支えられる仲間

 前回(「続く『余生』),ブログサイトのリニューアルに当たって,過去に掲載したブログを読み返した思いを書いたけれど,その続きをもう少し述べておきたい。
 ブログを始めて8年が経ったころ,「いざよひ」を名乗る方から初めてコメントを頂いた。
 「私の社会的接触の手段は,こうしてブログを綴ることしか無いのだけれど,読んだ上で相槌を打ってもらえなければ,コミュニケーションが成立するところにまでは至らない。話相手の少ない暮らしの中で,ブログ・ページへのコメントでも,別途メールでも,声を掛けてもらえるのを待つ気持ちでいる」「(最近は),まったくの『ボヤキ』しか書くことが無く,もう少し明るい,前向きの話題は無いのかと,自分でも嫌になってきている。これでは,読んでくれる人が在っても,暗い気持ちにさせるだけのことだろう。自己確認の手段にはなるとしても,他の人に読んでもらえるようなことではないとすれば,特に伝えたいことが無い限り,ブログでの発信はもう止めようかと思い始めている」(14.5.11「暗い話は止めたい」という記事(抜粋)に対して,
 「いざよひの月に憂き潮多ければ しばし念仏心あらはる」
と,寄せてくださったものだ。
 以後今日に至るまで毎回,コメントを頂戴している。いずれも短歌形式で,私の文章に対して,励ましであったり,ときには,思いを補うものであったり,また,別の角度から取り上げたものであったり,内容はその都度異なるけれど,気持ちの通うものばかりで,私は,「反歌」のようなものだと嬉しく受け取っている。その後,2017年からは,「岡目七目」さんが「いざよひ」さんの短歌に「深読み」解説を加えて,より多くの読者の理解が深まるような心配りをしてくださるようになった。
 どちらもニックネームでの書き込みなので,メールでメッセージをくれる知人と違い,私にとっては未知の方だとしか思えないのだけれど,その知識の幅と深さに感服しつつ,仲間を得たような思いで,今では,ブログを続ける支えになっている。
 今回のリニューアルの利点の一つとして,サイドバーを利用すれば,過去ログやコメントの一覧が見やすくなったので,検索して読み返しているのだけれど,この機会に,コメントの入った2年前の記事を一つ紹介してみたい。
https://shog.at.webry.info/201708/article_2.html

続く「余生」

 「朝の爽やかな目覚めということに縁が無くなっている。もともと朝は弱いほうなのだが,現役のころは,目が覚めると,きょう一日のすべきことを思い起こし,それを目指して始動していたものだけれど,最近は,まだ生きているのかという気がして,すべきことを考えるのも鬱陶しい。言わば,朝の『うつ』の時間だ。それでも,しぶしぶ起き出したあと,雨戸を開け,新聞を取り込み,その日の分別収集予定に合わせてゴミを出し,母の没後,習慣になっている朝の勤行を終えて,朝食を済ませるころには,頭も体も徐々に動き始める。」「しかし,一日が終わると,きょうも意味なく生きて,生きるための無駄を重ねたという思いで、夕の『うつ』に襲われる。観たいテレビ番組とて無く,あとは寝るしかない。寝ると喉に痰が絡むので,眠りもあまり心地良いものではない。そして,また朝が来る。思えば,70歳を区切りに全ての職から退いてから,意欲的に生きるということが無くなったようだ。何事に対しても受け身の気持ちになっている。社会的に働く場が無いということは,生きる意欲を削ぐことだと感じる。」
 「連日の猛暑日だ。出かけて行く元気も無いし,家にいても,日常生活に必要な最少限の外出のほかは,冷房を効かせた部屋で机に向かうだけで,何をする気も起らない。猛暑を伝えるテレビの画面では,水遊びをする子どもたちの姿が決まって映されるけれど,そんな子どもたちの元気が羨ましい。晩年の母が,自分の部屋で横になっていることが多く,テレビを観ているのかと思うと,うつらうつらとしていたり,気が向いたときには,庭仕事をしたり,老人福祉施設に出かけたりしていたのを思い出す。『思いもよらず長生きをして、あなたたちにはお世話になりました』と,倒れる日まで丹念に記録していた家計簿と日記を兼ねたノートの片隅に書いていたのを,死後に見付けたけれど,思えば,母にとって,子や孫のことで気掛かりは絶えなかったかもしれないが,まずは,悠々自適の仕合わせな老後だったのではないかと,今にして顧みる。」

 7月初めにブログサイトが運営管理者によってリニューアルされて以来,意に添わないところがいくつも生じていることを何度か書いたけれど,その後,画像表示,サイドバーに表示される月間カレンダー,過去ログの検索,テーマ別の記事分類等は,まだ使い辛さは多々残っているものの,私なりの操作で利用できるものも徐々に出てきた。そこで,過去の記事を検索して再生してみたり,その中に入れた画像を確認してみたりするなど,いろいろ試みている。
 前掲の文章は,少し長くなったけれど,そこで見つけたちょうど10年前の夏の記述の抜粋だ。なんと,今の私の状態をそのまま表しているようで,この10年間少しも変わらぬ日々を過ごしてきたことだと感じて,まさに進まぬ「余生」が続いていると思わせられる。もちろん,10年の間そんなことばかりを書いていたわけではないけれど,その間に年々間違いなく老衰は進んでいるし,生きる楽しみも少ないまま,同じような「ボヤキ」を重ねてきたことになる。こんな「余生」をいつまで続けるのかと思うのだが,不本意なものではあっても,生きている限り,このブログを断念する気持ちも無いので,今後もお付き合いを願いたい。

