秋をとばして冬

 10月も半ばを過ぎて,涼しくなったかと思うと暑さが戻ったりして気候の定まらない日が続くけれど,横になって体を憩めていると,ようやく少し涼しくなった今こそ家の内外の雑用で果たさなければならないことがいろいろと頭に浮かぶ。寝ているときは体も動きそうな気がして,明日はし遂げようと段取りを考えることも少なくないのだが,いざとなると体が重く,足腰が思うように動かない。
 すぐふらついてくるので,徒長した庭木の刈り込みなど脚立を使う作業は特に用心しながら時間を掛けなければならないけれど,それでも,休み休み1本の木に何日も掛けて,少しずつ片付けているところだ。
 今年は市の支援サービスを利用しようかとも考えたけれど,介護保険を使うにしても費用の一部は自己負担をしなければならないし,比較的安い費用で済むシルバーセンターに頼んでも申し込んでからの時日が掛かる。やむをえず今年も自力で何とかするつもりで取り組んでいると,今度は急に寒くなってきた。
 ところでその間に,安倍首相を継いで1か月が経った菅首相に対する「学問が無い」という発言が学歴差別だと問題になっているけれど,「学問」と,いわゆる「学歴」とは違うと思う。たとえ有名大学を出たという「学歴」は無くても,考え方の根底に「哲学」が有ればそれが実質上の「学問」だ。農業や漁業一筋に生きてきた人々にも仕事の上での「哲学」は有る。その実学が大学での「農学部」や「水産学部」で体系化され学問として実っているものも有るし,どんな仕事に従事していてもその人としての人生上の「哲学」を持っている人は優れた業績を残している。聡明な主婦にはそれぞれの家政学が有る。菅首相に欠けているとされるのはその「哲学」なのだ。安倍政権を継承すると言うけれど,継続しているのは長期政権の弊害である独善性や権力的な姿勢を無批判に引き継ぐだけの継承で,菅氏ならではの「哲学」はどこにも感じられないから,国民は新政権への期待を裏切られた思いを強くするばかりなのだ。
 世は万事デジタル化の時代だが,それが利便のみを追求して,高齢者への配慮が疎かになり,文章にすることでこそ育つ思考の衰退を招いているように思われる。アンケートの結果やパーセンテージを重視して個人の思いを軽視する社会は生きにくさが増すばかりで,「哲学」の無い学術軽視は政治や行政の衰退をもたらすのみだろう。夏から一気に冬へ飛んで行こうとしている感の今年の気候は,まるで現代の社会を象徴しているようだ。

もどかしい

 視力や聴力の衰えを感じ始めたのはいつごろのことだったか,そのことを知った知人がメールの字体を拡大して送ってきてくれた。その心遣いはありがたかったけれど,メールの場合は,こちらで拡大して読むことができるので,その旨書き送った。眼を患っているわけではないのでパソコンで読むのは比較的楽だし,読みにくければツールで字体を大きくしたりルーペで確かめることもできる。しかし,新聞や図書の細かい文字をルーペで読み取るのは,少し長い文章になるともどかしい。
 聴力のほうは,相手の話し方によって聞き辛さに差が生じる。特にコロナ禍による感染を防ぐためにマスクを着用するようになって,聞き辛さの甚だしい人も少なくない。発音や調音の拙い人だと,よく聞き取れない場合が有るし,役所や商店でも,そういう人に対しては何度も聞き直さなければならない。そういうことは自治会の会合でも有るけれど,私の状況を察して親切な人が傍にいて通訳してくれる。
 テレビでもアナウンサーや俳優によっては発声の巧拙が明らかになり,テレビを観るために補聴器を購入する気にもなれないので,こればかりはどうしようもないと諦めている。
 NHKの大相撲の実況放送で登場することの多い大坂敏久というアナウンサーがいて,かなりベテランの人だと思うのだが,詠嘆的な内容になると気持ちが入り過ぎて,意識的なことだと思うけれど文末の発声が弱まり,かえって聞き取り辛くなる。解説者が北の富士勝昭さんだと,高齢(78歳)のためにときに歯切れの悪い話し方をすることが有り,この二人がコンビになったときは,もどかしい思いをさせられることが少なくない。
 それもこれも私の加齢によるもので,諦めなければならないことが増えていくばかりだ。
 昔の年寄りは「お迎えを待つ」ということを言ったものだ。ほど良い時機に「お迎え」が来たようだが,現代は何事でもほど良いということが無いのがもどかしい。過日も市の高齢者対象の介護認定係の担当者に来てもらったところだけれど,幸か不幸か,私で「要支援1」,妻は「非該当」という結果だった。まだ当分は自助努力をしていかなければならないようだ。
https://www.uta-net.com/movie/13893/

