one team

 「one team」が「新語・流行語大賞」2019年年間大賞に選ばれた。このスローガンを最初に目にしたとき,「一億一心火の玉だ」という戦時中の標語が頭に浮かんだ。そして,「玉砕」という語を連想した。しかし,「one team」は,それとはまったく異なる。「一億一心」は,「国粋主義」を基に作られた国策による言葉だ。それに対して,「one team」は,多国籍選手を擁したラグビー・ワールドカップ日本代表チームのジョセフHCが提唱したスローガンで,民族の違いを越えてチーム全員が一つになろうという,戦時中の官製標語とは正反対の気構えを表している。そして,日本チームが心を一つにして,世界ベスト・エイトの成績を挙げた故の大賞である。
 だが,現代の日本社会にはまだ,排他的な思想を持つ多くの人が存在している。自己の利益や保身のために詐欺的な反社会行為をする輩と変わるところの無い連中も,日本だけに限らず,世界の指導的な立場にいる人たちの中にも残っている。
 スポーツ界の盛況に浮かれるだけに終わらせず,地球の温暖化防止対策を初めとして,世界が真に「one team」となる取り組みを望みたい。ただし,「one team」でも,独善的で,数を恃みにごまかしに終始する1強与党は認め難い。

取り残される思い

 例年のことだけれど,年頭を控えて,喪中欠礼の挨拶状が届く時期になった。しかし,同年配の知己からのものは年々減ってきている。賀状を送ってくる当人が既に世を去って少なくなっているのだ。今送られてくるのは,故人と私との交流を知るごく限られた家族か,私より若い世代からの家族の訃報に関わるもので,型通りに印刷されたはがきを見て知るだけで終わる場合がほとんどだ。
 それよりも,賀状とは関わりの無いところで,私と年齢の前後する知名人の名を思い起こして追憶の念を深くすることのほうがはるかに多い。この1年で,市原悦子(1月12日=82歳),降旗康男(5月20日=84歳),金田正一(10月6日=86歳),和田誠(10月7日=83歳),八千草薫(10月24日=88歳),眉村卓(11月3日=85歳)等々が亡くなった。発表されている死因は肺炎,がん,心不全などそれぞれだが,70代60代と違って,共通するのは身体機能の老衰によることだと思われる。
 私も,いつお迎えが来てもおかしくない年齢になっている。「身体が動かない、好きなものが食べられない」と,大竹しのふさんが,昨年96歳で亡くなった母親の江すてるさんの晩年を書いていたけれど,その齢になるまでにはまだ間が有るとは思うものの,齢にかかわらず,私自身が最近同じことを痛感している。好きだったものでも,魚介類や繊維質の食品など噛みしめたり飲み込んだりする手間が掛かり,食が進まない品が増えるばかりだ。私の食欲が落ちるのを気に懸けて,美味しそうなものを常々届けてくださる人が在るのだけれど,それすらが,戴こうとすると負担になる場合も有るようになってきている。

今年の大相撲

 大相撲一年納めの九州場所が横綱白鵬の4場所ぶり43回目の優勝で終わった。しかし,将来角界を担うであろうことが期待される若手の台頭が楽しみではあるものの,横綱と優勝を争うべき上位力士の不振が寂しい。
 この1年間の役力士の休場が,途中からのものを含めると延べ10名(昨年は18名),幕内力士の合計では30名(同30名),延べ日数だと263日(同216日)に上り,初場所には横綱・稀勢の里が途中で引退を決めている。
 早大教授(スポーツ倫理学)友添秀則氏によると「オーバーワークですよ。興行化、商業主義の影響がケガとなって表れている」「力士にも人権という視点を入れる必要があるし、力士の『働き方改革』をやっていかないといけない」「これだけ休場者が出ると大相撲の存立が危うくなってくる」ということになる(11月16日付「朝日新聞」)。巡業日数の抑制,公傷制度の復活なども一考の要が有ろう。
 「働き方改革」のみならず,一般社会並みに「パワハラ対策」もさらに厳しくしなければならない情況が今年は続出した。
 私が子供だったとき,ラジオで野球と歌謡曲を聴くのが楽しみだったことはこれまでも何度か書いたけれど,大相撲も楽しみの一つだった。それを映像で視ることができるようになって楽しみは増した。今年は,その中でも名力士と言える豪風,安美錦,嘉風が相次いで土俵上から去って行った。私の生きる楽しみがますます少なくなっていく。

