ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 先生と呼ばれる馬鹿

<<   作成日時 : 2008/11/22 20:02   >>

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 医師には「社会的常識がかなり欠落している人が多い」,という麻生首相の発言が物議を醸している。優れた識見と技術を兼ね備えた医師も多い中で,一部,社会的常識に欠ける人が在るかもしれないが,「多い」と言うよりは,せめて,「少なからず」と言うべきだったろう。
 「常識」とは,「的確な判断と言動に結び付く社会的な知識」だと思うが,社会的常識が不足しているという点では,学者や教員の中にも,同様に言える人が在りそうだ。学校を出ただけで社会的な経験を積まないまま,いきなり「先生」と呼ばれる立場になり,専門の分野にしか目が行かない閉鎖的な環境で過ごしていると,社会的常識を身に着ける機会が無いまま歳を重ねることになりがちだ。もちろん,これも一部の人に限られたことで,学識・常識ともに豊かで,職務にも意欲的な人がほとんどのはずだ。
 最も危ういのは,世間の苦労を知らず,偏った狭い環境の中で独尊的に育った,二世・三世の政治家ではなかろうか。麻生太郎氏の次期自民党総裁就任がほぼ確実視されていたころ,「麻生一族の中での生育環境によって刷り込まれた(偏った)感覚が意識の根底に在るのではないかと思われる。自民党総裁がそのまま首相に選ばれる現状で,そんな人物を首相とする内閣が成立しても,信頼する気には到底なれない」と書いた(9月21日)けれど,首相の任に就いても,社会の実情に思いが及ばず,浅慮軽佻の人物であることに変わりは無いようだ。そういう人物を圧倒的多数で総裁に選ぶ自民党党員の感覚もまた理解できないことだ。俗に,「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」と言うけれど,そういえば,医師や教師と同じく,政治家もまた「先生」と呼ばれることの多い職業だ。
 新聞の投書欄で,先日亡くなった筑紫哲也さんを追憶して,大学の講義の中での,「書を持って,町へ出よう」という氏の言葉が紹介されていたけれど,麻生首相をはじめ,馬鹿な「先生」たちに最も聞かせたい言葉だと思う。

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