ShoGのボヤキ念仏

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<<   作成日時 : 2006/07/18 19:42   >>

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 「ならずもの国家(rogue state)」という言葉がアメリカの大統領をはじめ政府高官の発言の中で使われるようになったのは,いつごろからのことだろうか。「世界平和に対する脅威を画策する」という意味で使っているようだが,それを認定する権利がアメリカに与えられているわけではあるまいし,独善的なレッテル張りだと思われる面も否定できない。アメリカの都合で擁護している国の中にも,武力で紛争に臨む国は現存する。アメリカ合衆国こそが「ならずもの国家」の名にふさわしいのではないかと言うアメリカ内部での論者さえ在ると聞く。要は,自国の意に添わない国を敵視し,自己主張を通すために武力を誇示して,武力を用いてでも相手を屈服させようとするのが,「ならずもの国家」ということだろう。真の世界平和にはまだ遠いのが現実であることが哀しい。
 「ならずもの」という言葉の本来の意味は,辞典によれば,「正業を持たず、世間の人を困らせるような悪い事ばかりする人。」(新明解国語辞典)とあるが,「集英社国語辞典」では,単に「乱暴・悪事を働く人。」 となっていて,最近,国家ならずとも,「ならずもの」と呼びたくなるような人の所業が増えている。私の感覚では,「正業」の有る無しにかかわらず,「社会的なルールを弁えないで,他者の迷惑を顧みず,自己中心的な感情の赴くまま,放恣な言動をする」のが,「ならずもの」だと思っている。「乱暴」は,単なる物理的な行為だけでなく,言葉による暴力も含まれよう。「ならずもの」にも,人間としての弱さが在るのだろうが,その所業だけを捉えれば,疎ましい限りだ。
 スポーツの世界でまで,「ならずもの」が混じっているように思われる。サッカー選手やサポーターの中にも在るし,「礼」を重んじるはずの日本の相撲界でさえ見受けられる。大相撲では,「張り手」が盛んに使われる傾向がかねて気になっていることで,相手の尊厳を顧みない明らかな「張り手」は,禁止しても良いのではないかと思う。気迫の強さは重要だが,万事,強ければ良い,勝てば良い,という社会全体の風潮が,スポーツにまで及んでいるような気がする。
 藤原正彦氏が称揚する「武士道精神」を全面的に認める気は無いが,中でも「惻隠」の情はたいせつなことだと思うし,スポーツマン・シップにも通じることで,その精神が育てられず,欠けている情況は,淋しいことだと思われる。

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