これでお別れ

 冬が来て,今年の野球シーズンが終わろうとしている。中学生のころから「1年に1冊,B5判50枚1ページ30行のノートに自分で線を引いて,プロ野球だけでなく,大学,高校,社会人,全ての公式試合の記録を残すようにしてきた」けれど,今年を最後にしようと思い定めたことは先日記した(10.30「気力喪失」)。未練がましいようだが,70年続けてきたことの見本として最後の年の最後の記録を転記しておこう。
          *   *   *
 【プロ野球日本シリーズ】10月19~23日 セントラルリーグ・巨人対パシフィックリーグ・福岡ソフトバンク第4戦 10月23日 球場=東京ドーム ソフトバンク(投手=○和田,スアレス,嘉弥真,甲斐野,モイネロ,S森 安打8) 4対3 巨人(投手=✖菅野,中川,デラロサ 安打6) 本塁打=グラシアル(ソフトバンク),岡本(巨人) 福岡ソフトバンク優勝4勝0敗
 【第45回社会人野球日本選手権大会】10月25日~11月4日 球場=京セラドーム大阪 決勝戦 大阪ガス(投手=阪本 安打9) 4対1 日本生命(投手=本田,高橋拓,阿部 安打7)
 【第50回記念 明治神宮野球大会】11月15日~20日 球場=神宮球場 決勝戦
大学の部 東京六大学・慶應義塾大(投手=高橋祐 安打9) 8対0 関西学生・関西大(投手=森,肥後,高野 安打3)
高校の部 東海地区・愛知・中京大中京(投手=松島,高橋宏 安打9) 4x対3 関東地区・群馬・健大高崎(投手=橋本拳,桜井,長谷川 安打7)
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 今年で最後にする理由は,前記の記事でも書いたように,年々視力が衰えて細かい字の読み書きが難しくなってきたからだ。先日も新聞の天気欄を見て「ギュッと福の詰まった」と読んで,等圧線の「幅」の読み誤りに気付いたという例も有った。左右の視力に差が生じてバランスが悪くなり焦点が合いにくくなったこともあるかもしれない。特に画数の多い漢字だとルーペを使っても確認し辛い。野球の記録も,近年は選手の負担を減らす目的で1試合に登板する投手の人数が増え,狭いスペースに多くの名を書き込まなければならず,限界に達しているという事情も有る。
 「これで最後」と思うことは他にもいろいろ有るけれど,ワープロ機能を使って文章を書くことだけはまだ暫く続けられそうで,それが救いになっている。

あの頃じゃない

「取り残された俺はダセーよ」
「金も女も仲間も全部上手く行かねえ いつまで耐える?」
「時間は経った 誰かとかの下にだけは付きたくなかった」
「たまにはッて逆に言う くたばりな」
「何も無かったあの頃じゃない」
「燃え尽きた時 俺は辞める」
「兄貴が富士山に立った 俺は出なけりゃ良かった あの景色見たらもう前に進むしかねえ くだらねえ迷いはもう踏み潰したぜ」
「この想像の上 現実と夢 狭間を埋める 自分に言え 必ず出来る あの頃じゃねえ 一番強えのは今だぜ」
          *   *   *
 いささか古い話題だが,「第2回NHKヤングラップバトル」(2019.7.28)にゲストとして出場した般若のパフォーマンス『あの頃じゃねえ』から歌詞の一部分を抜き出した。8月22日の「BSプレミアム」での放映を録画してあったものを今になってゆっくり視る機会ができた。
 もはや40歳を越える?般若としては,バトルに挑むヤングを励ますメッセージの気持ちが有ったのかもしれないと思うが,「毎日挫折」の末に「やっと出したアルバム」,「何も無かったあの頃じゃない」「一番強えのは今だぜ」という歌詞にはラップだけの世界に限られない「人生」が在る。そんな「人生」を既に通り越した年齢の私にも活を入れられる気がするけれど,私はもう「燃え尽き」ている。
          *   *   *
 今年の夏は,異常気象の影響も有ったのか,同じ自治会の中でも私と同年配の人たちの何人かが亡くなった。昔,自治会や小学校の育友会で力を出し合った仲間だが,自治会でも高齢化が進み,老人世帯では誰かが亡くなっても斎場での家族葬だけで済ませることが多くなり,何か月も後になってから知る場合が増えている。

「見出し」の巧拙

 新聞に目を通していたとき,離れて覗いていた妻が「2分では火災は消せないでしょう」と言う。何のことかと思って見たら,私が読んでいた朝刊の第一面(11月7日付「朝日新聞」)に「スプリンクラー対応二分」という見出しが有った。首里城の火災でスプリンクラーが未設置だったことに関連して,消防法の規定では設置義務は無く,「誤作動で所蔵する文化財を傷める恐れがあるため」などの理由で,法隆寺,二条城,彦根城にも設置されていないのに対して,姫路城では「消失すると取り返しがつかない」という意見が強くて約1千カ所に整備されているという。そこまで読めば,文化財によって対応が二つに分かれているという意味だと解る。「ニフン」と読むか「ニブン」と読むかで意味が異なってくるのは,私が先日載せた「ゴミの分別」の中で「ブンベツ」と「フンベツ」と二つの意味に使い分けたことを想起するけれど,新聞報道の見出しとしては言葉足らずで,妻の咄嗟の誤解も無理の無いことだ。
 意味の解りにくい見出しでは,5日付朝刊のトップ記事も気に懸かった。「庁舎電力 大手『取り戻し』」と「都道府県・指定市 新電力から」と2行に分かれたものだが,助詞の省略が多いので,見出しだけでは「電力会社大手が,新電力会社から,都道府県・指定市の庁舎で使用する電力の調達先を,取り戻している」という意味が伝わらない。
 新聞の見出しは,スペースの制約が有る中で記事の内容を短い言葉で的確に表し,読者を記事の中身にまで引き入れる,重要で難しい役割を担っている。私は,多くの紙面に目を通して比較しているとは言えないものの,近年,その質が低下しているように感じることが有る。大学入学共通テストで「国語」に記述問題を採り入れようという案が検討されているけれども,「見出しの作成」を出題するのも一案かもしれない(採点方法などは別の問題として)。さらには,政治家の基本的な資質を見るのにも役立つのではなかろうか。