「死んだ子の齢」

 8月に入って、このブログのリニューアルから1か月が経過したが,情況は先(7月21日)に書いた状態からほとんど進んでいない。利用者の中にはリニューアル前の状態に戻らないことで苛立ちを募らせている人も多いようだ。私も,利用し始めて13有余年の間に少しずつ自分に合った使い方に慣れてきていたので,戸惑うことが多いけれど,今さら別のサイトに移る気にもなれず,当初からこういう仕様だったとしたら,それなりに使いこなしていたのだろうと考えて,ストレスを溜めないようにしている。
 思えば,我が身の体調にしても,初めて道で転倒して,それを聞いた長男が送ってきてくれた杖を携えるようになってから5年経った(2014.2.14「2本のステッキ」参照)。その後,何度かの入院・手術を重ね,体力が衰えた経過は,その都度ブログでもボヤいている。今は日々の猛暑で家の内外の雑用も手につかない状態だけれど,かつての体力に戻すのはできないことだ。「死んだ子の齢を数える」という言葉も有る。
 「実家がゴミ屋敷です。父と母は教師で、どちらも60歳を過ぎていますが、まだ働いています」「私が住んでいた頃は、新築ということもありとても片付いていたのですが、今ではもう歩くところがないほどにモノであふれかえっています」という20代の女性の投稿が新聞の身の上相談欄に有った。回答者の上野千鶴子さんはこう答えている。「どんなひとにも暮らしの流儀というものがあります」「それぞれに理由があって、第三者が手を出せば怒るのは当然。ほこりやごみで死ぬことはめったにありません」「いずれご両親のどちらかが要介護状態になった時に、『これじゃヘルパーさんが家に入れないわよ』と片付けに取り組みましょう」。
 しかし,上野先生,当の娘も齢を取って,片付ける元気が出なくなるときが来るかもしれません。

七月尽

 ようやく梅雨が明けたと思ったら,猛暑日,熱帯夜と,聞いただけでも熱中症になりそうな,生き辛い日々が続いて,七月が終わろうとしている。
 24日付「朝日新聞」の投稿川柳欄に「どっち見た 総理・吉本同時会見」(福岡県 河原公輔)という作品が載っていた。一は一国の首相,一はエンタメ会社の社長のことだ。たまたま会見の日が重なったわけだが,人々の関心はどちらに在ったのだろうかということだ。
 参議院議員選挙の結果は,予想されたとおり,期待する国の行方には程遠いものだったが,忖度や迎合しか念頭に無い輩に囲まれて,支持されていると満足している権力者に対しては,野次るしか手段の無いのが現実だ。その民意をこそ忖度しなければならないのが権力者の取るべき途だろうが,演説への野次は警官に抑えられ,当人は自己満足しているのだろうか。
 権力を笠に着て自己主張するのは,エンタメ会社の経営者も同じことに見える。共通しているのは,自己中心的な思い込みに基づく支配欲で,それに従わない者は常に排除される。
 芸人は,幇間ならずとも,お座敷が掛かればどこにでも喜んで行く。そこがどんな人たちの宴席かということまでは詮索しない。その行動原理は,テレビ局に呼ばれてバラエティー番組に出演するのと同じことで,招かれたのが反社会的な組織の席だったということがあとで判ったとしても,芸人を番組制作の道具くらいにしか考えていないようなメディアが批判するのはお門違いだ。
 7月末になって,どう考えても正常な精神状態だとは思えない者によって,異常で凶悪な犯罪が引き起こされた。許し難い凶行だが,最近類似した犯罪があとを絶たないと感じる。そういう人間を生み出す要因が現代社会の中に在るように思われてならない。例えば,極端な格差社会ということも有ろう。そういう社会構造の改善こそが今の政治の最大の課題だと思われるのだが,権力を手にした者は,社会の中で不遇な情況に置かれている人たちのことを軽視し,理解しようとも考えようともしていないようだ。

ブログサイト近況

 長年慣れ親しんだ友人に突然背かれたような落ち着かない気持ちで過ごしている。このブログページの運営管理サイトが大幅なメンテナンス リニューアルを実施した7月2日以降のことだ。ページのデザインが変わってしまい,私の力では復旧できない事態がいくつも生じていて,これまで親切な応対で頼りにもしていた馴染みの商店が不慮の災害で失われたような喪失感が有る。
 私自身の記事はいちおう掲載できているものの,それに対する反応を感じ取れる場が,限られた読者からのコメントだけになってしまった。まず,トップページにエントリー画面として載せていた画像が出てこなくったところに,記事に対する感想を一言で示すクリックボタン=「気持ち玉」が消えた。アクセス数を表すカウンターも無くなった。これは,記事を書き込む側としては張り合いが失われて寂しいことだ。また,記事のサイドバーに出る月別カレンダーの一部が画面から切れてしまって役に立たない。自分で独自に作成したテーマ別に,書き終えた記事を分別,登録して,公開後の検索に利用していた機能も無くなっている。
 サイトの事務局に寄せられている利用者のコメントが見られるようになり,それを見ると,今回のリニューアルに同様の不満を感じている人も少なくないようで,プロバイダーの引っ越しを考えている人さえ在るようだが,中にはネットのシステムに詳しいかたも在り,いろいろアドバイスを書き込んでおられるけれど,なにぶん視力も理解力も衰えている高齢の私にとっては,自力で操作するのは難しいことが少なくない。かといって,他のサイトと比べて最も行き届いていると感じてこれまで利用してきたサイトに,そう簡単に見切りをつける気持ちにはなれず,リニューアル前の状態に復元できるものは可能な限り修正を実行してもらいたいと期待して辛抱強く待っている。
 また,私のブログを読んでくださっているかたの読む立場での情況はどんなことになっているのか分からない面も有るのだけれど,現況について読者としてはどういう印象,感想をお持ちなのだろうか,できれば教えていただきたいと思っている。