気になる表現

 20年前と比べて「国語が乱れている」と感じる人が減り,「乱れていない」と感じる人は増えている,という2019年度の「国語に関する世論調査」の結果が文化庁から発表された(9月25日)。「文化庁は1995年度から毎年、調査を実施。この質問は99年度調査から5度聞いており、『乱れている』(66.1%)は99年度から約20ポイント減り、『乱れていない』(30.2%)も約20ポイント増えた。同庁国語課は『スマートフォンやSNSの普及で人々が文章を発信する機会が増え、多様な表現に触れやすくなった。辞書などで本来の意味とされるものと違うと思っても寛容に受け止める人が増えつつあるのでは』とみる。」(9月26日付「朝日新聞・朝刊」)
 上記の記事では,識者の意見として,「私たちはメールやLINEなどで素人が書いた口語に近い文章をかつてないほど大量に読んでいる。」「『意味がわかればいいよね』と日本語に期待する要求水準が下がり、寛容というより雑になった」(小田嶋隆=コラムニスト),「こうあるべきだという意識が社会全体で6ゆらいでいることも影響したのでは」(田中ゆかり=日本大学教授・社会言語学)ということばも紹介されている。
 私も,「なるほど」「納得」「同感」という感想を持つ。ネットで見るブログやツイッターでも,親密な相手を想定した文章では,言わば「ナカマことば」が増えていて,「わかればいい」という気持ちを強く感じ,絵文字の乱用には食傷気味でうんざりする面も有るけれど,仲間同士で通じ合えばそれで良かろうとも思う。
 しかし,個人的な文章ではいちいち気にすることは無いと思うものの,近年の新聞記事やテレビでの言葉遣いで気に懸かることは少なくない。コロナウイルスの感染者が世界的に広がっていることを報じた4月6日の記事(「朝日新聞・朝刊」)で,「今も豪州にいる人たちの心も日々、揺れている。」(『豪州 ワーホリなのに働けず』)という表現を見たときの違和感もその一つだ。「今も」は「いる」の修飾語,「心も」は「揺れている」の主語で,文法上の誤用は無いのだけれど,「も」の重複が気になった。同じ語が一つの文中の近い位置で重ねて使われていると,文章表現上いささか無神経な気がする。同じ時期,テレビでは「花が美しいです」「花見客が多いです」という表現が連発されていた。「です」は断定の助動詞「だ」の丁寧体だと思うのだが,推量の形で「だろう」を「でしょう」と言うことのほかは,「美しいだ」「多いだ」とは方言でなければ言わないだろう。
 もう一つ,電話番号の「0」を「レイ」と読むか「ゼロ」と読むかという疑問を長年持っている。NHKでは「レイ」と読んでいるけれど,他の局ではほとんどが「ゼロ」と読むようだ。近年はフリーダイヤルの番号で耳にすることが特に多いわけだが,数字の読み方を日本語で統一するのならば「レイ・イチ・ニ・レイ」とすべきではなかろうか。点数を言うときは「ゼロ点」ではなく「レイ点」だ。
 そこで思い出したのは「零式艦上戦闘機」を「ゼロ戦」と呼ぶことで,国粋時代に大日本帝国がなぜ英語読みをしたのか調べてみると,皇紀2600年(1940年)に採用されたことで当時の命名法に従い「零式」と名付けたのを,1944年になって,航空兵たちが「ゼロセン」と呼ぶのに倣って一般化したもののようだ。
 今,「航空兵たち」と書いたけれど,「たち(達)」は本来,複数の相手に対する敬意をこめた表現で,自分側を言うときは謙譲体の「ども」を使ったはずだ。それが単なる丁寧語として抵抗なく使われるようになったもので,今の時代にそこまでこだわるつもりは無いけれど,こだわりはじめるといろいろ気になってくるのは,老人の証だと言えよう。

暮らしの影響

 皇族は,いわゆる「猫舌」が多いと聞いたことがある。思うに,幼少のころから口腔や喉を刺激する熱いものを避けて,食事はよく冷ましてからゆっくりと味わって食べる習慣が付いていたのではなかろうか。それと対照的に,太閤秀吉は辛い食べ物を好んだという。私の祖母は,辛いものが好きな人のことを「あの人は太閤さんじゃけん」と言っていた。秀吉は貧しい農家に育ち,食菜の質や味よりも満腹感を味わえることを優先した食生活をしていたことと思われる。それで連想するのは,京都人は薄味を好むということだ。祇園の料理が象徴するように,京都人には食材そのものの味わいを楽しむ習慣が有るのだろう。茶漬けや汁かけ御飯などを好むという人は,反対に,食事はできるだけ短時間で済ませようとする仕事上の理由などによる環境に関係が有るのかもしれない。
 私はもちろん皇族でも貴族でもないし,むしろ戦中戦後の成長期は農漁村の貧しい食生活の中で暮らしたけれど,近年は加齢に伴って刺激物を避けるようになり,食事に掛かる時間も長くなっている。刺激物を避けるのは,喉が刺激に弱くなっているからだし,歯と歯茎の噛む力が弱まって,咀嚼力も衰えてきたせいである。
 喫煙が肺だけでなく喉にも悪影響が有ると感じて,いったんは禁煙を志したけれど,喫まずにいると頭がぼんやりして特に朝などは脳がなかなか働かない。インターネットを使った作業がはかどらないときが有るし,文章を書いていて考えがまとまらないことも有る。そういうとき,ちょっと煙草を喫うと脳が働きやすくなるのは,長年の喫煙習慣が一種の依存症状態になっているのかとも思う。今の私の場合,「老人性うつ」状態の緩和にも役立っているようだ。
 最近,インターネット上のトラブルが多く,社会生活に障害をもたらす事態が増えているけれど,これも現代の文明に狎れたことによる弊害であるようにも思う。今年の国勢調査ではネットでの回答を推奨する動きが盛んだが,これもスムーズに実現するのか懸念される。政府は上から目線で安易にネット申告やマイカード利用を広げようとしているけれど,国民生活の実態を本当に理解しているのか気に懸かることだ。

