりずっと前のことであるのは間違いない。歌詞も少し異なっていて,「笹や笹々笹や笹/大高源吾は橋の上/水の流れと人の身は/あした待たるる宝船」となっている。これは,雪の降る師走の江戸,俳諧の師匠・宝井其角が門人であった赤穂浪士の大高源吾に両国橋の上で偶然出会い,歳末の煤払いに使う竹笹売りに身を窶している源吾に「年の瀬や 水の流れも 人の身も」と発句を向けると,源吾は「あした待たるる その宝船」と付けて飄然と去って行ったという言い伝えを基にしたもので,この場面は,歌舞伎の「義士外伝」の一つ『松浦の太鼓』でも演じられているという。
 「義士外伝」と言えば,中山安兵衛や赤垣源蔵の名も思い出す。
 大高源吾の「宝船」は,吉良邸への討ち入りを意味していたわけだが,今の私の場合は,宝くじに当たることくらいしか無い。確率から言ってもその可能性は極めて薄いと分かりつつも,60数年買い続けてきている。もちろん当たったことは無い。それでも買うのは,抽選日までは,もしかして当たるかもしれないという期待が持てるからで,その間は,気持ちの拠り所にすることができる。今年の年末ジャンボも見事に外れたけれど,来年こそは幸運に恵まれるかもしれないと願って,また年を越すことになる。
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「不倫」の時代

2017/12/30 21:19
 今や今年も終わろうとしている。歳末恒例の「流行語大賞」や「今年の漢字」の選定結果が発表されているけれど,私は,芸能人や政治家に関連して頻繁に登場した「不倫」という語に違和感を覚え,そのことが気に懸かっている。手許の国語辞典を見ると,いささか古いものしか無いのだが,「不倫」=「道徳に反すること。特に、男女関係についていう。」(明鏡国語辞典2005年版)とある。しかし,さらに古いものでは,「人が踏み行うべ゛き道からはずれること。」(岩波国語辞典1979年版)としか記されていない。「倫理」とは本来「行動の規範としての道徳観や善悪の基準。」(新明解国語辞典2505年版)ということだと思うのだが,そう説明する「新明解」でさえ,「不倫」は,「男女が、越えてはならない一線を越えて関係をもつこと(様子)。」としている。なぜ「男女が」と限らなければならないのか,そこに違和感を覚えるのだ。
 一人の独立した人格を持つ男女が惹かれ合うことに「超えてはならない一線」というものが有るのだろうか。教育勅語で「夫婦相和し」と言うのは,明治以降の家族制度に基準を置いて作られた道徳観に過ぎず,人としての絶対的な価値観ではないはずだ。独立した男女の恋愛は,良くも悪くも,当人の責任において解決すれば良いことで,他人がとやかく騒ぎ立てる問題ではあるまい。
 岡山大大学院保健学研究科の調査によると,産後クライシス(出産後2年以内に夫婦の愛情が急速に冷え込む状況)について,女性の半数以上が実感しているという(12月28日付「朝日新聞」)。夫婦の仲の睦まじさを譬えられる鴛鴦でさえ,「仲がいいのは交尾して産卵するまで」で,年ごとに相手を変えるオシドリは「少しも珍しくない」という(12月22日付「朝日新聞」『天声人語』より)。
 まして人間は,そのときの自己中心的な感情の赴くままに結婚した後になって,相手の真の姿が初めて見えてくることも少なくなかろうし,特に芸能人であれば,自分の価値観や生き方と関わって,考え直さなければならないことも多かろう。そのときに別の感情が生じることに何の不思議も無い。
 それよりも,「倫理」という観点で言えば,人には,政治,企業,職業等に関わる厳然とした倫理と責任が有るはずで,それらに携わるからには,それぞれの「行動の規範としての道徳観や善悪の基準」が無ければならないはずであるにもかかわらず,その「道からはずれ」た「不倫」行為がいかに多いかということを感じさせられたこの一年だった。
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寒い冬

