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<<   作成日時 : 2007/02/06 19:38   >>

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 カナダでの日本語教師として直面した問題意識の中で「三上文法」と出会ったことがきっかけとなって,三上章に「私淑」し,「三上がどんな時代をどんな風に生き、六八年の人生を駆け抜けたのか」を取材して書いた金谷武洋の労作『主語を抹殺した男 評伝三上章』(2006.12.10・講談社発行)を読んでいて,示唆を受ける記述が在った。
 「日本語の話者は自分を地上に置き、(たとえば「花」を)上方にいる聞き手に向かって「差し」伸べるのである。なるほど、この位置関係においてのみ、「to give=to raise」となる。贈与の相手をさらに上方に想定すれば、行為の強調をしめす「差し」(例 差し伸べる、差し迫る、差し込む)を加えて、「差し上げる」の敬語表現となるのも頷ける。」(P55)
 丸谷才一は,文化審議会国語分科会の「敬語の指針」(答申)に関連して,たとえば「植木に水をあげる」か「水をやる」かについて,「この両派が『言わば拮抗している時代であろう』とのんびり構えているが、こういう大勢順応型の処理は間違っている。たとえ過半数が『植木に水をあげる』と言おうと、それは困った語法である。」 と言う(2月6日付「朝日新聞」『袖のボタン』)。
 私もこれにまったく同感だが,「あげる」は謙譲語的表現だから植木にはふさわしくないとか,それを美化語とするのは「困った語法」だとか言うよりも,先の神谷の示唆に従えば,誰にでも解りやすく説明できる。つまり,「あげる」は「上げる(raise)」なのだから,「植木に水を上げ」たり,「犬に餌を上げ」たりするのはおかしい表現なのだ。
 外国人に日本語を教えるには,解りやすくて実用的であることが肝要だろうと思われるが,そのための苦労の中で,教える側にも,これまで気付かなかったことで,見えてくるものが有るのではなかろうか。そして,そのことは,日本人を相手に教える場合にも通じていて,丸谷の言う「不得要領な言語教育」にならないよう,規範を解りやすく示す勉強努力が求められる。(関連:「敬語の分類」http://www7a.biglobe.ne.jp/~say/2007.html

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