現代「ミーハー族」

 「ミーハー」という言葉が,「みいちゃん はあちゃん」という昭和初期の流行語が元になって,後年,新しいもの好き,流行かぶれの若者を揶揄する気分で使われたのは,既に6~70年前のことだと思うのだが,近年,インターネットの普及に伴い,メールやブログ,ツイッターなどで絵文字が盛んに使われているのを見ると,現代の「ミーハー族」だと言えそうな気がする。私の同年配ではさすがに少ないけれど,若者でなくても,30代40代の人の書いたSNSなどでも,絵文字が溢れていて,むしろ漢字やかなを使ったほうが分かりやすいのではないかと思われる部分さえ在るくらいだ。これでは,深い思考や行き届いた気持ちを表す文章を書くのは無理なことで,読書離れが進んでいるというのも当然のことだと感じる。加えてスマホの流行で,50代以降の中高年でも,特に女性の間でインターネットを利用したコミュニケーションが増え,その場で絵文字が盛んなのは,まさに,現代の「ミーハー」は流行かぶれの「ミーばあちゃん,ハーばあちゃん」だと思えてくる。
 もっとも,どんな形であれ,日常の人付き合いの上で文章によって気持ちを通い合わせるということは,これまでそういう交流が少なかった世代にとっては悪くないことだと思うけれど,疑問に思うのは,政治家が自己主張をするためにツイッターを濫用することだ。政治家は社会に対して自分の考えを行き届いた言葉で伝えることが重要であるはずだが,型にはまった決まり文句や,その場の思いつきだとしか思えない発言は,絵文字を混じえてツイートするのと変わりない行為で,そこでは言葉があまりにも軽い。古来「文は人なり」というけれど,安易に言葉を弄ばないほうが良いのではなかろうか。自分の言う言葉の意味を吟味すること無く,軽い気持ちで社会に向き合う政治家の「ミーハー族」はお断りしたい。

気力喪失

 繰り返し襲ってくる台風や大雨で各地の河川が氾濫し,多くの人命が喪われた。家屋の倒壊,浸水,停電,断水などの被害も,復旧する間も無く相次いでいる。今なお孤立している建物も少なくない。私の暮らす地域は,幸いにして大きな災害からは免れているけれど,被災された人たちの辛苦を思うと,もし今の私が同じ立場に置かれたら,立ち直る気力も喪失してしまうのではないかと想像する。
 その間に,季節は秋を通り越して真夏から冬へと一気に移って行く感じで,近年は体力の衰えが際立つ私にとって,今年の夏を何とか乗り越えることができたと一息ついた途端に,今度は冬の寒さに耐えられるかどうか心細くなってきている。今の日本の気候・風土はいったいどうなっているのだろうかと嘆くばかりだ。
 「私にとってこの夏が最後になるかもしれないという思いは,他にもいろいろ有る。私の加齢と体力の衰えに関わることで,前にも書いたことが有るはずだが,中学生のころから延々と続けてきた各種の記録もその一つだ。特に野球に関する記録は自分で細かくノートに書き込まなければ残せないことが少なくないので,そのための視力が覚束無くなってきているのを,新聞報道に目を通しながら日々感じている。」
 上記は昨年の夏の終わりに書いた記事(18.8.21「最後の夏」)の一部分だが,記録のほうはその後1年経って何とかまだ続いているものの,視力の衰えはさらに進み,今年こそ最後だと思い定めた。記録することを諦めた途端に,その競技や選手に対する関心,興味も薄らいでしまったように感じている。
 思えば,敗戦直後の少年時代の楽しみは,ラジオから流れてくる歌謡曲と,友と遊んだ草野球しか無かった。ラグビーなどはそんなスポーツが有ることさえ知らなかった。そのころ出合ったのが「少年」,「野球少年」の二つの少年雑誌だった。「少年」(1946年創刊~68年休刊=光文社)では小説を読む楽しみを知ったし,「野球少年」(1947年創刊=尚文館→50年芳文社)からは野球の知識を得た。その別冊付録にプロ野球の全試合を記録するノートが有って,1行ごとに各試合の月日,曜,球場,勝敗,スコア,投手,安打数,本塁打を書き込むようになっていた。その付録が付いていたのは初めの2年間だけだったと思うけれど,以後,1年に1冊,B5判50枚1ページ30行のノートに自分で線を引いて,プロ野球だけでなく,大学,高校,社会人,全ての公式試合の記録を残すようにしてきた。
 先日訪ねて来た私より15歳ほどまだ若いはずの知人が,頻尿のため,旅行や映画観賞に出掛ける楽しみを奪われたと嘆くのを聞いたけれど,同様に,今では彼以上に何の楽しみも無い私にとって,残っていた唯一の楽しみが途切れるのは寂しいことだが,自分の年齢を自覚して限界を知らねばなるまい。
 限界を感じてきているのは,前掲の記事でも書いていることだが,庭仕事にしても,旧知との交流にしても同様で,一括して言えば,生きるための気力の衰退ということになる。

