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zoom RSS カンニングの責任

<<   作成日時 : 2011/03/05 20:42   >>

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 「試験監督は誰か」ということは,定期考査時の高校生の関心事になる。教師に配られている監督割り当て表を探りにくる生徒さえいる。カンニングをやり易い先生とやり難い先生とが在るからだ。
 前に立っているだけで,気持ちは他の事に向いていて,生徒にはまったく注意を払わない教師も在る。一方で,わざと隙を見せて,カンニングを誘い,摘発したことを誇る卑劣な教師までいる。
 最良の試験監督は,カンニングをしようとする気持ちを起こさせないことだ。カンニングをしようとする生徒は,先生の様子を窺っているから,先生の視線が自分に向いていると思えば,容易に実行には移せない。熟練した教師であれば,ちょっとした目配りだけで,試験場内の全ての生徒に,「見られている」と感じさせることができる。前に立って見渡していれば,個々の生徒の目や手の動きはよく見えるものだから,不審な行動が有れば,何げなく近づいて傍らに立つだけで良い。
 私には,カンニングをした経験は無い。カンニングをしてまで成績を上げたくはないというプライドのようなものを持っていた。「英語」で白紙の答案を出したことも有ったけれど,単位を与えられたのは,先生の温情が有ったのだろう。それだけ良い時代だったとも言えよう。
 私ならずとも,カンニングをしようなどと思わない生徒は多いはずだ。しかし,安心して試験を受けられる雰囲気は望ましいことで,それは監督教師に因るところが大きい。問題の配布から答案の回収に至るまでてきぱきと処理ができて,試験中は集中して取り組める雰囲気にしてくれる教師だと,安心感が持てるし,監督を信頼できれば,カンニングの発生率も少なくなるものだ。
 生徒がカンニングをするのは,ゲーム感覚でやる場合と,切羽詰まった気持ちでやる場合とに大別されると思うが,どちらにしても,試験でのカンニングは御法度で,発覚すれば重い処分を受けることを,生徒は十分に弁えている。それをあえて実行させるのは,監督教師の責任だ。
 カンニングの手段として携帯電話を使うというのは今の時代ならではのことだが,どういう方法であろうと,カンニングに変わりはない。問題になっている大学入試で,どういう人が監督に当たっていたのか,試験に対する大学側の管理に責任が有るとしか思えない。

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