お知らせ

 ブログサイトのリニューアルから5日経ち少しずつ使い方が解ってきたところです。前掲の記事「お断わり」も昨夜書き込み中に突然「緊急メンテナンス中」の画面に変わって操作不能になっていたのですが,今朝回復していたので入れ直しました。その中にも書いている,中途で終わっていた前回の記事「『老衰』総括」も書き足すことができました。あとの機能は徐々に研究して取り入れていくことにします。
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お断わり

 このブログの運営管理サイトが7月2日を期して大幅なメンテナンス リニューアルを実施した。私が使い始めて14年目になる今日まで無かったことで,それ以前から使っていた人も在ったことだろうが,サイトの事務局に寄せられている多くのコメントを見ると,リニューアルに不満を持つ人も少なくないようで,プロバイダーの変更検討まで含めて,かなりの混乱を生じさせているようだ。利用者のほうで手を加えなければならないことも有り,頭の回転が鈍ってきている私としてはまだ試していないことも多いし,事務局の側で今後さらに修正しなければならない点も出て来そうなので,しばらく成り行きを見ているしかあるまいと思っているのだが,きょうも試しに記事を書いていて,いったん中断したところ,中途半端なままで公開されてしまっていた。そこで,慌てて今断り書きを入れているしだいだ。
 それにしても,今回のリニューアルに関わった担当者は,老人の暮らしに理解が及ばない若い人や,施策の行き届かない今の政治家,官僚と同様,技術的には詳しくても,文章を書くことにさまざまな思い入れやこだわりを持っている利用者の実態が十分に理解できていないようで残念だ。
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「老衰」総括

 体力とそれに伴う気力の衰えについて,このところ同じような「ぼやき」を繰り返し書いている。「ぼやき」も度重なると単なる愚痴に過ぎないことになる。読む人も鬱陶しいことだろうし,自分でも言うのが厭になってくる。このへんで,具体的な情況を総括していったん終わりにしたいと思う。
 要は,暮らして行く上での思いが現実の行動につながらないということだ。頭の中では処理したいことのあれこれを思いながら,行動を起こせないでいるもどかしさが有るのだ。少しでも体を楽にしていたい気持ちが先立ち,朝,目が覚めていても,起き出す気力がなかなか起こらず,朝食を終えて日常の作業に移れるまでに3時間近く掛かる。また,当面気に懸かっているのは,夏と冬と年2回を目途におこなっているガスレンジのフード換気扇と部屋ごとのエアコンの掃除だけれど,近年は高所に上がっての作業が体力的に辛くなってきている。
 体力を衰えさせてはならない,体力を付けなければならない,と思いながら,食べたい物を思いつかない,食べようという気持ちが湧かないので,食事を負担にさえ思う。まして,みずから献立に携わらなければならない立場になれば,その負担はより重く感じることだろう。
 少し読み書きを続けると,すぐ目が疲れて瞼が重くなる。眠っていると,書きたい言葉が次々と湧いて来るのに,目が覚めると,細部が思い出せず,まとまった文章にならない。視力の衰えとともに読み書きすること自体が辛くなりつつある。
 今年も,年に一度の高齢者の健康診査を受けてきたところだが,検査項目に限っては今年はまったく問題が無く,「元気だ」と言われたけれど,前述のような状態は多かれ少なかれ老人に共通していることであろう。横で見ているだけでは解らない「老衰」の現れにちがいない。
 私がブログを綴る気持ちの中には,単なる自己表現欲だけでなく,戦中戦後を生きて,今,高齢者時代に向き合っている人生の先達として,あとから来る世代に,まだ経験の無い高齢者の思いを知っておいてほしいということも有る。もっとも,知らないほうが良いことも有るかもしれないが,やがてそのときが来たときに思い当たることも有るにちがいない。

人同じからず

 「年年歳歳花相似たり」と古来言うように,毎年,多少の違いは有っても,同じように季節は巡って来るけれど,私の齢になると,一年の差が大きく感じられて,「人同じからず」とは私のような老齢の身を言うのではないかと思われる。
 去年の夏は食欲が落ちていて,あとで健診により胆管結石が見つかったので,それが原因だったのかと思ったことだが,今夏は,飲食物が喉を通りにくくて食が進まないことが有る。唾液が飲み込みにくくて咄嗟に言葉が出せない場合も有り,嚥下力が落ちているように感じたので,誤嚥が案じられ,念のために診てもらったところ,内視鏡の検査では咽喉内部に異常はなかったものの,よく噛んで,気を付けて咀嚼するようにと言われた。3か月ごとに受けている前立腺,肝機能の定期検査の結果も順調で,要は,全体的に筋力が老化してきているということのようだ。
 義歯のせいで噛む力が弱まっていて,特に繊維質の食物は咀嚼しにくく,おのずから食欲も低下しがちで,歳が経つごとに老衰が進んでいると痛感する。
 足腰の力も衰え,体を動かす作業には気が進まない。体が使えなければ,せめて想念だけはフルに働かせたいと思うけれど,まだ認知機能の衰えとまでは行かないと思うものの,前向きな「創念」は進めがたい。体を憩めたくてちょっと横になると,すぐ眠くなってくる。晩年の母が,元気に庭仕事をしていると思っていると,いつの間にか横になってテレビを見ながらうとうとしていたのを思い出す。
 近年,テレビや新聞を通して高齢者を対象にした各種のサプリメントの宣伝広告が盛んだけれど,いくら寿命が延びても,老衰に効く薬や治療法が有るとは思えない。私と比べればまだはるかに元気そうな妻でも,最近は,自分の衰えを私の様子と重ねて感じることが有るようで,二人の将来の暮らしを危惧するのか,ときに苛立ちを見せるようになって来ている。
 これから本格的になるであろう猛暑の季節を今年はどう乗り切れるのか,楽な生き方はできないものかと,朝を迎えるたびに思うことだ。