現代版「六無斎」

 世は「四連休」とか「Go To Travel」とかの取り沙汰で賑やかだけれど,どこかに出掛けたいという気力も体力も無い私としては,家でのんびりしているだけしかない。こんなとき,「六無斎」と名乗り「金も無ければ死にたくも無し」とぼやいた,「海国兵団」(1786)の著者として知られる林子平(1738~1793)を思い出すのだが,気持ちをそそられることが無いのは淋しいことだ。
 視力の低下で読書する気も起こらないし,つまらない番組しか無いテレビを観たいとも思わない。何か書こうとしても最近は,ボヤキを通り越して愚痴ばかりになってしまう。食べたい物とて無く食欲も出ない。
 「敬老の日」にちなんだ報道で,「総人口に占める高齢者の割合(高齢化率)は28.7%で、過去最高を更新した」とあったけれど,統計上の「高齢者」は65歳以上で,政府は高齢者も働くことを奨励していて,現代ではむしろ,齢を取っても働かざるをえない人のほうが多いと思われる。しかしそれも,とっくに80歳を超えた私のようなフツーの高齢者には望めないことだ。
 気持ちの通い合う話し相手が欲しいと思うものの,それも身近には無い。老人性のウツを感じるばかりで,まさに現代の「六無斎」状態だ。明日は,隣県で暮らす次男が車で墓参りに連れて行ってくれるというから,久しぶりの外出を楽しみにしているのだが,さて・・・。

老いる苛立ち

 過日、長年使ってきた1998年製のワープロで打ってフロッピーに保存していた文書を開こうとしたところ,開けない事態が起こったことを記した(8月2日「ねばならない」)。機械が古くなるとそのようなトラブルが生じることが有る。ワープロに続いて,キッチンの壁に掛けてあった電波時計が動かなくなり,電話機の通話が子機に届かなくなるということも起こった。Wi-Fiルーターの機能にも衰えを感じる。いずれもかなり古い製品なので,この際思い切って買い替えることにした。ついでにOSのサービス期間が切れたまま放置してあったパソコンをメーカーに引き取ってもらい,部屋の隅に積んだきりだった古いプリンターや電話機も廃棄して,久しぶりに部屋にいささかの余裕ができたところだ。
 機器だけでなく,使う私のほうもかなり老化が進んでいると感じることが最近増えてきている。高齢化による衰えは,言わば障害者と共通する不自由な状況だと言えよう。視力が衰えて細かい字の読み書きが困難になり,聴力の衰えでテレビの音声が聞き取りにくい。高い所に上がらねばならない作業は危なっかしいし,低い所に屈むのも負担を伴う。身体的障害の面も増えれば知的障害と言えそうな事態も起こる。障害者の援助は何年も勤めてきた経験が有り,「障害は個性だ」と言われるように,恥じることは何も無いと思っているけれど,これまで自分で可能だったことができなくなると,焦りや苛立ちが募るときが有る。
 床に落ちている小さな塵埃は目に入らないから自分では気に懸からないで済むのだが,掃除機を動かすのは疲れるし,暮らしの中で出る雑物の廃棄や老朽化した家屋のメンテナンスとなると,なかなか実行に至らない。知的な面では分別,整理整頓が怠りがちになる。
 そろそろ他者の支援,介護に頼らねばならないことも有ると思いつつ,かつて自力で可能だったレベルを求める気持ちが残っていると,他者に要求するレベルも高くなり,満足する域にはなかなか達しない。自分が当面している事態は自覚しているにもかかわらず,他者にそれを指摘されたくないという気持ちも残っている。気持ち良く老いるというのは難しいことだと痛感する日々である。

戦争を知らない

 戦後75年の8月を迎えて,新聞やテレビでは今年も「戦争を語り継ぐ」企画が相次いでいる。もう十数年も前のことになるけれど,戦争体験の話を聞きたいと近所の小学生に頼まれて話をしたことが有る。夏休みに学校から出された課題だったのだろう。私も,戦死した父をはじめ戦火で肉親を喪い,自分も低空飛行をしてきた敵の艦載機に学校の窓から銃撃された経験も有ったが,田舎での疎開暮らしをしていて,都会のような大空襲は免れたので,戦争体験と言ってもそれほど悲惨なものではなく,小学生にどれほど伝えられたか,もう大学を卒業した年齢になっている当時の小学生に一度尋ねてみたいと思う。
 戦後75年が経った今,私自身も平和と自由のすばらしさの印象を忘れつつあり,戦後生まれがほとんどを占める今の人たちに戦中戦後の体験を改めて語ろうとしても,老人の昔話にしかならないのではないかという気がするし,今の社会では,抽象的な観念の世界の域で終わってしまうのかもしれない。それよりも,今年の夏は,新型コロナウイルスの影響のほうが社会でも学校でも大きな関心事になっている。また,老人としては,近年極端に進行した文明の変化のほうが暮らしの上で大きな問題だと感じることも多い。政治や企業経営に携わっている人たちでも,戦争と平和の問題に真剣に取り組んでいるのは僅かな人でしかないと思わせられる。
https://www.uta-net.com/movie/128799/
https://shog.at.webry.info/201708/article_2.html