ゴミの分別

 私の仕事部屋の窓から庭木越しに表の通りが見える。私が暮らしている150世帯ほどの地域の中を通っている道なのだが,自動車が行き違えるほどの幅は有り,家庭から出るゴミ収集のための置き場が,施設としては無いので,道端に数か所に分けて決められている。数年前からゴミの分別が細かく定められ,曜日によって6種類に分かれているのだが,土・日は休みなので,ゴミの量が多い「燃やすゴミ」に週2回充てると,「プラスティック」で1日,残る4種類のゴミを奇数と偶数の週に分けて出さなければならない。
 間違えないように,自治会で当番を決めて,当日のゴミ収集の種類を示す表示札を収集場所に掲示することにしているのだが,それでも中には日を間違えたりルールどおりに分別のできていない人が有ったりして,収集車が回ったあとに残っているゴミが年々増えているようで,私の部屋から見えると気に懸かる。
 地域住人の高齢化が進んでいるのも原因だろうが,必ずしもそればかりではないようで,年齢にかかわらず,分別力,整理力の劣っている人が在ると思われる。いわゆる「認知症」は高齢者に特定の病ではないという気がする。
 しかし,われわれのような庶民の暮らしの末端にいる者は,老若を問わず,認知機能が弱く分別能力が低くても,「気に懸かる」と言うだけで済むけれど,政治的な力を持ち社会に影響を及ぼす立場に在る人が事の大小・軽重を弁えず,大きな顔をして無責任な発言を重ねているのは,窓から眺めて「気に懸かる」と言っているばかりでは済まないことだ。そういう人に対しては,われわれ庶民のほうが分別力を持って排除していく必要が有ると思うことが多い昨今だ。

ブログサイトその後

 このブログページの運営管理サイトが大幅なメンテナンス リニューアルを実施した7月2日から3か月が過ぎた。その間,不満に思うところも多々有ったけれど(7.21「ブログサイト近況」),最初の予告のとおり,それぞれの機能が徐々に復旧されて,私のような高齢の平凡なブロガーにとっては,何とか意を満たすものになってきた。「気持ち玉」も復活したし,アクセス数を表すカウンターをはじめ表示位置などでまだ使いにくいところは残っているものの,「過去ログ」,「テーマ別記事」,「最近の記事・コメント」等を検索する欄がサイドバーに集められて前よりも使いやすくなった点など,喜んでいることも有る。
 管理サイトとは直接関係の無いことでは,かつて(2016.5.11)書いたことで,「このブログを書いていく上で,これまではワープロ専用機を使って書いたものを,変換ソフト(リッチテキスト・コンバータ20)でパソコンに移してきた。できる限り意に叶う文章にするには推敲もしたいし,そのためにはやはりワープロ専用機が使いやすく,パソコンに直接入力するのは書き辛いので,私にとっては欠かせないことだったのだが,今のところwindows10に対応した変換ソフトが見つからない」状態が続いていて,あえてワープロ専用機で書いた下書きを転記する手間を掛けている。どなたか便利な変換ソフトを御存じだったら教えていただければありがたい。
 10月に入ってようやく真夏日が途切れ,少し過ごしやすくなってきた。ここ何年か,やや体力が回復する時季を見て手術のために入院する年が重なったけれど,今年は何とか免れることができそうなので,思い切って掃除機を買い替える費用に充てることにした。これまでのものは体力の衰えた老齢の身には重くて使い辛くなり,数年前から気に懸かってきたことだ。これで気分も少し快適になるかもしれない。

人を左右する環境

 人は,その人それぞれの置かれた環境や立場によって感覚・意識が左右され,決定する。それが政治家であったり,企業幹部であったり,官僚であったりすることによって,我が国第一になったり,我が社第一になったり,究極的には我が身第一ということになる。そこでは,一国の大統領や首長にしても,自然環境破壊,人権軽視をはじめとしたグローバルな問題にまではなかなか思慮が及ばないのは共通していることだ。
 わが国の原子力発電を巡る問題にしても,関係者の意識は目先の問題に捕らわれていて,遠い将来のことまで見通していたとは思えないし,それを局外者があとになって責めてみても始まらない。われわれ庶民の想像もつかない大金が動いていても,そんなことも有ろうかと見ているだけしかない。
 要は,それに関わる当事者の人間としての質の問題で,事が大きくなるほど,それに相応する人の質が伴っていないのが今の国家・社会だと言えるのではなかろうか。その質を決めるのもまた,その人をそこまで育てた環境であり,環境の劣化こそが現代の問題なのだ。それは,帝国主義に支配されたかつての時代の情況と変わらないことにも思われる。
 世を動かす政治家や官僚に加えて,本来,人々の暮らしを支えたり育てたりする職務に携わっているはずの警察官や教員までが,その職務に背くような事件を起こすのを見ると,善良で無力な市民にとっては,まさに「不祥事」であり,その背景に在る現代の社会環境を思い,「世も末」だと感じざるをえない。いかに「少子化」の克服を推進しようとしても,こんな世の中で,子を産み育てたところで,人は幸せに生きることができるのだろうかと,疑いたくなるばかりだ。そして,有ろうことか,未来が有るはずの子どもを死に追いやるような事さえ次々と起こっている。

