ShoGのボヤキ念仏

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zoom RSS 感受性の方向

<<   作成日時 : 2011/03/22 19:38   >>

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 このブログを書き始めたのは2006年1月19日,最初に記した文章はこうだった。
 「ライブドアの摘発には国策捜査の匂いがする。出る杭はこのへんで叩いておこうというのだろうか。それにしても,上っ調子な個人投資家は,一度痛い目に遇ったほうが良い。景気上昇と浮かれているコイズミも同様だ。」
 論理的な裏付けは無い,トップページに記したように,まったくの「直感のまま投げ出した」つぶやきだ。タイトルに「ボヤキ」という言葉を使ったけれど,「ボヤキ」は,えてして「つぶやき」の形になる。まだツイッターの無かったころで,最初のうちは,老人のそんな「つぶやき」を綴ることが続いた。
 しかし,それだけでは言葉足らずで,考えを深めることも無く,思いを十分に表すこともできないから,しだいに文章が長くなってきた。直感だけで終わらせないために,時間を置いて推敲することも心掛けた。
 今,東北関東大震災に直面して,思いは乱れ,自分では何もできないままに,直感をつぶやくことしかできなくなっている。
 直感は,深い思考・思慮以前のものであるだけに,当人の感受性に基づく面が大きい。感受性は,人にとって大切なものであるけれども,他者の情況に思いを及ぼす想像力と繋がっていなければなるまい。今,特に為政者や各界のトップにいる人たちに求められるのは,その感受性と想像力だと思うのだが,そういう立場に在る人たちの中に,感受性が鈍かったり,アンテナの方向がずれていたりする人物が見られるのは,腹立たしいことだ。
 感受性が敏感な人でも,それが他者に向けられるものでなく,ヒステリックで自己中心的な反応として表れる人がいる。そういう人は,衝動的にやたら買い占めに走ったりすることで,非常事態に当たっては,社会に害毒をもたらすことになりかねない。また,いたずらに情緒的に反応して冷静な客観性を喪い,神経の安定を保てないのもその一つで,マイナスの要因にしかならないことだ。
 感受性の方向がどこに在るかということは,当人の人間性に関わっていることだと思わせられる。

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