生きる苦痛

 加山雄三さんが食事中に水の誤嚥で嘔吐症状を起こし救急搬送されたという報道を聞いた。元気で活動されているようでも,80歳を超えればやはりそういうことが起こる可能性が有るのだと知る。私も,近年飲食物が飲み込みにくくなって,水やお茶でさえ一気に飲むのは危ないと感じるときが有るので,噛みしめるように少しずつ時間を掛けて飲むようにしている。唾液でもすぐには喉を通りにくく,咄嗟に喋ろうとしても,口の中に溜まって飲み込むのに時間が掛かる。
 小池真理子さんが今年1月に亡くなった夫の藤田宜永さんのことで書いていた。
 「息を引き取る三日前。(テレビで)たまたまステーキの映像が流れたのを観て、『肉が食いたいな』とつぶやいた。ステーキがいい、と言う。/食欲がない、ということがなかった男なのに、そのころはもう、食べることが苦痛になっていた。食べ物のリクエストを受けたのは久しぶりだった。/その晩、張り切って肉を焼いた。」「ごはんも付け合わせの野菜も、つついた程度で大半を残したが、ステーキだけは(ほんの少量。四〇グラムほどだったか。)完食した。」「翌日からはほとんど何も食べられなくなった。あの晩の、ままごとのような小さなサーロインステーキが、彼の『最後の晩餐』だった。(8月29日付「朝日新聞B版」)
 「死ぬ前に最後に食べたい物は」という問いが出されることが有るけれど,私には,まだ死がそれほど近くないからかもしれないが,その答えが思い付かない。最近辛そうに食事をしている私を見て,いつも私の健康のことを考えて食事作りに苦慮している妻にも辛いことだろうと申し訳なく思うものの,美味い不味いの感覚は有るのだけれど,どんなに美味しいものでも喉を通りにくいのは困ったことだ。この齢まで生きるということがはたして幸せなことなのかどうか。

コロナ禍事情

 太陽暦では月遅れとなるお盆も過ぎ,例年であれば,地域の自治会が催す「夏祭り」の時季となっている。47年前自治会が発足した当初は,世帯数も少なかったので,何事も皆で集まって話し合い,意思の疎通を図ることができたのだが,住宅の数も年々増えて,集まれる場所も,全員が顔を合わせる機会も無くなってきたので,年に一度の「夏祭り」は,自治会内の公園に住民の多くが久しぶりに顔を合わせ,老若男女それぞれ互いに親睦を確かめ合う貴重な機会になってきていた。当日は,年度役員の肝入りで,テント・カフェを開き,福引を催し,盆踊りやカラオケを楽しみ,年によっては地元高等学校の吹奏楽部を招いて演奏会を開くなど,例年心待ちにしていた人も少なくない。
 ところが今年は,新型コロナウイルスの蔓延で大勢の人が集まるのは避けなければならない事態になっている。そこで,年度役員の相談の結果,親睦を保つためのせめてもの方策として,班長が各世帯を訪問したうえで,福引に代えてコンビニや書店で使える商品購入カードを各戸に均等に配り,加えて,集会所の片隅に保管してあったいくつかの日用品を抽選によって配布することが案出された。「夏祭り」を催すための肉体的な作業に比べれば,老いた私にとっては負担が軽減されることにはなるものの,その配布のためにかなりの時間を費やさねばならず,ようやく準備が調ったところだ。
 コロナの影響と言えば,老化による視力の低下を自覚して,これまで80年近く生き甲斐のようにして続けてきた野球記録を終わりにしようと思い定めたのは昨年の秋だったけれど,「その時は思いも及ばなかった新型コロナウイルスの猛威により,全国選抜高校野球大会を初めとして,例年なら今頃は酣のはずのプロ野球,大学野球,社会人野球など,全国的な全ての公式戦が中止や延期に追い込まれ,高校野球の春季地方大会も開催されないという。野球だけでなく全てのスポーツ競技が同じ状況で,記録するどころか,報道に触れる機会も無いから,老爺の僅かな楽しみもすっかり奪われてしまっている」と書いて(4月9日「この春を憂える」)から3か月が経過して,まだ無観客ながら,ようやく各種競技が少しずつ復活されつつある。東京六大学野球春季リーグ戦が1回総当たり制で8月10日~18日全15試合(神宮球場),選抜高校野球の出場予定だった32校の交流試合が8月10日~17日で各校1試合ずつ16試合(甲子園球場)という変則の形で催された。となると,一度は諦めた記録だが,これだけは何とか残しておきたい気持ちになる。しかし,久しぶりにノートに書き込もうとすると,細かい文字がまったく書き辛く,時間を掛けて苦労して書いてはみたものの,自分でも判読できないような記録になってすっかり疲れてしまった。秋になって正規の形に戻ったとしても,やはり総合的な記録だけ新聞の切り抜き等の形で残すしかないと思い知らされていることだ。