2017/12/24 21:42
 冬の寒いのは当然のことながら,例年であれば,その間に何日かは比較的穏やかな日が有ったのだけれど,今年は厳しい寒さの和らぐときが無く,歳末に当たっての庭木の処理や窓の清拭など,外周りの作業をする気も進まない。この様子では,新年を迎えるための墓の掃除も,体調を考えると,危ういかもしれない。無理をするのは避けて,年が改まった後でも,暖かい日に行くことにしようかと考えている。
 日常の暮らしでも,寒さがこたえるのは加齢のせいだろうか。滞りがちな便通とは逆に,排尿の回数が増え,特に寒い中で外出すると,尿漏れをすることも多くなっている。
 寒い冬の暮らしで,老人の気を付けなければならないことは,入浴などの際の外と中との温度差や,寝ていて起きたときの急激な動きだと言われるけれど,家に閉じこもっていても,蒲団を被って寝てばかりというわけにもいかず,移動する部屋ごとに暖房を入れていると,光熱費が嵩むばかりで,年金暮らしの家計に懸かる負担は大きい。
 もっと寒い地方で暮らしている人はどうなのだろうか,震災や豪雨の被害で不便な生活を強いられている人たちのことも案じられて,他国の権力者の顔色ばかり窺っていたり,大企業中心の経済を最優先に考えていたりする施政者は,低所得の国民の暮らしにもっと積極的な手を打つ気は無いのだろうかと,愚痴りたくもなる。
 まったく愚痴ることばかり多い日々で,ブログの筆も進まないのだが・・・・・・。
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賀状準備

2017/12/17 17:09
 私の机の脇に掛けてあるカレンダーは,近くの仏壇仏具店のもので,月ごとに箴言が書かれている。今月の言葉は,「必ず来るぞ 人生の大晦日」とある。
 さて,今年も,賀状を書いて投函する時季が来た。
 長年の信条として,賀状には,形式的な祝詞を記すのではなく,その年年の所感を述べ,それが伝わると思われる人にだけ送るようにしてきたけれど,その所感も「老いの繰り言」が多くなり,相手によって書き加える文言も,健康や活躍を祈るありきたりのことしか無くなってきたので,4年前に,
 「『我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず』(蓮如『御文』より)/多くの知友に先立たれる中で、まだ生きるつもりなのかと、明日につながることを想定した営為を続けている己を嗤いつつ、先の希みとて持てそうにない世で、また年が更まりました。いつか途絶える日まで、いま暫くお見守りください。/甲午(二〇一四年)元旦」
 と書いたのを最後に,以後は,一律に「予祝」の言葉をプリントして一言加える,言わば,生存を伝えるだけのことになっている。
 今でも,相手のことを思い浮かべながら,宛て名と署名だけは手書きにすることにこだわっているけれど,今年書き始めてみて,視力の衰えで宛て名も書き辛く,疲れやすくて,時間が掛かることを思い知らされた。
 「後期高齢者と呼ばれる齢になり、体力、気力ともに衰えを感じるとともに、これまでのさまざまなお付き合いは、そろそろ絶っても良いのではないかと思い始めています。『生前葬』を営むほどの身分ではありませんが、言わば、社会的な人生の『停年』という心境です。余命の有る限り、地域での対人関係だけは保つとして、あとは、自分独りの生き方をしたいと考えます。その意味で、ホームページ(ブログ)での発信だけは続けるつもりです。/向後、音信が途絶えても、そのように御理解いただければ幸いです。末長い御多祥をお祈りいたしております。」
 と書いたのは、前記の引用よりさらに遡ること数年前だが,もう一度宣言しておいたほうが良いのではなかろうかという気がしている。
 さりながら,もうひとがんばりして,書きかけている来年の賀状は,これから書き終えてしまおう。
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2017今年の「流行語」