My PC履歴

 ブログを始めてから13年になる。それ以前にホームページを開設した時期から数えると20年を超えることになるから,私のパソコン歴もかなり長くなったものだ。その間の事情について触れている記述が在るので,現在の思いにつながるところも有り,一部再録する。
 「このブログの冒頭の紹介で『日々の主な行動の記録と,言葉を尽くした随想や論考,Photo,Songなどは,ホームページで別に掲載しています』と書いているけれど,これは,ブログを始めた時点での記述で,9年前のことだ。それ以前の文章をホームページに保存しておいたという事情もある。今では,『言葉を尽くした随想や論考を記述することも少なくなり,ささやかな自己表現はブログで間に合う。『Song』はもう長らく作っていないし『Photo』も,もともと写真としての価値が有るものではなく,折々の情報のつもりでブログに掲載するだけにしている。それでも,一昨年(13年)までは,年が改まったところで,前年のブログに記載したものの中から残しておきたいものを選び,内容によってはジャンル別に分けていた従前の形に合わせてホームページのほうに収録していた。(中略)しかし,その手数も煩わしくなり,2013年分からは『日々の思い』として,内容に関わりなく日付順に羅列しただけで終わっている。」(2015年2月「『ブログ紹介』注記」)
 「パソコンを開けると,『ドライブの容量が少なくなっています』という警告が表示されるようになっている。使い続けて10年近く経つパソコンで,私なりに多様なデータを入れているので,(中略)そろそろ限界にきているようだ。OSも4世代ほど前のものなので,バージョンアップするよりは,この際,新しいOSの入っている機種に換える時期ではないかと考え始めている。視力の低下が進む状況の中で(略)機器の限界は,私自身のパソコン利用の限界でもあり,そろそろ諦める機会かもしれないとも思うけれど,私にとって生きている証しの一部のような営為になっているパソコンから離れてしまう決断もまだ付きかねる。」(2016年4月)
 (その後,新しいパソコンを購入して)「目下,私の机上には,新旧2台のパソコンが並んでいる。引越し可能な設定やデータなどは移行し終えた。(略)しかし,前のパソコンで作成した自分のホームページを更新しようとしても,webサイトからのダウンロードが思うようにならない。(作り直した)ホームページのトップページでは,『後半生のまとめとして,(1998年以来)1冊の本を編むような気持ちで,書いてきたことを整理しておきたい』と記しているけれど,これまでに作成したページを見ることはできても,今後も継続して記事を入れて行きたいという思いは叶えられない。(略)また,このブログを書いていく上で,これまではワープロ専用機を使って書いたものを,変換ソフトでパソコンに移してきた。できる限り意に叶う文章にするためには推敲もしたいし,そのためにはやはりワープロ専用機が使いやすく,パソコンに直接入力するのは書き辛いので,私にとっては欠かせないことだったのだが,今のところwindows10に対応した変換ソフトが見つからない。」(2016年5月)
 その後,昨年はキーボードによる文字入力の機能が不調になり,最近になって今度はマウスの操作が思うに任せなくなった。前者はスクリーンキーボードを併用することで,後者は当面マウスを買い
面へのタッチ操作で凌いでいる。視力も指先の感覚も衰えてきているので,作業がスムーズに進まないもどかしさも有るけれど,これまで使うことの無かった機能を新しく経験しているわけで,人生いつになっても新しい経験の連続だと思いつつ,まだ諦めないでいる。

「資産寿命」?