ねばならない

 私が長年の勤めから退いたとき,母が「これで安心した」と言っていたと妻から聞いた。私は,自分の仕事に責任を感じていて,私的な事情で仕事を休むことはできないと常々漏らしていたので,その仕事を辞めたことで,当時既に90歳に近かった高齢の母としては,「これからは自分に何か有っても万事息子に頼ることができるという安心感を持っていける」という意だ。そのとき母はまだ元気で,私も傍らで共に暮らしていたのだけれど,それだけに母は,息子の仕事の邪魔になってはならないという緊張感を持って暮らしていたのだと思う。母はその後も96歳で亡くなるまで元気に過ごしていたし,私も特に責任を感じずに済む仕事を続けることができた。
 今は,私自身がいつまで元気でいられるか自信が持てず,いつ不慮の事態に陥るか予断のできない年齢だ。妻との老老暮らしだから,私の身に何か有ったときは,これまで世帯主として処理してきたいくつかの書類や諸々の公的な手続きをはじめ諸税・料金の支払い等,遺された者が戸惑うことも多々有るかもしれないと案じ,そのときに備えて具体的に分かりやすいよう書き残しておかなければならないと考えて,これまでに用意はしてきている。加えて,今年度は居住地の自治会の役の一端を引き受けているので,預かっているものも有り,それも,いざというとき,引き継いだ人にすぐ分かるようにしておかねばならない。
 しかし,最近の私は視力が衰え,細かいことを書き遺そうと思うと,手書きをするのは辛いので,機械に頼らなければならないのだけれど,私的に立ち入った事柄を他人の目に触れる可能性が有る所に遺すわけにはいかないから,ワープロで打って文書ファイルとして保存している。ところが先日,上書きする必要が有ってその保存文書を開こうとしたところ,フロッピーが開けない事態が起こった。機械ではたまにそういうトラブルが生じるから,新しい書き込みをした場合,その都度バックアップを取っておくか印字しておくかしなければならないのだが,つい怠ったときに限って困ったことになるものだ。
 「(炊飯器の)米の炊き具合を調節するダイヤルが『やわらかい』で固定されたまま反応しなくなり、」「15年もがんばってくれた強者です。もう引退してもいいのではないかと、感謝の気持ちを込めて磨き、リサイクルセンターに持って行きました。/外食の機会が減り、より出番の増えた炊飯器です。家電メーカー各社の新製品のチラシや、ネットの口コミなどをじっくり読み比べ、これだと思う一つを決めました。/革命です!/炊き立てのごはんはこんなにも心安らぐ香りだったのか。米とはこんなにも甘く奥深い味だったのか。」「前の炊飯器も当時の最新型で、かなり高性能のものでした。」「しかし、15年です。パソコンやスマートフォンの進化は、機械に疎くても毎年のように実感しているのに、炊飯器については、考えたこともありませんでした」と,湊かなえさんが7月29日付「朝日新聞・夕刊」の随想欄に書いている。
 私のワープロは1998年製だからそれ以上に古い物だ。しかも,使ってきたワープロ専用機は今は作られていない。人も機械も加齢とともに機能が衰え,やがて消えていくものだと覚悟しておかねばなるまい。

解っていないこと

 私の肉親の中で最も長命だったのは96歳で亡くなった母だけれど,戦死した父と広島で被爆死した母方の祖父は別にして,現在の私より高齢になるまで生きたのは,母方の祖母と妻の長兄の二人だけで(ともに享年88歳),私自身が身近で見守ることができたのは母のみである。その母は脳幹の腫瘍出血で突然倒れるまでは元気に暮らしていて,救急車で運ばれて半月経たないうちに意識を喪ったまま亡くなったから,老齢による衰えを真に実感するまでには至らなかった。それでも,思い返してみると,食事などの面でやはり衰えていたのだなと今にして気付くことはいくつか有るけれど,そのときは深く考えることも無かった。私自身が齢を取って初めて解ることが少なくない。我が身で体験しないと,理屈の上では解っていても,たとえ親子や夫婦の間でも解らないことは多いものだと痛感する。そのことは産婦人科に関わる女性の心身の状態が男性には体感できないのにも通じることだろうが,老化の場合は,自分も同様にその年齢に達すれば初めて解ることだ。
 医師であっても同じことではなかろうか。呼吸器,循環器,消化器,口腔等々,それぞれの分野で疾病に対する研究や治療技術が格段に進んでいる現代でも,加齢によってそれらの機能が衰弱した場合,快癒に至る的確な治療法が有るとは思えない。できるだけ栄養を補給しつつ,少しでも楽ができるよう見守っていくほかは無いのではなかろうか。理論的に言えることと事実上推奨できることとは別で,当人の辛さを真に理解して効果的に対処するのは容易でないと考えられる。理解できないことは当人の望みに任せるしかあるまい。
 理解できないと言えば,自分は高給を取って国民の金を思うように費っている政官界の高位に在る人やその秘書官たちは,辛い生活に耐えている国民の情況が本当に解っているのか,コロナウイルスの影響を受けている現在の社会の厳しい状況に対する行き当たりばったりの思いつきの施策を見ていると,改めて疑念が増すばかりだ。その陰でいつの間にかないがしろにされていることも多い。
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進化の功罪

 知人の動向を知るのにブログやツイッターを見る。しかし,先日も書いたように,先方の加齢等の事情に因る場合も有ろうが,時日の経過とともにブログを書く知人がほとんどいなくなった。私自身もパソコンに文章を入力することがしだいに厄介に思われるようになってきて,断片的な思いをツイートするだけのほうが楽ではないかという気になりつつあるけれど,それでは他者に思いが十分には伝わらない,書くからにはせめて短いなりにもブログの形で述べたいと思い直している。
 それに,最近気付いたことで,OSにWindows10を使っている私の場合,これまでツイッターを見るときはIEを通していたのだが,「このブラウザは現在サポートされていません」という表示が出て使えなくなり,詳しい事情は解らないもののMicrosoft-Edgeに切り替えて登録し直さなければならないことになった。
 それは私の個人的な情況にすぎないけれど,IT界の現況を見るにつけて,SNSが意見を拡散させて政治を動かす力まで持つようになった反面,根拠の無い中傷など,人権を侵すような場面が増えてきて,功罪の大きさが目立って感じられる。メールやクレジットカードを利用した詐欺の横行は論外だとしても,迷惑な入り込みも少なくない。
 米大統領をはじめ,ツイッターを使う政治家も増えているけれど,本来ツイッターやLineは個人的な「つぶやき」や連絡を発信するメディアであって,政治家が無責任な自己主張に利用すべきものではないと考えられる。政治家は常に言葉を尽くして説明責任を果たすよう努力すべきものだろう。
 私がブログで述べているのは,私より若い世代の人たちに,私の年代の者が体験してきたことや老後の思いを知って参考にして欲しいからのことで,そのためにできるだけ具体的に詳しく記すよう心掛けているつもりだ。
 ノーベルの時代ならずとも,科学文明の進化が人間社会に及ぼした功罪は計り知れないものが有る。近年のITをはじめとする文明の発達は暮らしを格段に便利にしたことではあるけれど,逆に,高齢者や身体の不自由な人にとっては,不便で暮らしにくくなったことも多いはずだ。その理解や思いやりに欠ける政治や行政の施策が増えている昨今の傾向は,一考を望みたいことでもあり,詐欺横行の一因にもなっているのではなかろうか。