2017/11/22 20:13
 年末恒例の本年度「流行語大賞」選定に当たってノミネートされている語を見ると,マイナスのイメージを受ける含意の語が多い。例えば「忖度」。本来は「他人の気持ちをおしはかること」という意味のはずだが,今は,自分の行為を決定するに当たって権力者の意向を推し量ってそれに合わせようとする迎合的な意味で使われている。「○○ファースト」にしても.自国や自己の思いを第一にして主張しようとする我田引水的な使われかたがされている。それは「ちーがーうーだーろー!」と言いたくなる。権力を行使する立場に在る人が第一に考えなければならないのは,権力の前で無力な弱い立場にいる人たちの気持ちを第一に推し量った上での言動のはずだ。
 「魔の2回生」は,手に入れた地位に安住して慮りに欠けた自己主張をするところが魔に入り込まれた結果だと思われる。いずれにしても,「流行語」として採り入れたくはない言葉ばかりだ。
 「真夜中に着信ありて液晶の光りて浮かぶ進路相談 高田明洋」
 「月出でしノー残業デー職員室帰る者なく液晶の海 青垣進」
 この2首は,10月の「朝日歌壇」で2週続けて目にしたものだが,「プレミアムフライデー」とは無縁の職務に携わっている人たちの詠んだ歌だ。
 教師は行住坐臥,教師でなければならない職業だ。普通の会社員であれば,勤務時間の外では個人としての自由な行動が許されるが,教師は,いつどんなときに教師としての対応が求められるか分からない。勤務時間が終わって,一息入れようとパチンコに行っても,ちょっと一杯と出かけても,そこで生徒と出合えば,教師の立場に逆戻りだ。夜更けに,生徒の家出を訴える電話が掛かってくることも有る。留守をしているとき,自宅に生徒からの電話が掛かってきて,それが彼にとってはSOSを告げるものである場合,妻の対応もゆるがせにはできない。妻もまた,教師の妻であることを忘れてはならないのだ。生徒の母親からの思い余った相談の電話に,妻の母親同士としての応対がむしろ役立つ場合も有ろう。晩酌していていい気持ちになりかけたところに,突然,卒業生の一人が飛び込んでくることも有る。切羽詰まった気持ちでの身の上相談,仕事上の悩み,夫婦生活の上での問題,いろいろなことで,先生に聞いてもらいたい,先生に相談したい,と訪ねてくる教え子を迎えるのは,教師である(あった)ゆえの務めだし,そうして訪ねてきてくれることが教師冥利というものでもあろう。勤務時間外などと言っていられない職業は,教師のほかにもいろいろ有るはずで,近年,その自覚に欠ける自己中心の職業人が少なくないのは残念なことだと思われてならない。
 さて,私が今年の「流行語」を選ぶとしたら,マイナスの含意を否定する思いを込めた上での「忖度」になろうか。まして政治家や官僚であるからには,利己に走らず,名も無い人たちの暮らしこそを第一に考えて,常に利他の気持ちを失わないでいてほしいと願ってのことだ。
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繰り言

2017/11/10 21:24
 視覚,聴覚,指先の感覚,動作の距離感覚,あれもこれもが鈍くなって,何をするにも思うようにならず,最近では,うっかり体をどこかにぶつけて傷めたりすることも有るので,常に細心の注意が必要だ。視覚に関しては,細かい字の読み書きが難しくなり,読書の楽しみが減るとともに,長年続けてきたノートへの諸々の記録も今年で終わりにせざるをえないかと思い始めているということは,先日も記したばかりだ。
 「野球(プロ,社会人,大学,中等学校〜高等学校),陸上競技(マラソン,駅伝),大相撲,政界の変遷等,中学生のころから関心を持ち,記録して来た。戦後間も無い時期の田舎暮らしの少年にとって,文学,映画,歌謡曲以外に新聞・雑誌やラジオで触れることのできるものは他に無かったからでもあるけれど,私にとっては,趣味と言うよりは,仕事と言って良いくらい,暮らしに密着していたことだ。しかし,加齢とともに視力の衰えを感じるようになった昨今では」「そろそろ限界ではないかと思い始めている。これも一つの『終活』のようなもので,それはそれで,長年愛着を持ってきた身辺の品を処分するのと同様,淋しいことではあるけれど,あと何年生き延びられるか判らないことでもあり,今年あたりを区切りに終わりにしても良いのではないかと考えるのだ。」(9月28日)