 寒の戻りとやらで冷え込みの厳しい日が有ったかと思うと,5月というのに真夏日になったり,体調が調わず,過ごしにくい日を送っているうちに,庭の樹木や草が急に勢いを増してきた。これまでなら日数を掛けてでも独りで何とか処理をしてきたのだが,脚立に上がって高い枝を伐るのが自分でも危うく感じられるようになり,この齢になると1年の間に老化が進むのも速いと思い知らされる。隣県で暮らす息子が私の身を案じて手配してくれた知人に,体力を要する部分は1日で処理してもらったけれど,雑草引きまでは手が回っていない。
 幼いころ一緒に暮らしたことのある母方の祖母が呟いていた「子を見りゃ荷が重い」(若い人の姿を見ると労力の要る仕事はつい代わってほしくなる)ということわざを思い出した。民俗学者の宮本常一が「家訓の島」と呼んだ所で,老人たちは村に伝わる俚諺を事々に口にしたものだが,まさに子が手を差し伸べてくれた途端,すっかり気力を失い,「万事お任せ」したくなっている。
 雑草と言えば,ちょっと手を抜いているとすぐ伸びてくる不精髭と同様だ。体力が衰えると気力にまで影響して,電気シェーバーを使う髭剃りでさえ最近は億劫になり,古くなったシェーバーでは,伸びるとますます手が掛かる。
 「平均寿命」の延びた時代だが,人によって「健康寿命」には限りが有るし,最近は「資産寿命」という言葉も生まれているようだ。人生100年時代に向けて,平均寿命が延びる一方,年金支給額の維持が難しくなり,政府は,老後の生活費について,「資産寿命」を延ばすよう,国民の「自助」を呼び掛けるという。
 政府は「生涯現役社会の実現」に向けて認知症の予防促進目標を掲げるなど,対策を強化する考えのようだが,その一方で,5月17日の厚生労働省の発表によると,働く高齢者の増加に伴い労働災害が増えているという。加齢とともに,視力や聴力,バランス保持能力等の身体能力が低下していくことに因るもので,「生涯現役」の当然の結果と言えよう。「労災」に限らず日常の暮らしの中でも事故は増えるに違いない。
 齢を取っても元気なうちは働けと言われてもそう簡単ではない。老いてこの先「資産寿命」を今さらどうやって延ばすことができるのか,その対策は政府自体が考えなければならないことだろう。長生きをめでたいことのように言いながら,社会の現実は高齢者の生活へのしわ寄せが多くなるばかりではないか。高齢者は長生きだけを願っているわけではない。「姥捨て山」の時代ならずとも,何事も自力で叶わなくなれば,老いの苦しみに耐え周囲に迷惑を及ぼしてまで無為に生きていたいとは思わない。高齢者が安心して生きられるよう,政策として高齢者援護をさらに強化できないのであれば,むしろ,「高齢者自死援助法」でも制定してほしいところだ。
 間もなく本格的な梅雨期に入る。夏に向かって生きる辛さも増すことだろう。去年は越せたことであっても,今年はどうか,分からないことだ。

楕円の世界

 「(二十四歳で武田泰淳氏の『司馬遷』を読んだとき)わたしの世界は、わたしの価値観とはまったく無縁な価値観を持つ<他者>がもう一つの<中心>を支配するところの、楕円形となっていることを知った」。後藤明生(1932.4..4~99.8.2・作家)が書いている『円と楕円の世界』(「文芸」1971年2月)の一節を思う。
 後藤氏の文章をもう少し詳しく引用すると,「喜劇は、ドン・キホーテと風車との<関係>であって、なぜならば風車は、べつにドン・キホーテの突進を受けるためにそこに存在していたわけではないからである。作者の目はまさしくその<関係>に集められているのであり、それはドン・キホーテと風車とを対等に見る目だ。上下はもちろん、どちらが美でも醜でもない。しかもその両者は、異なった二つの世界に属するものではなく、同時に一つの世界に存在する二つの中心である以上、もはやそこに描かれる世界の形は、唯一つの中心によって決定される<円>ではあり得ない。いうまでもなく喜劇的に変形された<楕円>形の世界であって、同時にそして対等に存在する二つの中心は、互いに価値観を異にしつつ実在している、客観的<他者>にほかならない」。
 後藤氏が言うのは文学に関する問題だが,このことは,現実の社会においても,他人のみならず,夫婦の間であろうと,親子の間でも,全ての<他者>との人間関係について言えることではないかと感じるのだ。人は本来,自己中心的な存在で,「対等に存在する二つの中心は、互いに価値観を異にしつつ実在している」。そして,その価値観の相違は,齢が加わるとともに,自己主張が強くなるに伴って顕著になるものだ。そのとき,文学の世界とは異なる現実の社会では,自分だけを中心とした円に固執するのでなく,二つの中心とそれを囲む円周との距離の差によって造られる楕円の形状をどうするかを問題にしなければなるまい。しかし,近年の私の場合,そのことが解っていながら,自己中心の円に囲まれていることが多くなってきている。

自家乗用車運転の怖さ

 乗用車の過失運転による致死傷事故が後を絶たない。犯罪行為と言えるような場合も有るけれど,認知機能の衰えた高齢者が起こす事故が増えているようだし,被害者にしてみれば防ぎようの無い事例が少なくないのは酷いことだ。
 今月8日朝に起きた,保育士に守られて散歩していた保育園児が巻き込まれた滋賀県・大津市の事故などは,親の気持ちを思えばたまらないことだし,関係者の受けた衝撃も想像を絶するものだろう。
 今回の場合,事故を起こしたのが高齢者だというわけでもない。高齢者や持病の有る人であれば,事前の検査や治療も必要だろうし,運転を控えることもできようが,誰でも,いつどこででも起こす可能性の有る,注意力の不足と咄嗟の判断力,反応に欠けていた結果だと思われる。そういう自律性に欠ける人は,年齢に関係無くどこにでもいることだろうし,日常の暮らしの中で病的な因子を発見して防ぐことは,ほとんど不可能だ。
 事故で死亡した園児やその家族だけでなく,他の園児や保育士が受けた心的な傷も大きいはずだし,この先,自動車に対する恐怖心として深く残ることだろう。
 既に50年ほど前のことになるけれど,職場の仲間との宴会の帰りに乗ったタクシーが脇道から出てきた自動車に追突されて,救急車で運ばれたことが有った。当時はまだ耳慣れなかった「むち打ち症」で、かなり長い期間病院に通って「首吊り」治療(頚骨牽引)を受け,「首輪(コルセット)」を嵌められて過ごしたことが有る。同乗していたのは同じ方角に帰る3人だったが,3人揃ってそのころは珍しかった首輪をして職場に出ていた姿は異様に見えたことだろう。私は,過去も,現在に至るまでも,車の運転はしないのだが,その事故ののち何年もの間,タクシーだけでなくバスや知人の乗用車にも乗るのが怖く,今で言う「トラウマ」に悩まされて不便な思いをしたことが有る。
 今回の大津市の事故でも,幸いにして無事で済んだ人であっても,トラウマは長く残るのではないかと案じられる。まして,車を運転していて事故を起こした中高年?の女性は二人とも日用品の買い物の帰りだったというけれど,幼い無辜の生命を奪った加害者としてのトラウマを生涯背負って生きて行かなければならないのではなかろうか。思えば怖いことだ。

改元の賑わい?