葬送の形

 私が突然死んだとき,私が専ら処理してきたために,遺された家族が分からないことが有って困惑してはいけないと思い,思いついたことはできるだけ書き残すようにしている。一方,家族で話し合って処理できることであれば,遺った者に任せれば良く,「遺言」というような改まったものにする必要はないと思っている。「遺言」などとは所詮,死んで行く者の願望に基づいた情緒的で感傷的な所為に過ぎないとさえ思う。
 しかし,それよりも,死んだあとの当面の事務的な処理で戸惑うことが有るのではないかと,気に懸かり始めた。病院で死んだ場合の事後処理は病院の指示に従えば良いとしても,葬儀業者・斎場に頼まなければならないこと,檀那寺との連絡・打ち合わせ,関係役所への届け出等だ。私が家族に先立つとは限らないけれど,それならそれで,喪主として私が早急に果たさなければならない作業の内容を予め確認しておく必要が有る。母が亡くなったとき一度は経験したことだが,その後,10数年の間に,社会の高齢化が進んだせいも有ってか,葬儀の形態など世情も変わったし,私も齢を取って忘れてしまったことも少なくないので,復習しておかなければならないとも思うのだ。斎場の選択肢も増えた。
 まず,遺体をどこに安置するか,いったん自宅に連れて帰るか,斎場に直接移すかという情況判断が有る。いずれにしても,湯灌や納棺など,いわゆる「送り人」の世話にならなければなるまい。近年は,葬儀の形態もいろいろ有るようで,私自身のことであれば,遺族の負担を少なくするためにも「直葬(火葬式)か「一日葬」で十分だと思っているけれど,家族が逝った場合,連れ合いのほうの親族の気持ちも有ろうから,せめて「家族葬」の形は採りたいと思う。その際も通夜は斎場で行うとして,そののち宿泊できる場が有ることを斎場選択の条件にしなければなるまい。
 これまで書き残してきたのは,私の死後の生活につながる後始末に関することが多かったのだが,その前に慌てて処理しなければならないこともいろいろ有ることが気になり始めたのは,それだけ近い将来のことに感じるようになったからだろうか。私自身は,いつ逝っても未練を残すことは既に無いけれど,残された家族がどうするかということはやはり気に懸かるし,逆に私が残った場合,まずは葬儀を万端滞りなく処理できるか,自信が持てなくなってきているのだ。

関連:「往生」のとき https://shog.at.webry.info/201702/article_6.html

墓参事情

 隣県に住む息子が車で迎えに来てくれて,彼岸の墓参を果たしてきた。
 わが家の墓所については,昨年3月に書いた記事「墓園での会話」と重複する部分が有るけれど,もともとは四国の山村に在って,長年,祖母が独りで守っていたものを,1954年に祖母が亡くなってのち,時代とともに,その地で暮らしていた親族縁者もしだいに村を離れ,われわれが帰る家も機会も失われてしまったので,本籍を現住所に移すとともに,私鉄で2駅ほど先の霊苑に遷したのが,元号が平成に改まる前年のことだった。そのときはまだ達者だった母といっしょに亡父の古里まで出向いたのだが,母も身近な場所に遷墓できて気持ちが安らいだように見えた。
 周囲の環境も良く,比較的近い最適の立地を選んだと思っていたのだけれど,自宅から駅までと駅から墓苑までとの徒歩部分を合わせると往復で6キロほど有り,母の生前は,その脚力に配慮して,自宅から霊苑の入り口までは直接タクシーを利用していたものの,石段や石を敷いた坂の有る墓地までの道がだんだん歩き辛そうになってきて,「今年はもう,お墓参りは諦めようか」と言い出したのが亡くなった年の春のことだった。(関連: http://www7a.biglobe.ne.jp/~say/fukushi.02.html 「墓地のバリア・フリー」)
 その2か月のちに,母は脳室内出血で突然倒れ,僅か旬日の入院で96歳の生涯を閉じた。以後,それまでの春,秋のお彼岸とお盆,歳末の年4回の掃除を兼ねた墓参に,母の祥月命日が加わることになった。
 ところが今は,私自身が衰えて,息子の援けが無いと出掛け難くなり,息子の仕事の都合によっては,息子だけが時間を割いて直接出向き,昨年の命日を最後に,私が独りで出掛けるのは諦めなければならなくなっている。今年は春と秋の彼岸は息子が連れていってくれたけれど,それでもあとの数日は疲れが残って,横になる時間が多くなった。遠からず,私は墓で寝て待つ身になるのだろう。