 新聞の切り抜きやワープロ文書で代えられるものも有るけれど,ノートに書き込むほか方法の無いものも有り,野球シーズンが終わろうとしている今は,プロ野球に関しては「日本シリーズ」でいちおう終幕を迎えたものの,「社会人野球日本選手権大会」や大学と高校の各地区代表による「明治神宮大会」がまだ残っていて,その試合や出場選手の記録に時間を割いている。
 さて,それらに区切りを付けるとなると,来年度から何を楽しみに日々を過ごせば良いのか,気に懸かることだ。
 老いとともに全てが鈍くなっていく中で,困ったことに,痛覚だけが鈍くならないのは辛い。前立腺や大腸の治療をしているあいだ放置していた歯の痛みがだんだん増して,食事もままならなくなってきたので,今度はその治療に通うことになった。辛うじて残っている歯を抜いて,義歯を作り替えなければならないのだが,痛みの激しいほうの歯を庇って反対側で噛んでいたら,今度はそちらが痛み始めた。食事が苦痛になってきては,妻の心尽くしの料理を味わう楽しみも奪われることになる。たまたま来週は,15歳ほど年下の馴染みの人たちのグループと会食する予定になっていたのだが,それもキャンセルしなければならなくなり,世話役に断りの連絡をしたところ,情況を理解してくれて,「当分の間,辛いことですね」と慰めてくれた。
 何事でも,他人の痛みを理解できるということは,人として必要なことだと思うものの,それができない人が多い中で,自分でも体験していて,相手の苦痛が理解できるのは大切なことだと更めて感じさせられる。また,老いの繰り言は聞きたくないということも有るかもしれないが,私としては,若い人に暮らしの上で頼ろうとは思わないものの,生きる楽しみが日々薄れていく老いの実態を知ってもらいたいとは願うことだ。
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アランの言葉から

2017/10/29 21:09
 10月25日付「朝日新聞・夕刊(大阪本社版)に掲載されていた奈良・興福寺貫主・多川俊映師のコラム『こころの水鏡』の中で.超高齢化社会が予測される未来に向けての文化財の「伝世」についての思いに関連して引用されていた,「悲観主義は気分によるもので、楽観主義は意志によるもの」というフランスの哲学者アラン(エミール=オーギュスト・シャルティエ1868〜1951)の『幸福論』(1925)の中の,これまで寡聞にして知らなかった言葉を知って共感した。
 最近,加齢とともに体調面や経済上の不安を思うことが増えて,時に,我が身の行く末を心細く感じることが有るけれど,未来のことで取り越し苦労をしたり気に病んだりするのは愚かなことだと思い直している。
 これまで私は楽観主義で生きてきた。先のことを思い煩ってもしかたがないと思い,すべてはなるようになると考えて,現実に立ち向かってきた。今になって悲観主義に陥るのは,まさに老いの「気分」に左右されることにほかならないと思う。
 少年期に読んだ中原中也の詩集「山羊の歌」に在った,「これがどうならうと、あれがどうならうと、そんなことはどうてもいいのだ。/これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、そんなことはなほさらどうだつていいのだ。/人には自恃があればいい! その餘はすべてなるまゝだ・・・・・・/自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、ただそれだけが人の行ひを罪としない。」(『盲目の秋』)という一節がひそかな支えになっていたような気がする。私にとって「自恃」こそが楽観主義の根底に在る「意志」だったのだ。