夢のような話がしたい。

 「(私は)よく眠ります。連続8時間は眠り、昼寝もするので累計睡眠時間は1日10時間に及びます。」「寝起きは頭がクリアで、起きるなり仕事ができます。その状態を何回もつくれば作業効率が上がると思って、昼と夕食後に仮眠するのです。」と,作家の島田雅彦さん(59)は言っている。(7月4日付「朝日新聞」be面『私のThe Best!』聞き手・林るみ)
 島田さんは続けて言う。「睡眠中の脳は目覚めているときとは違う働きをしていて、それが創作や発想の源泉になっているという自覚があります。心折れる外界から距離を保ちつつ、妄想の世界で自由に遊べるこのクリエイティブな時間はマイ・ベストといっていいでしょう。」
 私は作家ではないけれど,文章を書くのは好きだし,扱う機会も少なくないほうだと思っているので,まさに同感だ。特に高齢になってからは,脳の活性化のために適宜の睡眠が欠かせない。半睡半醒の中で「クリエイティブな時間」を持つことも少なくない。しかし,過去の現実の記憶を夢に見ることはほとんど無い。
 「この齢になるまでには,戦後の辛い体験も厭な思いもずいぶん重ねて来ているけれど,それを夢に見ることは無い。夢そのものを見ることの少なくなった今でも,たまに見るのは懐かしいことか楽しいことで,目覚めてからもう一度見直したくなるような『夢物語』が多いのは,悪い記憶は引きずらず,何事も前向きに捉えようと気持ちをコントロールしているからだろうか」と書いている(2019.3.19「夢物語」)ように,目覚めてから書き残しておきたいようなものも有るのだが,そのときはもう「懐かしい」「楽しい」という雰囲気の記憶だけで,具体的な内容は思い出せなくなっているのは,これも老化の証しの一つなのだろうか。
 せめて現実でも,生きる原動力となるような,明るく前向きな話がしたいものだと,そういう話題を引き出してくれる相手を切に求めている。

老いの願い2

 朝,目はいちおう覚めていても,起き出す気力がなかなか出ない。無理に立ち上がろうとすると頭がふらつく。機能を動かすための暗証番号が有ったはずだがと,茫とした中であれこれ考えている。
 気力を奮って身支度を済ませ朝食を摂り了えたころ,ようやく少しずつ頭が働き始める。まず新聞に目を通そうとするのだが,最近は視力が弱ってきて細かい字は読みづらく,何段にも亙る記事だと読み違いや飛ばし読みが多くて捗らない。開催が中止されていた各種のスポーツが少しずつ復活しつつあり,プロ野球も無観客試合ながら第2節に入ったところだが,昨年来何度か書いたように,長年続けてきた記録等は視力の衰えに応じて減らしているのでかえって良かったようなものだけれど,わずか半年足らずの間に馴染みの無い名前の選手が増えたような気がして,何となく関心が薄れてしまった。政治や社会に関する話題はうんざりするようなことが多くて,丹念に目を通す気にはなかなかなれない。
 次の作業はパソコンのチェックだけれど,必要ないくつかの検索サイトとメールの送受信機能や知人のブログサイトのほかは,多くを削除してしまった。新聞同様に,細かい文字が読みづらいし,色付きの字や絵文字混じりの文章は読み取りにくい。まず,時間潰しにしていたゲーム類は,眼が疲れるばかりだし,最近は迷惑メールが入り込んでいることも増えているので,最初にアンインストールした。
 旧知のブログサイトで,これは先方の加齢等の事情に因る場合も有ろうが,時日の経過とともにいつの間にか消滅しているものも少なくない。私自身もパソコンに文章を打ち込むことがしだいに厄介になってきつつある。
 こういう事態が重なってくると,せっかく元気を出して起きたところで楽しみが無くて,毎日がつまらなくなってしまう。私に生きる楽しみを与えてくれるパスワードは無いものだろうか。

老いの願い

六月も,早くも半ばが過ぎ,四月からは自治会の雑務を引き受けて雑用が増えたせいも有って落ち着かない日々を過ごしているが,それほど忙しいわけではなく,むしろぼんやりしている時間のほうが多い。それよりも,,気候の変化に付いて行けず,起きていれば疲れやすくてすぐ横になりたくなり,横になるとウトウトと眠ってしまう。
 横たわると背中の半身から脇腹の前の方にかけて筋肉痛が有り,首筋の筋肉にも痛みを感じる。手首や指の関節が痛み,作業に力が入らないことも有る。口腔内の歯と唇との間に食物や唾液が溜まり,咄嗟の嚥下が難しくて慌てる等々,加齢とともに肉体的に思うに任せないことが増えてきて,今にして昔の周囲の高齢者たちの姿を想起して思い当たることが多くなっている。
 視力の低下による「読み書きの楽しみ」の喪失も大きくなるばかりだ。読書を楽しむことは既に諦めたけれど,新聞紙上の四コマ漫画の吹き出しに書かれた台詞が読めないと,ギャグを楽しむこともできない。この齢になってからの視力のストレスは,その一日の疲労を溜めることになり,夕食の食欲にも影響してくるように思われる。
 呼吸がし辛く,喉に飲食物が詰まりそうな気がして,飲み込み難いときが有るけれど,詮じ詰めると全ては,呼吸器系,循環器系全般に亙る身体機能の老衰と老人性「うつ」のもたらす症状で,部分的な治療で解決できることではないと考えられ,生命力回復の手段としては若い人たちとの交流で元気を貰うしか無く,それが叶えられない環境であれば,総合的に安楽死に導く手段しか無いと思うのだが,そういう医療機関は,現在のわが国には残念ながらまだ無い。