高齢者社会の課題

 100歳の運転する乗用車が歩道に乗り上げ,三十代の男性歩行者を撥ねた(17日新潟市)という報道を目にした。高齢者の自動車運転による事故があとを絶たないけれど,100歳という年齢には驚きと怖れを覚える。高齢者の運転免許返上が勧められている中で,自分の年齢と運転の危険性に自覚が無いのだろうかと疑う。しかし,事故を起こした当人には,やむを得ない事情が有ったのかもしれない。
 高齢者の運転が問題になるたびに感じるのは,それを指弾する前に,高齢者社会における周囲の配慮がもっと必要ではないかということだ。高齢者の暮らしの背後には,「人生百年」と囃し立て,高齢者にも働くことを促す政治・経済的な意図が見え隠れする。まだ働けるように見えていても,高齢者はそれなりに身体機能は衰えているし,暮らしの上での不便な事情を抱えていることも有ろう。働かせるよりも援けることのほうが高齢者社会の課題として重要なはずだ。
 地域社会でも,住民の高齢化は進んでいて,私の暮らす地域でも御多分に漏れない情況だ。にもかかわらず,80歳を過ぎても地域での役割が輪番で回ってきて,働きが求められる。元気そうでもその齢になれば誰もがそれぞれの事情を抱えているものだけれど,そうであるだけに,高齢を理由に自分だけが役を免れるわけにはいかない。自治体としての抜本的な対策を考えなければならないときが来ていると感じる。
 内閣の改造人事が行われて新しい閣僚が発表されたが,その中には後期高齢者も入っている。どれだけ有能な人であっても,頭や体の働きの面でどこか老化していることは否めまい。国会審議の最中に自席で居眠りをしているのを見かけることが有っても,年齢を考えればやむを得ないこととも言えよう。そういうところにも国政担当者の高齢者についての自覚をも含めた認識の不十分なことが窺える。

老いの実感

 「自分が老いたと思う。それが日々実感される」と,9月4日付「朝日新聞」の『終わりと始まり』で池澤夏樹氏が書いている。常は,池澤さんの社会批評的な穏やかで厳しい感想が述べられる欄なのだが,今回は,「(ぼく個人の)愚痴ないし繰り言と聞き流していただいて結構」と文中で断わった上での文章だ。
 老いた「実感」の内容は,「身体能力が少しずつ失われる」ということを,「食物として入ってくるエネルギーを活動に変える機能が低減する」「足元がおぼつかない」「視力が落ちる」「小さな字が読めない。振り仮名の濁点と半濁点の区別にルーペが要る」「小さな字が書けない」等々,日常の具体例を挙げながら記している。
 「身体能力が足りないからエネルギーを節約する。つまりすべてにおいて横着になる。すぐにしなくても済みそうなことはさぼる。身辺が散らかっていわゆる汚部屋に近づく」「不義理が増える。メールの返信が遅れる」などとも書いている。
 池澤さんはまだ私より10歳は若いはずだけれど,老いて感じることは私が10年来書いているのと変わらないようだ。ということは,他の多くの老人も大同小異の状態であるに違いない。
 「しかし社会の高齢化というのはつまりぼくのような老人がどんどん増えるということである」「新しいシステムは若い人が作る。それを次々に覚えて使って遅れないようにする。四十代の友人が、今はまだいいけれど六十代になったらたぶん追いつけないと語っている」「社会の平均年齢が年々上がる。若い世代を準備しなかったのだから当然である。我々は商業資本とテクノロジーが提供する目の前の悦楽にうかうかと身を任せ、出産・育児・教育という投資を怠ってきた。国の無策は今さら言うまでもない」「(いずれ退場する身としては)若い人に席を譲ろう」と,池澤さんは締めくくる。長々と引用したが,すべて共感することばかりだ。
 しかし,池澤さんにしろ,私にしろ,今となっては為すすべも無いが,若いときは有ったのだ。今の若い人もいずれ老人になる。このまま国の策に任せて流されていては,老いて同じ思いをしなければなるまい。そのことを池澤さんは言いたかったのではなかろうか。「年下の諸君、幸運を祈る」という結びの言葉は,「幸運」ではなく,実は「奮起」を促しているのだと思う。例えば,香港の若者たちのように。

「あおり運転」考

 いわゆる「あおり運転」が各地で多発しているようだ。「あおり運転」は自動車を凶器とした暴力犯罪だと思うけれど,今月10日の常磐自動車道で起きた事件の加害者は,それまで他の場所でも「あおり運転」を繰り返しているほかにも,タクシー運転手に対する監禁容疑や飲食店での長時間にわたるクレームなど,いくつかのトラブルを起こしていたと聞く。
 心理学者によると,「あおり運転」は,「ロードエイジ」=道路上の出来事で逆上すること,「アグレッシブドライビング」=故意に法規に触れるような危険な運転をすること,などと呼ばれる行為の一つだそうだが,その背景には,日常生活における慢性的な不満やストレスが有り,車に乗っていて怒りやイライラで興奮が高まると,衝動的に攻撃行動でそれらを解消しようとするのだという。
 もちろん,ストレスの多い現代社会で全ての人が他者に対して攻撃的になるわけではなく,ほとんどの人は自制心でコントロールしているのだけれど,「あおり運転」につながりやすい人の性格,心的傾向をいくつか挙げてみると,
1.好き嫌いが激しく,自分の価値観を絶対視してその正当性を主張しようとする。
2.潜在している劣等感が逆に自己顕示欲となって現れ,自分を否定されたように感じることが有ると,相手の欠点を見つけて厳しく批判する。
3.気が短くて興奮しやすく,自分の感情をコントロールできない。
4.自分は傷つかない安全な場所にいて,強者・優者の論理で動き,弱者を蔑視して攻撃的になる。
等々が考えられる。
 しかし,これらの問題点は,「あおり運転」の加害者に限られたことではなく,広い意味では,いわゆる「ネットデマ」の発信者にも当てはまるし,ひいては,どこかの国の大統領や政治家をはじめとする権力的な強者の言動にも共通していることではなかろうか。
 私は,若いときから自動車の運転はしないので,「あおり運転」の危険性とは幸いにして無縁だけれども,別の局面ではそれに近いような問題性を抱えていて,加齢とともに思いどおりにならないことが増え,気持ちをコントロールする力の衰えと合わさって,苛立ちを露出させやすくなってきているのではないかと,省みて思うことが有り,自戒しなければなるまい。