 多川俊映師がアランの言葉を引用したのとは異なる想念だとは思うけれど,自分の生きかたとしては,この先も楽観主義で行きたいと思う。もっとも,今回の衆議院議員総選挙の結果を見るにつけても,社会の方向に関しては,気分として悲観主義にならざるをえないのだが,それももう「どうでもいい」ことかもしれない。
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高齢の暮らしへの支援

2017/10/15 21:24
 過日の新聞報道によると,「高齢などのために自力でごみを出すのが困難になり、自治体の支援を受ける人が増えている。」「(取材対象とした道府県庁所在市、政令指定市、東京23区の74自治体のうち)6割の自治体が支援に乗り出し、5万世帯以上が利用していた」(9月19日付「朝日新聞・朝刊)という。
 私の仕事部屋(良く言えば「書斎」,有り体は「物置」)の窓から地域のゴミ集積場がよく見える。収集日には,近隣の高齢の主婦が,日常生活で出るゴミを手押し車に載せて運んでくる。まだ自力で袋にまとめて出せる人たちだ。ところが,収集車が去った後に残されているゴミが有り,「分別ができていません」,「分別日が違います」などと記された紙が貼られていることがある。私の居住地域では,ゴミは6種類に分別して出すことになっているのだが,収集日を間違えるだけでなく,ゴミの種類の見分けができない人が在るようだ。「プラ」と「ペット」の判別が難しいようだし,ビンやカンが混じっていることもある。「燃やさないゴミ」に入れたほうが良いのかどうかの判断も迷うところだろう。自治体に分別の支援まで望むのは無理なことだと思うけれど,高齢化が進むと,収集を業者に委ねるだけでなく,分別の方策まで考える必要が出てくるのではないかと思われる。
 「入り組みしテレビドラマのすじほぐし まだ呆けていずとひとり確かむ」
 96歳で亡くなった母の晩年の作だけれど,亡くなる12日前に脳室内出血で突然倒れて意識を喪うまで,変わりなく過ごしていて,認知力も確かだった。倒れた日もふだんどおりに朝食を摂り,老人福祉施設で楽しんでいるラージボール卓球用のラケットとシューズを入れたザックを背負い,妻の用意した弁当を携えて出掛けたくらいで,「卓球おばあちゃん」として新聞の地方版で紹介されたほど元気だったのだが,当人はやはり「呆け」ることを心配していたのだろう。当時はまだ「認知症」という言葉が今ほど社会的な問題としては採り上げられていなかったけれど,卓球を続けていたのも老化防止を思ってのことだったのかもしれない。
 母の没後15年が経ち,私も日々の暮らしで老化を感じる齢になっている。私の場合,老妻と二人だけの暮らしだから,今はできることで支え合っているものの,いつ日常的な支障が生じるか予断はできない。そのときに,誰からどのような支援が受けられるか,気に懸かることではある。
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敬老のつどいが消えた

2017/10/10 16:26
 「今般、衆議院選挙が行われることとなりました。そのため、敬老のつどい開催日に、開催場所が『選挙投票所』となるため、使用することができなくなりました。つきましては、日程や場所の変更等を含めて関係機関とともに検討を行いました結果、誠に残念ではございますが、本年度の敬老のつどいを中止させていただくことにいたしました。心待ちにされていたと存じますが、何卒、ご了承・ご理解を賜りますよう切にお願い申し上げます」という趣意の文書が送られてきた。
 「敬老のつどい」は,今回で24回になる予定だった例年の地域の行事で,老人を招いて,幼稚園から高等学校までの児童,生徒,および,地域のサークル等が協力して催されてきた。政治家の売名に利用される面も有るので,私は気が進まず,参加したことが無いものの,楽しみにしていた人たちも少なくないようだ。それが今年は中止されるということで,運動会をはじめとするその他の地域行事や福祉行事にも各地で影響が出ていると聞く。
