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<<   作成日時 : 2012/02/22 20:33   >>

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 20日,関西電力の原子力発電所で運転を続けていた最後の1基が定期検査のため発電を止め,西日本で稼働中の原発は全て無くなったという。今のところ停電等の事態にはなっていないが,関電の八木誠社長は「電力の需給安定には、原子力の再稼働が不可欠だ」,「(再稼働できなければ)供給責任は果たせない」と,かねてから発言している。2月16日付「朝日新聞(大阪本社版朝刊)」では,第1面トップに,「再稼働説得 必死の関電」という見出しを掲げて報じた。
 しかし,「必死」とはどういうことだろうか。「必死」とは本来,「(生死をかえりみず)全力をあげること。死に物狂い」(岩波国語辞典)という意味だと思うのだが,「説得」に「必死」という表現は,日常会話ならともかく,新聞の見出しとしては馴染まないし,実態にも即していないと感じる。
 それはそれとして,原発の安全性に対する根強い不信が有る一方で,電力不足=停電という事態になることには不安を感じる。今の世の暮らしは,電気が無ければ成り立たない状態になってしまっている。電力会社自身も,これまで「オール電化」の掛け声で電気を売り込んできた。電器のメーカーや販売店は,今なお,売り上げを伸ばそうと宣伝に努めている。
 節電を促すために,電気の使用量と料金の通知書に,昨年同期との比較を示しているが,われわれの日常の暮らしで,政府や電力会社が言うような10%の節電を実行するのは容易でない。体調が暑さ寒さの温度変化に影響されることの多い年寄りにとっては,エアコンは欠かせないし,零細企業者にとっても,電気の使用制限や料金の値上げは,それこそ「死活」問題だろう。
 それに対して,原発の再稼働説得に「必死」という電力会社の姿勢は,消費者の不安に付け込んだ「原発が無ければ大変な事態になりますよ」という脅迫としか感じられない。
 家庭に結び付く電力不足への対策としては,昨年来,言っていることだが,まず,電気使用量がピークに達する時間帯にはテレビ放送を停止することだと,私は思う。テレビが有るから惰性的に点けているだけの視聴者も少なくないのではなかろうか。テレビによる電力消費量がどれだけのものになるのか詳らかではないけれど,昨年のデジタル化以来チャンネルが乱立し,利の無い番組がますます増えているテレビ放送が一定時間停止されても,一般国民の「生死」に関わる問題ではなかろう。

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