気力喪失

 繰り返し襲ってくる台風や大雨で各地の河川が氾濫し,多くの人命が喪われた。家屋の倒壊,浸水,停電,断水などの被害も,復旧する間も無く相次いでいる。今なお孤立している建物も少なくない。私の暮らす地域は,幸いにして大きな災害からは免れているけれど,被災された人たちの辛苦を思うと,もし今の私が同じ立場に置かれたら,立ち直る気力も喪失してしまうのではないかと想像する。
 その間に,季節は秋を通り越して真夏から冬へと一気に移って行く感じで,近年は体力の衰えが際立つ私にとって,今年の夏を何とか乗り越えることができたと一息ついた途端に,今度は冬の寒さに耐えられるかどうか心細くなってきている。今の日本の気候・風土はいったいどうなっているのだろうかと嘆くばかりだ。
 「私にとってこの夏が最後になるかもしれないという思いは,他にもいろいろ有る。私の加齢と体力の衰えに関わることで,前にも書いたことが有るはずだが,中学生のころから延々と続けてきた各種の記録もその一つだ。特に野球に関する記録は自分で細かくノートに書き込まなければ残せないことが少なくないので,そのための視力が覚束無くなってきているのを,新聞報道に目を通しながら日々感じている。」
 上記は昨年の夏の終わりに書いた記事(18.8.21「最後の夏」)の一部分だが,記録のほうはその後1年経って何とかまだ続いているものの,視力の衰えはさらに進み,今年こそ最後だと思い定めた。記録することを諦めた途端に,その競技や選手に対する関心,興味も薄らいでしまったように感じている。
 思えば,敗戦直後の少年時代の楽しみは,ラジオから流れてくる歌謡曲と,友と遊んだ草野球しか無かった。ラグビーなどはそんなスポーツが有ることさえ知らなかった。そのころ出合ったのが「少年」,「野球少年」の二つの少年雑誌だった。「少年」(1946年創刊~68年休刊=光文社)では小説を読む楽しみを知ったし,「野球少年」(1947年創刊=尚文館→50年芳文社)からは野球の知識を得た。その別冊付録にプロ野球の全試合を記録するノートが有って,1行ごとに各試合の月日,曜,球場,勝敗,スコア,投手,安打数,本塁打を書き込むようになっていた。その付録が付いていたのは初めの2年間だけだったと思うけれど,以後,1年に1冊,B5判50枚1ページ30行のノートに自分で線を引いて,プロ野球だけでなく,大学,高校,社会人,全ての公式試合の記録を残すようにしてきた。
 先日訪ねて来た私より15歳ほどまだ若いはずの知人が,頻尿のため,旅行や映画観賞に出掛ける楽しみを奪われたと嘆くのを聞いたけれど,同様に,今では彼以上に何の楽しみも無い私にとって,残っていた唯一の楽しみが途切れるのは寂しいことだが,自分の年齢を自覚して限界を知らねばなるまい。
 限界を感じてきているのは,前掲の記事でも書いていることだが,庭仕事にしても,旧知との交流にしても同様で,一括して言えば,生きるための気力の衰退ということになる。

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この記事へのコメント

いざよひ
2019年10月31日 19:45
目には蚊を耳には蝉と老いぬめり かなりきびしき戦後なりしか
岡目七目
2019年11月01日 18:59
深読み勝手解釈 岡目七目は歌をじっくりと見て、揚げ足を取ることを喜びとするお邪魔虫であります。「目には蚊を」は飛紋症、「耳には蝉と」は耳鳴り症でありましょう。「老いぬめり」は<負ひぬめり>とも読めましょうか。「かなりきびしき」は<蚊鳴りきびしき>とも、「戦後なりしか」は<蝉語鳴りしか>とも当て付けられます。蝉語(センゴ)とは広辞苑によれば蝉が鳴くこととあります。とすれば、戦後の生活が厳しかったのではなく、老後の悩みは飛紋症と耳鳴りであることを強調する趣旨でありましょうか。