支えられる仲間

 前回(「続く『余生』),ブログサイトのリニューアルに当たって,過去に掲載したブログを読み返した思いを書いたけれど,その続きをもう少し述べておきたい。
 ブログを始めて8年が経ったころ,「いざよひ」を名乗る方から初めてコメントを頂いた。
 「私の社会的接触の手段は,こうしてブログを綴ることしか無いのだけれど,読んだ上で相槌を打ってもらえなければ,コミュニケーションが成立するところにまでは至らない。話相手の少ない暮らしの中で,ブログ・ページへのコメントでも,別途メールでも,声を掛けてもらえるのを待つ気持ちでいる」「(最近は),まったくの『ボヤキ』しか書くことが無く,もう少し明るい,前向きの話題は無いのかと,自分でも嫌になってきている。これでは,読んでくれる人が在っても,暗い気持ちにさせるだけのことだろう。自己確認の手段にはなるとしても,他の人に読んでもらえるようなことではないとすれば,特に伝えたいことが無い限り,ブログでの発信はもう止めようかと思い始めている」(14.5.11「暗い話は止めたい」という記事(抜粋)に対して,
 「いざよひの月に憂き潮多ければ しばし念仏心あらはる」
と,寄せてくださったものだ。
 以後今日に至るまで毎回,コメントを頂戴している。いずれも短歌形式で,私の文章に対して,励ましであったり,ときには,思いを補うものであったり,また,別の角度から取り上げたものであったり,内容はその都度異なるけれど,気持ちの通うものばかりで,私は,「反歌」のようなものだと嬉しく受け取っている。その後,2017年からは,「岡目七目」さんが「いざよひ」さんの短歌に「深読み」解説を加えて,より多くの読者の理解が深まるような心配りをしてくださるようになった。
 どちらもニックネームでの書き込みなので,メールでメッセージをくれる知人と違い,私にとっては未知の方だとしか思えないのだけれど,その知識の幅と深さに感服しつつ,仲間を得たような思いで,今では,ブログを続ける支えになっている。
 今回のリニューアルの利点の一つとして,サイドバーを利用すれば,過去ログやコメントの一覧が見やすくなったので,検索して読み返しているのだけれど,この機会に,コメントの入った2年前の記事を一つ紹介してみたい。
https://shog.at.webry.info/201708/article_2.html

続く「余生」

 「朝の爽やかな目覚めということに縁が無くなっている。もともと朝は弱いほうなのだが,現役のころは,目が覚めると,きょう一日のすべきことを思い起こし,それを目指して始動していたものだけれど,最近は,まだ生きているのかという気がして,すべきことを考えるのも鬱陶しい。言わば,朝の『うつ』の時間だ。それでも,しぶしぶ起き出したあと,雨戸を開け,新聞を取り込み,その日の分別収集予定に合わせてゴミを出し,母の没後,習慣になっている朝の勤行を終えて,朝食を済ませるころには,頭も体も徐々に動き始める。」「しかし,一日が終わると,きょうも意味なく生きて,生きるための無駄を重ねたという思いで、夕の『うつ』に襲われる。観たいテレビ番組とて無く,あとは寝るしかない。寝ると喉に痰が絡むので,眠りもあまり心地良いものではない。そして,また朝が来る。思えば,70歳を区切りに全ての職から退いてから,意欲的に生きるということが無くなったようだ。何事に対しても受け身の気持ちになっている。社会的に働く場が無いということは,生きる意欲を削ぐことだと感じる。」
 「連日の猛暑日だ。出かけて行く元気も無いし,家にいても,日常生活に必要な最少限の外出のほかは,冷房を効かせた部屋で机に向かうだけで,何をする気も起らない。猛暑を伝えるテレビの画面では,水遊びをする子どもたちの姿が決まって映されるけれど,そんな子どもたちの元気が羨ましい。晩年の母が,自分の部屋で横になっていることが多く,テレビを観ているのかと思うと,うつらうつらとしていたり,気が向いたときには,庭仕事をしたり,老人福祉施設に出かけたりしていたのを思い出す。『思いもよらず長生きをして、あなたたちにはお世話になりました』と,倒れる日まで丹念に記録していた家計簿と日記を兼ねたノートの片隅に書いていたのを,死後に見付けたけれど,思えば,母にとって,子や孫のことで気掛かりは絶えなかったかもしれないが,まずは,悠々自適の仕合わせな老後だったのではないかと,今にして顧みる。」

