「死んだ子の齢」

 8月に入って、このブログのリニューアルから1か月が経過したが,情況は先(7月21日)に書いた状態からほとんど進んでいない。利用者の中にはリニューアル前の状態に戻らないことで苛立ちを募らせている人も多いようだ。私も,利用し始めて13有余年の間に少しずつ自分に合った使い方に慣れてきていたので,戸惑うことが多いけれど,今さら別のサイトに移る気にもなれず,当初からこういう仕様だったとしたら,それなりに使いこなしていたのだろうと考えて,ストレスを溜めないようにしている。
 思えば,我が身の体調にしても,初めて道で転倒して,それを聞いた長男が送ってきてくれた杖を携えるようになってから5年経った(2014.2.14「2本のステッキ」参照)。その後,何度かの入院・手術を重ね,体力が衰えた経過は,その都度ブログでもボヤいている。今は日々の猛暑で家の内外の雑用も手につかない状態だけれど,かつての体力に戻すのはできないことだ。「死んだ子の齢を数える」という言葉も有る。
 「実家がゴミ屋敷です。父と母は教師で、どちらも60歳を過ぎていますが、まだ働いています」「私が住んでいた頃は、新築ということもありとても片付いていたのですが、今ではもう歩くところがないほどにモノであふれかえっています」という20代の女性の投稿が新聞の身の上相談欄に有った。回答者の上野千鶴子さんはこう答えている。「どんなひとにも暮らしの流儀というものがあります」「それぞれに理由があって、第三者が手を出せば怒るのは当然。ほこりやごみで死ぬことはめったにありません」「いずれご両親のどちらかが要介護状態になった時に、『これじゃヘルパーさんが家に入れないわよ』と片付けに取り組みましょう」。
 しかし,上野先生,当の娘も齢を取って,片付ける元気が出なくなるときが来るかもしれません。

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この記事へのコメント

いざよひ
2019年08月05日 20:06
逃げ水を追ひてはかなき老いらくの なほもて渡れ夢の浮橋