 選挙は,国民が政治に参加する重要な機会なので,優先しなければならないことではあるけれど,今回の場合は,安倍首相の自己都合が先行した,一方的で,唐突な,国民の暮らしを思う気持ちの感じられない,言わば「勝手解散」であるだけに,苦々しい思いのほうが強い。膨大な費用が掛かるだけでなく,いろいろな所に支障も生じていることだ。
 これまでの国政選挙でも,小選挙区制度の下では,国民の真の意志が反映しない偏った結果になることも多いので,支持する人や党に投票するよりも,支持したくない意志を示すことができるような「マイナス票」を投じる制度が有れば良いとさえ思ってみても,それは実現不可能なことで,といって白票や棄権では政権に利するばかりだし,期待がなかなか叶えられないのが歯痒いことだ。
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引退

2017/09/28 15:58
 安室奈美恵が来年9月を期に引退する気持ちを表明したことが話題になっている。私は彼女のファンでもないし,引退を決意した具体的な理由も解らないので,特に感慨も持たないのだけれど,これまでの活動にどこかでいったん区切りを付けたい気持ちになったのではなかろうかという想像をすることはできる。これまでも,ある時期を区切りにして退いた人たちが何人か在ったのを想起する。
 私自身は,年齢も仕事の内容も彼女とはまったく異なるけれど,仕事の上で大きな決断をして区切りを付けた経験が何度か有る。それまで携わってきた仕事が辛くなったり嫌になったりしたわけでは決してない。ただ,気持ちの上で一度区切りを付けたくなったからだ。
 今は,仕事ではないものの,長年続けて来たことを打ち切ろうかと考えている。これまでにも何度か書いたけれど,十代から続けて来たいろいろな記録のことだ。野球(プロ,社会人,大学,中等学校〜高等学校),陸上競技(マラソン,駅伝),大相撲,政界の変遷等,中学生のころから関心を持ち,記録して来た。戦後間も無い時期の田舎暮らしの少年にとって,文学,映画,歌謡曲以外に新聞・雑誌やラジオで触れることのできるものは他に無かったからでもあるけれど,私にとっては,趣味と言うよりは,仕事と言って良いくらい,暮らしに密着していたことだ。
 しかし,加齢とともに視力の衰えを感じるようになった昨今では,ノートに罫線を引いて細かい字を書きこむ作業が,次第に難しくなってきた。それでもなお続けているものの,そろそろ限界ではないかと思い始めている。これも一つの「終活」のようなもので,それはそれで,長年愛着を持ってきた身辺の品を処分するのと同様,淋しいことではあるけれど,あと何年生き延びられるか判らないことでもあり,今年あたりを区切りに終わりにしても良いのではないかと考えるのだ。
 芸能人や私の事はさておいて,安倍首相の極めて我田引水的な態度で衆議院が解散され総選挙が実施されようとしている今,この機会に政界から引退してほしい人が少なからず在るけれど,そういう人に限って,なかなか退きそうにない。
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内視鏡的大腸ポリープ切除術

2017/09/16 15:51
 「先日,消化器内科での内視鏡検査を受けたところ,腸にかなりの数のポリープが見つかった。小さいものはその場で除去したそうだが,まだ残っているものをどうするか,次回(8月)の予約日に主治医と相談することになっている。」と書いたのは7月31日のことだけれど(「夏眠のとき」),その後の主治医の話で,癌化する惧れが有るので今のうちに切除しなければならないと言われ,入院する腹を決めた。「9月に入れば少しは涼しくなるだろうから」という主治医の判断が思いのほか当たって,猛暑が和らいだ9月の初めに内視鏡による手術を受けた。
