オリンピックが終わった

 ようやくオリンピックが終わった。私は,オリンピックに大騒ぎする風潮が好きになれない。
 テレビや新聞も,オリンピックに関する報道で明け暮れたが,特に新聞の場合,もしオリンピックが無かったら,オリンピックに費やしている何ページにも及ぶ紙面には,代わりにどんな記事が載ったはずだったろうかということが気に懸かる。甲子園の高校野球選手権大会でも,個人を取り上げた英雄物語的な記事まで加わって,連日数ページが割かれ,両者が重なった期間など,他のもっと重大な報道が抜け落ちていなかったのだろうかと,気に懸かるのだ。
 オリンピックが国威発揚の色合いを帯びるのも,好きになれない理由の一つだ。今回の主催国である中国の場合も,その傾向が強く,オリンピックに際して,言論を初めとして様々な行動に対する管理規制が厳しかったようだが,かつての日本の軍政下の時代の言論統制が思い出されて,暗い気持ちになった。開会式での「口パク少女」の問題も,演出としては必ずしも否定しないけれど,当の「口パク少女」や「声だけ少女」の気持ちを考えると,彼女たちの心が傷つけられているのではないかと案じられる。これも,個人の人格が無視され,何事も「お国のため」と強いられた時代を思い起こすことだ。
 国の名誉を背負って戦わなければならない選手たちも気の毒だ。勝てば,栄誉を称えられて,兵役を免除されたり,多大の利得を与えられたりするが,逆に,敗者は悲惨な境遇に落とされる国も在るようだ。そうでなくても,自ら背負ったナショナリズムの重圧のために,心身ともに酷使し,体に障害を起こしたり,あるいは,気負い過ぎたりして,かえって成果を上げられなかった選手も在ろう。マスメディアの報道に熱中する無邪気な大衆もまた,無意識のうちにナショナリズムに嵌まり,選手に有形無形のプレッシャーを与えていることも考えられる。
 オリンピックから国家意識を払拭し,個人競技を中心に,国境を超えて,純粋に技を競う,スポーツ本来の,明るく楽しいものにすることができないものかと,かねて思っている。

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