 「平成」の時代が終わり「令和」と改元される。去年8月のブログ(「最後の夏」)でも書いたことだが,何事にも「平成最後の」という枕詞が付けられてうんざりさせられることが多かったけれど,今度は「令和最初の」という言葉を繰り返し聞かされることになるのだろうか。
 先のブログにも書いたように,私個人の気持ちとしては,戦中・戦後の記憶につながる「昭和」は特別だとして,今の元号にはそれほど深い思い入れは無いのだが,私にとって「平成」は,全ての社会的な仕事から退いて,体力的にも経済力でも高齢化が進む時期だった。その間に母と弟は先に世を去り,昔の暮らしに関わる共通の話題を語り合える相手もいなくなってしまった。そして,私の人生で三代目の元号になる「令和」の時代が,より高齢化する私の暮らしの上で今より良い時代になるとは思えないし,いよいよ西暦に統一して数えたほうが分かりやすくなるように感じる。
 改元に当たって設けられた大型連休もうれしいことではない。連休初日4月27日付の「朝日新聞」(beページ)に掲載されていた「10連休はうれしい?」という設問に対する読者アンケートによると,「うれしくない」が,「全然うれしくない=32%,あまりうれしくない=35%」と合わせて3分の2を超える結果だった。
 「労働者の4割が非正規雇用者で、7人に1人が貧困層という今の日本で、10連休をフルに楽しめるのは恵まれた人たちだけでは?」主婦(59),「10連休を享受できるのは、学生と、ほとんどの公務員と、半分くらいの企業人では? サービス業の人々には『ふだんより激務の10日間』だ。そんな連休を作っておいて、何が働き方改革なのか」パート勤務の女性(44),「非正規雇用者を殺す気か」パート勤務の女性(50),「取引先が10連休を取ると、月収が3分の1減る。こちらは節約倹約の10日間だ」業務請負の女性(58),「10連休は迷惑以外の何物でもない。休みを増やせば消費が増えると思うのは、食うに困らない政治家や役人の浅知恵だ」時給制で働く女性(54),等々の回答が並んでいる。回答数の分母は不明だが,私と共通する思いの人が少なくないことだけは確かだと言えそうだ。
 一方では,多くの旅行者による混雑ぶりが大きく報道されているけれど,健康や経済力に恵まれている人と,暮らしに困窮している階層との格差は広がるばかりのように思われる。休めば市民生活に及ぼす影響の大きい職業に携わっている人の数も多いはずだし,人手不足が社会問題になっている業種も有り,そういう実態をどれだけ考えた政策なのか疑われる。
 いろいろ論じられている新しい元号の意味の適否は判らないか,元号で世の中が良くなるとは思えないし,悦に入っているのは,安倍首相をはじめとする限られた人たちだけのように感じられてならない。

生き延びるということ

 パソコンの操作が覚束なくなってきた。新聞の字が読み取りにくくなった。認知障害が遂に顕著になってきたか,と思っていて目が覚めた。どこまでが現実の思いで,どこからが夢の中のことなのか定かでないけれど,現実に老化が進んできているのは確かなことで,足腰に力が入らなかったり,一日の疲れが出る夕食時になると食事が喉を通りづらくなったりするのは,日々感じていることだ。転倒を防ぐ注意は常に心掛けていることだが,生きているのがだんだん辛く感じられてきて,朝起きるときなど,もうこのままで楽になりたいと希う気持ちになるときもしばしば有るけれど,自分だけが楽になるのは許されないことだろう。
 近隣の人に出会って「お元気ですか」と声を掛けられると,「まあ齢相応に」と答えることにしているものの,「齢相応」とはどういう状態を言うのか,人それぞれでかなり違いが有ることだろう。
 結婚してからのちは,炊事洗濯などの家事は妻に任せきりで頼ってきたけれど,妻にしても,今の年齢になれば,毎日の負担は決して軽くはないことだろうと思われる。しかし,核家族化が一般的になっている現代では,近隣の世帯を見ても,高齢の夫婦二人という家族構成は珍しくないことだ。私の若かった頃を振り返ってみても,働き盛りのころは,老いた母の面倒を見る余裕はなかなか無く,独り離れて暮らす母の生活を思い遣ることも少なかったと,今にして思うが,それでも,亡母がわが家に来て隠居の暮らしをするようになったのは,今の私より15歳以上は若いときだったから,息子たちに面倒を見てもらうわけにはいきそうにないわが家の現状からすれば,まだ良いほうだったと思われる。
 高齢化社会と言われる今の時代,政治の力は,フツーの高齢者の暮らしの現実にまでは遠く行き届かず,老いても安心して生活できる社会の有り様ではない。この先さらに厳しい現実に直面することも多々予測されるから、長生きしたいとは思わぬが,命の有る限り,老夫婦で出来る限り助け合い,何とか生き延びていかなければならないことだろう。