民主主義の今

 「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。」(日本国憲法前文)
 「国民によって選ばれ、国民に代わって政治のことをつかさどる公務員には、いろいろあるが、その中でもいちばん重要なものは、主として『立法』のことにあたるところの国会の議員である。国家の公務には、『立法』のほかに『行政』と『司法』とがあって、それらをつかさどる人々も、国民の代表者であることに変わりはない。」
 戦後間もない昭和24年,文部省著作教科書として新制の中・高等学校の「社会科」で用いられた『民主主義』上・下2巻が在った。17章373ページに亘って民主主義社会の有りようを詳しく述べたもので,上掲の文章は,その第十三章「新憲法に現われた民主主義」から抜粋したものだ(一部旧字体の漢字は現行の字体に改めた)。
 現行の『日本国憲法』(昭和21年11月3日公布,22年5月3日施行)の柱としては,今日最も問題になる「戦争放棄」だけでなく,「主権在民」,「三権分立」が在る。私どもは,戦中戦後の社会を生きて,民主主義と日本国憲法の精神を実践的に学んだ。しかし,今の安倍首相を初めとする政治家や官僚たちはそれをどれだけ学んでいるか疑わしい限りだ。安倍首相の国会軽視,行政私物化の姿勢が「国民のための政治」と大きくかけ離れているのをかねて憂えていたところ,今度は検察人事にまで強引に手を出そうとしている情況は,民主主義の対極に在るものとして前記の書にも繰り返し述べられている「独裁」に通じるもので,民主主義に対する挑戦だと言っても過言でないと思われてならない。公務員としての職務から逸脱して「辞職願」や「進退伺」を出さなければならないのは,検事長や法務大臣よりも,まず首相自らではなかろうか。
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月は晴れても

 コロナウイルスによる緊急事態の情況は,政府・行政の無能な姿が明らかになるばかりで,先の見通しはいっこうに明るくならず,心は闇のままだ。私個人の情況だけであれば,緊急の医療に頼らなければならないことも無く,暮らしの上で多少の不便を忍ぶだけで済んでいるけれど,文化やスポーツの行事は軒並み中止や延期,報道メディアも変わり映えしないことを繰り返すだけで,気持ちは晴れるときが無く,個人的な「ボヤキ」を書く気にもなれないまま半月が経とうとしている。
 学校も休校が続き,高校野球の選手権大会だけでなく,インターハイ(高校総体)も中止と決まった。私どもの如き老人は,歳月がたとえ空白になっても今さら大した問題ではなく,そのうち人生の終末を迎えるだけのことだけれど,17歳の若者にとっては,喪われた年は二度と体験できる機会は無く,人生の中で失うものは限りなく大きいはずだ。学問は努力によってあとからでも取り戻せるけれど,二度と取り戻すことのできない年を呆然と見送るのみで,まさに「闇」の日々を過ごしているに違いない。

どこまで続く

 新型コロナウイルスの蔓延により,医療崩壊,用品や人材の不足,高齢者対策等々,社会の弱点が次々と明らかになってきている。経済政策,文教政策,福祉政策などがいかに場当たり的なものであったか,用品や人材の不足は,安易な他国依存によっていたものだということも思い知らされている。娯楽やお洒落に対する庶民の意識も変えなければならないことを迫られている。うわべの繁栄に慣れ,まさに野放図に過ごされてきた現代社会の欠陥を直視しなければならないときだ。
 世界を見ても,グローバリズムとナショナリズムとの相剋は破綻を招き,まさに大戦前夜の様相を呈していると言えよう。
 この期に及んでなお,為政者の意識は相変わらず自己中心的な発想から脱することができず,国民の不安をいたずらに増幅させる言動を繰り返している。わが国の首相夫人の言動もまた立場を弁えないことばかりで,安倍さんはマザーコンプレックスだとか仲睦まじい夫婦だとか,これまでもいろいろ評されて来たけれど,今にして気づくのは,常に行動を共にしていたのは,離れていると何をしでかすか分からないという危惧が夫の心中に有ったからではなかろうかとさえ思えてくる。緊急事態宣言はいくらでも出せるし,国民の税金を目先のことだけに安易に使ってみせることはできても,2022年までは油断できないという説も有る。この事態が生み出している閉塞感はいったいいつまで続くのだろうか。
 私が毎朝仏前で阿彌陀経を称えるのは,信仰心と言うよりも,戦中戦後の苦労を乗り越えて晩年は安らかに過ごした母が今は安楽国に往生していることを信じて供養する思いからなのだが,昨今は私自身がそれを願う気持ちになっている。