 7月初めにブログサイトが運営管理者によってリニューアルされて以来,意に添わないところがいくつも生じていることを何度か書いたけれど,その後,画像表示,サイドバーに表示される月間カレンダー,過去ログの検索,テーマ別の記事分類等は,まだ使い辛さは多々残っているものの,私なりの操作で利用できるものも徐々に出てきた。そこで,過去の記事を検索して再生してみたり,その中に入れた画像を確認してみたりするなど,いろいろ試みている。
 前掲の文章は,少し長くなったけれど,そこで見つけたちょうど10年前の夏の記述の抜粋だ。なんと,今の私の状態をそのまま表しているようで,この10年間少しも変わらぬ日々を過ごしてきたことだと感じて,まさに進まぬ「余生」が続いていると思わせられる。もちろん,10年の間そんなことばかりを書いていたわけではないけれど,その間に年々間違いなく老衰は進んでいるし,生きる楽しみも少ないまま,同じような「ボヤキ」を重ねてきたことになる。こんな「余生」をいつまで続けるのかと思うのだが,不本意なものではあっても,生きている限り,このブログを断念する気持ちも無いので,今後もお付き合いを願いたい。

「死んだ子の齢」

 8月に入って、このブログのリニューアルから1か月が経過したが,情況は先(7月21日)に書いた状態からほとんど進んでいない。利用者の中にはリニューアル前の状態に戻らないことで苛立ちを募らせている人も多いようだ。私も,利用し始めて13有余年の間に少しずつ自分に合った使い方に慣れてきていたので,戸惑うことが多いけれど,今さら別のサイトに移る気にもなれず,当初からこういう仕様だったとしたら,それなりに使いこなしていたのだろうと考えて,ストレスを溜めないようにしている。
 思えば,我が身の体調にしても,初めて道で転倒して,それを聞いた長男が送ってきてくれた杖を携えるようになってから5年経った(2014.2.14「2本のステッキ」参照)。その後,何度かの入院・手術を重ね,体力が衰えた経過は,その都度ブログでもボヤいている。今は日々の猛暑で家の内外の雑用も手につかない状態だけれど,かつての体力に戻すのはできないことだ。「死んだ子の齢を数える」という言葉も有る。
 「実家がゴミ屋敷です。父と母は教師で、どちらも60歳を過ぎていますが、まだ働いています」「私が住んでいた頃は、新築ということもありとても片付いていたのですが、今ではもう歩くところがないほどにモノであふれかえっています」という20代の女性の投稿が新聞の身の上相談欄に有った。回答者の上野千鶴子さんはこう答えている。「どんなひとにも暮らしの流儀というものがあります」「それぞれに理由があって、第三者が手を出せば怒るのは当然。ほこりやごみで死ぬことはめったにありません」「いずれご両親のどちらかが要介護状態になった時に、『これじゃヘルパーさんが家に入れないわよ』と片付けに取り組みましょう」。
 しかし,上野先生,当の娘も齢を取って,片付ける元気が出なくなるときが来るかもしれません。

七月尽

 ようやく梅雨が明けたと思ったら,猛暑日,熱帯夜と,聞いただけでも熱中症になりそうな,生き辛い日々が続いて,七月が終わろうとしている。
 24日付「朝日新聞」の投稿川柳欄に「どっち見た 総理・吉本同時会見」(福岡県 河原公輔)という作品が載っていた。一は一国の首相,一はエンタメ会社の社長のことだ。たまたま会見の日が重なったわけだが,人々の関心はどちらに在ったのだろうかということだ。
 参議院議員選挙の結果は,予想されたとおり,期待する国の行方には程遠いものだったが,忖度や迎合しか念頭に無い輩に囲まれて,支持されていると満足している権力者に対しては,野次るしか手段の無いのが現実だ。その民意をこそ忖度しなければならないのが権力者の取るべき途だろうが,演説への野次は警官に抑えられ,当人は自己満足しているのだろうか。
 権力を笠に着て自己主張するのは,エンタメ会社の経営者も同じことに見える。共通しているのは,自己中心的な思い込みに基づく支配欲で,それに従わない者は常に排除される。
 芸人は,幇間ならずとも,お座敷が掛かればどこにでも喜んで行く。そこがどんな人たちの宴席かということまでは詮索しない。その行動原理は,テレビ局に呼ばれてバラエティー番組に出演するのと同じことで,招かれたのが反社会的な組織の席だったということがあとで判ったとしても,芸人を番組制作の道具くらいにしか考えていないようなメディアが批判するのはお門違いだ。
 7月末になって,どう考えても正常な精神状態だとは思えない者によって,異常で凶悪な犯罪が引き起こされた。許し難い凶行だが,最近類似した犯罪があとを絶たないと感じる。そういう人間を生み出す要因が現代社会の中に在るように思われてならない。例えば,極端な格差社会ということも有ろう。そういう社会構造の改善こそが今の政治の最大の課題だと思われるのだが,権力を手にした者は,社会の中で不遇な情況に置かれている人たちのことを軽視し,理解しようとも考えようともしていないようだ。