繰り返される事

 またまた,内閣の副大臣が軽率な発言の責任を取って辞任した(4月5日)。このブログで取り上げた現与党政治家の「失言」だけを検索してみても,昨年2月掲載の『建前と本音』( https://shog.at.webry.info/201802/article_1.html )を直近として10件近く出てくる。「失言」と言えば軽い印象だが,いつも思うのは,根底に在る独善的な意識が不用意に現れたにほかならないということだ。「暴言」「妄言」と言うべきものも多く,もはや,その都度言及するのは我ながらうんざりするので,安倍政権の姿勢に関することでぼやくのは止めたいと思い始めている。しかし,いかに絶望的な情況であっても,諦めてしまえばおしまいだから,当たらないのを承知のうえで宝くじを買い続けるようなものだけれど,選挙となれば棄権するわけにはいかない。
 同様に,最近は,社会的な問題に限らず,言いたいことが有っても,前にも取り上げたことが有るような気がして探してみると,このブログだけでなく,ずっと前のホームページで書いていたのを見つけることも少なくない。同じことを何度も言うのは,まさに「老いの繰り言」でしかないと思うものの,社会的に見れば,「繰り事」とも言える「事」も有る。そんなことが繰り返されると,身辺の諸事も含めて,世の中と人の現状に絶望的な気持ちになることが多く,「ボヤキ」というよりも,ブログそのものを続ける意欲を失いがちだ。しかし,うんざりしながらでも生きていなければならず,生きていればせめて,読んでくださっているかたへの「近況報告」だけでも綴るしかないと思っている。

老いを悲しむ

 5月には行きつけの理髪店の店主の十七回忌を迎える。休日の趣味にしていた写真撮影に出掛けていて脳梗塞に因り急死したのだが,告別の日,突然取り残された夫人が棺にすがって慟哭していた姿を思い浮かべる。その後,夫人が店を継ぎ,二人の子息はそれぞれ独立していたので,70歳を越えて今も独りで頑張っている。私も40年来の馴染みなので変わらぬ客として通っているけれど,同様に残っていた高齢の固定客も一人二人と減って行き,細々ながら店は続けているものの,独り暮らしの寂しさを思いやった子息たちが連れてきた一頭の犬を気持ちの支えにして暮らしていたようだが,その愛犬も昨秋先立ってしまい,そろそろ「オカアチャン」も心身の衰えが見えてきて、店を閉めることも考え始めているようだが,今はまだ子息たちの厄介になるのも気が進まず,かといって独りで仕事の無い生活では衰えがさらに進む惧れも考えてしまうと言う。
 昔から床屋が町内の情報を語り合う場としてよく言われるけれど,店を開けている限りは,通ってくる古い客との会話も有り,私のようにこちらから話し掛けることは少ない者にも,それらの馴染み客の話の内容をいろいろ聞かせてくれるが,それも老人の愚痴がもっぱら多くなってきているようだ。
 認知症の進行が目立ちつつある老妻を介護する苦労を語る人が何人も在り,既に連れ合いを喪った人の家をときに見舞うと,室内は乱れ,仏壇には花も供物も無い寂しい暮らしの様子が感じられるし,顔剃りに来る女性の中には,やがて自分が入ることになる墓について,先立った夫の身内の墓に入るのは気が進まないというような気持ちを語る人も在るという。核家族化が進む時代に,老いて独り暮らしの境遇に置かれている人も少なくないと思われる。
 そんな客の姿を見聞きするにつけても,亡夫の墓参も意のままにならなくなってきた自分の行く末が心細く思われて,夫と犬の遺影に語り掛けながら眠れない夜を過ごすことも有る思いを聞いてくれる相手が欲しいようで,最近は,散髪が終わっても代金だけ支払って帰るわけにいかず,暫くは話の聞き役を果たさなければならない時間がしだいに長くなってきた。
 それも他人事であれば,慰めや励ましの言葉も掛けられるけれど,いつ我が身の上になるか分からないことだ。

夢物語

  古い昔がふと偲ばれる/夏の祭りが近づく頃は/
  遠い古里/麓の水車/風に流れる遠囃子/
  「のぞきからくり」お七の恋を/二人覗いた宵宮の夜が/
  永い別れになった人
                   (2013.07.23「蘇る十代」より)
 この歌詞(のようなもの)は,まだ十代のころの作で,口ずさんでいたメロディは今でも覚えている。「麓の水車」も「のぞきからくり」も実体験には無かったことで,インターネットも,テレビさえ無かった時代に,「のぞきからくり」など,いつどこで知ったのだろうか。誰かに尋ねようと思っても,もしかして覚えが有るかもしれない母も弟も既に亡くなっているので聞くすべも無い。あるいは,夢の中でむかし見た記憶かもしれないと思うのみだ。
 私は,過去に携わった職業に関わることのほかは,現実の人物や事柄の記憶を夢に見ることは今でも少ない。それは最も縁の深い肉親であっても例外でなく,そういう記憶は,夢に見るより前に文章化して,思い出として完結させているからなのだろうか。夢で見るのは,物語的な架空の人物が登場するストーリーであることがほとんどだ。
 ほぼ同じ年代のころ,歌謡曲と意識して創った曲も有る。
 1.風の便りに聞いたこと/あの娘はこの春,嫁に行った/
   幼馴染のあのお下げ髪/淡い想いの初恋心/
   なぜか今さら胸にしみじみ浮かぶよ
 2.梅の花散る川の土手/白い花びら流れてた/
   瞳そらして交わした写真/涙ぐんでた別れのあの日/
   今も瞼の底に哀しく残るよ
 3.指折り数えりゃ五年前/あの娘も今年でもう二十歳/
   ぐるり廻った峠の道を/越えて行ったろ花嫁衣装/
   瞼を閉じればあの日のままの幼顔
 これもまた,現実の体験とはつながりの無い世界の物語だし,今となれば,夢にさえ見ないことだ。この齢になるまでには,戦後の辛い体験も厭な思いもずいぶん重ねて来ているけれど,それを夢に見ることは無い。夢そのものを見ることの少なくなった今でも,たまに見るのは懐かしいことか楽しいことで,目覚めてからもう一度見直したくなるような「夢物語」が多いのは,悪い記憶は引きずらず,何事も前向きに捉えようと気持ちをコントロールしているからだろうか。
 ちなみに,昨夜たまたま見た夢は,どこかの観光地で土産物店を営む家族と触れ合っている旅行者の姿だった。これは,最近の体調の衰えのために満たされていない旅へのひそかな願望から生まれたドラマだったのだろうか。