 先の検査のときもそうだったが,3日前から食事を制限し,前日の夕食後からは絶食して下剤を飲み始め,当日の手術前には腸管洗浄液を服用して腸の中をきれいな状態にしてしまわなければならない。2リットルの洗浄液を2時間かけて飲むのはかなり辛いことだ。いささか衰えた体力で,入院に必要な用品を詰めたバッグを提げ,指定された時間までに病院へ行く。
 対象となったポリープは,小腸に近い入り組んだ場所に有るうえに大きかったので,細かく切断して除去するのに時間が掛かり,ようやく一つ取り終えたところで,「もう一つ有るのですが,その施術は日を改めて行いましょうか」と問われ,「これ以上続けては患者がヤバイということでなければ,この際一挙にお願いします」と答える。
 術後2時間は絶対安静,通算3日間ベッドに寝たままの生活で,思えば50数年ぶりの入院経験だった。テレビも印刷物もあえて見ることをせず,ほとんど眠った状態で過ごしたのは楽だったけれど,そのわずか数日の間でも,世の中ではさまざまなことが起こっていた。
 ベッドで寝ていてふと目を開けると,前に白いボードのようなものが立っている。何だろうと思って目を凝らして見ると,姿勢を起こしているつもりで,天井が目に入っていたのだった。病室に様子を伺いに来る看護師さんが,ことさらに大きな声で,一語一語区切るようにして話しかけてくる。近年聴力が衰えているので,聞きやすいのはありがたいことなのだが,よほど耳の遠い老人だと思われているのだろうかと意識してしまった。
 幸い,出血も穿孔も無かったようで,予定どおり退院できたけれど,2週間経過するまでは低残渣食で過ごさなければならない。飲み物も,アルコール類,コーヒー等が禁止されていると,体だけでなく頭の働きもリズムが整わない感じで,自分の身体が思うに任せないのは情けないことだ。わが家の栄養士&調理師さんも,日々三度の献立に頭を悩ませている。
 帰宅後は,留守中に溜まった新聞やメール等に目を通して処理するだけでも時間が掛かり,ようやく,当面するその日その日の作業に手を回せるところまで追いついてきたので,今回の経験を記しておく次第だ。
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不意の来客

2017/09/10 22:05
 昨夜のこと,夕食後の片付けが済んだ食卓の上に,どこから来たのか一匹のカマキリが乗っていた。最近は庭でも見かけることが無いのに,開いている入り口も無いはずなのに,不思議に思いつつ写真に収めた。
 しばらくして覗いてみると既に姿は無く,一夜明けて探しても,どこにもいない。どこを通ってどこに帰って行ったのだろうか。
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百日紅の花咲けば

2017/08/25 15:04
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 今年もサルスベリの花が咲き,「百日紅」の名のとおり,7月以来長く咲き続けて,夏を感じさせている。広島では.キョウチクトウとともに「原爆の花」と呼ばれている花だ。広島に原子爆弾が投下されて全市が焦土と化したあと,草木も二度と生えないと言われた中で真っ先に蘇り,毎年,原爆の日の8月6日を中心とした時季に咲き続けている。
 戦後22年,1967年に広島テレビが製作したセミドキュメンタリードラマ『百日紅の花』でも広島の「生」を象徴する題名になっている。これは,原爆を詠った広島の詩人として知られる栗原貞子の『生ましめんかな』から材を取ったドラマだ。
 栗原の詩は,こわれたビルディングのローソク1本ない暗い地下室の夜,「生ぐさい血の匂い、死臭」ただよう地下室をうずめている原子爆弾の負傷者たちの中で産気づいた若い女から新しい生命を誕生させた一人の産婆の姿を描いている。詩では「『私が産婆です。私が生ませましょう』と言ったのは さっきまでうごめいていた重傷者だ。かくてくらがりの地獄の底で 新しい生命は生まれた」と有る。テレビ番組は,そのとき生を得た娘と母の22年後の姿を,ドキュメンタリードラマとして捉えていた。