この春を憂える

 昨年暮れに,老化による視力の低下を自覚して,それまで80年近く生き甲斐のようにして続けて来た野球記録を終わりにすることにして,「中学生のころから『1年に1冊,B5判50枚1ページ30行のノートに自分で線を引いて,プロ野球だけでなく,大学,高校,社会人,全ての公式試合の記録を残すようにしてきた』けれど,今年を最後にしようと思い定めた」と書いた(19.10.30「気力喪失」-19.11.21「これでお別れ」)。ところが,その時は思いも及ばなかった新型コロナウイルスの猛威により,全国高校選抜野球大会を初めとして,例年なら今頃は酣のはずのプロ野球,大学野球,社会人野球など,全国的な全ての公式戦が中止や延期に追い込まれ,高校野球の春季地方大会も開催されないという。野球だけでなく全てのスポーツ競技が同じ状況で,記録するどころか,報道に触れる機会も無いから,老爺の僅かな楽しみもすっかり奪われてしまっている。
 私ごときの楽しみが奪われたことを嘆いてはいられない。ウイルスは世界中の多くの人たちの命を脅かし,生計が立ち行かなくなって死を思う人も少なくないのではなかろうか。政府は,収入を無くした世帯や商店主に自己申告によって生活支援の補助金を支給すると言っているけれど,事態はいつまで続くのか先の見通しも保証も無いことだ。フリーランサーや,いわゆる「日銭稼ぎ」で暮らしを維持している中小の自営業者などはどうなるのか,そこまで行き届くとは到底思えないし,故郷から離れて学費や生活費をアルバイトで辛うじて賄っている学生はどうなるのか,また,新卒で内定をもらっていた就職が一方的に取り消された人も少なくないと聞く。前途を閉ざされた人の悲嘆は,僅かな年金を頼りに細々と暮らしている老人どころではあるまい。混乱に乗じたデマや詐欺,脅迫も絶えず,この世の中には善人もいるけれど,反社会的な困った人の多いことを痛感して,それだけ,貧しい暮らしに気持ちの余裕を失っている人が多いとも思わせられる。
 「緊急事態宣言」が出されて外出を自粛するように言われても,不要不急の外出はもともと望めない私のような老爺であれば暮らしに大きな変化は無いとも言えるが,子どもたちをはじめ,生活の中心となる人々が心身に受ける影響は大き過ぎると思われる。
 季節はまさに春爛漫のとき,私に叶うことは,自宅の近くに咲く花を眺めることだけだ。
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わが自治会内公園の桜(2020.4.7)

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地域共同体の行方

 私の記憶の中に在る老人と言えば,ほとんどが70代までで,それも「寝たきり」か昔の言い方で「中風病み」が多かった。直接関わりの有った肉親で,戦死した父と原爆で被爆死した母方の祖父を別にして,85歳を超えて存命だったのは,私の母と母方の祖母,妻の長兄の3名だけだ。私自身この齢になって生きているとは想像もできないことだった。
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 一昨年の暮れの記事(18.12.29「終活」の悩み)の中で次のように書いている。
 「社会の高齢化ということで言えば,私が長年暮らしている地域の自治会の運営システムについても案じていることが有る。地域の自治会は,45年前に私の世代の力で結成し,現在は150世帯ほどを9つの班に分けて運営しているのだが,その役員は,班ごとに輪番制で担当する班長の相互協議で決定される。ところが,高齢化にともなって後期高齢者のみの世帯が増え,役員の仕事が重荷になる人が多くなり,輪番制が崩れつつあるのが現状だ。私の班でも飛ばさざるをえない世帯が次々と出てきて,来年度は輪番より3年早く私が引き受けなければならないことになりそうだ。私とて連絡役だけならまだ何とかできるけれど,この年齢になって地域の作業や行事の責務を担わなければならない役員の仕事は負担になってくる。何よりも体力を必要とする仕事にはもはや堪えられない。かといって,前述のような情況で安易に先へ送るわけにもいかず,自治会設立当時のシステム作りに関わった仲間の大半が既に鬼籍に入っているので,残された者の責任として,若い人たちの気持ちも聞きながら,現状のシステムを何とかしなければならないと考えている。」
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 そのとき思っていたよりも1年延びたけれど,4月からいよいよ今年度の役員を引き受けなければならないことに決まった。昨年度の役員からの引き継ぎ文書を見ると,かつて私が作った会員名簿や歴代役員の分担記録などが原型のままの書式で続けられていて感慨深い。
 さて,引き受けはしたものの,この先1年,役を全うすることができるか,心細くもあるけれど,体力の叶う範囲で最善を尽くすしかないと心を決めている。
 前年度の役員からの引き継ぎが終わったところで,近年の情況を聞いていて気になるのは,自治会内でのコミュニケーションが年々稀薄になってきているように思われることだ。大型の集合住宅に住む人の「隣は何をする人ぞ」という言葉で象徴されるような情況を聞くけれど,個別住宅が並ぶ住宅地で暮らす人たちの間でも似たような事態が生じている。役員として連絡を取り合っている人たちは良いとして,中には転入してきても自治会に入ることを拒否する人も在り,そこまで極端でなくても,家族が亡くなっても周囲に知らせず,最近増えている「家族葬」で済ませて,自治会には秘匿しようとする人が少なくない。昨年度1年間でも5名の高齢者が亡くなっているが,若い世代の人たちは,近隣に馴染みの少ないせいもあり,多くの人に知られることによって生じる煩わしさを避けたい気持ちも有るようだし,個人情報を知られることを嫌う気持ちも解るけれど,年代によって較差が有るようで,地域共同体の一員として長年暮らしてきた者にとっては「知らなかった」では気持ちの整理が付かない場合も有る。昨今のコロナウイルスの感染防止についての行動にも共通することだが,生活共同体の仲間という意識が薄くなっていて,自分の暮らしの中だけで全てを完結させようとする今の一部の若者の傾向を現しているようでもある。