老いの願望

 「人間はなぜ死ぬのでしょう」「千年も万年も生きたいわ」と嘆いたのは徳富蘆花『不如帰』の中の片岡浪子だけれど,明治の悲劇のヒロインではない私は,「人生100年」と言われる現代でも,百歳まで生きたいとは思わない。逆に,高齢者の貧困が問題になっている今の世の中で,すでに人生を終えていても不思議でない年齢に達して,「安楽死」「自然死」を願いつつ,「人間はなぜ死ねないのでしょう」という思いのほうが強くなっている。今のところまだ「健康寿命」だけは保っていると思うものの,無為の暮らしで老いてなお生きる意味はどこに有るのだろうかと考える。
 この先も生きていくための条件は,今の暮らしの中で私が持っている願望だけで,それが家族の役に立つとは思えない。家族にしても私の死を願っているわけでは無かろうが,私と家族との願望は分けて考えてみる必要が有るのではないかと思う。
 そこで,私の願望を整理してみるとしよう。
 まず,生きて行く上で,「食」は欠かせない。そのためには食材を購入し調理しなければならない。食材の入手手段は,近隣の店舗か通信販売に依ることになろう。調理は自宅で熱源,水源を利用できることが必要だ。これらに関しては,今のところまだ妻に頼ることができているが,この先どうなるか予測は不可能だ。
 次いで,健康を維持して行くためには「医」に頼らなければならない。ここ数年の間に次々と既往症を重ねた私の場合,引き続き定期的な検診や治療を受けに出向く必要が有る。また,その他にも,日常生活を送る上で行政・金融機関等に行かねばならないことも多々有る。近隣の店舗に行く場合も同様だが,暮らしの中での自力による外出は,交通機関を利用する時間も含めて,最近では体力的に2時間が限界だと感じられる。この点では,週に2回程度,音楽関係の趣味の集まりに出掛けて行くことを気持ちの張りにしている妻の場合も,同じではなかろうか。
 体力面では,家屋や庭の清掃,手入れなどの作業もそろそろ限界を感じるようになってきている。といって,現在の家で暮らすからには,経済上の事情も有り,誰かに頼るわけにはいかない。全てを子の世話にならなければならない時がいずれは来るのだろうと思うけれど,自我を放棄してただ生きているだけという暮らしをする気にはまだなれそうにない。
 今の私が自我を保つ手段は,メディアを通じて社会とつながり,インターネットで日々の思いを発信して行くことで,それが唯一の「生きている証し」かもしれないと思うので,命の有る限りは,それまでを失ってしまうことには耐えられないし,インターネットは,光熱費等の確認や支払いの面でも今や必須のものになっている。
 いっそ適当な時機に自然に生が途絶えるのが最もありがたいことだと思うのだが,それまでに,老いた親の面倒を看なければならない子の負担を考えると,介護を初め,どれだけ手が掛かるかと案じてしまう。そこで「人間はなぜ(思うままに)死ねないのでしょう」という命題に直面するのだ。
 死んでしまえば,事は簡単かもしれない。この場で言いおくことではないけれど,あとは公共料金の名義変更の手続き等が有るだけで,物品等については,家族として残しておく意味の無い物は,処理の全てを業者に一任する,葬儀,死後の供養,いま在る墓所,仏壇などは,遺った者の考え方に任せれば良い,と思っている。私としては,それまでの生きている間に,前述したような願望がどれだけ叶えられるかということが問題なのだ。

ボケ十戒

 たまに所用で出向いた先で,店員や窓口職員の滑舌の悪い話し方に苛ついて,つい荒っぽい言い方で何度も聞き返すことが有る。かつては常に相手の情況を推察して,言いたいことを聞き取るよう心掛け,それが出来ていたはずなのに,最近は,聴力の衰えたせいも有ろうが,自分の気持ちがコントロール出来ていない。逆に先方からすれば,私のことが「ボケ老人」に見えているかもしれない。
  ヒトとワレ比べ居直るボケも在り
  わがボケを庇い 他人のボケ攻める
  自己主張 自省無ければ ボケただけ
  わがボケに気づき 苛立ちまた募り
 ボケは老人に限らない。物忘れや思い込み,思い違いは,老化現象としてもよく有ることだが,近年は政界を見ても,ボケが大手を振って歩いている。官僚もそれに従う。
  悪夢消え 居座り続け ボケ進み
  政界を ボケ繰り返し 泳ぎ抜く
  黒海は ボケていないと 越えられぬ
 勢いで思いつくままにあと3句。
  気まぐれも 自覚無ければ ただのボケ
  行き先の分からぬボケを持て余し
  言うまいと 思っているのに 言うもボケ?