 「これまでにも何度か書いたことだけれど,8月は,父と祖父が亡くなった月だ。1944年8月,海軍軍人だった父は,乗艦が米潜水艦の魚雷攻撃を受け,沈没した艦と運命を共にした。そのあと,遺された母と子で戦火を避けて疎開した母の実家で一緒に暮らしていた祖父が,1年後の8月6日,たまたま所要で出向いていた広島で原子爆弾の投下に遇い,還らぬ人になった。父も祖父も,家族の許には遺骨すら戻って来なかった。私の記憶の中には二人とも今も生きているけれど,14年前に母が96歳で亡くなったあと,思い出を語り合い確かめ合える相手がいなくなったのは寂しいことだ。」(2016.8.15「亡き人を偲ぶ八月」より)
 父の戦死は,職業軍人として当然受け入れなければならなかったことだけれど,当時71歳だった祖父の思いがけない死は,祖父だけのことに止まらず,その後の私たち母子の暮らしに大きな影響を及ぼしたことだ。もし,もうしばらく祖父が生きていたら,私の人生も,今とはまったく違うものになっていたかもしれないと思わせられる。
 かくて,百日紅の花が咲くと,私は私で,「今年も生き長らえて夏を迎えた」という思いで眺めるのだ。
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蝉の生命

2017/08/20 14:59
 パソコンのインターネット接続ができなくなった。毎朝最初の作業としてパソコンを立ち上げ,肉親,知人のブログやツイッターをチェックし,メールの受信を確認するのを日課としているのだけれど,Webサイトもメールボックスも開くことができない事態で,パソコンや接続のためのルーターを再起動してみても,状況は変わらない。OSの業者,機器のメーカー,さらにはプロバイダーに問い合わせようとしても,どの電話も繋がらない。そこでようやく,原因は電話回線に有ると思い当たった。
 電話局に連絡するにも,電話が繋がらないのだからすぐにはどうしようもない。携帯電話で故障担当の番号に掛けてみたが,固定電話に関しては対応できないと言う。いろいろ調べて,何とか連絡が付き,点検に来てもらうことができた。
 私のパソコン接続は,電話の光回線と共通で利用している。その引き込みのケーブルにトラブルが生じて通信が不能になっているということで,原因は,ケーブルに蝉が穴を開けていたのだという。工事担当者の話によると,最近,同様なトラブルが増えているということだ。ケーブルに穴を開けて産卵するのだと聞かされたけれど,空中に張られた極めて細いケーブルに産卵しても孵化に至るとは思えない。
 近年,わが家の壁や窓枠などに蝉の抜け殻が止まっていることが多くなり,蝉の産卵できる地面や樹木が少なくなっているからなのかと思っていたのだが,最近では,その場所が軒先や窓の上の壁にまで拡がっている。地中で育った蝉の幼虫が脱皮するのは地上60cmくらいまでが限界だと聞いたことが有るけれど,蝉の生態も変わってきているのだろうか。それにしても,電話回線のケーブルにまで産卵するとは思いが及ばず,理解し難いことだ。また,漏水が懸念されることが有って上水道の水量計ボックスを開けてみたところ,中に数個の抜け殻が転がっていた。これは,地中から出る場所を間違えたということなのだろうか。脱皮したあとはどうなったのか,行く末が案じられることだ。蝉にとっても生き辛い時代だと思われる。
 ともあれ,ケーブルを繋ぎ替えて一件落着した。肉親,知人のブログやツイッターも接続が確認できた。ちなみに,上記のサイトは10件ほどなのだけれど,中には,書き込みが久しく途絶えているものも有る。半年以上書き込みの無いものや,長いものでは,1年を超える場合も有る。文章を書こうとする意欲が衰えているのだろうか,パソコンを操作するのが煩わしく感じられるようになってきたのだろうか,わが身の情況とも重ね合わせて安否を気遣いつつ,それでも,毎朝の日課として開けてみている。
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